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■あの日あの時あの場所で……■

蒼木裕
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】
「ねえ、次の日記はカガミの番?」
「ああ、俺だな」


 此処は夢の世界。
 暗闇の包まれた世界に二人きりで漂っているのは少年二人。そんな彼らの最近の楽しみは『交換日記』。だが、交換日記と言っても、各々好き勝手に書き連ねて発表するというなんだか変な楽しみ方をしている。そのきっかけは「面白かったことは書き記した方が後で読み返した時に楽しいかもね」というスガタの無責任発言だ。
 ちなみに彼らの他に彼らの先輩にあたるフィギュアとミラーもこの交換日記に参加していたりする。その場合は彼らの住まいであるアンティーク調一軒屋で発表が行われるわけだが。


 さて、本日はカガミの番らしい。
 両手をそっと開き、空中からふわりとノートとペンを出現させる。
 開いたノートに書かれているのは彼の本質を現すかのように些か焦って綴られたような文字だ。カガミはスガタの背に己の背を寄りかからせ、それから大きな声で読み出した。


「○月○日、晴天、今日は――」
+ あの日あの時あの場所で……【回帰・3】 +



「落ち着いたか?」
「うん」
「じゃあ席に戻るぞ」


 カガミに促され、俺は新幹線の自分の席に戻り母の事を考える。
 窓枠に肘を付きながら窓をぼんやり見てもまだまだ目的地には遠い。


 実は出発前、叔父になんとか話を合わせて聞き出した母の情報が幾つかある。叔父は「今更どうして」というような顔をしていたが、それでも俺にある程度の情報を提供してくれた。
 そこで新たに知った事実なのだが、叔父自身も俺の母親の事を知らないと言うのだ。
 叔父は父親筋だ。叔父の兄……つまり俺の父親は若い頃に勘当され家を出たらしい。その後は全くの音信不通で、自分の兄が結婚し子供を儲けていたことすら知らなかったと彼は語ってくれた。
 だから工藤 勇太(おれ)の存在を知ったのはあの研究所に突入した時だったという。彼はあの研究所を摘発した側の人間で、突入部隊の一員だった。だが、その時既に彼の兄は不明、その伴侶である俺の母も精神病院に入院しているという事実。
 一体何が二人の間にあったのかと彼なりに調べたと教えてくれた。しかし真実は浮かばぬまま、未だ沈んでいる。ただし、一つ確かな事を叔父は口にしてくれた。


『お前の母親の戸籍を調べたところ、身元が不明になっている』
『え、どういう意味?』
『普通戸籍には父母など、本人の身内……保護者でも良い。とにかく誰かしら繋がりのある人間が記載されているものだ。しかし彼女の戸籍にはそれがない。誰にも引き取られず施設育ちだという可能性も考えたが、その場合は備考欄にでも一文があるはずだが、それすら無かった』
『……それって叔父さん』
『彼女は一体何者なのだろうな』


 叔父は苦味のある笑顔を浮かべながら俺の頭を撫でてくれる。
 俺は新たに分かった事実に少しだけ心を痛ませながらその手が与えてくれる優しさに暫し甘えていた。彼女には謎が多すぎる、と叔父は呟く。だけど俺はそれを探る為に行くのだ。


 ―― きっと旅の先には真実が待っている。
 そう信じて。



■■■■■



「当時貴女は十七の少女だった」


 誰も居ない病院の屋上で金網フェンスに指を絡めながら彼は言う。


「事故に遭い、とある旅館で助けられた貴女は一切の記憶を失っていた。身元を証明するものも無く、失踪届けも出されていなかった貴女は心優しき旅館の人々に救われ、住み込みで働きながら生きていましたね」


 イヤホンを掛けた耳。
 流れている音楽。
 彼女が歌っていた楽しげな音楽。
 洗濯物を干しながら歌っていた声。
 客室を掃除しながらリズムを取っていた音。
 記録されている数種類の彼女の為の――記憶。


「貴女は頑張って働いていた。旅館の人々は優しくしてくれていたけれど、それでも『自分が何者か』と問い続ける貴女の心は不安で押し潰されそうでしたよね。――だから僕らは出逢った」


『私は、私が何者か知りたいだけなのっ!! ――貴方達が全てを見ているなら私の事を教えてよ! <迷い子(まよいご)>だなんて言われてもそんなのどうでもいいわ! 私は私が知りたいの』
『苦しいよ。悔しいよ。だって私にも親がいるよね。きっと親がいるんだよね。でも誰も探してくれてないんだって……失踪届け、出てないから私が誰なのかわからないって言われたんだよっ……っ、ひっく、ぅ。う……悔しいよぉぉ……!』


「貴女の心はいつだって張り詰めた風船のような状態で少しの刺激でも、割れてしまいそうだった。でも表には決して出さなかった強さ……旅館の人々に心配をかけないようにと笑っていた貴女。僕達はあの頃の彼女の強さを知っている。この青年の姿で出逢った僕達に対して十七歳の少女は沢山心の内を明かしましたね、時にすがり付いて泣きましたね」


『いつか必ず私は幸せになるの。ねえ、聞いて。スガタ、カガミ! 私ね、もう記憶が戻らなくてもいいと思えるようになってきたのよ。あ、あの人に出会えたから、かな』


「そして数年後、恥ずかしげに報告してくる貴女の姿は愛らしく、けれどその腹に命を宿すには些か精神的にも肉体的にも若すぎた」


『ちょっと訳有りのお客さんみたいだけど、私、……彼について行きたい。一緒に彼と共に生きたいの。――勇気を出して女将さん達に相談したけど、あの人達は反対するの。当然だよね、私が何者かわからないのに、それに加えてただのお客さんと出ていこうだなんて今までの恩恵を仇で返すようなものだもの』
『それでも堕胎はしたくないっ……』


「僕達は神じゃない。僕達は万能じゃない。貴女にとって幸せとは何か考えた後、カガミはあの時言ったね。『どうか、幸せな道を』と」


『――ッ! ごめんなさい、ありがとう』


「カガミは先が視えていたはずだ。僕は過去を視るけれど、君は未来を少しだけ視る事が出来る。彼女がその後どうなるか知っていたんじゃないの? ……そして少女だった貴女は結果的に男についていく事を選び、駆け落ちした」


『私ね、幸せよ。あの人に出会えて、あの人の子供を産めて、あの人と共に生きる事が出来て』
『このガキ、ちっさいなー。そうか人間ってこんなに小さいんだよなー』
『ふふ、抱いてみる?』
『え、落しそうで怖いんだけど』
『大丈夫大丈夫。こうやって手で首を支えてね、それから――』


「あの頃の貴女は確かに幸せそうでした。腕の中に子を抱き、歌う姿は誰よりも美しい『お母さん』だった。だからあの時の僕はカガミの言葉が間違っていないと思っていたんだよね」


 イヤホンの中から聞こえてくる音楽。
 母が子に歌った子守唄。
 口ずさむ音程。
 誰もが一度は聞いたことのあるその歌は、確かに愛しい我が子に向けられた『生きる命に捧げる歌』。


 フェンスをぎりっと握り締めながら彼は――スガタは少女だった『お母さん』を想う。
 過去を慕う彼だからこそ、カガミの言葉にどう言った意図が含まれていたのか知りたくて――この精神病院での闘病生活が本当に彼女にとって幸せな道だったのか、知りたくて。


「今回の旅路は工藤さんにとってどう目に映るでしょうか。それでも僕は願わずにはいられない」


『ねえ、スガタにカガミ。迷いが無くなった私(まよいご)を、きっと貴方達は忘れるわね』


「どうか貴女は笑っていてください。それだけが<忘れられた僕ら>の願いです」


 彼女の腕の中には生まれたての赤子。
 乳飲み子はあの緑の瞳ではなく、当時は黒い瞳で皆を見ていた。



■■■■■



「んぁ……あ……寝ちゃってた」
「まだ目的地には先だぞー」
「んー……」


 俺はうとうとしていた思考をはっきりとしたものに戻すため、旅行雑誌を引っ張り出す。ぱらぱらとページを捲れば、暫くして眉間に深い皺を作ってしまう。


「あー……これ、グルメばっかで肝心な事載ってないや……」
「そりゃあ、地方のグルメ特集が組まれた雑誌じゃな。寝惚けてんのか」
「……ああ、九州地方で有名なあのバーガー食べたい……」
「色気より食い気だな、お前」
「うー、カガミ。腹減ったー!」
「寝惚けんな! お前目的忘れ掛けすぎてるぞ!」
「えー、思いを馳せるのは良いと思う」
「このまま本当に旅行になっちまわないと良いけどな」


 カガミの腕にすりすりと頭を寄せながら、まだぼんやりとした思考の中俺はほわわわわんっと雑誌に載っていたハンバーガーを思い浮かべじゅるりと……いかんいかん。垂らすのは流石に恥だ。
 袖で口元を拭った後、俺はそのままカガミに寄りかかりつつ目を伏せる。


「なんか懐かしい夢を見た気がした」
「そうか、寝惚けるほどに飯の夢でも見てた、と」
「違うって、そんなんじゃ、なくって」


 それは赤子の頃に誰かに抱かれた記憶。
 彼の知らない――『初めまして』の過去。


「とても優しい腕に抱かれる夢を見た」









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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 早速の発注有難うございました!
 途中の回想はお任せ状態でしたので、ならばとスガタからの思い出という形にさせて頂きました。
 彼らはいずれ必要とされない時期が来る。でも再度必要とされる時期が来るかもしれない。

 この先の旅にてどう工藤様が変わっていくのか楽しみでございます。