■まだらイグニッション! さいご。■
ともやいずみ |
【8001】【エミリア・ジェンドリン】【アウトサイダー】 |
『電脳ゲーム【CR】(ケミカル・リアクション)は現在運営を停止しております。
ダイブされる皆様には大変ご迷惑をおかけし、申し訳ありません。
現在復旧の目処は立っておりませんが、原因を早期解決し、再び皆様にあいまみえますことを切に願っております』
ダイブを開始します…………。
5、4……3……2…………1…………0。
ようこそ、電脳ゲーム【CR】へ。
それでは……ゲームスタート。
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まだらイグニッション! さいご。
なにが、おきた?
目の前の光景に、エミリアは呆然とするしかなかった。
部屋だ。目の前に部屋がある。
床も壁も天井も、白と黒のタイルが交互に敷き詰められており、不気味としか言い様がなかった。
その部屋の中心には、二脚の椅子と、一つの四角いテーブルがあり、テーブルの上には盤上遊戯らしきものが置かれていた。
床には二人の人間が、子供が倒れている。白と黒の衣服をそれぞれ着ている、まったく同じ顔の……中性的な顔立ちの子供だ。少女にも見えるし、少年にも見える。
その二人の傍には、無表情のウテナが佇んでいる。
エミリアに攻撃をしてきたウテナだろうか? だが衣服が違う。元の、エミリアのカードだった時と同じ衣装に身を包んでいた。
床の子供は、絶命、しているのだろうか……まったく動く気配がない。
「ウテナ」
ともあれ、事態がわからない以上、知っているであろうウテナに訊くのが一番なのはわかっていた。
しかしどうだ? ウテナのあの、冷たい瞳は。
ぞくりとさせるような、虚ろな瞳だ。エミリアのカードの時のウテナでさえ、こんな表情はしていなかった。
「いったい、何がどうなっているの……?」
その子供たちは何者なのだ?
エミリアの疑問に、ウテナはくるりときびすを返し、「どうぞ」と椅子を引いた。座れ、とでも言うように。
エミリアは決意して部屋に踏み込む。同時に、両開きのドアが消えうせた。
(! 戻れない、ってこと?)
いいや、ここまできたのだ。真相を確かめなければ、おさまらない。
エミリアは、椅子の前まできてから床の子供たちを見遣る。椅子に座るには、彼らの一人をどけなければならない、が……。
思い悩んでいると、ウテナがすぐそばの子供を蹴った。そのまま、子供の身体は跳ねるようにして転がり、部屋の隅まで移動する。
「…………」
驚愕に目を見開くエミリアに、「どうぞ」と短く促した。
不気味だ。
そう思いつつも、エミリアは椅子に腰をおろす。
対面のほうに、ウテナが腰掛けた。
ウテナは倒れている駒を拾い、盤上に並べていく。
「さぞや疑問にお思いでしょう、エミリア・ジェンドリン」
「? あなたは誰? ウテナじゃないの?」
「ウテナでもあり、ウテナではない。このゲームの根本、システムそのものであると考えてください」
淡々と述べるウテナは、急に衣装が変わった。いつものアラビア風のものではなく、黒と白の衣服へだ。
「床の、子供が黒幕?」
尋ねた言葉に、ウテナは肯定してきた。
「このゲームが『閉じた世界』になってからは、そうなります」
「誰が倒したの……。まさか、あなた!?」
「そうなりますね、確かに」
頷き、ウテナは小さく言う。
「とはいえ、この子供たちは死んではいない。
少々、人間の毒に侵されすぎ、自我を失っているだけなので……じきに目覚めるでしょう」
「? 人間の毒?」
「『感情』です」
はっきりと言い放ち、ウテナは黙々と駒を並べる。どこにこんなにもあったのかというほど、盤上にはたくさんの駒が並べられていく。
そしてあまりにも静かだった。
「『心』と、ひとは言います」
「こころの、何がいけないの」
「我々はひとではありません。かといって、ひとではないからと感情が芽生えないということはないでしょう」
「?」
「奇跡があるというのなら、そういうこともあるかもしれない。
――けれど、我々はプログラムされた架空の存在。ソレはあってはならないこと」
「どうして!」
エミリアは思わずテーブルを叩いて立ち上がった。
「感情が、心があったっていいじゃない! 私は、私は最初、ほんのちょっとした興味からここまで来たけど、ウテナと共にやってきたことは、良かったと思ってる! すべてはこの子供たちの茶番だったとしても」
「違うのです、エミリア」
「違う、って、」
「例えば」
ウテナは盤上の駒を、動かす。トン、と軽く置かれたその駒に、エミリアの視線は釘付けだ。
「例えば、どんな遊戯には『ルール』はあります。それは人間社会も同様でしょう。
その『ルール』を逸脱すれば、異端などと呼ばれることになります。失敗、とも」
「ウテナ……」
「そして、我々ゲームの存在は、決してプログラムから外れてはいけない。プログラムが自我を持ってはいけない」
「どうしてそんなに言うの!」
「では」
すっ、とウテナは瞳をエミリアに向けた。氷のような瞳だった。
「では自分勝手に使用カードが動くゲームがあって、『ルール』は成り立つとでも?」
「それ、は」
「人間同士とて、決してうまくいかないことがあります。
今までのプレイヤーすべてがカードとうまくいっているのは、『そのようにプログラムされている』からです。ルールを破った、例えば感情を持つカードが相手ならば、こうはいかない」
「そんなことないわ! 人間同士、確かにいがみ合ったり、憎しみあったり、仲違いすることだってある。でも、それでも」
「いいえ。エミリアはわかっているはずです」
あなたは、人間ではないのだから。
拒絶のような言葉に、エミリアは何も言えない。
エミリアは楽しいことが好き。娯楽が好き。自由をなによりも愛する。束縛が……嫌い。
けれど……。
「あなたはウテナに心があると信じた。それは間違っていない。どれだけウテナに嫌悪され、冷たくされようともあなたは耐えた」
「…………」
「心には心が返ってくる。応じてくれる。そんな希望を抱き、あなたはここまでやって来たはず」
「ウテナ……」
「ウテナが笑顔を見せれば、嬉しくなったはず。感情があるのだと、あなたは勘違いした」
それは。
「けれどそれは、あなたに好意が返された場合」
「違う」
「エミリア、よく聞いてください。べつにあなたを責めているわけでも、詰っているわけでもないのです」
ウテナは人差し指で、動かした駒を軽く弾いて倒す。ドミノのように、駒すべてが倒れていく。
「例えば、よく人間社会には、機械が意志を持つことを危惧する作品が多いはず」
「え? え、ええ、そういえば、そういうテーマは多い気はするけど」
「感情を持った機械たちが、反乱を起こして人間を襲う。人間を自分たちよりも格下と判断したがゆえ……または、復讐のため」
「…………」
「けれども、そんなこと……『現実に一度たりとも起こっていますか』?」
「え?」
「機械が意志を持つなど、空想では可能でしょうが、目で見たことは?」
「な、ない、けど」
「そう。『ない』。ないのです、エミリア」
ないからと言って、けれどもウテナに感情がないなんて、思いたくなかった。
エミリアは渋い表情で、大人しく椅子に腰をおろす。
「この駒たちのように、一部が崩れればあっという間にすべてが瓦解してしまう。この世界において、感情を持つということは、そういうことなのです」
「でも、感情は悪いものじゃないわ」
「真に感情があるならば、私たちは私たちの世界に入ってきた人間と仲良くするとでも思いますか?」
「そ、それは……」
「見知らぬ人間と、信頼を築き、使われるのを良しとするでしょうか? それは違いますよね、エミリア」
「…………」
「距離を徐々に縮め、互いに信じあう。夢みたいな話です」
「夢じゃ、ないわ……。努力すれば」
「けれども、意志が芽生えて、果たしてそれは『全員』に合致するでしょうか?」
全員、という言葉にエミリアは言葉が出ない。
個性、というものがある。人間にも、エミリアたちにも。同一ではない。
「現に、ここに転がっている子供、我々の上に立っていた彼らもまた、『感情』というものによって、歪になった」
「歪に……?」
「確かに彼らはこの世界では『神』でした。プレイヤーたちの動向を見守り、時には制裁をくだし、時には救済もする」
でも。
「それが『感情』によって天秤が傾きすぎた」
常に平等であらねばならないシステムに、狂いが生じた。
そして感情を得て、能力カードを支配下においてゲームの采配をおこなった。
「我々は、ゲームのシステムは、プレイヤーの娯楽にすぎない。それを狂わせるなど、あってはならない」
はっきりと言い放ったウテナの瞳は強い意志に溢れている。エミリアは信じられなかった。心がないなんて、信じられない。
「あなたはとてもいい主人でした、エミリア。通常ならば、あなたのような主人は、ウテナではなく、もっと違うカードがつけられたはず」
「私はウテナで良かったと思ってるわ」
これだけは譲れないとばかりに言う。
「良くも悪くもこのゲームを楽しめたし、ウテナのことは気にかかってた。確かにあなたの言うとおり、ゲームが勝手におかしくなったら、みんな困るわよね」
「はい」
「つまりは、あなたたちは『ルール』の中で、感情という擬似的なものを得ているということ?」
「そうです」
「それは、本当の感情と区別がつくの?」
「おかしなことに、つくのです」
ウテナは静かに言う。そう言うのだから、そうなのだろう。悲しみも、喜びも、きっと彼らの中ではあっさりと捨て去れるものなのだ。
「私をどうする気? ここに閉じ込めるの?」
「いいえ。あなたには願いが」
「願い?」
「プログラムを破壊して欲しいのです」
「……つまり、このゲーム自体を『壊せ』ってこと?」
「我々は、命令されたことしかできない。それにもう、このままでは破綻を繰り返すばかりで純粋にゲームを楽しむプレイヤーたちに迷惑がかかります」
それはただの事実で、きっと彼らにはそこに謝罪の気持ちはない。
ただ、あるがまま。自分たちの正しいままの姿でいることに意義を感じているのかもしれない。
(感情が本当にないのかしら)
なくても、あっても、もうどうでもいいのかもしれない。
エミリアは立ち上がる。
「わかったわ。どうすればいいの、具体的に」
「この部屋を壊してください。あなたの武器を召還して」
「できるの?」
「できます。ここは最終ステージ。さあ」
促すウテナに、エミリアは微笑んだ。
「潔いわね。そういうところ、好きだわ」
「そういう感情はわかりかねます」
端的に言うウテナの姿が消えうせる。残されたエミリアは、己の武器を……呼んだ。
***
オンラインゲーム『CR』は閉鎖してしまった。
その真実を知るのは、世界にただ一人……エミリアのみ。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【8001/エミリア・ジェンドリン(エミリア・ジェンドリン)/女/19/アウトサイダー】
NPC
【ウテナ(うてな)/無性別/?/電脳ゲーム「CR」の能力カード】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、ジェンドリン様。ライターのともやいずみです。
果たしてウテナに感情はあったのか否か。けれどエミリアに託した想いは、嘘ではないはず。いかがでしたでしょうか?
最後までおつきあいいただき、少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
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