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■あの日あの時あの場所で……■

蒼木裕
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】
「ねえ、次の日記はカガミの番?」
「ああ、俺だな」


 此処は夢の世界。
 暗闇の包まれた世界に二人きりで漂っているのは少年二人。そんな彼らの最近の楽しみは『交換日記』。だが、交換日記と言っても、各々好き勝手に書き連ねて発表するというなんだか変な楽しみ方をしている。そのきっかけは「面白かったことは書き記した方が後で読み返した時に楽しいかもね」というスガタの無責任発言だ。
 ちなみに彼らの他に彼らの先輩にあたるフィギュアとミラーもこの交換日記に参加していたりする。その場合は彼らの住まいであるアンティーク調一軒屋で発表が行われるわけだが。


 さて、本日はカガミの番らしい。
 両手をそっと開き、空中からふわりとノートとペンを出現させる。
 開いたノートに書かれているのは彼の本質を現すかのように些か焦って綴られたような文字だ。カガミはスガタの背に己の背を寄りかからせ、それから大きな声で読み出した。


「○月○日、晴天、今日は――」
+ あの日あの時あの場所で……【回帰・6】 +



 この旅館に来た次の日。
 俺は朝御飯を食べた後、ふわりと旅館の屋根の上へとテレポートし風に当たっていた。とても身体が軽い。それだけじゃなく、今まで憑いていた何か――厄のようなものがさっぱり落ちたかのように自然と顔が前を向く。
 田舎の中にひっそりと建てられた旅館。その屋根に上り、朝から外の景色を眺め見ている俺はばれたら説教ものだろうけれど、それでもこの場所から一番眺めのいい所はやっぱり昔ながらの瓦が敷かれた屋根の上だろうと思う。
 俺が生まれる前、母が泊り込みで働いていたところ。
 ここに導かれたのは本当に偶然だったのか――カガミが傍にいる以上疑いは多少ある。『案内人』であるカガミは<迷い子(まよいご)>を導く存在だ。その彼が何も仕組んでいないとは思いにくい。


「こんなところにいたら女将さんに叱られるぞ」


 ふわりという形容詞が似合う緩やかさでカガミが転移し、同じように屋根の上へと降り立つ。
 風が凪ぎ、俺の前へと現れた彼を見た瞬間、伝えなければいけないことを思い出し、俺は唇を開く。


「あのさ、カガミ。夕べの事だけど……」
「夕べ? っていうか何顔を赤くしてんだ、お前」
「えっと、その……べ、別にアレの事じゃなくて……いや、アレの事なのかもしれないけど……あぁ! 俺何言ってんだっ!」
「落ち着け、言いたい事があるなら聞いてやるからここで怒鳴るな、本当に見つかるぞ」
「ぅ、ぐ……」


 肉体的な繋がりの話がしたいわけではないのだと無自覚に言い訳をしようとしてしまった俺は自ら墓穴を掘る。カガミはそんな俺に呆れた表情を浮かべ、腰に片手を添えて立つ。だが立っている方が目立つのは火を見るより明らか。俺達は瓦の上に腰を下ろし、各々気楽な格好を取りながら話を続けた。


「俺さ、夕べ……その、アレ、の最中にお前の思考が少し見えた」
「へ?」
「……っ〜! すっごく恥ずかしいけど、恥ずかしいんだけどっ!」


 カガミの腕に抱かれながら流れ込んできた映像について俺は説明を重ねた。
 実はカガミ達と自分の母親は昔会っていた事。
 自分は望まれて生まれてきた事。
 母親に愛されていた事。
 当然全ては見えてはいない。恐らく俺が見たのは彼らと母が過ごした時間のほんの一部でしかない。それでも俺は頭を抱えつつ、その……アレだ。例の『最中』に見た事をぽつぽつとカガミに話した。


「本当にぼんやりとだったけど、俺さ。そういうの伝わって来て嬉しかったんだよ」
「お前は感応能力があるしな。……そうか、視たのか」
「でもその数年後、家族は崩壊しちまった。これは変えられない事実なんだよな」


 母は選んだ。子を産む事を。
 母は選んだ。子を離す事を。
 母は選んだ。未来を全て……。


 行方不明の父親の存在、それが彼女にとってどんなに支えになっていたのか俺には分からない。むしろ父親がどういった人物なのかまでは俺は知らない。叔父から聞いたことが全て。叔父だって父が家を出た後の事は一切知らないのだから、今生きているのか、死んでいるのかすら分からない。
 だけど父は母と子供(おれ)を捨てたのだ。少なくとも――離別したという点ではそう俺は感じる。


 母は選んだ。父という生涯を共にしようとした存在を。
 母は選んだ。若さを弱さに変えずに子供を育てる道を。


 俺は、そんな母が歩んできた道程を今、辿っている……。だからこそこの先どんなキーワードが出ても俺は揺るがない。揺るぎたくも無い。だけど思わず親指の爪をぎりっと噛んでしまう。それは悔しさでもあり、虚しさでもあり、怒りからの行動からでもあった。
 隣に座っているカガミがそれを制しようと手を伸ばす。俺は逆にその手を掴んでやった。そして――彼をまっすぐ見、視線で射抜く。


「……やっぱり悪いのは全部、能力を持って生まれて来た俺のせいなんじゃないのかって卑屈になっちまうけど……でも、落ち込むのはこの旅行ですべてが分って、それでも最悪だった場合の時にする!」


 強く強く。
 時に弱く、儚く。


 人は生きる。
 例えば何かを忘れても、例え失ったものが二度と戻ってはこないと分かってはいても、自分の生を選び抜いて生きていく。だけどカガミは違う。多くの<迷い子(まよいご)>と出会い、彼らを導いて存在している。彼自身が何かを選ぶことなどそう多くない。
 それでも母は導かれて生きて、俺を産んでくれた――その事実もまた変えようの無い過去。
 だから俺は笑う。
 笑って元気を出して、最悪の状況になったらまた思い切り泣こう。
 この能力は決して誰かを不幸にするために持って生まれたんじゃない。きっと誰かを幸せにするために俺の中に存在するんだって――そう信じて。


「ところでさ……」
「ん? 次はなんだ」
「えっとだな、その、なんだ」


 俺はカガミの手を掴んだまま、かぁっと顔を赤らめる。
 それを不思議に思ったらしい相手は首をやんわりと傾げた。こっちの気持ちは読み取っていないらしいその動作に俺は自分で伝えなければいけない事実に覚悟を決める。


「俺は絶対お前の事忘れないよ」


 カガミが目を見開く。
 そうだ、その表情が見たかった。
 俺は彼の手を振り払い、そしてあっかんべーっと指で瞼を下げた後、やや声高に言い切る。


「……つーか、あんな行為までして忘れられっかっつーの!」


 そして俺はその場から消えた。
 それはもう文字通りテレポート能力を使って逃げましたとも。これ以上相手の顔を見ながら自分にとって恥ずかしい言葉など並べられない。今だってどれほど自分の顔が赤らんでいるのか予想が容易に付く。
 茹蛸? トマト? ポスト?
 赤いものならなんでもいい。
 顔一面だけでなく耳の裏、首の方まで熱が集まっているのが分かるのだから。


「くっそっ、ぜってー忘れられないってーの」


 俺が垣間見た映像の中の『母』は「迷いが無くなった私(まよいご)を、きっと貴方達は忘れるわね」と言っていた。
 そして彼女は恐らくその通り、彼らを忘れてしまったのではないかと思う。もしくは覚えていても彼女の封じられた精神状態が記憶の再生を許さないだろう。
 だけどカガミ達は忘れてなどいなかった。母の存在を、過去に僅かに関わった小さな俺の存在すら全て……。


―― だから『愛しい』んだ。


 この身体、生命全てをもってして彼らを――彼を忘れないと俺は誓う。
 テレポートで逃げた先は借りている部屋。やがてカガミもこの部屋に戻ってくるだろう。だけどその気配が中々しないという事はカガミの心に結構キたのかもしれない。
 今の俺の精一杯。
 母の記憶がない俺がそれでも口にした『最上』。


「ざまぁみろ。少しはカガミも俺の気持ちを分かればいいんだ」


 ぐしっと俺は熱のある己の頬を手の甲で拭いながら、暫しの間開け放たれた窓から入ってくる夏にしては涼しい風に身体を預け肌を冷やす事にした。







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 六話目の発注有難うございました!
 今回はびっくりどっきり、工藤様からの言葉にカガミもきっと(ごにょごにょごにょ)

 工藤様の男らしさというか、決意が見えた今回のノベル。
 それと共にカガミへのまっすぐなお言葉本当に有難うございました!

 では次をお待ちしております♪