■ある集落の訪問者■
蒼木裕 |
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】 |
「お前はどこから迷い込んだ馬鹿だ? こんな『異常』を持ち込みやがって」
甚兵衛を身に纏った彼――筵(むしろ)は相手を見ると共に辺りを漂う瘴気に顔を潜めた。
其処は東京の外れ、広がる森の霞の奥にひっそりと位置付く、大きな集落。
あやかしと人とが細々と身を寄せ生きる其の場所では、物の怪に憑かれた者達も決して少なくは無い。
あやかし、人、物の怪憑き――。
三種三様の様を見せる閉ざされた其の空間は、時に微睡み不安定な意識を齎す。
其処に在る者は何時、何処からか寄り添い、其々何かしらの強い想いを持つ者、周りから外れた異端の者――。
そして是と言った自我を持たぬ者は時に外界より紛れ込み、住み人を誘う天然のあやかしに因って生ずる、集落へ集まる異常な障気に抗えず、痛ましくも、大切な何かを忘れ逝き変貌を遂げて行く。
然う、其処は全てを放棄され、存在や形すらも忘れ去られた神の隠し場。
「この集落の外への案内が必要なら俺もしくは後ろのガキ共が、何か失われし情報が必要なら書庫の守り人か夢の情報屋の元へと案内してやる。だが忘れるな。此処ではあんたが一番の<問題児>だ」
筵はそう言うと悪い気を纏う相手を睨み付ける。
その後ろでは左右の瞳の色が違う双子らしき少年二人が面白げに笑っていた。
|
+ ある集落の訪問者【綻び結び3】 +
「初めまして。<迷い子(まよいご)>、今日はどんな御用かしら?」
ああ、またか。
俺は床まで付くほど長い灰掛かった黒髪を持つ足の悪いゴシックドレスの少女、フィギュアにそう挨拶されちょっぴりガクッと肩を下げる。今、木製の椅子に座って俺を見つめる彼女には記憶欠陥があり、物をあまり覚えられない。コンピューターなどに例えて言うなら彼女の記憶メモリーは常人よりかなり少なく、かつリセットが頻繁に掛かっているという事だ。
これで何度か俺は彼女と対面しているはずなのに、まだ記憶して貰えていないという事実にそろそろ心が泣けてきた。だがミラーが「彼は確かに<迷い子>だけど初対面じゃないよ」とフォローを入れる。まさかの彼からの言葉に俺は下げていた顔をばっとあげた。
以前彼らにとって俺は『害悪の存在』になっていた事を思い出す。
今追っている男が呪具を使い、このフィールドのバランスを崩し俺を殺そうとした時彼らを――否、フィギュアを思い切り巻き込んでしまったのだ。フィギュアを誰よりも大事にし、愛しているミラーにとってそれはそれは腸が煮えくり返る事態だっただろう。結果ミラーはキレてしまい、村人同様操られていたカガミを躊躇なく攻撃し、その原因を暴力的に取り除いた。仕方が無かったとは言え、あの時の彼の冷徹さを俺は忘れていない。
フィギュアの額にこつんとミラーが額を当てる。この光景は数度見た記憶があり、記憶の受け渡しをしているのだとすぐに分かった。
「……まあ、そんな事があったのね。本当に欠陥品でごめんなさい」
「いや、良いんだけど。俺はアンタがあまり物を覚えられないの知っているし」
「でも覚えるように頑張ってはいるのよ。何回か出逢ったり、共通の接点があれば優先的に記憶出来るようになったもの。――こんにちは、莚(むしろ)。貴方は元気にしていた?」
「それなりに」
俺の後ろに立っていた莚にフィギュアは戸惑うことなく挨拶をする。
つまり彼女にとって優先的に記憶出来た人間なのだろう。同じ案内人であることも関わっているのかもしれない。現実かつ「集落」と「夢」、管轄は違えど導くという行為は彼女にとってさぞかし覚えやすいだろう。
「早速だが情報が欲しいんだ」
「それは『男』の?」
「それは『彼』のかしら?」
「二人はもう俺が此処に来た理由を分かっているだろ。この場所に居れば二人……いや、スガタ達を入れて四人が一番感応能力が強くなる。なら俺が誰を示している事くらい分かる筈だ」
「だけどね、物事には形にしなければ成り立たない言葉もある」
「そうよ。取引でも口約束で人を縛りきれないように、ただ思うだけで通じてしまうならば私達に声は不要だわ」
「貴方が必要な情報を僕らは与えよう」
「貴方が知らない情報をあたしは引き寄せましょう」
「「 でもその代わり貴方は何をこの場に取引材料として出す? 」」
彼らは『案内人』――だが同時に『情報屋』でもある。
情報は無償ではない。そんなボランティアはどこにも落ちてなどいない。そして彼らが欲するのは決して金銭ではないのだ。二人が欲するのは依頼人の『大切な何か』。それを的確に指定してこない事が二人の取引の微妙なところ。試されているのだと察するに容易い部分である。
重要なのは依頼人が差し出すものの価値かつ覚悟。二人が情報を提供するにあたって同価値、もしくはそれ以上だと判断すれば依頼人はこの二人からより多くの真実を得られる。そして彼らもまたそれに見合った仕事を行ってくれるのだ。
勇太はこくっと唾を飲み込む。
『男』の情報は重要だ。彼らが知り得る限りの全てを俺は欲している。等価交換こそ世の基本。俺の大事なものは沢山有り、どれも失うことは痛みに繋がるだろう。
だけど――。
「俺の取引材料は――」
ミラーとフィギュアへとしっかりと紡ぎだす俺の<切り札/カード>。
彼らは俺の言葉に驚愕し、目を大きく見開く。だけど後には引けない――引かないと決めた。研究所に関わるもの全てを壊さなければまた別の害悪が産まれる。だから差し出したカードは俺の中の最強最悪のもの。諸刃の剣であるそれを聞くと、ミラーとフィギュアは互いに顔を見合わせ、そして少女は右手をそっと持ち上げた。
「その報酬はあたし達にとっても重いもの。それでも契約を進めるというのならば――責任を持って、貴方に利益を与える情報を提供すると誓うわ」
俺は右手を持ち上げ彼女の手に手を重ねる。
喪失は怖い。だけどこれ以上の損失は出したくない。大事なのは被害を最小限に抑えること。その為ならばなんだって差し出してやる。少女は指を折り込み、俺もまた少女の手を柔らかく握った。
その時の俺は情報のやり取りに必死でスガタとカガミが後ろで何かを考えていた事など全くわからなかったけど。
■■■■■
応接室にあるローテーブルの前に置かれたソファーに俺は座るよう指示される。
ミラーは空中から既に淹れたての紅茶が入ったティーポットとカップなどが乗ったトレイを取り出し、香りよい紅茶を人数分注ぎいれ、皆に配る。元々二人だけの住居だ。そんなに座るような場所が多くあるわけがなく、莚やカガミ達は俺の後ろで適当な場所に寄りかかったり棚の上に座っていた。フィギュアとミラーと対面した俺は今までカガミ達に貰った情報を彼らに話す。するとフィギュアは目を細め、そして少しだけ険しい表情を浮かべた。
「『男』の能力は大体把握しているようね」
「だけど『男』の能力によって何が行えるかまではどうやら二人には入手出来なかったようだ」
「力不足なのは充分に承知しておりますよ」
「お前らみてーにまだまだ熟練者じゃねーんでね」
「あたし達にだって限界はあるわ。二人とも、覚えておきなさい」
「「 はーい 」」
フィギュアの言葉にスガタは素直に返事を、カガミは少しだけ拗ねたように返事をした。
やがてフィギュアは目を伏せ、そしてくたりとミラーへと寄りかかる。「何を」と俺が問おうとすればミラーが唇に人差し指を乗せ、静かにするようにと示唆した。
一分ほど経っただろうか。やがてフィギュアはその黒と灰色のヘテロクロミアを開く。だが彼女の身体は大きく傾いて。
「フィギュア!?」
「っ――弾かれたわ」
「無理やり『入った』んじゃないだろうね?」
「――……ミラー、あたしが今から貴方に情報を渡すわ。貴方はあたしの代わりに彼に伝えて」
「フィギュア!」
「……大丈夫よ。大丈夫。元々『欠陥品』ですもの……――『完成品』の貴方があたしをまた作ってくれるなら…………」
彼女はそう言いながらまた力なく目を伏せた。
ミラーは一瞬戸惑いの表情を浮かべた後、フィギュアの額に己の額をくっつける。早くそうしてしまわないと彼女の中から『記憶』が『消去』されてしまう。……そして彼女から彼へと渡った情報はミラーが保持をする。それが彼らの関係性。
体勢を横抱きに変え、ミラーは腕の中で呼吸をする眠り姫を愛しく抱く。そして彼女が今しがた潜って調べてきた事柄を彼は口に出した。
「フィギュアは君の提示した取引材料に見合った情報を探ってきたようだ。そのお陰でまた少し記憶が剥げてしまったみたいだけどね」
「だ、大丈夫なのか、それって!!」
「僕が記憶する限りは彼女の欠陥は補う事が出来る。君に心配してもらわなくても結構。――それよりも大事な事を今から伝えるから貴方はちゃんと聞くように」
そう言われてしまえば俺は口を噤むしかない。
目の前の少女が何を探ってきたのか、それを聞く権利を俺は持っているのだから。
「まず一番重要な事を教えよう。『男』の行動を止めるには二つ方法がある。一つ目、『男』に貴方を殺させる。二つ目、肉体的でも精神的にでも構わない。貴方が『男』を殺すかだ」
「どっちにしろ穏便には片が付かないって事かよ……っ」
「要するに今『男』が抱いている脅迫概念――工藤 勇太を殺さなければいけないという意識を排除してやれば良い。方法は自分で考えるがいいよ」
「もしこのまま放置した場合どうなるんだ?」
「いずれ集落の住民は『男』の精神支配を受ける事になるだろう。止める事を選ばないというのならばそれは間違いなく訪れる未来だ」
「あのさ、俺一つ疑問があるんだけど」
「どうぞ?」
ミラーは自分の分のティーカップを取り、フィギュアを抱きしめながら飲む。
俺は彼の説明を聞いて浮かんだ事を恐る恐る口にした。
「『男』の能力って『コネクト』っていって空間と空間を繋ぐ能力だって聞いた。だけど精神感応力は弱くて、それほどじゃないってカガミ達は言っていたんだけど……」
「それは正しい」
「じゃあ、どうして『男』のその弱い能力が脅威になりえるんだ? 人間だって抵抗力がある。精神侵食を拒めば『男』に対抗出来るはずだろう?」
「確かに。人には自衛反応がある。本来なら拒絶反応を起こし最悪ぶつかりあって狂っても可笑しくないんだ。だけど気にならなかったかい? 何故アレほどまでの人間が拒絶する事もなく貴方を殺しに来たのかと」
「――まだ何か秘められた情報があるって事だな?」
「君は今回、取引材料にレアカードを出してきた。今の僕にはそのカードを拒む理由はないから今からその質問には答えよう。……正しくはフィギュアが男の精神からもぎ取ってきた答えだがね」
カツンっと音を鳴らしながらミラーはカップをソーサーに下ろし、そしてテーブルの上に置いた。そして一度未だ目覚めぬフィギュアを強く抱きしめると、俺へと視線を向ける。その視線に――俺は背筋が凍るような寒気が走った。殺意ではない。憎しみではない。ただただ、見つめられただけなのに伝わったのは真剣さと後戻りの出来ない取引の重要さ。
ミラーは口を開く。俺は唇を閉じた。
「『男』の能力の本当の恐ろしさは『コネクト』ではない」
「――どういう、こと?」
「彼が君にとって脅威になるのはそれと精神感応力をミックスしたものにある。確かに彼の精神感応力は弱い。君よりも弱い。そして僕らの中の誰よりも弱いよ。だけどそこに空間を繋げるコネクトを混ぜればどれだけ小さな能力でも『男』は脅威に変えることが出来る。……そうだね、精神も空間なんだ。そう考えてくれた方が貴方にとっては理解しやすいだろう」
「――っ、つまり『コネクト』によって人々の精神の中に容易に入る事が出来るって事か! それも拒絶反応も起こさず、自分の有利なように……ッ」
「そういう事。今の『男』は以前とは違い、自身の精神の一部を対象の精神の中に転移させ、自分の分身のようなものに仕立て上げる事が出来る。覚えているかい? 以前カガミやスガタが操られていた時に靄のようなものがあっただろう。アレが思念体だ」
「あれ、が……」
「他に何か質問は?」
「ある! 男の場所だ! 今あの男はどこにいる!?」
「――……」
「ミラー、教えてくれよ! それともまだ取引材料が足りないのか!?」
「――……いんだ」
「なに?」
「分からないんだ。フィギュアが記憶を渡してくれた時に僕が躊躇したせいか、それとも男がフィギュアを弾いた際に居場所を消したのかは分からない。だが、確実にフィギュアは男の居場所を掴んでいたけれど、情報は抹消されてしまった」
「そ……んな」
「集落の中に居るのは間違いないんだけどね。コネクトの能力を侮っていたよ。僕も一緒に潜るべきだった」
ミラーは己を悔いるように眠り姫を見下げる。
彼女を護るのが彼の役目といっても過言ではない。もちろん本来の役目はそうではないが、彼は少なくとも周囲にそう思わせるほどフィギュアの事を大切にしている。だからこそ彼は悔いていた。大事な情報を自分の一瞬の判断の遅さで失ってしまった可能性がある限り彼は後悔し続けるだろう。記憶出来ない少女の片割れだからこそ、尚の事。
「んじゃ、もう用はねえな」
「莚?」
「こいつらから引き出せる情報がないって言うんだったら戻るしかない。此処に居ても時間の無駄だ」
「本当にもう何もない?」
俺は最後の問いかけとばかりにミラーへと声を掛ける。その言葉には声での返答はなく、頷きだけが返って来た。
「戻れば否応なく分かるさ。それまでに集落の奴らが耐えてればだけどな」
莚の言葉に俺は唇を噛む。
時間が刻々と過ぎていくに付き、『男』は自分を追い詰める準備を完成させていくだろう。ならば、もう――。
スガタとカガミは此処に訪れた時同様空間を開く。
俺達はそれを通ってまた集落に向かうしかない。解決策は自分で考えろとミラーは言った。自分か男か……本当にどちらかを抹消するしか方法は無いのだろうか。
俺は空間を通り抜けながら必死に考えを巡らす。どこかに穴はないか。どこかに隙は無いか。どこかに害を無害に変える方法は無いのか――そればかりを考えて。
―― 殺さずに済む方法など、どこにあるんだい?
その時……男の声が、声無き音で聞こえた。
「工藤さん?」
「勇太?」
現実世界に戻ってきた俺達はまたあの洞穴にいる。
だがスガタとカガミ、それから莚がいきなり頭を抱えた俺を不審に思い振り返った。
―― 殺さずに? 殺さずに? 殺さずに? 殺さずに?
―― 生かしたまま? 生かしたまま? 生かしたまま? 生かしたまま?
―― どちらも? どちらも? どちらも? どちらも?
―― 害悪を無害へ? 害悪を無害へ? 害悪を無害へ? 害悪を無害へ?
痛い。痛い。
何かが潜り込んで来る気配。胃が圧迫され俺は地面に膝を付き、込み上げてきた物を地へと吐き出す。ピチャッと汚らしい音を立てながら吐き出したそれは嘔吐物。消化し切れなかったものが醜い姿となり地面を汚しているのだけが俺の最後に見た光景。
「工藤さん! まさか――」
「ちっ、莚。俺達の後ろへ!」
「ったく――本当に面倒な『害悪』だな」
プ ツ リ 。
そして『暗転』。
意識が途切れる音がこんなにも鮮明に聞こえたのは初めてだった。
―― to be continued...
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
【共有化NPC / 莚(むしろ) / 男 / 18歳 / 逸れ者を導く事実上の案内人】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
こんにちは、三話目です。
今回の一件で工藤様は最終的に男に精神を乗っ取られ……そしてミラーが『男』へ憎しみを抱きました。工藤様が敵の手に落ちてしまったという状況をどう潜り抜けるのか。
次を期待してお待ちしております!
|
|