■ある集落の訪問者■
蒼木裕 |
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】 |
「お前はどこから迷い込んだ馬鹿だ? こんな『異常』を持ち込みやがって」
甚兵衛を身に纏った彼――筵(むしろ)は相手を見ると共に辺りを漂う瘴気に顔を潜めた。
其処は東京の外れ、広がる森の霞の奥にひっそりと位置付く、大きな集落。
あやかしと人とが細々と身を寄せ生きる其の場所では、物の怪に憑かれた者達も決して少なくは無い。
あやかし、人、物の怪憑き――。
三種三様の様を見せる閉ざされた其の空間は、時に微睡み不安定な意識を齎す。
其処に在る者は何時、何処からか寄り添い、其々何かしらの強い想いを持つ者、周りから外れた異端の者――。
そして是と言った自我を持たぬ者は時に外界より紛れ込み、住み人を誘う天然のあやかしに因って生ずる、集落へ集まる異常な障気に抗えず、痛ましくも、大切な何かを忘れ逝き変貌を遂げて行く。
然う、其処は全てを放棄され、存在や形すらも忘れ去られた神の隠し場。
「この集落の外への案内が必要なら俺もしくは後ろのガキ共が、何か失われし情報が必要なら書庫の守り人か夢の情報屋の元へと案内してやる。だが忘れるな。此処ではあんたが一番の<問題児>だ」
筵はそう言うと悪い気を纏う相手を睨み付ける。
その後ろでは左右の瞳の色が違う双子らしき少年二人が面白げに笑っていた。
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+ ある集落の訪問者【綻び結び7】 +
「カガミ、何をしているんだい?」
「手を繋いでんだよ――視えたから」
「君の能力……僕らよりほんの少しだけ強い『未来を見る能力』の事かな」
「分かってんなら、もう良いだろ。身体は三人に任せて俺も行く。フィギュア一人で潜らせんのもお前にとっちゃ不安だろうしな」
「あのね、カガミ。分かってるだろうけど、僕は君が傷付いてもそれなりに悲しいんだよ」
それは少年と工藤 勇太の手が重なった時のある二人の案内人の会話。
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意識の淵に『男』は居た。
頭を抱え、ガチガチと歯を噛み鳴らしながら彼はしゃがみ込んで震えている。その周りには複数人の白衣の人影が彼を囲んでいた。男も女も関係ないその姿。皆口を開いて何かを喋り掛けている様に見える。だがその声は俺には届かない。――男には届いていても。
覚えている研究員達の姿そのものに俺は怯む。
研究員達の顔はまるで影が掛かったかのように暗く、正しい顔が描かれていないのは何故だろう。それは男が研究員に対する恐怖からか、それとも憶えられない程に追い詰められた結果描くことを放棄した結果か。
彼らは唇を動かし続ける。
男は髪に指先を突っ込み、ガリガリと頭皮を引っ掻きながら何かを呟き続ける。
最初こそ何か喋りあっているように見えた。……けれど、男が一切顔を上げないという事は会話が成り立っていない一方的な責め苦を味わっているのだと察する事が出来る。
―― これを何とかしねーとあいつに近付けねーって事か。
正直俺も研究員達に近付きたくない。
此処は『男』の深層意識。殆ど同環境で育った俺と男はやはり共鳴してしまうところが多い。研究所。実験。成功と失敗。生存と廃棄。繰り返される惨劇。能力の有無。――研究所での存在理由。それら全て全て、俺も男も通ってきた道だからこそ俺の心も萎縮しそうになって胸元を強く握り込んだ。
だがこの場所で攻撃能力を使用すれば男の精神が傷付いてしまう。それだけは避けなければいけない。心が壊れるという事はとても……悲しい事。
どうしてだろうか。その時の俺は何も分からないままにそう、『思った』。
何かの隙間が……ぽっかりと穴を開いた感覚が胸を痛める。
やがて意を決して俺は白衣の影に触れた。
その指先は最後の瞬間まで震え、怯えていたけれど――。
そして流れ込んできたのは、声、だった。
『オリジナルを捕獲せよ。それが無理なら殺せ』
『我々の命令は絶対』
『失敗すればお前は廃棄』
研究員達が口々にしている事が今なら聞こえる。
そして『男』は首を振って怯え続けていた。廃棄されたくないと、殺されたくないと。それでも命令は『絶対』で……。
俺はぐっと呼吸が詰まる音を聞く。一気に流れ込んできた思念は自分に苦痛を与え、身体が傾きかけるが、なんとか足を踏み留めて俺は耐えた。男は拒み続ける。嫌だと。止めてくれと。子供のように泣きじゃくりながら研究員の形をした<研究所の『命令』>に逆らい続けるのはどれだけの精神を必要としたのだろう。
一度壊れてしまったかわいそうな男。
俺を殺そうとした男だけど、……俺もこいつを殺そうとしたけれど、それは本当に研究員達の掌の上で踊らされていた結果なのだと今はただ歯軋りするしかない。
『命令』が具現化したもの達――研究員を睨むと俺は叫んだ。
「負けるかっ……お前らの……思い通りにはならない!」
それは意思の強さ。
能力ではなく、意識の強さこそがこの精神世界で成り立つ。その証拠に、俺が触れていた研究員の一人が消し飛び、それを見た研究員達が一斉に俺を見つめた。
――ああ、ぞっとする。人と「ヒト」という括りに当て嵌めてただの動物扱いしてきたコイツラが本当に憎いよ。
それはお前もだろう?
涙でぐしゃぐしゃになった顔をしているお前もだろう?
「後はお前がこいつを消すんだ!」
『オリジナル……?』
「俺の名前は工藤 勇太だ。知ってんだろ! オリジナルなんて名前なんかじゃねーよ! 此処はお前が作ったただの妄想の世界だ。現実の世界じゃお前はもう研究員の命令なんか聞かなくて良いんだよ!」
『オリジナルを連れ戻せ……そうじゃないと俺が……』
「打ち勝てよ! イミテーションだからなんだっ、お前はお前でそれ以上でも以下でもねーんだよ! こんだけ暴れる元気があるんだったら研究員達をぶっ飛ばせる力くらいあるはずなんだ!」
俺は研究員に囲まれている男に伝える。
俺は何も出来ない。出来る事は伝える事だけ。――ただ伝えに来たんだ。能力者だって幸せになれるし、普通の生活を送れることを。研究所に怯えなくてもすむってことを……。
男は震えていた身体を持ち上げるとぐしっと涙を袖で拭う。怯える男に俺の言葉が届き、彼は強い視線を研究員達に向けた。そう、本来ならこの精神世界で一番強いのはこの男だ。引きこもった精神を引き出す事が出来たならば彼は俺よりも『強い』。
力なら惜しみなく貸そう。
男が消していく研究所の人間たち――それは過去の記憶の具現化。
ひとかけら、またひとかけら、消え去っていく過去の恐怖。
『ぅ――わ、あぁああ! 俺はもう、お前らなんかに殺されてなんかやるもんかっ!』
そして最後に残った研究員を『男』は激しささえ伴う意思の力で消し去るとぜぇぜぇと肩で息を付いていた。だが精神力を過剰に消費している自分達はこの場所に存在するには……もう限界だった。
「さぁ、『上』に行け! 皆が引っ張りあげてくれるはずだから!」
俺は男の腕を掴むとそのまま上層へと飛ばすため力を振るう。
それは攻撃能力じゃないから相手の精神を傷付ける事はない。だが、俺自身の精神疲労は今までの非じゃなく、それが最後の力だった事を地面だと思われる暗闇の中にぐらりと倒れ込みながら気付いた。
「……はは……ヤバ……。俺、浮上する力……残ってないや……」
倒れた身体はより深い意識の水底に落ちていく。
地面は泥沼の様に柔らかく変化し、ずぶり、ずぶりと僅かずつ俺が侵食されていく。それは人間の体温をしていて、目を伏せればとても心地よかった。
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ず……ずず、と引き出す身体。
限界まで力を使った彼を引き上げ、その腕の中に横抱きにし愛しげに微笑むのは――黒と蒼のヘテクロミアを持つ青年。
「王子様の登場までお姫様は眠っているのが通説かしら?」
「その冗談笑えねーから」
「王子様のキスで目覚めるのもロマンらしいけど」
「フィギュア……そんな戯言よりお前はお前の遣るべきことがあるだろ」
「――そうね、欠陥品は欠陥品らしく――彼が怯えていた全ての欠片を回収してあたしの中に封じるわ」
「結果、男はお前が記憶を渡さない限りはもう過去への恐怖を思い出すことが出来ない」
「そしてあたしは欠陥品ゆえに記憶保持が出来ない」
「完全なる証拠隠滅」
「カガミ。欠陥品には欠陥品にしか出来ない使い方があるのよ。これはミラーにも渡さない……あたしだけの特技なの」
地面に長い髪の毛を円を描くように散らした黒と灰色のヘテロクロミアを持つ足の悪い少女は一つ、また一つ、指先で地面をなぞり、時折散った欠片を「惹手(ひきて)」を使用しながら集めた。最後に山になった欠片達を優しく掌の上に乗せると彼女はすぅっとそれを灰色の瞳で見つめ、やがて己の胸の内へと吸収した。
「お疲れ様、<迷い子>達。次目を覚ます時はきっと幸せな夢を見れるわ」
その胸に両手を当て、少女は今自分の中に存在している男の思念(かけら)を優しく抱きしめた。
―― to be continued...
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
【共有化NPC / 莚(むしろ) / 男 / 18歳 / 逸れ者を導く事実上の案内人】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、七話目です。
『男』の過去と対峙し、あくまで自力で『男』を引き戻させる選択。
それを視たカガミもまた潜り、先に繋がっていたフィギュアは此処で欠陥品としての役割を果たします。
さて、力尽きてしまった工藤様は責任を持って青年カガミがお持ち帰りを致します。どうやって目覚めるかは工藤様の希望次第で(笑)
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