■【珈琲亭】Amber■
蒼木裕 |
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】 |
寂れた雑居ビルが建ち並ぶ一画。
昼でも薄暗い路地裏に瞬く街灯。
まるで闇夜で灯りを見付けた蟲の如く。
ふらりと一歩。
……また一歩。
『なんぞさがしものかえ?』
突然響いた女性の声に辺りを見回すと、仄かな光。
ある雑居ビルの地下一階。其処に掲げられている看板。
【珈琲亭】Amber
ぎ・ぎ・ぎ・ぎ・・ぎ・・・・。
重い年代物のドアを開けると……。
「あら、いらっしゃぁい。マスタ、お客さんよ!」
「…………」
「ったく! マスタってば挨拶くらいしなさいよ! ふふ、無愛想な店主でごめんなさぁい。あ、ちなみにメニューはこ、ち、ら♪ でも大抵のモノは作れちゃうからメニューに載って無くても気軽に相談オッケーよ!」
「……それで、お前さんは飲みに来たのか。食べに来たのか」
「HAHAHA、それとも例の人形の作製依頼かねぇ?」
「ちょっと藪医者! あたしのセリフ取らないでよ! ……ねー、マスタ。こいつ入店禁止にしようよ〜、ね、ね!」
「はっはっは、cuteな顔が台無しだぜぇ、お嬢ちゃん。藪医者なんかじゃなくってniceな腕前を持つ俺様を入店禁止にしたら、お嬢ちゃんの身体改造してやんないよぉ?」
「っ〜! いらないわよ、バカっ!」
「――お前達、少し口を塞げ。客が喋れない」
元気一杯の声で迎えてくれたのは女子高校生らしきくるくるパーマが良く似合うポロシャツにミニスカを履いた女の子。
カウンターにて食器の手入れをしているのが前髪を後ろに撫で付けた灰髪のウルフカットに右に梵字入りの眼帯を付けた茶の瞳を持つ三十代後半の店主。
最後に常連客と見られるベリーショートの金髪碧眼を持つ四十代ほどの男は、店員である女の子の台詞を奪い軽快な笑い声を上げた。
店主に諭されやっと二人は声を止める。
やっと自分に喋る順番が回ってきたと安堵の息を付き、此処に来た用件を伝えようとする人物。
だがその瞬間その耳に届いたのは――。
『なんぞ、さがしものかえ?』
カウンターの上に乗っている黒髪の美しい少女型日本人形が今まで伏せていた瞼を持ち上げ、意思を持った瞳で客に微笑んだ。
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+ 【珈琲亭】Amber・2 +
「――、と言うのがスキャニング・ドールもとい走査型人形の説明になる」
「……人形自体は素晴らしいですね」
「…………ああ」
「本当に凄く欲しいんですけど……! でも俺――金がない!!」
俺はがくりと肩を垂らし、机の上に頭を伏した。
あの後、俺は【珈琲亭】Amberではなく、スキャニング・ドールの説明を受けるために更にカガミと共に地下二階、人形制作場へと案内された。やはり人形の話はかなり貴重なもので、説明を聞いた今となってはスキャニング・ドールがどれほど役に立つか理解する事が出来る。逆に悪用された場合、どれだけ危ないものかどうかも分かった。そりゃそう簡単に「欲しいから作ってください」って言われても作れるわけが無いし、値段も張るというもの。
でも数万という値段は大人だったら楽に届きそうで、若干自分が今金のない学生である事を悔しく思った。
「で、実は殆ど説明をしてたのはマスタじゃなくってあたしなんだけど〜、勇太君はどうするぅ? いっちばん安いヤツなら後払いでもいいのよ♪」
「でも、俺人形持ってても今回の件以外で使うか分からないんで、それだと人形が可哀想なんで出来れば走査依頼をお願いしてもいいですか?」
「……事情が事情だし、カガミの紹介人だしな……構わない」
「本当ですか!? 有難うございます!」
「でもその為にはもう少し個人的な事を聞くことになるが……」
「そこはもちろん分かってます」
「え、マスタ! 勇太君のあれやこれやを根掘り葉掘り聞いちゃってオッケって事!? きゃー! 何聞こうかなー、まずは女性のタイプでしょー。それから、あ! 年齢を聞いてないからそれを聞いてー」
「……」
「はぁい、はいはい。冗談ですってば、マスタ」
朔さんは俺の方に向いてマシンガントークを繰り広げようとしたが、そこはジルさんが無言の視線で制した。状況に慣れているのだろう。朔さんも引き際は凄く良かった。
本当は今後も研究所の人間が関わってくるかもしれない可能性を考えるとスキャニング・ドール(走査型人形)の製作依頼をするのが一番正しい気もしたけれど、今の俺に最低でも二万は辛い。
「言いたくない事があるなら言わなくてもいい。訳有りの客だと言う事はカガミが傍にいる時点で認識済みだ」
「カガミ君はあたし達にとって歩く標識みたいだもんね! あ、ジュースのおかわりい・か・が?」
「あ、朔。俺も上に行く」
「カガミ?」
「勇太もその方が話しやすいだろ。大丈夫、お前が拒絶さえしなければ俺はこの現実世界でも思考を繋げていられるから」
「そっか……呼べば来る?」
「お前が、そう願うだけで」
言いつつカガミが立ち上がり、朔さんと一緒に上の喫茶店へと戻っていった。その最中二人は――というより朔さんの方が勢い良くカガミに喋り掛け、カガミは時折相槌を打つような形で言葉を交わす。
やがて仲の良さそうな二人に更に藪医者と呼ばれていた男の声が加わる。流石に何を話しているかまでは分からなくなっていたけど、朔さんがまたセクハラ的な行為を受けた事は何となく叫びっぽい声で察した。
『あれはむししてよい。――さあ、勇太殿の「さがしもの」……はなしてみせよ』
机を挟み、対面して座っているのはジルさん。
彼の前で俺の方を向きながら机の上に座っているのは自意識を持つ珍しい少女型日本人形兼走査人形、ゆつさん。
そんな彼女に促され、俺は今までの事を出来るだけ簡潔に話す事にした。その途中一回だけ朔さんがジュースのおかわりを持ってきてくれたので素直に頂く事にする。
さて話だけど、ジルさん達にまで研究所の人間が関わるのは嫌だったから、本当に最低限の事しか話さなかった。彼らの能力を信用していないわけじゃないけど、害は少ない方が良いに決まっている。
俺は自分に超能力がある事。
それからある事件で自分がミラーとフィギュアの二人と取引した事、そしてその際に『自分の母親の記憶』を取引材料に使ったらしい事、そのせいで母親の事を思い出せず精神病院に入院している母親が『誰』だったのか全く分からなかった事を話した。
二人は俺が喋っている間決して口を挟まず、俺がどう説明しようか詰まっていても「ゆっくりで構わない」とだけ言ってくれた事が嬉しかった。
大体の話を終えたところで、ジルさんが立ち上がりなにやら作業場にある棚の中から一冊の本を取り出す。それから本付属の折り畳まれていた紙を引っ張り出し、今自分達が対面している机の上に広げた。
それは『日本地図』だった。そして本の方を差し出され見てみればそれは詳細版の地図で、それを見てもさっぱり分からなかった。
「まずは記憶を巡る」
「巡るって、えっと、どういう事をすればいいんでしょうか?」
『カガミ殿はおそらくすべてしっとる。じゃが、なにも勇太殿にいうてこぬということはじりきでさがすことが勇太殿にあたえられた「しれん」。じっさいといかけておったしの』
「……そっか。じゃあやっぱり俺が自分で思い出すようにしなきゃ駄目って事か」
「その為に情報を絞る。なんでもいい。ミラーとフィギュアの二人と取引した後、母親に関して何か引っかかった事があれば口にして欲しい」
「あの後だから、病院の一件しかないけど……」
思い出せ。
俺は貰った母親の定期検診の紙を取り出し何か変わった点はないか探してみる。だがそこには数字と医師からの幾つかの母親の健康状態についての説明文が載っているだけで『過去』に繋がりそうなものはなかった。
ならば出逢った時の状態を思い出そう。看護師に寄り添われていた母。薄く笑みを浮かべていた女性の姿形、服装、持ち物……なんでもいい。変わったものがあの人の傍に無かったか自分で自分の記憶の棚を開くイメージで俺は記憶を巻き戻した。
「あ……そういえばさっき病院で母の持ち物として見た物の中に『高千穂神社』って名のお守りがあったっけ。でもお守りだろ……他の人が渡した可能性があるし、何も関係無さそ――」
『じる殿、かのうせいがでたのう』
「……本を」
「あ、はい!」
俺は本をジルさんに手渡すと彼は素早くページを捲り始め、やがて数回往復したかと思うとあるページを開き、俺の方へと向けて机の上に置いてくれた。
「高千穂といえば九州にある町の名。ここに『高千穂神社』がある」
「あ、本当だ。え、でもなんで九州? 入院してたけど、あのお守りは入院する前に買ったのか。それとも見舞い客の誰かに貰った? ええ、でも何か関係あんのー!?」
「ここは日本神話が多い地域だ」
「日本神話、ですか?」
『かみがみのでんせつが「くでん」で、いまもつたわっているきしょうのち……じゃったかの』
ゆつさんが確認するようにジルさんの方を見て首を傾げる。
ジルさんはそれを肯定するために頷いた。俺は広げられた日本地図を改めてみて、それから自分の今いる場所から目的地までの距離を計算し、唸り声を上げてしまう。どう考えても旅費が痛い。人形製作より金が掛かるのは明らかで、頭を少々抱え悩んでしまう。
「うーん……何回もテレポートしていけば金かけずにいけるかな。あ、でもカガミに頼んだら一発で……」
「いや、もし行くなら能力は使わない方が良い」
「え、どうしてですか?」
『きおくを巡るため、じゃからの。勇太殿がどううごくかまでは、わらわたちはかんしょうせぬ。しかし、ちからをつかえば、それは「ゆがみ」。わかることもわからぬまま、とおりすぎてしまうこともあるゆえ』
「……と、言う事だ」
『じる殿、もうすこぉししゃべってみてもよいとおもうぞ?』
くすくすくすと少女型人形は笑う。
実際人形制作の説明には朔さんが、今の走査関係にはゆつさんが喋っていることが多い。どちらかというとジルさんは行動で示すタイプなのかと思っていたから俺自身はそんなに気にしてなかったけど。
しかしこうして教えて貰った情報にお守り。何か不思議な縁を感じずにはいられない。
「俺、此処に行ってみようと思います」
「そうか」
「あ! 今回のその、走査のえっと依頼料って幾らになりますか? 今持ち合わせがそんなに無くて銀行で下ろさなきゃいけないかも」
「いらん」
『じゃな』
「え? なんで?」
「カガミの情報の方が高い」
『カガミ殿はヒトでもツクリモノでもないお方。わらわたちがまよったときにそっとみちびいてくれることもあるゆえ、そのカガミ殿がつれてきた勇太殿からこのていどできんせんはようきゅうせぬ』
「っ! ……俺、カガミにお礼を言ってくる!! 有難う、ジルさんゆつさん!」
優しげに諭してくれるゆつさんの言葉に俺は元気を取り戻すと椅子から立ち上がり、部屋を出てから一階上の喫茶店へと繋がる階段を上る。
教えて貰った情報の土地がどのようにして母の記憶と繋がるのか今はまったく謎だが、何もしないよりかはマシだ。
これから始まるのは記憶を巡る旅。
「カガミ! 俺、俺な! 今お前にいっぱいお礼を言いたい!」
「お礼はキス一回以外受け付けておりません」
「――無理ー!!」
カウンター席に座り他の二人と談話していたカガミに「有難う」という感謝の気持ちを持って近付いたまではいいが、相手はにやにや笑いながら俺の言葉に対して無茶振りをしてきた。一気に顔を赤らめた俺は店中――いや、階下にいるであろうジルさん達にも聞こえるくらいの大声で拒否の言葉を叫んだ。
「場所は指定してねーぞ?」
朔さんと藪医者さんが面白そうな顔で俺達を見る。
むしろ朔さんは「何々、二人ってばそんな関係なの? え、お姉さんにちょっと教えてよー!」と興味津々だ。
はてさて。悪戯を思いついた子供のようないやらしい笑みで俺を見るカガミの手に甘いカクテルが入ったグラスが握られている事に俺が気付くまで――あと何秒?
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
【共有化NPC / ジル / 男 / 32歳 / 珈琲亭・亭主,人形師】
【共有化NPC / 下闇・朔 (しもくら・さく) / 女 / 17歳 / ただの(?)女子高生.珈琲亭「アンバー」のアルバイト】
【共有化NPC / ゆつ / 女 / ?? / 日本人形】
【共有化NPC / サマエル・グロツキー / 男 / 40歳 / 開業医】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、いつもお世話になっております。
今回は走査依頼ということで、さくさくっとジルとゆつが軽いお仕事をさせて頂きました。九州地方への道が示されたわけですが、どう動くのか内心こっちもドキドキ楽しみにしつつ……!
あ、ちなみにカガミはカクテル程度では酔いませんと裏情報をそっと(笑)
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