コミュニティトップへ



■ある集落の訪問者■

蒼木裕
【7969】【常葉・わたる】【中学生・気脈読み】
「お前はどこから迷い込んだ馬鹿だ? こんな『異常』を持ち込みやがって」


 甚兵衛を身に纏った彼――筵(むしろ)は相手を見ると共に辺りを漂う瘴気に顔を潜めた。


 其処は東京の外れ、広がる森の霞の奥にひっそりと位置付く、大きな集落。
 あやかしと人とが細々と身を寄せ生きる其の場所では、物の怪に憑かれた者達も決して少なくは無い。

 あやかし、人、物の怪憑き――。

 三種三様の様を見せる閉ざされた其の空間は、時に微睡み不安定な意識を齎す。
 其処に在る者は何時、何処からか寄り添い、其々何かしらの強い想いを持つ者、周りから外れた異端の者――。

 そして是と言った自我を持たぬ者は時に外界より紛れ込み、住み人を誘う天然のあやかしに因って生ずる、集落へ集まる異常な障気に抗えず、痛ましくも、大切な何かを忘れ逝き変貌を遂げて行く。


 然う、其処は全てを放棄され、存在や形すらも忘れ去られた神の隠し場。


「この集落の外への案内が必要なら俺もしくは後ろのガキ共が、何か失われし情報が必要なら書庫の守り人か夢の情報屋の元へと案内してやる。だが忘れるな。此処ではあんたが一番の<問題児>だ」


 筵はそう言うと悪い気を纏う相手を睨み付ける。
 その後ろでは左右の瞳の色が違う双子らしき少年二人が面白げに笑っていた。
+ ある集落の訪問者―そして対峙― +



 おいで。
 こっちへおいで。
 まるでこの家の「気」はそう呼ぶかのようにわたるを誘う。


「集落の一番気の集まる場所、ですか」


 どうぞ、と書庫の守り人である床次 次郎(とこなみ じろう)は皆に日本茶を差し出しながら言葉を口にする。それを莚(むしろ)は遠慮なく掴み茶を啜り、スガタとカガミもまた茶と共に出された和菓子を食べながら茶を堪能していた。


「そうなんだ! 俺頑張ってここら辺の気脈を読んでみたんだけど、今具合が悪いらしくてその場所まで探りきれなかったんだ……。っでも! その場所に行けば俺、絶対に払うから!」
「常葉筋のお爺様のお孫さんでしたよね。そこまで気を読めたのでしたら充分な実力の持ち主だと僕も思いますよ。特にお爺様と同じように気脈に対して『具合が悪い』とまるで人間のように語り掛ける様子が良く似ておられます」
「じいちゃんと逢った事があるのか?」
「ええ、自分は書庫の守り人として継承してまだ僅かですが、お爺様には数回お逢いした事があります。まさかもう世代交代をなさるとは思っておりませんでしたが、お年がお年でしたしね」


 お代わりはいかが? と空になった茶器を指差し、次郎は皆に呼びかける。飲み終えていた莚は無言で茶碗を出し、スガタとカガミもそれに倣った。


「莚さん、今回みたいな事って初めて?」
「んあ? ああ、いや過去にも害悪の存在は忍び込んできたから初めてじゃねーな。だが『害悪の存在』と一纏めにしているが、実際は症状は様々だ。今回のような症例は初めてだな」
「過去にも迷い込んだ人がいて」
「過去にも害悪を連れ込んだ人がいて」
「でも過去にも案内されて外に出て」
「害悪も集落の人間に滅された」

「「 過去の歴史は次郎の管理する失われし記録の中に明確に 」」


 莚が大福を口に運びながらわたるの質問に答え、そしてスガタとカガミが楽しげに言葉を連ねていく。最後に言葉が重なって次郎へと視線が向いた。わたるもそれにつられ、次郎の方へと目を向ける。彼は一同の注目にきょとんと表情を変えると、思わずぷっと笑ってしまった。
 そしてその視線はわたるへ。


「常盤 わたるさん」
「は、はい!」
「自分と一緒に書庫に行きましょうか。貴方のお爺様が通っていらした書庫に」
「入っていいの?!」
「その為に此処にお前を連れて来たんだ。次郎が許してんだから思う存分情報を探せ」
「お願いしますっ!!」


 わたるは勢いよく頭を垂れさせ、そのまま礼を述べる。深々と頭を下げる様子に次郎はにこにこと笑顔を浮かべると、こっちにおいでと立ち上がった。
 おいでおいで。
 こっちへおいで。
 そう「気」が呼んでいる。
 常葉筋の爺様の孫よ、こっちにおいで……と。
 そうして案内された先にあったのは――。


「何、この量――すげぇ……!」


 部屋を覆い尽くすほどの沢山の書籍だった。
 どれくらいの年月集め続けたらこれほどの量になるのだろうかとわたるは目を見張る。大型の本屋にも匹敵するほどのそれらの殆どが一つ一つ丁寧に写本されたものだ。紙特有の香りが漂い、鼻先を擽る。あまり埃臭くはないのは手入れが行き届いている証なのだろう。目移りしそうになるけれど今は病魔を滅する方法を手に入れることが先決。わたるは次郎に情報を教えてもらおうと視線を向けた――が。


「探して下さい」
「え?」
「この中にわたるさんが欲しい情報を記した本が確かに存在いたします。そして今集落に起こっている事象は莚が言うにはわたるさんが原因で起こっているものだと……確かに自分も思うのです」
「ここから探せって……まさか一人で!?」
「出来るはずですよ。気脈を読める常葉筋の方ならむしろ『向こう』の方から呼びかけてくれます。さ、やってごらんなさい」


 まさか一人でやれといわれるとは思わず、わたるは驚愕する。
 だが気脈を読めと、空気を辿れといわれればそれは自分の分野だ。次郎の言葉に促され、うんっと一度頷く。スガタとカガミも今から行われる事を楽しみにそわそわし始めた。
 瞼を下ろしてすぅっと息を吸い、吐き出す。
 そして彼は――呼んだ。


―― 出てきてくれ、俺の欲しい情報。
    お前を今最も必要としているのは俺だから。


 室内なのに風が起こる。
 それは柔らかにわたるを包み込み、そしてこっちへこっちへと招いた。風に誘導され、わたるは歩き始める。目を伏せたままでも彼はこけることなくある一つの棚の中に身を滑らせ、そして丁度その中ごろに辿り着くとある一冊の本へと手を伸ばした。


 おいでおいで。
 私が必要なら。
 さあ、手にとって開いて私を見て。
 お前にとって最上の『情報』を私があげるから。


「見つけた」


 開いたページに指先を這わせ、わたるは呟く。
 そうしてから伏せていた瞼を彼はやっと開いたのである。



■■■■■



 ザッザッザッザッ。
 彼らは草を踏み、山を下っていく。次郎はそんな彼らを優しく見送り、その姿が見えなくなるまで手を振ってくれていた。頑張ってね、そんな言葉も優しく付け加えてくれながら。


「集落の人達にこれ以上迷惑を掛けたくない。相当凹むけど、きっと解決してやる!」
「おーおー、その勢いでさっさと解決してくれっと助かるなぁ」
「場所は分かったんだ。だからもう払うだけなんだよ」
「原因は分かりました?」
「原因は分かったのか?」
「外部の人間が集落に入る時にほんの僅か隙が出来るんだ。普通の人間なら問題ないんだけど、俺みたいに何か特殊な能力を持ってたりすると無意識にそれ……『害悪の存在』を呼び寄せちまって、集落に色々撒き散らすんだってこの本に書いてあった。本当に様々な種類の害悪の存在が今まで潜り込んで来たらしいけど、集落の人間が滅したってちゃんと記されてた」
「「 ご名答 」」


 異形の存在であるスガタとカガミは声を揃え、そして拍手を送る。
 どうやら彼らは知っていたらしい。そして恐らく莚も。
 知っていて彼らは試している。わたるの潜在能力を。わたるが持つ気脈読みの力を。


―― だったら俺は試されるままに行こう。
    常葉の者だからじゃなくて、俺を信用してもらえるようになりたい。


 わたるはそう決意を固め、拳を作る。
 そして次郎から借りたばかりの本を開く。わたるを『呼んだ』本は緑の表紙で題名が書かれていない。そしてそこに連ねられている崩し文字はかなり古い年代の物である事が分かる。だがそんなことはわたるには関係なかった。彼は読む。この本の気を。彼は呼びかける。この本の「気」に。
 全ての物には「気」が宿り、年月が経てば経つほどそれらは意味を深めていく。それを読む能力をわたるは保持しているのだから文字が読めなくとも、本の方から心を開いてくれるのだ。
 そしてその本の情報によると――。


「ここがその洞穴」
「なるほどな。こりゃ目に見えるほどに気が濁ってやがる」
「害悪の存在の根源が此処にいるんだよ。だからどれだけ俺が気脈を探しても隠されてたんだ」
「俺としては集落内にあると思っていたけどねぇ」
「確かに通常なら一番気が集まる場所は集落の中だと思うよ。でも違うんだ。今、害悪の存在は集落の人たちの弱った気を集めに集めてこの場所で力を付けている。早く払ってしまわないと危ない」


 集落からそう遠くない山の中のある洞穴にわたるは莚達を案内した。
 その洞穴はあまりにも空気が濁っており、後ろに控えていたスガタとカガミですら「げっ」と一言漏らしたほどである。わたるは勇気を振り絞り、中へと踏み込む。その際荷物の中から懐中電灯を用意する事を忘れない。暗い洞穴の中を先陣切って進んでいくわたるを見ると、莚はやれやれと肩を竦ませる。それから後方に控えていたスガタとカガミを見やると彼らはくすくすと笑い、そしてふわりと足先を宙に浮かせ、中へと踏み込む事にした。


 寒い、とわたるは思う。
 その寒さは自然のものではなく、瘴気によるものだという事は明らか。だが進まなければならない。この先に確かに元凶が潜んでいるのだから――。
 ぶるっと身体を震わせるがそれは恐怖ではない。だから大丈夫。大丈夫だと自分に言い聞かせながら洞穴に入ればやがて『其処』に辿り着く。


 黒く変色した岩壁。
 もやが揺れ、空間を歪ませているのが良く分かる。
 異形。
 『害悪の存在』。
 わたるはそれと距離を取ったまま洞穴にしっかりと足を立たせる。後ろからついてきた筵はひょいっと懐中電灯を取り上げ、そしてわたるの耳に唇を寄せた。


「出来るな?」


 莚は問う。


「やってみせる!」


 わたるは答えた。


 そして洞穴に両手を付くように身を伏せ、この場全体の「気」を読み始める。
 応えよ。
 汝の名を。
 応えよ。
 汝の理を。
 そして去れ。
 この集落に齎す害悪よ。
 わたるが気を読むと同時に害悪の存在――黒い靄は唸りをあげた。風が悲鳴をあげ、四人に吹きかかる。だがそれを拒んだのはスガタとカガミだった。わたる達の前に立ち塞がり、片手ずつ前に突き出して見えない壁を張る。壁にはじかれた風は洞穴の一部を削り、土壁を窪ませていく。
 かまいたちを繰り出すその『害悪の存在』はより一層、悲鳴を轟かせる。だが――。


「消えろッ!!」


 わたるがそう叫ぶと同時に黒く変色した壁はガラガラと音を立てて崩れ、そして……。


「はい、退散しますよ」
「ほれ、退散すっぜ」


 洞穴が支えを失ったかのように崩れ始める。
 スガタは莚の腕を、カガミはわたるの腕を掴み、シュンっとその場から移動する。それは文字通り空間を瞬間移動し、わたるは行き成り外へと連れ出された事に心から驚いた。後ろでは洞穴がその穴を塞ぐように崩れ落ちていくのが見える。


「ま、合格ってとこだな。これで集落の害悪も消えっだろ」
「本当か?!」
「認めてやるよ、常葉 わたる」


 莚は自分の身体を叩き土埃を叩き落す。
 そして甚兵衛で手を拭い汚れを落とすとわたるの頭に手を乗せた。認めると彼は言ってくれた。自分を常葉筋だからではなく、自分だからと。
 それは嬉しくてわたるは笑う。


「「 これにて今回の話はめでたしめでたし 」」


 そう言うスガタとカガミの拍手が聞こえてくるとわたるはやっと緊張の糸を解き、ゆっくりとその胸に新鮮な空気を吸い込む事にした。




……fin.










□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【7969 / 常葉・わたる (とこは・わたる) / 男 / 13歳 / 中学生・気脈読み】


【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【共有化NPC / 莚(むしろ) / 男 / 18歳 / 逸れ者を導く事実上の案内人】
【共有化NPC / 床次・次郎 (とこなみ・じろう) / 男 / 16歳 / 書庫の守り人】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちは、再びの発注有難うございました。
 今回は害悪との対峙となり、見事滅する事に成功です。
 これで集落には自然の気が流れ、普段通りの集落の様子が見れる事でしょう。そんな集落にも機会がありましたらまた遊びに来てくださいね。
 ではでは!