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■とある日常風景■

三咲 都李
【8583】【人形屋・英里】【人形師】
「おう、どうした?」
 いつものように草間興信所のドアを叩いて入ると、所長の草間武彦(くさま・たけひこ)は所長の机にどっかりと座っていた。
 新聞片手にタバコをくわえて、いつものように横柄な態度だ。
「いらっしゃいませ。今日は何かご用でしたか?」
 奥のキッチンからひょいと顔を出した妹の草間零(くさま・れい)はにっこりと笑う。

 さて、今日という日はいったいどういう日になるのか?
とある日常風景
− 傷つく人形の怪 −

1.
 またいっぱい作物が採れてしまった。
 籠にどっしりと重いまん丸なスイカとピーマンなどの夏野菜を入れて、人形屋・英里(ひとかたや・えいり)は草間興信所のドアを開けた。
 また留守だったら…今度はちゃんと書置きに名前を書いておこう。
 そう思って開けたドアだったが、意外にも今日は留守ではなかった。
「こんにちは、お裾分けを持って…」
 そう言いかけて、正面の机に座って電話する所長の草間武彦(くさま・たけひこ)に目が留まった。
「だから…怪奇の類はだな…」
 電話相手にそういいながら、草間は英里にソファに座るように指で指示した。
 電話が終わるまで待て…と言いたいらしい。
「あ、英里さん。いらっしゃいませ。…わぁ! もしかして、またお裾分け持ってきてくれたんですか?」
 奥から人の気配を察知したのか草間零(くさま・れい)が顔を出した。
「そんなにたくさんはないが、貰ってくれるだろうか?」
「とてもたくさんですよぉ。それに英里さんの作ったお野菜はどれもとっても美味しいですから、ありがたく頂きます」
 零はぺこりと頭を下げて、にっこりと笑ってうんしょうんしょと野菜と共に奥へと消えた。
 英里はソファに座った。電話の会話が途切れ途切れに聞こえてくる。
「だから、知らない間に人形に傷がつくなんてのは普通の探偵じゃ…だから! うちは怪奇の類は扱ってない…」
 どうやら先ほどから受けろ・受けないの押し問答をしているようだ。
 …人形か…。
 一般ピーポーとしては探偵の仕事など…しかも話の内容的には怪奇の類であるものなど英里には手出しは出来ない。
 けれど、人形となれば話は別だ。
 人形師として、何か助力できるかもしれない。
 それに、もしかすると…。
 英里は手近にあったメモ帳をとるとスラスラと文字を書き連ねた。
 それを電話に向かって叫ぶ草間へと差し出した。

『その依頼、手伝う。受けて欲しい』

 草間はメモを見て少し考えた様子だったが、ふぅと溜息にも似た吐息をついた。
「…わかったよ。この依頼、受けよう」
 これでまた草間興信所に怪奇探偵としての業績がひとつ増える…と草間は思った。
 だが、それも今更な話なのだが。


2.
「依頼者は壮年の夫婦だ。子供のために作られたという人形に気がつくと傷が増えていた…という話だが、実際に傷がついた場面に遭遇したことはないそうだ。だから、怪奇の類ではない…というのが、探偵としての俺の見解だ」
 依頼者の自宅に向かう途中、草間はそう言って頭をぐしゃぐしゃと掻いた。
 依頼者の自宅は草間興信所から地下鉄で1駅ほど先に行った閑静な住宅街だ。
「草間さんとしては、どうしても怪奇の類ではないと言い張りたいわけだな」
 うぐぐ…と草間は押し黙ってしまった。どうやら図星だったようである。
「と、とにかくだな。現物を見てみないことには話は始まらない。…うん」
 草間は自分に納得させるように、1人頷いた。
 地下鉄を降りて地上に上がると、森が見える方向へと歩き出した。次第に喧騒な通りは静かな住宅街へと変わっていく。
「えーっと…この辺のはずだが…」
 きょろきょろと住所を確認しながら、草間は辺りを見回した。
 英里は何かの気配を感じた。懐かしい…これは…。
「あそこじゃないか?」
 気配を感じた家を指差し、英里は草間を振り返った。草間は手元の地図と家とを見比べて「…ここだ」と呟いた。
「何でわかったんだ?」
「何で…と言われても、気配を感じたから」
「気配?」
 最初に出会ったときから少し変わったヤツだとは思っていたが、英里には何か隠された力があるのかもしれない。
 草間はそう思ったが、口にはしなかった。
 それを追求するほど草間は野暮ではない。

「よくおいでくださいました」
 チャイムを押すと、早々にインターホンから待ちわびたような返事が返ってきて、オートロックの鍵がカチャリと開いた。
 草間がドアを開けてはいるとその後ろについて、英里も中へと入った。
「ご足労頂き、ありがとうございます」
 深々と頭を下げた依頼者の夫に、英里は見覚えがあった。
 だが、直接会ったわけじゃない。似たような…いつだったか…。
 じーっと英里が夫の顔を見つめると、夫は困惑したようだった。
「…どこかでお会いしましたか?」
 首を傾げたしぐさがそっくりだ。
 あぁ、そうか。そういうことか。
 英里には、少しずつ事の真相が見え始めていた。


3.
 英里がその老夫婦と初めて会ったのはそんなに前ではない。
 …そんなに、とは言ってもそれは英里の感覚であって、実は4年ほど前の話になる。
「待望の孫が生まれるんです」
 恥ずかしそうに夫は首を傾げて、照れくさそうに笑った。
「恥ずかしながら、初孫でしてね。誕生祝になにか、特別な贈り物をしたいと思いまして」
「あなたの作る人形はとても素敵で不思議な優しい人形だとお聞きしましたの。産まれてくる孫のために、ぜひ製作をお願いしたいのです」
 妻はそう言って、真摯な瞳で英里をまっすぐに見据えた。
 悪い人間ではなさそうだ。それに、孫を思う気持ちが痛いほど伝わってきた。
 英里は人形作りを引き受けた。
 それは産まれてくる孫のための子守人形だ。
 一針一針に老夫婦の愛情と願いを込め、子供が健やかに育つよう、そして何時までも愛されるようにと作った。
 そうして出来たのは、どこか優しげに微笑む市松人形であった。
 市松人形は古来より女の子の遊び相手とされてきた人形である。
 この子ならば、夫婦の孫を守ってくれるだろう。
 夫婦の孫は女の子だと、英里は思っていた。

「人形屋さん、孫が産まれました。女の子です」
 夫婦がそう報告に来た日、英里は出来上がった人形を渡した。
「今日からこの子があなた達の孫を守ってくれるだろう。この紙も持っていってくれ」
 英里は人形と一緒に説明書代わりの1枚の紙を渡した。
「ありがとうございます。息子夫婦も、孫もきっと喜ぶでしょう」
 何度も何度もお礼を言って、老夫婦は去っていった。

 そして、人形は孫へとプレゼントされた。
 孫娘はまだそれが何なのかよくわかっていなかったが、とても気に入ったようだった。
 しかし、その日から小さな傷が出来始めた。最初は見えない場所に。
 そして日を追うごとに、大きな傷から小さな傷まで人形の体に刻まれていった。
 傷が増えていくことに気がついたのは、最近だったが…。


4.
「この人形は、私が作ったものだ」
 通された居間で、英里は傷ついた人形と再会した。
 人形は4歳になろうという娘にしっかり抱かれて、微笑んでいた。
「あなたがたのご両親に頼まれて、私が作ったものだ」
 英里は再び繰り返した。
「え? じゃあ…この人形が傷ついていくわけをご存知なのですか!?」
 夫婦が驚いたように訊くと、英里は静かに頷いた。
「説明書をつけたはずだが…読まなかったのか? この人形は身代わり人形。この娘と大きな災厄があいまみえぬように身代わりになってくれている」
 夫がバタバタと走って奥の部屋へと消えた。
 きっと説明書を探しに行ったのだろう。
「では…この人形は…?」
「悪霊やたたり…といった類ではなく、むしろ逆だと考えて欲しい。今はこの子と一緒にいさせてあげてくれ。それがこの子のためであり、人形の役割だ」
 でも…と英里は続けた。
「この子が大人になったら、人形は人形塚に納めてやってほしい。どうかその時は労ってやってくれ」
「…わかりました」
 妻は屈託なく遊ぶ子供を見やった。
 いくつもの災厄をその身に受けてなお、静かに微笑む人形は今その瞬間も娘を守り続けているのだ。
「…ってことは、何か? これは怪奇事件じゃなかったってことか?」
「怪奇事件じゃない。私の人形を怪奇扱いしないでくれ」
 草間の言葉に英里は素直にそう言った。
 だが、実際のところ、人形が災厄をおって傷つくなどという現象は怪奇の類である。

「なぁ?」
 英里はしゃがんで、人形を抱く娘に話しかけた。
「なに? お姉ちゃん」
「その人形、好きか?」
「うん! 大好きだよ!」
 その言葉に、英里は優しく微笑んだ。

 人形師としてこれほど嬉しいことはなかった。



■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 8583 / 人形屋・英里 (ひとかたや・えいり) / 女性 / 990歳 / 人形師


 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
 
 NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い

■□         ライター通信          □■
 人形屋・英里 様

 こんにちは、三咲都李です。
 ご依頼いただきましてありがとうございます。
 さて、今回は人形師としての英里様のお話でした。
 思いをこめた人形は、こめられた思いに応えてくれるのでしょう。
 そんな優しさを出してみましたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。