■あの日あの時あの場所で……■
蒼木裕 |
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】 |
「ねえ、次の日記はカガミの番?」
「ああ、俺だな」
此処は夢の世界。
暗闇の包まれた世界に二人きりで漂っているのは少年二人。そんな彼らの最近の楽しみは『交換日記』。だが、交換日記と言っても、各々好き勝手に書き連ねて発表するというなんだか変な楽しみ方をしている。そのきっかけは「面白かったことは書き記した方が後で読み返した時に楽しいかもね」というスガタの無責任発言だ。
ちなみに彼らの他に彼らの先輩にあたるフィギュアとミラーもこの交換日記に参加していたりする。その場合は彼らの住まいであるアンティーク調一軒屋で発表が行われるわけだが。
さて、本日はカガミの番らしい。
両手をそっと開き、空中からふわりとノートとペンを出現させる。
開いたノートに書かれているのは彼の本質を現すかのように些か焦って綴られたような文字だ。カガミはスガタの背に己の背を寄りかからせ、それから大きな声で読み出した。
「○月○日、晴天、今日は――」
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+ あの日あの時あの場所で……【回帰・2】 +
どうかあの時の貴女に幸せを。
どうかあの頃の彼にも幸せを。
「あ」
「すみません、大丈夫ですか? お怪我は有りませんでしたか?」
「……大丈夫。あなたは?」
「僕は平気ですよ。あ、お隣良いですか?」
「ええ……」
青年はぶつかってしまった女性に声を掛け、病院の中庭のベンチに腰掛ける。
次いで懐から音楽プレイヤーを取り出すとイヤホンを耳に掛けようとするが、ふと隣の女性が彼を見つめている事に気付いた。年齢で言うなら丁度母親に当たる女性だろうか。青年は「どうしました?」と声を掛け、女性はゆっくりと目を細めた。
「私、あなたをしっているような気がした……でも……きっと気のせいね」
「そう、ですか?」
「今思えば……昔夢の中で見た人……だった気がして。現実なら、もっと老けている……はず」
「そうですね。――あれから随分経ちますから」
「?」
「笑っていてください。どうか、それだけが『僕ら』の願いです」
『お母さん』。
どうか貴女に生の喜びを。
どうか彼には生の意味を。
彼女には分からない言葉を吐く青年――スガタと呼ばれる蒼と黒のヘテロクロミアを持つ男は昔を懐かしむように微笑んだ。それは秘密の逢瀬。
多くの出会いをし、
多くの縁を結び、
多くの別れの中の一つを彼は思い出し。
やがてスガタはイヤホンを耳に付けると再生ボタンを押し、隣の女性が看護師に呼ばれるまでずっとそのベンチに座っている事にした。
■■■■■
新幹線の中が静まり返っている。
いや、違う。俺の聴力が外の音を遮断しているのか。だって向こうの席では子供が笑っているし、親がそれに対して人差し指を口に乗せ軽く叱っているのにその声が聞こえない。絶対他にも喋っている人はいるのに……新幹線の走行の音すら聞こえないなんて、こんな事可笑しいじゃないか。
原因は精神的なものだと分かりきっている。耳に取り付けられたイヤホンを外し、俺はゆっくりと身体を起こす。……いや、起こそうとした。しかし手がそれを拒絶する。離れがたいと、カガミから離れがたいと……。
―― そうだよ……俺何期待してんだよ。彼は案内人。俺は<迷い子(まよいご)>。
初めから決められていた別離。
出逢った時から定められていた掟。
俺は前にカガミが言っていた言葉を思い出す。
『求めなくなったものとは自然と縁が消滅する』という……つまりそういう関係。カガミは迷っているものを案内する役割を担っていて、<迷い子>達は彼の案内を受けて己の行き先を見つける。まるで遊園地の巨大迷路。スタッフにこっちだよ、とヒントを出してもらいながらゴールまで辿り着く……あれのよう。
カガミがスタッフで俺はあの迷路に迷い込んだ子供だと例えれば答えは簡単だ。
スタッフは客である子供達を出来るだけ安全にゴールへと導く。子供達はそうと知らないままゴールと定められた場所まで歩いていき……そして到着したら、中に居たスタッフの存在などもう忘れて、現実世界の友人なり家族なりとまた楽しい道を歩み始めるのだ。
俺はカガミがあんまりにも自分に優しくしてくれるからつい、彼と同じ位置に立っていると勘違いしてしまった。
俺は『迷路』の中で優しいスタッフを見つけて、その人の手を掴み離さない子供。
自分が踏み込んだ迷路の中は複雑で、スタンプを押すのにも助言を一つ一つ貰いながら進む。自分がしている事が本当に正しい事なのか不安になりながら、スタッフの――いや、カガミの方をいつだって見ながら歩んできた。
その度に彼は「大丈夫だよ」って笑ってくれたから……ずっと傍に居てくれるんだと勘違いしていた。
でも俺はいずれ彼の手から離れていかなくてはならない。
ゴールの先に例え『誰の存在』も無くても。
でも俺、ずっと一人だったから……自分の味方が欲しくて……それがカガミで……。
いずれは確実に来る別離だと分かっていたけれど、この手を失うくらいなら――。
「……俺、やっぱ帰る」
「は? 何言ってるんだよ。この新幹線が急に止まるわけないだろ」
「次の駅で降りて東京に引き返す。これでいいだろ」
動いている新幹線の中、俺はカガミの身体からやっと離れ、それから廊下の方へと出ようとカガミの足を跨ごうとする。その瞬間、止まっていた音もまた動き出した。しかし、急に変わった俺の態度にカガミは目を丸くし、イヤホンを首に掛けると慌てて止めに入った。
車内で動く俺に気付いた他の客が気付く。
注目を浴び始めるけど、ふつふつと湧き上がってしまったこの激情を収めるのに必死で、そんな事気にしていられない。暫くは攻防を繰り返していたが、やがてカガミは一度息を吐き出すと彼自身が立ち上がりそれから廊下に出た。
次に付いて来いとばかりにくっと顎で先を示す。カガミが客席の間に作られた廊下を歩き始めると、俺は居心地の悪さを感じながらも彼に付いていく事にする。やがて辿り着いたのは自動扉と客席を繋ぐ僅かなスペース。携帯電話も使用可能な区域で、喋るなら確かにこの場所が一番迷惑にならない。
「で、何で戻るなんて結論に至ったんだ?」
「――お前の事だから読めてんだろ」
「読めない」
「……な、んで」
「お前が拒んでる事は俺には一切読めない。言っただろ、『案内人』は神じゃないし、万能でもない。こっちの世界だと尚更だ。俺達の管轄フィールドなら無理やりでも開いてみる事が出来るがこっちじゃ制限が掛かるんだよ」
「……ああ、そう、だっけ」
「だからお前が心を閉ざしちまうと俺にはわからない」
心を閉ざしている。
その文章がちくりと胸を刺した。
今自分は一番信頼している相手にすら内側を見せたくなくて、篭っている事を知らされた気がして。
対面した格好で相手を見れば、カガミは身体を壁に寄りかからせながら俺を見つめている。スガタとは正反対の蒼と黒のヘテロクロミア。いつだって俺を導いていてくれたその瞳の中に映っている俺は……怒っていた。
「母親の記憶なんていらない」
「どうしてそう思った?」
「あの人が母親なら俺に何をしてくれたっていうんだ。俺を研究所に引き渡して、その後勝手に精神壊したんだろ? ……叔父さんに引き取られた後も結局は俺は一人で……。いつだって一人で……。あの人の記憶なんて無くても変わらないっ」
「それは嘘だ」
「っ」
「今言ったことは殆ど言い訳だろ。どうしたんだよ。『俺が母親の記憶を取り戻すっ!』って意気込んでたお前はどこに言ったんだ」
「だって……」
だって、ともう一回呟きながら俺はカガミに手を伸ばす。
此処に居るのに、いない人。
『案内人』は必要とされなくなったら、<迷い子>だったものから離れてしまう。カガミは俺が迷い続けているから傍に居てくれるんだ。俺がもしいつの日か全てを吹っ切る事が出来て、一人でも歩めるようになったら……。
伸ばした手はカガミの胸元の服を掴み、そして深く皺を刻む。
ぎりぎりと布が悲鳴を上げるのが分かった。それほどまでに俺は力を込めないともっと罵声を叫んでしまいそうで……唇をきゅっと引き締めながら目の前の人物を想う。
「俺は」
だから最低限だけの言葉を選び抜いて、相手に伝える。
「何もしてくれなかった人の記憶より今はお前を失うのが怖いっ」
その事を伝える事で性別も種族も寿命さえも関係ないと、――どうか伝わって欲しい。
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「いいお天気ですね」
「……」
「音楽を、聴きますか? あ、イヤホンはわけっこになっちゃうんですけど」
「私、あなたとしりあい……?」
「昔々の物語では、あるいは――」
「こっちに……窓は、あぶないわ」
病院服を身に纏った女性が病室へと手招く。
窓枠に足を下ろし、上部の枠に手を掛けて立っていた青年はその誘いを受け、ふわりと中へと降り立った。円形のパイプ椅子を使いベッドの傍に彼は腰を下ろすと、耳に引っ掛けていたイヤホンを女性へとそっと差し出した。
長い闘病生活であまり外の世界の物に慣れていない彼女はどうやってそれを耳につけていいのか分からず、暫し掌の上で見つめる。それに気付いた青年は彼女の耳に優しく取り付け、そして再生ボタンを押す。
「……懐かしい音」
「ええ」
「なんて、……あたたかな……」
「あの頃の貴女の歌、です」
「私の歌? ……ちがうわ、これは」
―― 生きる命に捧げる歌よ。
彼女の言葉に、青年はまた少しだけ優しく微笑み、イヤホンから流れてくる女性声の音楽に耳を傾けた。
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気がつけば俺はカガミの腕の中に抱かれていた。
引き寄せられた二の腕。強く抱きこんで来る俺より大きなその腕はとても温かい。
「彼女は何もしなかった訳じゃない」
カガミは言う。
俺は目を見開いた。
「確かに結果的には勇太、お前の言う通り彼女は研究所にお前を預け、その心苦しさから精神を病んだ。結果が精神病院での闘病生活。でも誰にも他人を全て理解出来ないように、お前だって彼女がどうして苦しんだのか分かるはずがない。彼女が心の無い人形のような女ならば――心を壊す事もない」
「――でもッ」
「だから行くんだ。『何もしてくれなかったか』どうかを探しに行くんだろ?」
その言葉に俺ははっと気付く。
俺が失ってしまった記憶は大きく、それによって自分自身まで歪もうとしている事実を思い知らされる。目的を忘れ、ただ目の前の存在だけを掴み、病院で一人過ごすあの人の事を今葬り去ろうとした。
カガミは教えてくれたはずだ。『母親の記憶』が一番俺にとって大切なものだったのだと。
「カガミは全てを知ってるって……聞いた」
「ああ」
「でも俺に教えないってことは俺自身が思い出すことが試練なんだって教えて貰った」
「そうだな」
「……この旅で、俺変われるかな」
「お前は変わっていくよ」
「でも俺、この旅が終わったらお前がどっかに行くの嫌なんだ。ずっと……ずっと傍に居てほしい」
「我が侭だな」
「我が侭でいい。俺、欲しいもん全部欲しいって言いたいお子様だから」
「知ってる」
俺はカガミの腰に腕を回しぎゅっと抱きつく。
カガミは天井を見上げるようにしつつ、それからふっと息を吐いた。けれど目を伏せ、俺をしっかりと抱く力はとても強い。
これは昔々の物語を探しに行く旅。
「俺はお前にも『お母さん』にも、笑っていて欲しいよ」
その言葉の意味はよく分からなかったけど、それでもカガミが望んでいるのは旅の続行。
俺は暫し彼の存在を確かめるように抱擁を続け、そして彼もまた俺が落ち着くまで抱きしめ続けてくれた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■ ライター通信 ■
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新しい旅。
その一話目のラストから寂しい終わり方となってしまいましたので、二話目はしっとりしつつも前向きに進むようにと風向きを変えて。
途中入っているオリジナル要素もとい青年と彼女との逢瀬は工藤様には現在分からない状態ですが、これが出来れば今後の旅に役立てば……とちょっとした演出です。
ではでは、また旅の続きをお待ちしております!
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