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■【りあ】 Scene1・スペシャルな出会い■

朝臣あむ
【8586】【白瀬・真比呂】【中学生退魔士】
 ガチャガチャと食器の音がする。
 音の元凶は燕尾服を無造作に着こなした青年だ。
 彼は左目に眼帯を嵌めたまま、皿を次々とトレイに乗せてゆく。
 その山頂はそろそろ崩れ落ちそうだ。そこに繊細で細く長い指が伸びてきた。
「千里。そんなにお皿を積んではダメだよ」
 慣れた手つきで皿を別のトレイに移すのは、穏やかな相貌の青年だ。
 千里と呼ばれた青年は彼を見ると、面倒そうに溜息を零した。
「なら梓、お前がやれよ。俺には性に合わねえ」
 そう言ってトレイごと梓と呼んだ青年に食器を押しつけた。
「まったく。ノルマをこなさないと怒られるのは千里なのに」
 スタスタと店の奥に下がってしまう千里に呟く。
「本当だよね〜。千里ちゃんってば、ワガママ〜」
 ひょいっと顔を覗かせて千里が押しつけたトレイを奪ったのは、水色の髪をした少女だ。
 彼女は大きな瞳を笑みの形にして、梓を見た。
「梓ちゃん。良い人なのも良いけど、好い加減にしないと千里ちゃんの仕事全部回ってきちゃうよ?」
「それはないよ。それより、葎子ちゃんは接客の方は良いの?」
「大丈夫♪ 菜々美ちゃんが変わってくれたから♪」
 笑顔で言い放った葎子に、梓の眉がピクリと動く。
 そして――。
「ひぃぃぃぃっ!! な、なんなんだ、この店はっ!!!」
 店の一角から悲痛な叫び声が聞こえた。
 目を向ければ、黒髪の少女が眼鏡を光らせてニヤリと笑っているのが見える。
「あらん、お客様? この店はお触り厳禁――知らなかったなんて言葉で片付けるなよ」
 ドスの利いた声に客は竦み上がってふるふると震えている。
 テーブルの上にはナイフが突き刺さっており、先ほどの悲鳴の理由が伺えた。
「あ? 何の騒ぎだよ」
 騒ぎに気付いて千里が戻って来た。
 既に燕尾服の燕の字もなくなった服装だが、この際それはどうでも良い。
「蜂須賀さんがお客様相手にキレたんだ」
「あのアホ、またかよ」
 チッと舌打ちを零して千里は菜々美に近付いた。
「おい、ほどほどにしとけよ」
 ポンっと肩に手を置く。その瞬間、千里の額に冷たいものが触れた。
「……菜々美、何だこりゃ」
 目を向けるまでもなく分かる。今、千里の額に添えられているのは銃だ。
 まあ、普通の銃ではことを知っているので千里は動揺しない。
 しかし客は違った。
「ひぃぃぃぃ!!! 殺されるぅぅぅ!!!!」
 わたわたと自分の上着をかき集め、脱兎の如く店を飛び出したのだ。
「あー、無銭飲食っ!」
「いや、今気にするのはそこじゃないと思うよ」
 葎子の叫びに、空かさず梓が突っ込みを入れる。
 客が去った後も、千里と菜々美の一発触発の状態は続いていのだから当然だろう。
「千里、実験体を逃がした罪は大きいぞ。黙ってあたしの実験体になれ」
 ドスの利いた声で呟く菜々美に、千里は動じた風もなく銃を指先でツイッと横に流した。
「付き合ってらんねえ」
 そう言って歩き出そうとした時だ。
――チリリン、リンッ。
 店の奥から呼び鈴が鳴った。
 その音に4人が顔を見合わせる。
「ほら、騒ぐから」
「あはは♪ オーナーにバレちゃったみたいだね?」
「……あー……メンドイ」
「実験体の確保なら、あたしが行く」
 それぞれが好き勝手呟いて、店の奥へと歩き出す。
 これより後、無銭飲食犯を逃がした4人には、その捕獲が命じられた。
Scene1・スペシャルな出会い / 白瀬・真比呂

 そこかしこに出来た水たまりに青空が映り、すっかり空は快晴になった午後。
 まだ少しだけ雨の香りが残る中、道路の中央にちょこんっと佇む女の子がいた。
 ここは住宅街のど真ん中。そう頻繁に車も通らないので、彼女が立っていても通行の邪魔にはならない。
 それでも道路の真ん中という性質上、危ないことには変わりないのだが……
「……」
 女の子は目の前を見詰めて動かない。
 その視線の先に居るのは真っ白な子猫だ。腰を据え、不思議そうに女の子を見ている。
 その様子に女の子の赤の瞳が、不思議そうに瞬かれた。
『にゃあ』
 お腹でも空いているのだろうか。それとも親とはぐれたのだろうか。
 詳しい事情は彼女も知らない。
 ただ道を歩いていたら遭遇して、真中に居るので立ち止まった。それだけのこと。
 女の子の名前は白瀬・真比呂と言う。
 ごらんの通り少々表情に乏しいのが気になる女の子で、これでも中学生だ。そして驚くべきことに、退魔師と言う肩書きも持つ。
 どう見ても外見だけなら中学生なのだが、その実は――と言った所だろう。
「…………」
 真比呂はじっと子猫を見詰め、その場から動こうとしない。
 子猫もまた、彼女につられるようにその場に鎮座したまま動かない。
 このままではどちらも永久に動かないのではないか。そう思った時、真比呂の目が遠くへ飛んだ。
 微かに鼻に届く異臭。そして、瞳に映る黒の物体。
 何かが居る。
 そう彼女の頭が判断した時、子猫もまた動いた。
「!」
 ヨチヨチと歩く先には、異形の存在が。
 あろうことか、子猫は現れた不思議生物につられるように動き出したのだ。これには止まったままだった真比呂も動き出した。
 表情無く歩き出した彼女の足が、子猫と異形の存在の間で止まる。そうして対峙した存在に、彼女は1つ零した。
「……お前は『魔』か?」
 彼女の口から初めて零された声。それは異形の存在への問い。
 漆黒と言うには薄汚れた黒い体に、餓鬼の様に膨らんだ腹。口から垂らす涎と、全身から漂う異臭は鼻を塞ぎたくなるほどだ。
 しかし真比呂は表情ひとつ変えること無く、静かに問いの答えを待っている。
 『魔』か『否』か。
 この問いは、どのような敵でも必ず尋ねる、真比呂の口癖のようなものだった。
 例え答えがあるないにしろ、この問いを投げた後で行動に出る。例えば、今の様に。
「……『魔』か」
 鋭い爪を光らせ、奇声にも似た声をあげて飛び掛かる存在に、真比呂はそう呟いた。
 相手が『魔』かどうか、それさえ分かれば彼女の行動は素早い。
 すぐさま応戦の構えを――
 そう思った時、彼女は思わぬ物を目にした。
「ガキが何うろちょろしてやがる!」
「……」
 ガキ、とは、自分のことだろうか。
 まじまじと見上げたのは、自分よりも遥かに背の高い男の人。黒い髪に紫の瞳。片目だけ眼帯で塞いで見えないが、鋭くて殺気の篭った目が異形の存在を睨んでいる。
 彼は手にしている刀を振り上げると、一気に異形の生き物に向かっていった。その動きは俊敏で、呆気にとられるほど正確。
 彼は真比呂を庇うように、彼女を背にして敵に斬りかかって行く。そうして立ち竦む彼女をチラリと見て言い放った。
「その子猫を拾っとけ! 良いか、動くんじゃねえぞ!」
 子猫?
 そう言われて足元に目が落ちた。
 よく見れば、子猫が真比呂に縋る様に身を寄せる。
 異変を感じ取ったのだろうか。それとも単純に遊んでほしいだけだろうか。
 どちらにせよ、ここにいるのは危険だ。
 真比呂はその場にしゃがみ込むように子猫を拾い上げると、再び立って彼の動きを見詰めた。
 何故、この男の人は闘っているのだろう。闘うのは自分の役割ではないのだろうか。
 それに、動くなとは如何いう意味だろう。
 色々な思考が頭を巡るが、真比呂の今までの人生だけではそれを纏めきることは出来なかった。
 ただ、なんとなくわかることがある。
 それはこの人が自分を『守ろう』としているということ。
「……なんで?」
 思わず口を零れた声に、子猫が鳴く。
 どうしたのか。そう問うているのだろうか。
 その声に視線を落とすと、前方から凄まじい音が響いてきた。
「!」
 目を向けた先で、異形の存在に止めを刺す姿が見える。
 鋭い刃で胸を突かれ、奇声をあげて崩れ落ちる存在。それを無言で見詰めていると、刀に付いた瘴気を払って男の人がこっちを見た。
 面倒そうに溜息を零す姿。
 それに真比呂の目が瞬かれる。
「あー……怪我は無いか?」
 怪我?
 そう顔をあげると、苦笑に似た笑みが見えた。
 その笑みを見た瞬間、何かを言わなければいけない気がしたのだが、何をどうしていいのかわからない。
 そもそも自分は助けられたのか、それともただ現場に居合わせただけなのか。その辺もあいまいで良くわかっていない。
 不思議そうな顔で、無言でいる真比呂に、男の人は困ったように頭を掻くと、少しだけ身を屈めて顔を覗き込んで来た。
「怖い思いをしたんだな。気が付かなくて、悪い」
 そう言って頭をクシャリと撫でてきた。
 不思議な感覚。
 くすぐったいような、もぞもぞするような、なんとも言えない感覚に真比呂の目は際限なく瞬かれる。
「まあ、無理に何か言う必要はねえ。それよかその猫はあんたのか?」
 ポンポンっと頭を撫でて、今度は子猫の頭を撫でる仕草に緩く首を横に振る。
「そうか。随分と懐いてるようだが、迷子かね」
 子猫を見るその人の表情は、さっきの異形の存在に向けていたのとはまるで違う、どこか優しげだ。
「……ありがとう」
 ぽそっと零した声。
 今までの言葉を要約するに、たぶん、彼は自分を助けてくれた。
 ならこういう時なにを言うべきなのか。たぶん、今の言葉であってるはず。
 もし間違っていたら、こういう時に使う言葉ではない。そう覚えておけばいいだけ。
「どういたしまして、だな」
 ぽふんっと頭に置かれた手に、思わず目を瞑る。
 聞こえた言葉、頭に触れる手。それで今の言葉が正解だったとわかる。
 真比呂は頷きを返して瞼を上げると、男の人の顔を見た。その顔はすごく近い。
「あんたはこの辺の子か? もし動けないようなら送って行くが、どうする?」
 気遣ってくれているのだろうか。
 そう言えば、誰かに助けてもらうのも、こうして気に掛けて貰うのも初めてな気がする。

――不思議な人。

 これが真比呂の抱いた彼への感想だった。
 彼女は静かに彼の顔を見詰め、やがて、首を横に振る。
 その仕草を見て、彼は笑んだ。自然に安堵を含ませながら。
「大丈夫なら良いんだが、まあ、気を付けて帰れよ――っと、そうだ」
 屈めた身を戻そうとした男の人が、真比呂の顔を改めて覗き込む。そうして手を伸ばすと、彼は子猫を撫でた。
「この子猫、あんたのじゃないなら、俺が引き取っても良いか?」
「?」
 何故?
 そう見上げると、彼は小さく肩を竦めて笑った。
「たまには生き物と生活するのも悪くない。そう思っただけだ」
 そう言って手を差し伸べてきた。
 子猫は真比呂の腕の中で、男の人に撫でられて気持ち良さそうにしている。
 ふかふかで、ふにふにで、それなのに細くて。
 不思議な生き物が腕の中でゴロゴロ鳴いている姿は、どことなく新鮮だった。
 だからだろうか、不意に言葉が零れる。
「……渡したら、会えない」
 ぽそっと零された声は、子猫との別れを惜しむもの。
 思わず口を出た言葉に、真比呂自身も驚いたように彼を見た。
 なぜこんなことを口にしたのだろう。
 確かにこの生き物は不思議で暖かい。だがそれだけだ。
 強くもなさそうだし、役にも立ちそうにない。
 それでも、また会いたいと思った。
 それが彼女の中の真実。
「会いに来ればいい。そうだな……コイツを渡しておこう」
 そう言って男の人が差し出したのは名刺だった。
 執事&メイド喫茶『りあ☆こい』と書かれたそこには、鹿ノ戸・千里と言う名前が書かれている。
 これがきっと、この人の名前。
 真比呂は頭の中で名前を小さく呼ぶと、名刺をじっと見詰めた。
「この店に来れば大抵はいる。子猫に会いたきゃ遊びに来い」
 飲み物くらいならサービスする。
 そう言って男の人は真比呂の腕から子猫を拾い上げた。その仕草はやはり優し気で、なんとなく目で追ってしまう。
「ん?」
 突然、子猫を見ていた男の人の目が真比呂に向かった。そして、もう一度子猫を見て笑う。
「お前ら、似た者同士なんだな」
「?」
 なんのことだろう?
 そう首を傾げると、目の前に子猫の顔が置かれた。
 よく見ると、子猫の目は赤。そして毛並みは白。
 対する真比呂の目も赤で、髪は陽の光を浴びてキラキラと輝く銀色だ。
 確かに、似ている。
「よし、今日から当分の間はお前の名前は『ふしぎ』だ。良いな?」
 男の人は満足そうにそう言ったが、子猫はどこか不満そうだ。
 それを彼もわかっているのだろう。
「次に会ったらあんたの名前と、コイツの名前を教えてくれ。それまで名前はこのままだ」
「……名前」
 ぽそっと零してなんとなく頷く。
 それを見て、男の人は真比呂の頭を撫でた。
「それじゃ、店に戻らなきゃなんないんで行くぜ。またな、不思議ちゃん」
 不思議、ちゃん?
 クッと喉を鳴らして笑う声が耳に残る。
 真比呂は無言で立ち竦み、ただその人が去って行くのを見詰めた。
 そして、姿が見えなくなって目を瞬く。
「……不思議、ちゃん?」
 なんとも不思議な出来事で、何が起こったのか未だに理解できない。それでも分かるのは胸の奥が、ほんわかとしている、ということ。
 それが何なのか、今の真比呂にはわからない。
 それでも思う事がある。

――彼にはまた会ってみたい。

 彼女はそう思い、見詰める名刺の名前を、頭の中で繰り返した。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 8586 /白瀬・真比呂/ 女 / 13歳 / 中学生退魔士】

登場NPC
【 鹿ノ戸・千里 / 男 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】


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■         ライター通信          ■
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はじめまして、こんにちは。朝臣あむです。
この度は「りあ☆こい」シナリオへの参加ありがとうございました。
あまり喋らない真比呂PCをどう動かすか。今後の展開なども視野に入れ、子猫を登場させてみました。
勝手に子猫を触ったのははじめてなのよ……的な描写になっておりますので、気になりましたらリテイクをお願いします。
今回のお話がPL様のお気に召していただけることを祈りつつ、感謝の気持ちをお伝えします。
このたびは本当にありがとうございました。
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います。


※今回不随のアイテムは取り上げられることはありません。
また、このアイテムがある場合には他シナリオへの参加及び、
NPCメールの送信も可能になりました。