■【りあ】 蝶野葎子ルート (前)■
朝臣あむ |
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】 |
生みだされた2つの魂。
1つは陽の如く明るく、1つは陰の如く陰る。
重なりあい、解け合う2つの魂。
互いが互いを取り込もうと動き、弱者が強者に呑みこまれる。
誰が悪いわけではない。
自我の無い、幼い魂が起こした異変だった。
「さあ、葎子さん。次はこの術を破って御覧なさい」
目の前で組まれる印を、葎子はじっと見つめていた。
周囲を舞う無数の蝶が、彼女を護るように目の前に立塞がる。それを見上げた彼女の瞳がゆっくりと瞬かれた。
「何処を見ているのです!」
叱咤する声と共に放たれた術。それに葎子の目が戻される。
「――きゃああああ!」
道場の冷たい床に叩きつけられた身体。それを癒すように蝶が近付き鱗紛を降らしてゆく。
葎子は癒える痛みを感じながら、その身を起こした。
そこに足音が近付いてくる。
「しっかりなさい! 貴女は蝶野家の跡取りなのですよ!」
パンッと叩かれた頬に、葎子の視線が落ちる。
いつものことだ。そう思いながら頬に手を添えるでもなく顔を挙げた。
「ごめんなさい、お母様」
にこりと笑って立ち上がる。
何事もなかったかのように両手を広げ、周囲を舞う蝶を指先で操った。
「もう一度、お願いします」
「そう、それでこそ蝶野家の一人娘」
母の声に葎子の眉が微かに揺れた。
――違う。
その声を呑みこみ笑顔だけを張りつける。
「よろしくお願いします」
再び母が印を刻んだ。
幻術遣いの蝶野家は跡取りに過酷な試練を課す。それは幼い葎子にも強要されていた。
毎日繰り返される術と術のぶつかり合う修行。休む間も、泣く間も与えられない彼女の支えはただ1つ。
それは修行の合間を縫って訪れる、この場所での安息だった。
彼女は修行の合間を縫って、頬を紅潮させながら病院の廊下を走っていた。
時折看護師さんの「走ってはダメよ」との声も聞こえたが、それは関係ない。早く目的の場所につきたい。その一心で葎子は走った。
「光子ちゃん!」
病室に飛び込んだ彼女は、小走りにベッドに寄った。
そこにいるのは葎子と同じ顔をした少女――彼女の双子の姉、光子だ。
瞼を閉じ身動き一つしない光子の顔を覗きこんで語りかける。
「あのね、お父様から聞いたの。光子ちゃんが起きれる方法があるんだって!」
ぴょんぴょんとジャンプして、ベッドに上がった葎子は、光子を笑顔で見つめた。
「わたし、頑張るからね。頑張るから、光子ちゃんも頑張って!」
そう言って光子の手を取る。
親から子として認められない光子。
彼女を救う事が葎子には出来る。
それが自分が葎子には嬉しかった。
1度は己が奪おうとした命を救える。それがどんな謝罪よりも彼女に報いるためのもだと信じている。
これが、彼女の生きる目的だった。
この数年後、彼女は喫茶店のオーナーと名乗る人物と出会う。これが、彼女の運命を大きく変える出来事となる。
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Route3・幻なんかじゃない! / 工藤・勇太
煌々と点いた玄関灯のような明かり。
それを見上げた後、工藤・勇太は目の前の扉を開いた。
「お帰りなさいませ、ご主人様ぁ♪」
笑顔で出迎えたメイドの愛想の良い声。それを聞きながら何とも言えない表情で頷きを返す。
相変わらずの独特な雰囲気だ。
店内のゴシック調の作りもそうだが、雰囲気が若干怖い。
勇太は心の中で被りを振ると、店内を見回した。
「今日はお休みなのかな」
ここは執事&メイド喫茶「りあ☆こい」。
文字通り、執事やメイドが客をご主人様として迎え入れる喫茶店だ。
この店には、1人だけ知り合いがいる。
蝶野・葎子という女の子。
見た目は勇太より年下なのに、実は年上の彼女は、何と言うか重みの無い体をしている。
いや、実際には重さもあるし、厚みだって――って、そんな事は誰も聞いてない!
そうではなく。
何と言うんだろう。
背負った感じが軽すぎるとでも言うのだろうか。本当なら彼女くらいの年の子は、もう少し重さがあって良い気がする。
「仕方ない。いないなら何か飲んで帰るかな」
足を踏み入れた手前、何も注文しないで帰るのも申し訳ない。
そんな気持ちでメイドの後をついて歩く。そうして店内の一席に案内されたところで、水色の長い髪が見えた。
「あ」
間違いない。
ツインテールに結んだ髪を揺らして、軽やかな足取りで店内を歩いているのは葎子だ。
見た感じ、元気そうな様子に安堵の息が漏れる。
「ご主人様、何をお持ちいたしましょう?」
「あ、えっと……コーラがあれば、それで」
あるかな?
そんな思いでメイドを見上げると、彼女は極上の笑顔で頷いて見せた。
「勿論です♪ 少々お待ち下さいねぇ♪」
なんとも無駄に愛想の良いメイドだ。
勇太は去るメイドから目を動かすと、店内で接客の為に動く葎子を見た。
ハキハキと元気に動く姿はいつもと何ら変わりがない。
笑顔でご主人様をお見送りして、そして笑顔で踵を返――さない?
「りっちゃん……どうしたんだ?」
いつもなら、踵を返した後も笑顔の葎子だったが、今日はその顔に憂いが見える。
憂いと言っても大きなものではない。
踵を返した瞬間に、他のメイドから声を掛けられて笑顔に戻った彼女は、いつもと変わらない表情でそこにいる。
でも、何かが引っ掛かった。
そんなに葎子と深い面識があるわけじゃない。けれど、何かが引っ掛かったのだ。
「もしかして、どこか具合でも――」
そう零して立ち上がろうとした時だ。
「ご主人様、お飲み物をお持ちいたしましたぁ♪」
「え……」
上げかけた腰に、飛び込んで来たメイドの笑顔。
差し出されたアンティークグラスには、氷で良く冷えたコーラが入っている。
勇太はそのグラスを見て、小さくため息を零した。
黒い液体が入っている所為だろうか。
グラスには心配そうな表情の自分が映っている。その顔を見て思った。
「こんな顔、見せれないな」
もし葎子に元気がないのなら、自分は元気でいる必要がある。
彼女に無駄な心配を掛けないように。気を遣わせないように。そうした心遣いも必要なはずだ。
勇太は元々葎子の体調を心配してここに来た。
もしかしたら、先日倒れた影響で元気がないのかもしれないのだ。
「飲んで落ち着こう。話はそれからだ」
勇太は大きく息を吸い込むと、気持ちを静めるかのようにストローを咥えた。
***
夏も半ばに差し掛かると虫の音が多くなる。
勇太はそんな虫たちの声を聞きながら、落ちて行く喫茶店の灯りを見詰めていた。
「りっちゃん、出て来るかな……」
本当はこんな風に出待ちなんてしたらいけないのかもしれない。それでも、店で見た彼女の表情が気になったのだ。
気のせいならそれで良いし、そうでないのなら、どうにか励ます事は出来ないだろうか。とか……。
「……迷惑かな。でもなぁ……」
あれこれと色々な考えが頭を過る。
こんな風にしてどれだけの時間が過ぎただろう。
店の裏口へ向かう小さな道から、ツインテールの影が飛び出してきた。
いや、飛び出してきたと言うのはちょっと違う。
ふらりと出て来た。そんな感じだ。
「りっちゃん!」
「?」
声を掛けた相手。
彼女は不思議そうにこちらを見ると、勇太の姿に驚いた様に目を見開いた。
その表情に、いつものような笑顔はない。
――やっぱり。
そんな想いが浮かぶ。
「一緒に帰ろ、りっちゃん」
「勇太ちゃん……なんで?」
「俺の事ちゃんづけで呼ぶだろ? だからも俺もお返し」
きっと彼女の問いたい事は違う。
それでもニカッと笑って近付くと、葎子は一歩、足を下げた。
これに勇太の足も反射的に止まる。
「りっちゃん?」
「あ、ごめんね。葎子、ちょっと驚いちゃった♪」
えへっと舌を出して笑う彼女の顔に、先程までの驚きや戸惑いはない。
下げられた足も前に戻り、いつしか彼女は勇太の前に立っていた。
「勇太ちゃん。お店に来てたの? だったら葎子に声かけてくれれば良かったのに!」
にっこり笑顔で小首を傾げる彼女。
顔は笑顔なのに、何故か違和感が付きまとう。
それは葎子の表情の変化が原因かもしれない。
先程までの陰りや戸惑いは一切見せず、まるで何事も無かったかのように笑顔を返す。
その笑顔は不自然さの欠片もない綺麗なもの。
普通なら、その笑顔を見て笑顔を返す筈。けれど、今は素直に笑顔を返せなかった。
「りっちゃん。無理、してない?」
「え」
問いかけに、彼女の笑顔が強張る。
――図星。
そんな所だろう。
「さっきお店で元気が無いように見えたから」
大丈夫? そう問いかけながら、やんわりと笑顔を向ける。
この表情に、葎子の視線が落ちた。
顔にはまだ少しだけ笑みが残っている。
それにもまた、違和感を覚える。
「葎子、笑ってるよ?」
「え」
今度は勇太が驚く番だった。
慌てた様に顔をあげて、笑顔を返すその顔に、ズキリと胸が痛む。
確かに葎子に元気になって欲しいと思った。
彼女に笑って欲しいと思った。
だから笑って見せた。
でも、この笑顔は『違う』。
「りっちゃんは笑ってたよ。でも、その笑顔は……」
彼女の笑顔と言葉。そこから覚える違和感。
それらを問いかけようとした時、葎子の目が上がった。
「鳥鬼ちゃん」
「鳥鬼?」
声に振り返った先。
そこに居たのは、月を背に大きな翼を広げる鳥。
明らかに普通の鳥ではないその存在は、巨大な嘴を開くと、甲高い声をあげて飛び掛かってきた。
「危ない!」
咄嗟に彼女の腕を取った。
その勢いでアスファルトに転がる体。勇太は彼女を腕に抱きながら、改めてその軽さに眉を寄せた。
「勇太ちゃん。離れてて」
「りっちゃん?」
「鳥鬼ちゃんは黒鬼ちゃんの一種。すごく素早くて大変な相手なの」
そう言いながら勇太の体を押し返して立ち上がる。
その上で彼女が取り出したのは、鱗粉の入った布袋だ。
舞うように腕を広げ、鳥鬼に視線を集中する。
毅然とした雰囲気で、優雅に舞うように鳥鬼の攻撃を回避してゆく。
けれど、その表情に余裕はない。
「……」
勇太は自らの唇を引き締めると、眉根を寄せて鱗粉を振るう彼女と、彼女に飛び掛かろうとする鳥鬼との間に飛び込んだ。
「ッ!」
腕を掠めた鋭い嘴。
若干血が滲んでいるが、この位は許容範囲だ。
「勇太ちゃん! 何で入って来るの? ここは葎子が――」
「りっちゃんは下がってた方が良い! ここは俺が!」
前に出ようとする葎子を制して鳥鬼の前に立った。
戦闘を邪魔された鳥鬼は、怒りも露わに翼を広げて高度を上げている。
一気に決着を付ける。そんな所だろうか。
「勇太ちゃん、危ないからっ!」
「りっちゃんはこの間倒れちまっただろ? それに……」
勇太は夜空に意識を集中しながら呟く。
先程から感じる葎子の波動。
勿論、葎子自身そんなものを発している自覚はない。
これは勇太のテレパシー能力が教えてくれる、彼だけが知る事の出来る波動。それも、彼女の心の波動。
「……何があったか分からないけど、そんな乱れた心じゃ上手く力を操れないんじゃないのか?」
「!」
――乱れた心。
この言葉に息を呑む音が聞こえた。
そしてそれと同時に鳥鬼が闇に紛れて隠れると、勇太は意識をそちらに集中する。
空を舞う奇妙な鳥。
黒鬼とか鳥鬼とか、そんな専門的な言葉はわからない。
けれど、何処かに隠れた敵の存在を察知するくらいは出来る。
「――そこだっ!」
テレパシー能力の一種で捕捉した敵の存在。
そこに照準を合わせて腕を掲げた。
その手に握るのは、初めて葎子と会った時に見せた、光の槍。
「くらえぇぇぇぇぇ!!!」
渾身の力を篭めて放った矢が、闇を裂く光となって月を貫く。
――ギャアアアアアア!!
空を裂くような、近所迷惑な叫び。
それを耳に息を零すと、勇太は呆然と立ち竦む葎子を振り返った。
***
頭上に在った月が、斜めになる頃、勇太は葎子が落ち着くのを待ちながら、公園のベンチに腰を下していた。
さっき勇太が言った「乱れた心」と言う言葉。
これが葎子を黙らせた。
今、彼女の顔に笑顔はない。
「……勇太ちゃん」
ポツリ。
零された声に、勇太の目が向かう。
「葎子の笑顔は、おかしかった?」
「え?」
思わぬ問いに言葉を失う。
葎子の笑顔は「かわいい」部類に入ると思うし、いつもなら全然気にならない。
むしろ、彼女の笑顔を見ていると自然と笑顔になるくらい楽しそうだ。
そう、彼女の笑顔はいつも楽しそうなのだ。
そして今日の笑顔は、
「楽しそうじゃなかった、かも」
「……楽しそうじゃ、ない?」
傾げられた首に、頷きを返す。
「何かがあったんだろうけど、いつもは楽しそうに笑ってるのに、今日は楽しそうに見えなかった。心から笑ってる感じがしねえっての?」
そんな感じ。
そう言って少しだけ笑う。
すると、葎子は目を自分の手に落して、それから困ったように笑みを零した。
「葎子ね。お姉ちゃんがいるの。病院で眠ったままの、葎子の双子のお姉ちゃん」
葎子の話によると、彼女の姉「光子」は、生まれた時からずっと病院にいるらしい。
一度も目を覚まさず、ただ眠り続ける姉。
それでも葎子は姉が大好きで、いつか目を覚ましてくれると信じている。
そして、その姉を目覚めさせることが出来る蝶がいて、葎子はその蝶をずっと探しているのだと言う。
「……お母さんが、言ったの。幻の蝶なんて、いないって……そんなのを探している暇があったら、稽古をしろって」
けれど、葎子には諦めきれなかった。
姉への想い、幻の蝶を探すこと。
それらが、いつも彼女が笑顔でいることにどうつながるのか。それはわからない。
それでも、葎子は葎子なりに頑張っている。
それだけはわかった。
「りっちゃん、頑張ってるんだな。偉いじゃん」
そう言って、笑顔を作った。
今は笑えない彼女の代わりに、自分が笑顔を作る。
彼女には謎が多い。けれどそんなことは重要じゃない気がした。
今重要なのは、彼女に本当の笑顔を取り戻させること。
だから笑って見せる。
彼女が笑う、その時まで……。
END
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 1122 / 工藤・勇太 / 男 / 17歳 / 超能力高校生 】
登場NPC
【 蝶野・葎子 / 女 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは蝶野・葎子ルート3への参加ありがとうございました。
今回のお話は如何でしたでしょうか?
葎子の呼び方を教えて下さってありがとうございます。まったく違和感ないです!
そしてドシリアスな展開となっておりますが、如何でしたでしょうか。
今回のお話がPL様のお気に召していただけることを祈りつつ、感謝の気持ちをお伝えします。
このたびは本当にありがとうございました。
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います。
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