■あの日あの時あの場所で……■
蒼木裕 |
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】 |
「ねえ、次の日記はカガミの番?」
「ああ、俺だな」
此処は夢の世界。
暗闇の包まれた世界に二人きりで漂っているのは少年二人。そんな彼らの最近の楽しみは『交換日記』。だが、交換日記と言っても、各々好き勝手に書き連ねて発表するというなんだか変な楽しみ方をしている。そのきっかけは「面白かったことは書き記した方が後で読み返した時に楽しいかもね」というスガタの無責任発言だ。
ちなみに彼らの他に彼らの先輩にあたるフィギュアとミラーもこの交換日記に参加していたりする。その場合は彼らの住まいであるアンティーク調一軒屋で発表が行われるわけだが。
さて、本日はカガミの番らしい。
両手をそっと開き、空中からふわりとノートとペンを出現させる。
開いたノートに書かれているのは彼の本質を現すかのように些か焦って綴られたような文字だ。カガミはスガタの背に己の背を寄りかからせ、それから大きな声で読み出した。
「○月○日、晴天、今日は――」
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+ あの日あの時あの場所で……【回帰・7】 +
今日も泊まると女将さんに告げ、俺とカガミは貰ったばかりの近辺地図を手に外へと歩き出す。
自分達は表向きは観光客なのだから、ここら辺の名物や名産品の話を聞きながら地図を貰った。だが実際の目的は役場と図書館で母に関する記録を探し出す事にある。親切な女将さんの説明にお礼を言ってから俺達は旅館に荷物を預けたまま、今はカガミと二人きりで田舎の長閑な空気を吸いながら一時間に一本しかないという貴重なバスに乗る為にバス停へと向かった。
本当はテレポートで移動しても良いけれど、この旅行の前に「出来るだけ移動には能力は使うな」ってジルさん達に教えて貰っているから極力足で進むことに決めていた。
「あのさ、俺。午前中に旅館内をサイコメトリーしてただろ」
「何か見えたか?」
「んー、母さんの残留思念的なものはなくって、むしろ女将さんや旅館の人達が母さんの事を心配する思念ばかりが見えた。――母さんにとってあの旅館は言う程執着が無かったのかな……なんて切なくなった。普通はちょっとは残っていそうなんだけどなぁー。後は年月の問題もあるのかも」
バス停であと五分ほどしたら来るであろうバスを待ちながら俺はカガミに報告する。
持ち物は貴重品という最低限のみ。カガミに至っては持ち物を持つ必要すら本来無いのだから便利な存在だ。それでも「ふり」だけはしておくために、小さめのボディバックを彼は肩から掛けていた。
「で、勇太。今日の予定はどうするつもりなんだ?」
「んっと、まず役場に行って母さんが事故に逢った当時の事を聞いてみたいかな。で、図書館に保管されてるだろうと思われる新聞で記録を探すつもり」
「まあ、そんなもんだろうな」
「もちろん『母さんの軌跡』は『俺の母親の記憶』じゃない事だって分っている。でも記憶喪失だって言うなら、それはそれで彼女の為に少しでも記憶を見つけてあげたいしな!」
「『彼女』、ね」
カガミは何故かその部分だけ反芻し、口元に手を当てながらあくびを漏らす。
その眠そうな雰囲気が昨夜の行為を思い出させ、俺は一瞬びくっと反応してしまったが当の本人は気にしてる様子は全く無い。
やがてバスがやってきて俺達は開かれた扉を潜り抜け、二人掛けの椅子に並んで座る。乗車客は少なく、発車のアナウンスを合図にバスは動き始める。
「勇太、さっきの話だけど役場には行かない方が良いと思うぞ」
「へ、なんで?」
「役場に行って何かを聞くのは良い案だろう。だけどな、話をするにしてもまず自分が『息子』である事を話さなきゃならない。当然資料や記録開示に至ればそれなりの手続きが必要になるから、お前自身の『証明』の為に戸籍謄本なり用意して改めてこっちに来ないと行けない場合がある。そうなると今日だけじゃ終わらないぞ」
「げ、それは考えてなかった」
「それにこの田舎だ。もしそんな事をすれば、身元引受人だった旅館の人間に即、連絡が入ると思え。そうなったら女将辺りが『実はあの娘の息子だった』と言う事で逆にお前に色々聞き出そうとしてくるし、その結果をお前は話せるのか?」
「……そうか。そうだよな。顔が似てるって言うだけで息子っていう点は信じてもらえるだろうけど……結果、か。……そこは多分、言えないな」
自分は貴方達が引き取って大切に接してくれた娘の息子です。
ですが貴方達の反対を押し切り駆け落ちしたあの記憶喪失の娘はその後色々あって精神病院に居ます。
だから俺は当時の母親の事が知りたくて此処に来ました――と。
「説明する事」……、それ自体は道理に適っていそうだが、確実に旅館の人達を傷つける結果になるだろう。
何より幸せになってほしいと願って、この場所にくるきっかけになったお守りを渡してくれた女将さんの事を思うとあまりにも伝えがたい『現実』だ。特に田舎では一つの情報が周囲にあっという間に散らばってしまう都会には無い情報四散傾向がある。
『記憶喪失の娘』を引き取った時にも何か言われただろうし、その娘が駆け落ちして出て行った時も近所の人間が何も口にしなかったとは考えにくい。そこに更に上塗りするように「『息子』が母親の事を探りに来た」などと噂になってしまった場合、それは普段刺激の少ない田舎の人間には格好の餌となり、旅館の人々にとって精神上非常に辛いものになる事など容易に想像がつく。
「――分かった。俺、図書館で調べるだけにしておく」
「そうしておけ。それでももし何か気に掛かる事があって――」
「? カガミ?」
「いや、なんでもない」
言いかけて止めたカガミは窓枠に肘を置き、外の景色を眺めている。
流れていく景観を眺め見ながら俺は目的地に決めた図書館近くのバス停を地図でチェックした。
この旅行中、俺はひっそり思っていることがある。
カガミは記憶喪失前の俺の母親について知らないのだろうか、と。
いや、記憶喪失だった事は恐らく知っているだろう。あの旅館に着いて女将さんから話を聞いていた時、カガミは何も言わなかった。俺に確認もしなかった。
俺が聞いてみたいのは「カガミは一体どこまで俺の母親に関して知っているのか」、だ。
カガミは『案内人』だ。
迷った人を迷わない方向に導き、先を示す事が彼らの役割。だからこそ、全てを知っていて口を噤んでいる可能性が非常に高い。だが、傍にいる彼に訊いてもきっと正解は得られないだろう。
もしそれが最短の距離であるというのならば、彼は最初から口を開いてくれているに違いないのだから。
やがて聞き慣れない停留所のアナウンスが流れ、俺は慌てて近くのボタンを押して降車の意思を示す。図書館近くのそこに俺達は降り立つと、少々古さが目立つ図書館を見やる。建物高さは二階建て、田舎とあって広くも無い。
「これで何か見つかると良いんだけどな」
俺は地図を折り畳み、ポケットの中へ入れると知識の塊もとい図書館へと足を踏み入れる事にした。
■■■■■
夕方、閉館の音楽が流れ俺達は半強制的に図書館から出る事を余儀なくされてしまう。
俺の手の中には事故当時小さく新聞に載った記事のコピーが握られている。それは女将さんから聞いたことそのままだった為、残念ながら収穫は無かったに等しい。
帰りのバス停に設置された簡易椅子に腰を下ろしながら俺は今まで得た情報を纏めてみる。
母さんは約二十年程前、何かしら事故に遭い記憶を失った。
その際事故に遭っていた母さんを見つけた旅館の女将さん達に引き取られた。
当時、失踪届けを出されていた人物とは該当しない為、母さんが何者かは不明。その後保護者を名乗る人物も現れず、結局旅館に住み込みと言う形で母さんは過ごす。
そして数年後、俺の父親になる人物が現れ、母さんと恋に落ち、俺を身篭った。
その頃の父さんは既に勘当されて家を出ており、身元を名乗っていなかったらしい。
それ故に旅館に長期滞在していた父さんとの恋は当然応援されず、旅館関係の人達から反対を受ける。だが、女将さんだけはそっと「高千穂神社」のお守りを渡したりして案じてくれていた。
だが結局は母さんは父さんと駆け落ちして――その後、旅館の人達とは一切連絡を取っていない。
それから時は数年流れ、あの研究施設の壊滅まで飛ぶ。
つまり、俺が研究施設から解放され、叔父に引き取られた時期だ。調べてくれた叔父曰く、母さんの戸籍には「保護者」に該当する人物が居らず……それが情報の一番最初の『記憶喪失』に繋がる……と。
でもこれをあの人に報告してもあの人の心には多分届かないし、自分の記憶だって戻った事にはならない。
どうすればいい?
どうすれば母さんにとっても、自分にとっても最良で最善なのか。
行き詰ってしまった俺はバスに乗り込みながら必死に考える。そんな俺の周囲を注意しながらもカガミもまた二人掛けの――今度は廊下側へと腰を下ろした。
「あ、いっそ、あの人の精神世界に潜ればあの人の過去も俺の記憶も分って一石二鳥じゃん?」
「止めろ」
即座に制止の声が聞こえ、俺は今まであまり口を開いていなかったカガミへと顔を向けた。彼は真剣な面立ちで俺を見ており、その瞳は殺気にも近いものを宿している。向けられた俺の肌がぞくりと寒くなるのが分かった。
「お前は確かに以前、能力者の精神に潜った事があったがあれは緊急事態だから許された行為だ。そもそも人の頭の中を覗き見するのは『人』として良くないし、お前のやり方じゃ危険過ぎる」
「――っ、でもさ、結局それが近道かもしれないじゃん?」
「でも、じゃない。危険だって言ってるんだ。それはお前じゃなくて使用された相手にも及ぶんだぞ。つまり、最悪の場合お前の母親は今より『悪化』する」
「え……」
「お前は自分の母親を殺したいのか」
カガミから綴られる言葉はきつく、そして決して執行させないように最悪の人質を例に出す。
母親の存在は今の俺の中にはない。しかしその存在を大事にしていたであろう事は病院の職員の様子や自分の貯金、それから自分の中にぽっかりと空いてしまった穴が訴える。隙間風が吹き込んでも止められないその穴は思った以上に大きく、俺は言葉を失う。
「ちぇー。分かったよ。やらない」
危険は承知していたがカガミの言葉により、一層恐ろしさを感じ取った自分は頬を膨らませつつ精神世界に潜るという案を自分の頭の中から消す事にした。
今度は自分の方が窓際なため、枠に肘を付き窓の外を見やる。そこからは自分が住んでいつ場所では決して見られない田園の景色や農家特有の格好をした人たちが歩いていく姿が見えた。
日の傾きからそろそろ宵闇が近付いて来る時刻だと分かる。
―― 『案内人』って本当に一体何なんだろう。
案内をしてくれる人と言えば例えばショッピングセンター等にいるインフォメーションセンターの案内嬢、それからツアーガイドさんなどが容易に頭に浮かぶ。
だけどカガミはそういう人達ではない。『<迷い子(まよいご)>を案内するのが役割』である彼らは最短ルートで物事を導きはしないし、案内しているように見せない節だってある。でも確かに彼らは経験上、自分にとって進むべき道を何となく示唆してくれているのだ。
ここにいるのに――本当はここに居ない人物。
きっとここにいるのはカガミの存在の一部でしかない。じゃなきゃ<迷い子>の多さを考えれば案内人が一対一で対応する事など出来やしないだろう。
「……いつか知りたいよ。お前の事……」
その言葉に対して、カガミからは何の言葉も掛けられなかったけれど。
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「は、え、俺にお客さん、ですか?」
「ええ、夕方頃に工藤様のお知りあいだという方がいらっしゃって……でも私達がお部屋に直接案内する事は出来ませんので、その方々もお部屋を取られました」
「お客って誰だろう……」
「そちらの男性と良く似た男性が一人いらっしゃったので、知り合いだとは思うのですが……」
カガミを見る仲居さんのその言葉に俺は隣の人物を見上げる。
見られたカガミはと言うと居心地悪そうに頬をぽりっと掻いている始末。
知っていたな! と心の中で叫んでおく。きっとこの声はカガミには通じるだろうから。そして実際、カガミは仲居へと向き合うとフォローの為に口を開いた。
「多分そいつは俺の双子の兄、かと」
「ああ、そうなんですか。確かにそれならあの顔も納得出来ますね」
「部屋の名前教えてくれる? 俺達の方から連絡を――」
「――あ、二人とも居た居た」
「スガタ……」
噂の張本人、カガミの双子の兄(?)である青年姿のスガタが階段の上から俺達の方へと手を振っている。
これで旅館の人間がほっと安堵の息を付いたのを俺達は見た。情報が確かなものであった事に安心しているのだろう。仲居さんにはお礼を言ってから俺達はスガタの方へと向かい、階段を上がっていく。
「スガタ、どうして此処に?」
「うん。僕も来るつもりはなかったんだけどね。僕は」
「『スガタは』?」
「勇太、仲居は客を複数形で話していたはずだぞ」
「っていう事は、つまり」
「ただいまー! 二人とも連れて来ましたよー」
スガタが自分達の取っている部屋の隣の部屋の戸を開く。
そこにいたのは予想通りのメンバーで。
「ミラー! それにフィギュアじゃんか! どうして此処に!?」
一番現れる事がなさそうな二人がこの場所に居る。
長い黒髪を持つ白ゴスロリ少女とその彼女の傍らに寄りそう少年――『案内人』であり『情報屋』でもある彼らの出現に俺は目を丸めた。
何故? と俺は大きな疑問符を浮かべる。
対して彼らは「早く中へ」と俺を優しく部屋の中へと手招いた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
【共有化NPC / ジル / 男 / 32歳 / 珈琲亭・亭主,人形師】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、七話目です。
今回は情報探索、そして最後にNPC達登場という事で……実は一番苦戦した回であります。
何が苦戦したってNPC達が知っている事と工藤様が知っている事が違うので、1から読み直して今現在「工藤様が得ているお母様の情報」を纏めるのが大変で(笑)
でも読み直して頭を整理するには本当に良い機会でした。
あと、役場に関しては一応現実的に無理だろうなという判断の元こういう形でそっと避けさせてもらいました。その分のフォローは次回!! きっと次回に!
では次回の宴会プレング(笑)をお待ちしております^^
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