■あの日あの時あの場所で……■
蒼木裕 |
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】 |
「ねえ、次の日記はカガミの番?」
「ああ、俺だな」
此処は夢の世界。
暗闇の包まれた世界に二人きりで漂っているのは少年二人。そんな彼らの最近の楽しみは『交換日記』。だが、交換日記と言っても、各々好き勝手に書き連ねて発表するというなんだか変な楽しみ方をしている。そのきっかけは「面白かったことは書き記した方が後で読み返した時に楽しいかもね」というスガタの無責任発言だ。
ちなみに彼らの他に彼らの先輩にあたるフィギュアとミラーもこの交換日記に参加していたりする。その場合は彼らの住まいであるアンティーク調一軒屋で発表が行われるわけだが。
さて、本日はカガミの番らしい。
両手をそっと開き、空中からふわりとノートとペンを出現させる。
開いたノートに書かれているのは彼の本質を現すかのように些か焦って綴られたような文字だ。カガミはスガタの背に己の背を寄りかからせ、それから大きな声で読み出した。
「○月○日、晴天、今日は――」
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+ あの日あの時あの場所で……【回帰・1】 +
東京駅での待ち合わせ。
俺がボストンバッグに沢山の衣服を突っ込んで待ち合わせの場所に着いた時にはもう青年の姿をしたカガミはデジタル広告がかけられた柱に寄りかかりながら、何か音楽を聴いていた。
小さなイヤホンを耳に掛けて、まるで何処にでもいる「普通の人間」のように小型音楽プレイヤーを胸元で揺らしながら彼は口ずさむ。その音は人混みの音で消されてしまっているけれど、光景だけは目に焼きつく。
「まるで普通の人間のように」。
――それは彼が人間ではないと自分が認識している事も示していて、胸元が僅かに苦しくなった。
その足元には俺が持っているバッグに似た鞄も置いてあり、傍目から見れば彼は旅行者そのもの。イヤホンに手を当て、何かを聞いているその姿は珍しくてもう少し見ていたかったけれど、あいにくと相手の方が俺に気付いてしまい片手を挙げられる。流石にそれはもう無視出来ない段階で、俺は慌ててカガミの方へと駆け寄り「ごめん、待たせた!?」と今更ながらの挨拶をした。
カガミはイヤホンを首に引っ掛け、音楽プレイヤーを操作して音を切る。俺はその一連の仕草から目が離せず、彼をじっと見たまま。
「勇太? どうした?」
「――っあ、そ、そうだ! え、駅弁買おうぜ! 俺旅行とかあんましねーからさ。すっげー楽しみにしてたんだよな!」
「おう。じゃあ俺はその間に切符を買っておくかな。あ、お前学生証貸せ。学生割引効くだろ」
「あ、そうじゃん! 何気にカガミ色んなことに詳しいよな」
「まあなー。じゃあ、適当に宜しくー」
カガミに学生証を渡せば相手は足元に置いていたボストンバッグを掴み、窓口の方へと足を運んでいく。はぁっと俺は安堵の息を吐きながら駅弁コーナーへと向かった。
なんていうか。
実は先日酔っ払った一件での事を今でもしっかりはっきりと憶えておりまして、実は気恥ずかしかったりする。カガミの顔を直視出来ずになんとか誤魔化したのは良いが、これがいつまで持つか……。
今回の旅行は夏休みを利用した俺の母親に関する記憶を探る旅。
その為何泊になるか分からない為切符を買うのも片道分だけ。宿泊施設も現地に行けばなんとかなるだろうと全く予約もしていない。いざとなれば漫画喫茶ででも寝れるし、今の世の中きっと何とかなるだろうと……本当に旅行好き人間から見たら見事なるノープランで怒られそうな旅である。
「しかしあのスクリュードライバーはマジで参った」
オレンジジュースだと思って飲んだのは良いけれど、実はお酒でした、というオチが付いた先日の一件を思い出し、仄かに頬が熱くなる。その後酔いに任せて普段なら躊躇する言葉を吐けたり、旅行に付いてきてと素直に甘えられたり、報酬のキス一回を頬にしたり出来たけどその記憶はばっちりと俺の中に残っているからちょっと逢う事に戸惑ったけど、カガミはやっぱりカガミのままだった。
何があっても揺らがない存在過ぎて時々その存在が遠く感じる。
「おい、勇太。まだ飯買ってなかったのか?」
「あ」
ひょいっと横から顔を覗かせた問題の人。
俺は手に持っていた弁当から視線を持ち上げそっちを見る。彼は封筒を手に持っており、それが切符だとすぐに分かって、いつの間にか過ぎていた時間に俺は慌てて本当にてきとーな弁当を二つと飲み物を購入した。
やがてホームへと移動すると俺はそわそわと落ち着きなく身体を揺らす。
こういう旅行の体験は学校行事でもない限りなかったため、心が騒ぐ。しかも学校行事の場合は大抵がバス移動だし……。
俺達は新幹線に乗り込み、安かったという自由席に腰を下ろすとまだ立ったままのカガミが鞄を寄越すように俺に手を出す。俺は一瞬なんのことか分からなかったけど、鞄を預ければ頭上の荷物入れに二人分の鞄をカガミが入れている姿を見て納得した。やがてカガミも俺の隣に座り、窓側が俺、廊下側がカガミと言う二列座席に腰を落ち着ける。
駅弁を広げ、ペットボトルホルダーに買ったばかりの飲み物も置いて俺は早速それを食べ始める。カガミも続いて弁当を開けば、意外と美味しそうな品目が並んでいて、咄嗟に選んだとはいえほっと安堵の息を付く。
「俺さ、俺さ、こういう旅行って始めてなんだよなー! あー、スガタも呼べば良かったなー。三人だったらもっとこう、別の楽しさもあっただろうしさ!」
「お前本来の目的を忘れかけてないか?」
「そ、そんな事ないって!」
「遊びに行くんじゃないだろ」
「いてっ」
拳にした手の甲で軽く叩かれ、俺はぷくっと頬を膨らませる。
当然目的は『母親の記憶探し』なんだから遊びに行くんじゃないって分かってるけど、高ぶる気持ちはとめられないもので、新幹線が動き出し、周りの景色が変わり始めると俺は窓に視線を向け思わずガラスに両手を付けながら景観を楽しんでしまう。
テレポートしていたら見れない景色――俺はいつもこういう光景を飛ばして目的地に到着しているのかと今更ながら能力による弊害を感じる。
例えば田畑で働く人の姿。途中トンネルを通り抜けて山に入り、森林地区の自然。東京とはまた違う都会の景色。
それは能力を使って、ただ目的地だけに飛んでいては見られないもの達――。
「そうだよな、……普通、人間ってこうやって移動するんだよな」
「お前も普通の人間だよ」
「カガミ」
「人間、異質とかそういう尖った枠に入れるから面倒な傷を作る。俺から見たらお前もただの人間だよ」
言うや否やカガミはいつの間にか食べ終えていた弁当を袋の中に片付け、イヤホンをまた耳に掛けて音楽プレイヤーを再生させる。
一体なんの音楽を聴いているのか気になったが、相手がそのまま腕を組みながら目を伏せてしまったので邪魔するのもどうかと思い、俺も大人しく弁当を食べ終えた後片付け、窓枠に肘を付けながら外の景色を楽しむ事にした。だが不意に自分の左手に絡む何か。すぐにそれが何か分かり、俺は一瞬硬直してしまう。
指と指を絡め、掌と掌をくっつけるだけの動作。
さっきまで腕を組んでいたくせにと思い、仄かに頬を染めながら相手を見やれば、カガミは廊下側の肘置きに肘を乗せ、手の甲に頭を寄りかからせながら目を伏せていた。
相手の胸元では再生のマークが動く音楽プレイヤーが新幹線の振動で揺れている。
「長い旅路だ。ゆっくり楽しめよ」
瞼を下ろしたままのカガミがそう呟くのを見て、俺は俺で改めて窓の方へと視線を向けた。
もちろん……手は繋いだままで。
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俺は今、ぼーっと窓の外を眺め考えに耽っている。
流石に景色が変わる様にもそろそろ飽きが来ているが、隣のカガミは静かに眠っているように見える為声を掛けられない。
そのせいか、俺は自分自身の事について考える時間が出来てしまった。
あの『男』の精神に潜った時の事。
俺は力尽きて男の精神に飲み込まれ、同化し、あのままだったら浮上出来ずにきっと消えて無くなっていたのかもしれない。だけど誰かが引き上げてくれた……その感覚すら憶えていないけれど、俺は半ば確信している。あの時助けてくれたのは今隣にいるカガミなんだろうと。
『カガミ』……。
彼は夢の世界の住人で、迷っている人や動物……時には物をも導く『案内人』。
最初はスガタと鏡合わせの容姿で出逢った『子供』。だけどその姿は変化自由で、青年になった時は本気でびっくりしたっけ。しかもその時はあの『男』が使った呪具の影響で彼の自我を支配されていて、結果的に大怪我を負わせた事を今でも俺は忘れていない。
……そうだ、夢の世界は精神の世界と似てる。
いや、同じなのかもしれない。
スガタもカガミも『夢でいい』という感覚で接してくれているから、俺は夢だと思っているけれど、本当はあの世界は何で構築されているのか俺は知らない。
何も無い空間の中、あの二人は存在していた。
どこから産まれたとか聞いたこと無いけれど、無の空間でずっと自我を保てる『案内人達』の存在は不思議だ。精神論なんて難しい事を考えても俺の頭じゃ限界があるけど、何となくしか感じ取れないけど……カガミは俺達人間よりもずっと高次元な存在なのかもしれない。
人間である俺とはそもそも組織構築からして違っていて、姿を自由変化させられる事からして『肉体が在る』様に見せかけていると考えた方がずっと考え方としては分かりやすい。
隣にいるよな。
今、俺の隣にいるよな。
一瞬だけ新幹線が大きく揺れ、ふとカガミの右耳からイヤホンが外れる。
ぽろりと落ちたそれはコードの長さの都合上、途中で落下が止まり、ふらふらと揺れている。でもカガミは眠っているのか、それに気付いていない。俺は何となくそのイヤホンを摘み、相手へとそっと身体を寄せそしてそれを己の耳に付けた。
隣にいるよな。
今、隣にいるのは――カガミ、だよな?
俺の手を握ってくれているのはお前だよな。
再生ランプは変わらず光っており、音楽が流れている事を示している。リピートマークも付いている。
なのに、俺は思わず喉がひくっと鳴らしてしま……った。
―― 今同じ場所にいるのに、違う場所にいる……のか?
急に不安になり、俺はもう一方の手でカガミの裾を握り締める。
流石にその行動には気付いたのか、カガミは瞼をふっと持ち上げ些か眠そうな動作で俺を見た。
「なんだよ、勇太。そんな顔してさ」
カガミがコードが伸び、俺に繋がっているイヤホンを見やる。
「こんなの聞いたってつまらないだろ。なんなら好きな音楽を鳴らしてやるからリクエストしてみろよ」
俺は首を振る。
カガミは困ったように笑いながら俺の頭を撫で、それから小さな声で「ごめんな」と謝罪してくれた。
奪ったイヤホン。
再生されていた音楽プレイヤー。
でも俺の耳に入ってきた音は――無音。
見せ掛けの「人間」は待ち合わせ前のあの時、一体何を口ずさんでいたのか。
―― どうしよう。
此処に居るのに、この存在(あいて)は同じ景色を見ていない。
これはただそれに気付いた。
それだけの――恐怖。
耳に優しい女性声の旋律が聞こえ流れてくる頃、俺はカガミの肩に額をくっ付け、静かに目を伏せた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■ ライター通信 ■
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新しい旅、その出発の話の発注有難うございます。
そしてラスト。寂しい描写となり、こちらもしんみりとした気分で書き上げさせていただきました。
工藤様の不安を取り除けるかどうかはこの先次第で、まだまだ始まったばかりですがご一緒させてもらうNPCは彼らしく最後までご一緒させて頂こうと思います。
ではでは!
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