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■とある日常風景■

三咲 都李
【2778】【黒・冥月】【元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
「おう、どうした?」
 いつものように草間興信所のドアを叩いて入ると、所長の草間武彦(くさま・たけひこ)は所長の机にどっかりと座っていた。
 新聞片手にタバコをくわえて、いつものように横柄な態度だ。
「いらっしゃいませ。今日は何かご用でしたか?」
 奥のキッチンからひょいと顔を出した妹の草間零(くさま・れい)はにっこりと笑う。

 さて、今日という日はいったいどういう日になるのか?
とある日常風景
− In the Dark −

1.
 私は己を弁えず、何を浮れて勘違いしていたんだろう。
 無音の闇が責め立てる。過去の記憶があふれ出す。
 数え切れない人を殺め、手を血に染めてきた穢れた暗殺者が…普通の女の様に幸せに暮す。
 恋人の横で笑って、そしていつか2人で…。
 そんなことすら…幸福を求める事すら間違っていたのだ。
 手にべったりと張り付くような血の感覚、消えうせていく命の感覚。
 何人の幸せをこの手で奪った?
 何リットルの血をこの身に浴びた?
 闇にうごめくのは亡者か、幻影か。
 閉じた影の中で黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)はただひたすらに、罪に怯えていた。
 襲い掛かるのは過去の幻影。
 いや、幻影などではない。冥月が昔所属していた暗殺組織。
 今更その残党が冥月の前に現れた。
 草間興信所、冥月の恋人である草間武彦(くさま・たけひこ)の事務所に妹の草間零(くさま・れい)が1人で留守をしているときに現れた。
 翼の生えた虎の刺青。
 それは組織でも強襲部隊の冷酷さも残忍さも随一である西方白虎、尖兵の証。

 どうして今更?
 何故今頃になって…?

 ぐるぐると回る思考。
 …違う。今更なんかじゃない。今頃なんかじゃない。
 遅かれ早かれ、その時が来ただけなのだ。
 いつかは来る、その時が今来ただけなのだ。
 …殺しの道具でしかなかった私にあの人が幸せを教えてくれて、武彦は幸せを与えてくれた…もう十分。
 私の因縁が武彦達を不幸にするなら、私の幸せなど捨てる。
 もう遅いかも知れない。でも、もう会わない。
 強い思いは、暗い闇の中で暗く怪しく輝いた…。


2.
「ちくしょう! 繋がらねぇ」
 何度携帯をかけ直しても、冥月の声は聞こえてこなかった。
 繰り返される無機質なアナウンスは、草間を苛立たせた。
「兄さん…」
 心配そうな零の顔に、草間はハッとした。
 一晩を冥月のマンションで明かしたが、当の冥月と連絡が取れずにストレスはMAXだった。
 ふぅっと息をつく。落ち着け。零に心配をかけてはいけない。
 そして、ぽんっと軽く頭を撫でた。
「心配するな。俺が何とかする」
 草間はまたどこかへと電話をかける。
 今度の相手は簡単に出た。
「おう。俺だ。…俺だよ俺! オレオレ詐欺じゃねぇっての! …まったく。こっちは急いでんだよ」
 ぶつくさ言いながら、草間は手っ取り早く相手に自分の意図を伝えた。
「最近中国から来た物騒な客を知らないか? 手に翼の生えた虎の刺青をしているんだが…」
 そう話すと、草間の表情が険しくなった。零はそれを不安そうに見つめる。
「あぁ…そうか…それで?」
 草間の反応は厳しく、そしてなにか思案しているかに見えた。
「わかった。助かった。金はいつもの口座に振り込む」
 そう言って草間は、電話を切った。
「兄さん」
 草間は手近にあったメモ用紙に『三垣四象』と書きなぐった。汚い字だ。
「『さんがきしぞう』??」
「『さんえんししょう』と読むんだ。本来は中国の星座と四神に由来する言葉だが…」
 草間はそこで言葉を切ると、言うべきか言わざるべきかを悩んだ。
 しかし、零の一途な瞳に隠し事は出来ないと感じた。
「…冥月が昔いた、暗殺者集団の通称だ」
 零はただくりくりとした瞳を瞬きもさせずに、草間を見つめ続けた。
「そいつらが今日本に来ている。お前が会ったのもそいつらだ。…冥月が消えたのはそのせいだろう」
 淡々とそういいながら、草間は「ちっ」と舌打ちした。
「とにかく、今はやつらを探し出すのが先だ。使える情報はいくら出しても買う」
「は、はい!」
 草間はそう言うと零に情報を集めるように指示して、外に出た。
 朝方の日の光はサングラスを通しても目に痛く、涙が出そうだった。
 だが、今はそんなことを言っている場合ではなかった。
 一刻も早く、招かれざる客を見つけ出す。
 それが、唯一の冥月に会う方法だと草間は確信していた。


3.
 あいつは…冥月はこの期に及んでまだ俺を信用していない。

 街を歩きながら、草間は何本もタバコを吸いつくした。
 吸っては消し、吸っては消し…いつの間にかタバコは空になっていた。
 情報屋を回ってしらみつぶしに情報を集める。どんなに小さな情報でも逃さずに。
 時々かかってくる零からの情報の報告を聞きながら、草間は缶コーヒーをひとつ買った。

 最初に会った冥月は、まるで野良猫のように警戒心が強くてどうにもこうにも手に負えなかった。
 だけど、すこしずつあいつと仕事をするうちに、隠れていたものが見えるようになってきた。
 恥ずかしがり屋で、寂しがり屋で、絶対に見せようとしなかったが大きな傷を持っていた。
 俺は、あいつの笑顔が見たくなった。
 幸せにしている顔が見たくなった。
 それは、俺があいつに惹かれていた…ってことだ。
 少しずつ、少しずつ。
 俺はあいつの心に入り込めるように、小細工した。
 あいつは、俺に心を開いてくれたのだと思った。
 あいつとなら、一生のパートナーになれると心からそう思った。
 俺、心底惚れちまったんだな。
 だけど…あいつは…。
 俺は、あいつを守ってやれるほどの男ではなかったということなんだろうか?
 あいつは、自分が犠牲になってまで俺達を守らなければならないと思ったのだろうか?
 そうだとしたら…俺はとんだ甲斐性なしだ。
 あいつを守ってやれることを、あいつにわからせてやることができなかった。
 だから、すぐにでも会いたい。
 会って、伝えなければならないことがある。

 もう一度、草間は冥月の携帯にコールする。
 無常な自動音声がまた繰り返される。
 草間は、携帯を切ると缶コーヒーを一口飲んだ。

「お前が入れたコーヒーが飲みたいよ…」


4.
 日本でのアジトが、昔と同じであるならば間違いなくここ。
 大きな企業ビルの高層階。上品なつくりのその階に、やつらはいるはずだ。
 冥月は影の中からそっと様子を窺う。
 スーツ姿の女、アタッシュケースを持ち忙しげに歩く男。
 そして、黒いノーカラーのジャケットを着た男が通ったとき、冥月は静かに影を閉じた。
 やつらは気配に敏感だ。悟られるとまずい。
 …確かに、あの場所にやつらがいることはわかった。
 気付かれる前に殺るしかない。
 残党とはいえ他の「象」にまで知られたら守りきれない。
 影の中で、冥月は考える。
 いや、もう考えるのはよそう。
 私は、やつらを潰す。
 ただそれだけ。相討ちでもいい。やつらがいなくなれば。
 やつらの手の中に、私と武彦たちとの関係を知った人間がいなくなれば。

 決行は夜。最大の闇が訪れる夜。
 すべてを闇に葬り去る。

「日本ってつまんねー国だな」
 夜も12時になり、オフィス街はもはや無人の街と化す。
 少し足を運べば歓楽街もあるだろうが、ボスの許しを得ないといけないのがめんどくさい。
「コンビニで酒でも買ってくるか」
「お、いいなそれ」
 日本のいいところは24時間営業で好きなときに好きなものが買えるところくらいか。
 そんなことを思いながら、2人の男はエレベーターの前に立つ。
 ポンっと音が鳴って、扉が開くと…男は声も出なかった。
 いや、声はひゅうっという風になって首と共に飛んでいった。
 どさりと崩れ落ちる体と首から大量の血溜りができる。
「…あ?」
 訳もわからずに、もう1人は首と体を交互に見つめる。
 ひゅん
 しなやかな黒い影が赤い血を振り払って、冥月の中に消える。
「あ…」
 ようやく事態を把握した男だったが、そのときにはすでに冥月に喉笛をつかまれていた。
「あなたたち…邪魔なのよ」
 みしみしと音を立て、きしむ男の首が断末魔をあげてへし折れた。
 その異常事態に気がついた中の連中が外へと押し出てくる。

 守るから。きっと守ってみせるから。
 私が武彦と会えなくても、でもずっと守るから。
 それ位は許してくれるよね…?

 ふと脳裏によぎる笑顔を打ち消して、冥月は血に染まる一歩を踏み出した。
 


■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2778 / 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒


 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
 
 NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い

■□         ライター通信          □■
 黒・冥月様

 こんにちは、三咲都李です。
 ジューンブライドに繋がるのか!?…という終わり方です。はい。
 シリーズと書いてあったので、続いてもいいのかな?っと解釈しました。
 もし間違ってたらリテイクをお願いいたします。
 それでは、少しでもお楽しみいただけたら幸いです。