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■Another One■

小倉 澄知
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】
 ――『それ』を目にした瞬間の違和感は、なんとも言いようが無いものであった。
 東京の片隅にある古書店に訪れていたあなたは『その存在』へと遭遇した。
 最初は自分と同じく古書店へ客として入った人物だと思っていたのだが……。
 ……その存在と、目があった。
 相手の瞳の中には、怒りが燃えていた。何故これほどに憎悪を滾らせているのだろう? などと考えるより早く、その存在は、あなたを睨め付けるとそのまま古書肆淡雪の外へと飛び出していった。

「……それはアナザーワンだね」
 古書肆淡雪店主、仁科・雪久はそう語り出した。
「アナザーワンは、もう一人の君。とはいえ、正確にはこことは別の世界を生きる君……という事になるけれど」
 雪久が言う所によれば、アナザーワンは「人生の分岐によっては、もしかしたら、ありえたかもしれないもう一人の存在」なのだという。
 その為今のあなた自身とは異なる姿をしている事もあるという。
 子供のままの姿であったり、場合によっては性別すら違ったり。
 しかし、それは紛れもない君自身だ、と雪久は告げる。
「そして、姿がどれだけ異なろうとも、アナザーワンの目的はただひとつ」
 雪久は一旦言葉を句切り、そして改めて口を開く。
「かの存在は、君に害意を抱いている」
 害意を抱くが為に、アナザーワンはあなたの周囲の存在を傷つけ、壊そうとしてくる。周囲のものから切り崩し、貴方自身と入れ替わろうとしてくるのだ。その為アナザーワンはあなたと縁の深い場所へと姿を現わす事になるだろう。
 勿論、入れ替わろうとする以上、最終的にはあなた自身の命も狙って来るわけだが――それまでに出る被害も間違い無く甚大なものとなる。
 その前になんとかしてアナザーワンを止めなければならない。
「かの存在は、君と触れるだけで消滅してしまうだろう。ただし、その場合は君も一緒に、更に周囲の物質もかなりの範囲巻きこむ事となる。だから、決して触れてはならない」
 つまり、放置しておけば東京自体も危ない。
 なら、どう対処したら良いのか?
「これを」
 店主から差し出されたものは、魔術書らしきものだった。
「一時貸与だから、後で返してもらうけれど、これがあれば時空の歪みのある場所で、僅かだが別の世界への扉を開く事が出来る」
 東京のあちこちには、時折時空の歪みが発生する事がある。
 それらの時空の歪みを上手く利用すれば、恐らくアナザーワンをもといた世界へと送り返す事も出来るだろう。或いは、時空の歪みの中にアナザーワンもろとも自身も飛び込めば、消滅は発生しない。その為、東京に被害を出さず戦う事も可能かも知れない。
「――この古書店自体がそもそも時空が若干歪んでいるから、もしかしたらそれを使ってアナザーワンはこちら側にやってきたのかも知れない。なんらかの強い思いで時空をねじ曲げて……ね」
 果たして、時空をねじ曲げる程の執念とは一体どのようなものなのだろうか?
 執念と憎しみに囚われたアナザーワンを探す為、あなたは雪久から預かった魔術書を手に古書店を出る事にした――。

Another One
 工藤・勇太 (くどう・ゆうた)はその日、上機嫌だった。
 先日出された宿題は、とある古書店店主の協力もあり上々の成績だった。先生からも褒められ、ならば礼を言いに行かなければ……と、彼は古書肆淡雪の扉を再び叩いた。
 そう、勇太は上機嫌だったのだ。
 ――その人物に遭遇するまでは。
 古書肆淡雪に入った勇太が最初に目にしたものは、無数の本棚でも、古書店店主の姿でもなく、ただ一人の少年だった。
 その人物は、勇太より背が小さく、そしてガリガリに痩せていた。歳は恐らく勇太と同じくらい。にもかかわらず、髪は老人のように真っ白だ。
 あっけにとられた勇太をその人物がじっと見据える。互いに絡み合った視線の先、彼の瞳の色は濃い緑色をしていた。
 だがその濃い緑の瞳には暗い感情が込められている。
 澱んでいる、と言い換えても良い。
 彼はそのまま勇太の横を通り過ぎ、そして古書店の外へと出て行く。
 あっけにとられたまま彼の後ろ姿を眺めていた勇太へと大人の男性の声がかけられた。
「どうしたんだい? 勇太君」
 古書肆淡雪店主、仁科・雪久。
 穏やかな声に勇太は慌てて振り向く。雪久の姿を認めた彼は未だ驚愕を隠しきれないままこう告げた。
「俺が……」
「うん?」
「俺が居た……」
 姿はあまりに違った。それでも、相対した真っ白な少年は、間違い無く自分だと分かった。
 勇太の言葉を聞き、雪久はこう告げる。
「それは、アナザーワンだね」
 アナザーワン。それは、別世界を生きるもう一人の自分。そんな事を雪久は語る。
 そして彼は一冊の魔道書を勇太へと手渡した。
 ――これをうまく使う事が出来れば、アナザーワンをもとの世界へと戻せる、と。
 魔道書を手に店を後にした勇太は考える。
(「仁科さんの話によれば、アナザーワンは縁の深い場所に居るっていうけれど……」)
 自分に縁の深い場所。
 それは、1箇所しか思いつかなかった。
 勇太は郊外を目指し駆け出す。恐らくアナザーワンが居るであろう場所に向かって。

 ――そして勇太がたどりついたのは、正直な所彼自身思い出したくもない過去を持つ場所だった。
 現地に近づくだけでも気分が悪くなる。
 それでも彼は堪えた。堪えて進んだ。
(「あれはもう過去の事。今はもうあの場所は……」)
 以前存在したコンクリートの、仰々しさと威圧感を醸しだしていた建物は、冗談のように無くなっていた。建物は過去に取り壊されている。それは勇太も知っている。それでもここを訪れたら建物がまだ存在するような気がしていた。
 ……実際にはやはり存在はしないのだが。
 そして、跡地となったその場所に、ぽつんと佇む白い少年。
 彼は勇太の姿を認めるなり、ゆっくりと歩み寄る。そして。
「なあ、なんであんたは助かったんだよ」
 口を開くなりそう告げた。
「なんで俺は今も捕まったままなんだよ。なんで俺は今もあの辛い実験を続けられてるんだよ!」
 彼の緑の瞳は怒りと憎しみに燃えている。
 勇太のものより濃い瞳の緑色は、投薬の期間が彼より長い事を物語っていた。
「俺はモルモット扱いされているのに……幸せそうにしているあんたが憎い……殺したい程に!」
 じり、と距離を詰める彼。一方勇太はただ無防備に佇んだままだ。
 何故なら、勇太は彼の、アナザーワンの気持ちが分かってしまったからだ。
 勇太は自分に施された実験の厳しさを今も覚えている。
 2年。
 2年の間、彼は実験による苦しみを味わった。救助され、今はこうして日常を送れるようになったが、もしあの時救出されなかったら、今も研究所に捕らえられたまま実験づけの日々だったのかもしれない。
 そして――目前のアナザーワンは、救助される事なく、今も研究所に捕らえられていた彼の姿に他ならない。
 2年でも辛かった。にもかかわらず、目前の彼は10年も耐えている。
 もし自分がその立場であったなら、正気を保ち続ける事は出来るだろうか? 安穏とした暮らしをする者に憎しみを抱えずにいられただろうか?
「……お前の気持ちよく分るよ……」
 そこまで考えて、そんな言葉が零れた。
「じゃあ、俺の為に死んでよ」
 即座にアナザーワンが返す。距離をじりじりと詰めながら。
 一方勇太は穏やかに笑む。
「でもこの世界はお前には渡さない……お前、めちゃくちゃにする気だろ?]
「当たり前だ。俺を選ばずあんたが救われた世界も憎くてたまらないからな!」
 勇太は抱えたままの魔道書へと視線を落とす。
 これを使えば、アナザーワンをもとの世界に返すことが出来る、と雪久はいった。
「俺はそんな事許せない。でもな……」
 しかし、もとの世界に帰らせた所で、彼は今まで通りの苦しみを味わう日々へと戻るだけだろう。救いもなく、生き甲斐もなく、ただ飼われて実験に使われるのみ。
 いくら別の人生を歩んだ別人とはいえ、苦しむ者を見捨てる事なんて出来るだろうか?
「だからと言って帰れとは言わない……一緒に消えよう? ……俺も付き合うからさ……」
「……何……?」
 狼狽を見せたアナザーワンを、勇太は優しく笑んで腕を広げて迎えた。
 微笑みながらも、目からは涙がこぼれ落ちる。
 だが、アナザーワンとはこの世界では触れあうことは出来ない。触れた瞬間にアナザーワンも、そして本人も一緒に消滅する。
 それは勇太も理解していた。
 そうであっても、アナザーワンの……別世界の勇太の苦しみはそれ以上に重要だった。
 自分より小柄なもう一人の自分。その身を包むように抱きしめる。その途端、光が二人を呑み込み、そのままどこまでも範囲を広めていく。
 全てを呑み込む最期の光。
 それでも、二人を包んだそれは、少しだけ優しく感じられたらしい。

「ん……」
 目をあけるとそこは見覚えのある古書店だった。どうやら席を借りたまま眠ってしまったらしい。毛布がかけられているあたりをみるに、古書店店主が風邪をひかないようにとかけてくれたのだろう。
 それはそれとして、何か夢を見たような気がすると勇太は首を傾げた。
 何だっただろうと記憶を探るも思い出す事は出来ない。
「勇太君、目が醒めたみたいだね」
「仁科さん、俺、寝てました?」
「ああ、随分しっかり寝ていたみたいだね……部活も楽しい年頃だろうし、若いからまだまだ体力は有り余っているんだろうけれど……あまり無理はしないようにね」
 何故そんな事を? というような苦言と共に、雪久はポケットからハンカチを取り出す。そんな彼の顔は深刻なものを含んでいる。
 そして、ハンカチは何に使うんだろうと勇太が思う傍から、彼はそれを差し出した。
「勇太君、ほら」
「え? 俺、よだれでも出してます?」
 まさか、と勇太は慌てて口元を拭ったが、雪久はそんな彼を見て僅かに笑んだ。
「いや、そうじゃなくて、涙、零れてるよ」
「あれ……?」
 頬に触れると一筋の涙がつ、と伝った。
 それどころか、続いてぽろぽろと涙がこぼれはじめる。
「え? あれ? 何で……?」
 何か悲しい事があった、というわけでもないのに、涙は次々と溢れてくる。
「すみません、俺……なんか突然……」
「いいよ、気にしないで」
 渡されたハンカチで涙を抑えようとするも、目が熱くなり、後から後から溢れ出すそれは抑えきれなかった。
「……何か無理でもしすぎてるんじゃ、と思ったけれど、そういうわけでは無いのかな」
 雪久に言われて勇太はひたすらに頷く。少なくとも、実生活で最近は無理や無茶はしていない。
「じゃあ、もしかしたら、眠っている間に、君の中の誰かが、他の誰かの悲しみを受け取ったのかも知れないね」
「誰かが……?」
 ようやく収まりかけた涙を拭い勇太は雪久へと問いかける。
「ああ、同じ境遇をした誰かの辛さとか、悲しみとかを受け取って、泣けない誰かのかわりに泣く……。でも、それはなかなか出来る事じゃない。優しい心が無ければ他の誰かの為に泣くことは出来ないんだよ」
 雪久は優しく勇太の肩を叩く。お疲れ様、とでも言うように。
 一体誰の悲しみを受け取ったのか、そして誰の為に泣いたのか。
 それは勇太には分からない。
 けれどそれにより誰かの心が救われたならと願い、勇太は残った涙の雫をしっかりとぬぐい取ったのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生

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■         ライター通信          ■
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 お世話になっております。小倉澄知です。
 ある意味で過去の苦しみを乗り越えようとするお話……になったような気がします。
 誰かの思いを共有するって難しい事ですよね。きっと。でもそれを為した勇太さんはスゴイなと思います。
 この度は発注ありがとうございました。もしまたご縁がございましたら宜しくお願いいたします。