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■とある日常風景■

三咲 都李
【8583】【人形屋・英里】【人形師】
「おう、どうした?」
 いつものように草間興信所のドアを叩いて入ると、所長の草間武彦(くさま・たけひこ)は所長の机にどっかりと座っていた。
 新聞片手にタバコをくわえて、いつものように横柄な態度だ。
「いらっしゃいませ。今日は何かご用でしたか?」
 奥のキッチンからひょいと顔を出した妹の草間零(くさま・れい)はにっこりと笑う。

 さて、今日という日はいったいどういう日になるのか?
とある日常風景
− 草間興信所・お野菜事件 −

0.
 がらんとした部屋。人の気配はない。
 手には籠に入った、取れたて新鮮のさやえんどうとたまねぎ、大根。
 どれも見るからに美味しそうな旬の野菜である。
 それを手近な台の上に置き、置いてあった紙に文字をしたためる。

『お裾分けです』

 その一筆を書くと、何か忘れているような気もしたが…ま、いいだろうと思ってその場を後にした。


1.
「お兄さん、事件です!」
 草間興信所の所長の妹、草間零(くさま・れい)はずずいっと所長である兄、草間武彦(くさま・たけひこ)ににじり寄った。
「…何が事件なんだ? 最近怪奇の類は来てない筈だが?」
「いいえ! お兄さん。ここ数日、お兄さんが食べている野菜に関して重大な事件です」
 自分の食事に関すること、ということで草間はピクリと反応した。
「…俺の食っている野菜?」
「はい。大事件です」
「いいから話せよ」
 話を促す草間に、零はコホンと1つ咳をして話しだした。

「それは、先日のことです。お兄さんは依頼の調査へ。私はお買い物に行っていました。時間は…そうですね大体1時間くらいのことでしょうか」
 ひとつひとつをしっかりと思い出すように零は話を続ける。
 草間はその話に耳を傾ける。
「買い物をして帰ってくると…そこには! 不思議なことに籠に入れられて新鮮なお野菜が!」
「ん? まて。それはおまえが買って配達を頼んだ、とかじゃないのか?」
 草間がそう聞くと零は首を横に振った。
「いいえ、そのくらいは自分で持てますから、人様の手を煩わせるようなことはしません」
「ふむ…。で、何が大事件なんだ?」
「はい、そのお野菜には『お裾分けです』と書かれた紙と共に置かれていました。署名はありませんでした」
 零はごそごそとスカートの中から1枚の紙を取り出した。
 どうやらこれがその野菜と共に置かれていた紙のようだ。
「…ん〜、うちの事務所にあった紙だな。筆跡に見覚えは…ない」
 草間は零からその紙を受け取り、まじまじと眺めた。
「私、それを持ってご近所の皆さんに聞いて回ったんです。そしたら…なんと! 皆さんのところにも同じような書置きの添えられたお野菜が届けられていたんです!」
「なるほど…、そりゃ奇妙だな…で? どの辺が大事件なんだ?」
 草間の言葉に、零はきりっとした笑顔ではっきりと答えた。

「そのお野菜が大変美味しそうでしたので、先日からお兄さんのお食事に使用していました。ですが、特に異常もないようで私、とっても安心しました」

 …毒見させられていた!?
 無言のまま表情が固まった草間は、この事件の犯人を探し出すことを心に誓ったのであった…。


2.
 ふんわりと柔らかそうな金の髪を1本の三つ編みに纏め、右目の下には涙の模様。
 ゴスロリ服を着た娘はトランクと籠を持ち、草間興信所の前に立った。
 2階を見上げると明かりがついている。人の気配がある。
 ブザーは押さず、そのまま階段を上がる。そして扉の前に立つ。
 はぁ〜ふぅ〜。
 深呼吸を1つ。よし。今日こそは…。
「邪魔をする」
 ガチャリと扉を開けると、目の前の机には所長と思しきサングラスをかけた男と、その脇には小柄な少女が立っていた。
 微かに狐の声が聞こえた気がした。
「おう、どうした? …見かけない顔だな」
 男はそういうと「俺がここの所長、草間武彦だ」と名乗った。
「いらっしゃいませ。今日は何かご用でしたか?」
 にっこりと笑う少女はそう言ってから、「あ、私は探偵見習いの草間零と申します」とぺこりと頭を下げた。
「私は人形屋・英里(ひとかたや・えいり)。よろしくたの…」
 英里が自己紹介を終えるか、終えないかのタイミングで「あーっ!!」と草間が叫んだ。
 見れば草間は英里を指差して何か口をパクパクとさせている。
 いや、よく見れば英里を指差しているのではなく、どうやら籠を指差しているようだ。
「それ…それ! もしかして…おまえ!?」
 籠の中から見え隠れする人参、みつば、トマトの赤い実。
「これは…」
 英里が説明しようとする前に、草間は「言うな! おまえがここに来たわけがわかった」と制止した。

「おまえも『野菜事件』の被害者だな? その野菜が家に置いてあったんだろう?」

 ドヤ顔でそう言われ、英里はパチパチと目を瞬たかせた。
 違うとも、そうとも言っていないのに、草間は勝手に話を進めていく。
「この『野菜事件』は意外に広範囲にわたって被害者がいるようだな。これ以上被害者を出さないためにも証言を集める必要があるな」
 英里はうーむと考えて、ドンと野菜の入った籠をソファのセンターテーブルに置いた。

「何か誤解をしているようだが…これは…私が作った野菜だ」
 

3.
「へ?」
 素っ頓狂な声を出して草間が英里の顔をまじまじと見た。
 英里は話し始めた。事の真相を。

 英里の家は廃屋と思われていた近所の洋館で、その屋根裏には家庭菜園が出来るスペースが作ってあるのだという。
 心をこめて作った作物たちは、それはそれは大量に、そしてどこの店に出しても恥ずかしくない立派なものが出来る。
 しかし、英里1人では食べきれる量ではない。
 とにかく豊作。作れば豊作。頑張らなくても豊作。
 折角出来たものを捨てるのも忍びないので、英里は妙案を思いついたという。
 それすなわち『お裾分け』である。
 近所の人にお裾分けすることはいいことだ。
 …仲良くなれたりするかもしれない。
 そこで野菜を手に各家々を回ったのだが…これがことごとく留守。
 タイミングが悪いのであって、英里が悪いわけではない。
 英里はこれがお裾分けであることをわかるようにと、一言書き添えた。
 しかし、英里は忘れていたのだ。
 自分の名前を書き添えておくことを…。

「そうか。何か忘れていると思ったが、私は名前を書き忘れていたのか」
 英里は納得顔で頷いた。
「その一言があれば、俺だってこんな調査しなくて済んだんだぞ!? 名前は大事だ!」
 草間のこれは完全に八つ当たりです。
 と、零が草間に向かって諭した。
「お兄さん、美味しいお野菜を頂いてその言葉は大変失礼です。それにもし、英里さんが『そんなに嫌だったなら、野菜を返して欲しい』と言われたらどうするのですか? お野菜は全てお兄さんのお腹の中ですよ?」
 グッと言葉に詰まる草間。返す言葉もない。
 零は英里に向き直ると深々とお辞儀をした。
「美味しいお野菜のお裾分け、ありがとうございました。とても嬉しかったです」
 顔を上げた零はにっこりと、とても嬉しそうな笑顔だった。
「ほら、お兄さんも美味しかったのなら素直にお礼を言ってくださいね」
 そう言われた草間は、少し照れくさそうに横を向いた。
「その…美味かった、野菜。八つ当たりして悪かった」
 英里はそんな2人を見て、微笑んだ。
「よかった。食べてもらえて、野菜もきっと喜んでるよ」


4.
「こんにちは。また持ってきたよ」
 籠いっぱいの野菜を持って、英里は度々草間興信所を訪れるようになった。
 虫の知らせか、なぜかやはり英里の来る少しだけ前に狐の鳴き声がするような気がしたが、草間は特に追及しようとはしなかった。
「今日はなすとささげとほうれん草を持ってきたんだ」
「うわぁ〜とっても新鮮です!」
 草間たちの計らいにより無断でお裾分けをしてきた家にも説明がいきわたり、英里のお裾分けはちょっとした期待と共に有名になった。
「もう他の家には分けてきたから、草間さんとこに全部あげるよ」
「うわぁ! 助かります」
 零がにこにこと喜んで、野菜を手にとっている。献立でも考えているのだろう。
「ところで草間さんと零さんはさ、何か好きな野菜とかあるのか?」
「これからの時期なら…やっぱりスイカだな」
「お兄さん、買うと高いからってリクエストしないでください」
「り、リク…??」
 横文字に弱いらしい英里が不思議な顔をしたので、零は慌てて説明をした。
「あの、リクエストというのは、これがいいっていうことで…あっ! でもお兄さんの言ったスイカを作ってくれということではなくて…あの…えっと…」
 言葉に困った零に英里はあぁと納得し、コクリと頷いた。
「困らなくていいよ。それぐらいなら作れるし」
「スイカを『それぐらい』って…おまえ、実はプロか!?」
「プロ? 風呂?」
 小首をかしげる英里に零はまた慌てて説明を始める。


 それが、人形屋英里と草間興信所の初めての物語。
 そして、これからに続く物語…。


■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 8583 / 人形屋・英里 (ひとかたや・えいり) / 女性 / 990歳 / 人形師


 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
 
 NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い

■□         ライター通信          □■
 人形屋・英里 様

 初めまして。こんにちは、三咲都李です。
 初めての物語、初めての草間興信所。
 英里様のキャラクターが壊れていなければいいのですが…。
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。
 ご依頼ありがとうございました。