コミュニティトップへ



■ある一夜の夢■

蒼木裕
【8596】【鬼田・朱里】【人形師手伝い・アイドル】
 夢を見ている。
 夢でなければ説明が付かない。
 そうだ、これは夢だとも。


 でなければこんな変化――どうしたらいい!?
+ ある一夜の夢 +



 夢を見ている。
 夢でなければ説明が付かない。
 そうだ、これは夢だとも。


 でなければこんな変化――どうしたらいい!?


「んーむ。どう考えても胸がありますね。可笑しいな、私は女の子ではなかったはずなのですが」


 ぺたぺたと自分の身体を触りながら私――鬼田 朱里(きだ しゅり)は首を傾げる。
 元々中性的な顔立ちに華奢な体格をしている自分は変化しても外見的にはあまり変化が無いように見えるが、ボディラインをなぞってみると、男の時には無かった胸、逆に男の時にはあった『アレ』が無い。出るところは出て、くびれているところはくびれていて……。


「まあ、夢でしょうね。だって真っ暗ですし――ただ、あの家はなんなんでしょう? ……考えていても仕方ありませんね。行くところもありませんし、誰か居るかもしれませんから行ってみますか!」


 真っ暗な空間に一件だけ建つアンティーク調の一軒家。
 私は気楽に考えて家に近付くと、その玄関扉の傍には『鏡・注意』と書いてあり、首を捻る。しかしこの場所以外に寄れるような場所がない。仕方ないと諦めノックをすれば中から少年が一人出てきた。


「こんにちは、<迷い子(まよいご)>。ご用はなんでしょう?」


 彼はにっこりと人好きされそうな笑顔で挨拶をしてくれる。
 よく見れば彼の瞳はオッドアイ。左目が緑で右目が黒だ。室内を見やれば壁と言う壁が全て鏡張りで構成されており目を見張る。
 そして奥の部屋の中央に一人の少女が安楽イスに座っているのが確認出来た。
 彼女は自分を見ると少しだけ嬉しそうに微笑み、片手を持ち上げる。


「初めまして、<迷い子>。己の困惑を取り除きたいなら私の元へいらっしゃい」


 招く手。
 甘く誘惑する声は己の肉体の変化について知られている事を告げていた。此処は一体どこで、何故このような変化を起こしているのか。
 何を知るにも情報が必要だ。


―― それにちょっと楽しそうですしね。


 ふふっと笑いながら、私はそう思い、中に入る事にした。



■■■■■



「えーっとですね。ミラーさんにフィギュアさん。一つ確認してもいいですか?」


 互いの自己紹介も終わり、ここが『夢』であることも認知し、鏡に映し出される自分の性別にも慣れてきた頃。出されていた美味しい紅茶の入ったカップをソーサーに置き、私はそっと手を持ち上げる。二人はどうぞ、というように片手を私に差し出してくれた。


「つまり、私が女になったのは『一度、女の子になっていろんな服を着てみたい』という願望からだと言うのは本当ですか?」
「その通り」
「貴方はアイドルとして色んな服を着ているし、たまに番組の企画で女装もどきをさせられる事もあるみたいだけど――でもやっぱり男の姿では女性の服に微妙に抵抗があったみたいね。その想いが今回のこの異変を引き起こしたのよ」
「わぁお! 確かに男の姿では、と思う事はありましたけど本当に女になれるとは思ってなかったですね!」
「君、結構楽しんでないかい?」
「そんな事ないですよー。あはははは!」
「ふふ、可愛い女の子が来てくれるのは歓迎よ」
「フィギュア、彼の中身は男の人だよ」
「あら、でも今は女性でしょう? 女性願望があるなら今このひとときだけでもあたしは『彼女』として扱うわ。ミラーだってそうでしょ」
「まあね。女性としてこの場所に居るのであれば、僕だって彼を『彼女』として扱おう。……さて、紅茶のおかわりはいかがかな、可愛いお嬢さん達」


 ミラーさんは紳士的に私とフィギュアさん二人を扱う。
 二人のティーカップに出来たての紅茶を注ぎいれ、丁寧かつ流れるような動作で目の前に出されれば少しだけ嬉しくなった。アイドル家業の時も確かにファンに色々と嬉しい好意を向けられたけれど、単純に朱里として受け入れてくれ、しかも願望で女になってしまった自分をあっさりと認めてくれた彼らにはちょっと感謝しようか。


「で、やっぱりこれはあれかな。あれをすればいいのかな」
「そうね、貴方の好きなようにすればいいと思うわ」
「フィギュアさん分かってくれます?」
「ええ、そうね。貴方が何も言わなくてもあたしには分かるもの。そのための協力なら惜しまないわ」
「フィギュアさんって意外と楽しい事好きですか?」
「ええ、女の子ですもの。――着せ替えには興味があるわ」
「あは、ばれてました」


 てへっと私は悪びれも無く舌を出し、フィギュアさんはくすくすと口元に手にあてながら笑う。
 そう私も考えていたのだ。現実世界では女性服を着るのに『男』のままでは抵抗があった、だから女になって女性服を着てみたい――それが私の深層願望。
 変化には確かに驚いたが、ここが夢であり、目覚めれば元の男性に戻っているというのならこの状況を楽しまない手は無い! ミラーさんがやれやれと肩を竦めるのが目の端で見えたけど、開き直りも大事です!


「ミラー。お手伝いをお願いしてもいいかしら?」
「フィギュア、君の願いならなんでも」
「まずは彼女の下着から選びたいの」
「――訂正、女性として扱うと決めた以上、その分野は僕は立ち入ってはいけないと判断するよ。すまないけど、僕は部屋の外に出ているからある程度男性が見てもいい格好になったら読んでくれるかい?」
「ふふ、ごめんなさい。ちょっとからかってみたかっただけなの」


 …… 下 着 か ら で す と ! ?


「待って、待ってください! フィギュアさん! 私は別にそこまでこだわりはなくってですね! ただ、女性服を着れれば多分満足すると思――」
「じゃあ、鍵はしめておくから頑張ってくださいね、朱里さん」
「わぁぁああ! ミラーさーん!」
「大丈夫ですよ、貴方特有のポジティブ思考と深層心理的に下着から女性的になっても全然問題なさそうなんで」
「ええええー!」


 バタン。
 無常な扉の閉まる音が響き、私はミラーさんに助けを求めていた手を下ろす。その後ろでは「これがいいかしら? それともこっち?」と彼女特有の『惹手(ひきて)』と言う「空間から物を引き寄せる」能力で次々とハンガーに掛けられた新品の女性ランジェリーが登場する。
 ああ、どうしよう。
 まさかこんな展開になるとは……。
 だけど足の悪いフィギュアさんが楽しそうにシンプルなものからキュート、セクシーと呼ばれる下着をどんどん出して来る。早く決めなければもっと際どいものも出てきてしまうかもしれない。
 ――それも面白いといえば面白いけど。


「いやいやいや! 面白さだけで下着増殖を見ていてはいけません! と、言うわけで」
「あら、何か気に入った下着はあった?」
「はい、決断しました! 私が選んだのは――これです!!」


 ババンッ! と効果音が付きそうなほどの勢いで私は白のレースがあしらわれた可憐なランジェリーを手に取る。きっとこれならどんな服が出てきても問題ない、そう信じて。


「じゃあ、向こうの方で着替えてきて頂戴ね。あたしは貴方に着せる服を準備しておくから」
「あははは! こうなったらもう楽しんでやるんですからね! 可愛い女の子になってやりますよ!」
「その意気よ」


 私は下着を掴みながらフィギュアさんの死角になる場所で着替えを始める。
 自分の着ていた寝間着を脱ぎ、そして男物の下着も脱いで選んだ女性ランジェリーを身に着ける。――凄い、胸のサイズもぴったりあっている。さすが夢の住人。ご都合主義もばっちりなんですね! ああ、しかしすかすかする。普段とは違う慣れない下着姿にそわそわしてしまうのは仕方ないですよね。
 ……って、ん? ふと思えばもしかしてこの格好で私は彼女の前に姿を現さなければいけないのでしょうか。下着姿で? え、それはちょっと、どうなのでしょう。有りなんですか?


「大丈夫よ。あたし、記憶に欠陥持ちだからすぐに忘れちゃうわ」
「そういう問題じゃありませんー!!」


 私の訴えを読み取ってくださったフィギュアさんの声に思わずまともな突込みをしてしまった、白フリルランジェリー姿の情けない私でありましたとさ。



■■■■■



 まずはチュニックなどのカジュアルから始まり、ちょっとボーイッシュな服へ。
 それは女性モデルが着ているものを思い出させ、すぐに馴染んだ。なるほど、女性とはこのような服装で皆を魅了するわけですね。ふむふむ。
 何着か着替えた頃にはスカートを履く事にも抵抗は無くなり、むしろ嬉々として履き替えている始末。いやいや、いい経験をさせてもらっていますよ。……はっはっは、絶対に現実では皆に言えませんけどね!


「見た目が中性的だからどんな服でも似合いやすいのね」
「これはファッションショーかい? ああ、朱里さん。そのままこっちを向いて」
「こうですか?」
「その服にそのポーズは綺麗に胸から腰のラインが出て魅力的です。美しいですよ」
「ごほっ! う、あ、ありがとう、です」


 女性扱いすると宣言したミラーさんは着替える度にどこが良いか、どこが駄目なのか指摘してくれる。その度にちょっと恥ずかしさを伴いつつ、好評だと心の中でガッツポーズを決めている事など二人は知らないだろう。
 一般的な衣服が終わると、フィギュアさんは「こんどはこっちはどうかしら?」と何かを差し出してくる。
 なんだろうかと首を傾げながらみればそれはスリットの入ったチャイナ服に甘ロリゴシック服と呼ばれるもの。


「なんならコスプレ系の服も用意出来るわ。アニメ系がいい? それともちょっと危ない系?」
「能力が素晴らしすぎて涙が出そうです!」
「喜んで貰えて嬉しいわ」
「いえいえいえ!」
「着てみる?」
「喜んでー!! はっはっは、もうとことんいけるところまで行きますよ、行ってやりますからね!」


 もうどこまで私はいけば満足するのでしょうか。
 出された服は街中で歩けるものだけじゃ収まらず、明らかにベッドの上で使用するものも含まれていたけれど開き直った私に怖いものなどありません! 今流行のアニメ系のコスプレ服だって着こなしてやります、ウィッグだって職業上被る事に慣れてますからお手のものです。


「……人が開き直ると素晴らしいですよね」
「何かいいましたか、ミラーさん! さあ、この某アニメヒロイン服を着た私を見てどう思いますか!」
「ええ、とっても可愛いですよ。よくお似合いです」
「アイドルたるもの、ファンサービスは忘れませんから! さあ、どんどん着替えますよー!」
「突っ込んでおきますが、僕達は貴方のファンでは有りませんよ?」


 続いて女性警官服にセクシー半獣猫。今の季節にぴったりな浴衣も経験してみたりと私はこの状況を楽しむ。
 それから、それから……。


「あー、なんか面白くて目を覚ますのがもったいないです」
「気に入ってもらえてよかったわ」
「やっぱりポジティブ思考の人は前向きで素敵ですね」


 今は露出度の高い踊り子の衣裳を着てシャランっと腕に付けている輪の鈴を鳴らしながら軽く踊ってみる。
 気分が良くて、気持ち良い。高揚した感情によりふわふわした感覚が自分を襲う。私が男から女になった愉快な光景は鏡張りの部屋の中、絶対的に自身の姿が視界に映り込み魅惑的な私がそこには居た。


「まあ、それでも目が覚めてしまえば『いつもの私』が待っているんですけどね」


 これは一夜の夢。
 私はそれでもこの夢を楽しみながら、目覚めの時を待った。






□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【8596 / 鬼田・朱里 (きだ・しゅり) / 男 / 990歳 / 人形師手伝い・アイドル】

【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちは、発注有難うございます!
 今回は女体化ということでこんな話はどうでしょうか? どんな服でも状況でも楽しんでしまう朱里様を表現してみましたが、楽しんでもらえているでしょうか?
 元々アジアの民族衣装を着ていらっしゃる朱里様なので最後の踊り子衣裳はきっと似合うだろうなとひっそり妄想しつつ。
 ではではまたよろしくお願い致します!(礼)