コミュニティトップへ



■某月某日 明日は晴れると良い■

ピコかめ
【7134】【三島・玲奈】【FC:ファイティングキャリアー/航空戦艦】
 興信所の片隅の机に置かれてある簡素なノート。
 それは近くの文房具屋で小太郎が買ってきた、興信所の行動記録ノート……だったはずなのだが、今では彼の日記帳になっている。

 ある日の事、机の上に置かれていたそのノートは、あるページが開かれていた。
 某月某日。その日の出来事は何でもない普通の日常のようで、飛び切り大きな依頼でも舞い込んだかのような、てんてこまいな日の様でもあった。
 締めの言葉『明日は晴れると良い』と言う文句に少し興味を持ったので、その日の日記を読んで見る事にした。
某月某日 明日は晴れると良い

私立探偵狩り狩り

 それは興信所の近所にある喫茶店での事。
 三島玲奈は興信所の小間使いである小太郎を呼び出していた。
「あー、ではまず事のあらましから説明させてもらうわね」
「うん、頼む」
 席に座って注文したモノが持ってこられるのを待ちながら、玲奈が口を開いた。
「最近アムステルダムで、私立探偵を標的とした『私立探偵狩り』と言う行為が行われているの」
「……ほぅ」
 あまり勉学に明るくない小太郎は、そのアムステルダムと言う地名がわからなかったが、見栄を張って大仰に頷く。
「ありとあらゆる策を用いて私立探偵を追い込み、自ら廃業せざるを得ない状況に陥れるって話なのよね」
「へぇ、そんな事して何の得があるんだろうな?」
「それはわからないけど……最近都内にも同じような事件が発生している事はしってるかしら?」
 小太郎は記憶を掘り起こしながら頷く。
 事件性があまり大きくない事が起因し、それほど取り沙汰されてはいないが、確かに新聞に載る程度には事件が起きている。
 興信所の主である武彦がそれを見逃すわけもなく、小太郎もその話を何度か聞かされていた。
「あたしが調べたところ……って言うか、もういろんな人が知ってたりするんだけど、某巨大掲示板のウェブページに犯行予告が書かれていたのよ」
 プリントアウトしたモノを取り出し、テーブルの上に置く。
 そこには『次のターゲットは草間興信所』と書かれてあった。
「……いや、これは釣りだろ」
 その紙を眺めながら、小太郎は怪訝そうな表情を見せた。
「そのアムステルダム? とか言う場所で活動してたヤツがどんなもんか知らないけど、匿名掲示板に犯行予告なんかするって……ちょっと程度が知れるぜ」
「確かに嘘の情報である可能性も無きにしも非ず……だけど実際、こういう犯行予告を出した後に実行に移している事例も幾つかあるわ」
「だとしても信憑性が薄すぎる。実行された事例と単なる冗談だった量を考えると、あまり深刻になりにくいってモンだぜ」
「アムステルダムでは結構回りくどい方法を使って、探偵業を廃業させてるパターンもあるわ。今回の件が関連組織による犯行だったなら、この掲示板への投稿も興信所へのプレッシャーとも考えられるわ」
「プレッシャーのかけ方に難アリってところだな。犯行予告でインパクトを与えたいなら回りくどい手を使わずに、興信所に挑戦状でも叩きつければ良い」
 挑戦状なんか送りつけた場合はかなり逆効果で、興信所の方から打って出そうな物だが。
「君は……意外と疑り深いのね」
「あの職場にしてこの性格が出来上がっちまったんだよ」
 色々な人間が行き来する興信所での経験は少年をひねさせていた。
「仮にこれが、どこだかって外国の実行犯ではなく、模倣犯の拙い行動だったとしても色々疑問点はある」
「例えば?」
「草間さんの興信所を狙う理由に乏しい。興信所を追い込んだところで、何の得があるって言うんだ?」
「あたしの方の調査によると、色情因縁を司る下級霊が絡んでるって話よ。草間さんのところの興信所はオカルト話が集まりやすいし、仲介役になって色々な人間に解決を頼むパターンも多いからね」
「なるほど、仕事の邪魔になるから興信所をやっつけよう、って魂胆か」
 オカルトお断りを掲げる草間興信所としては不名誉な事だが、確かにあの興信所には色々なオカルト的事件を解決してきた経緯がある。
 それは武彦自身が関わった事もあり、誰かに依頼を押し付けたりする事もあり、その例には枚挙に暇がない。
 大した力もない下級霊が逆恨みをしてもおかしくはないというわけだ。
「まぁ、だとしてもその下級霊とやらも考えなしだな、とは思うけどな」
「そうね。草間興信所を標的にするとなると、敵をわんさと作る事になるからね」
 興信所の強みは人脈にある。
 何かと人が集まる興信所には、武彦と懇意の凄腕能力者が山のようにいるのだ。
 武彦を狙った犯行がバレれば、その凄腕たちの恨みを買ってしまうことになる。
 ……しかし、だからこそ妙とも言える。
「小太郎くん、もう少し良く考えてみて。これだけ『否定的な要素』が多い中、我々はしっかりと裏を取ってるの」
「犯人が実際に動くって証拠でも?」
「ええ。情報はIO2から得た内容で、信憑性にも足るわ。間違いなくやつらは動く。とすれば、この軽率で考えなしの行動の数々は逆に怪しいと思えない?」
 傍から見ればなんともお粗末な犯人像しか浮かばない。
 だが、それでも実行する確証が取れているのなら、そこに何か裏が待ち構えているような気もしてくる。
「……わかった、アンタの言うことはとりあえず信じよう。だが、それならなおさら草間さんには話しておいた方が良いんじゃないか?」
 この件は今のところ、玲奈からの提案で、武彦には教えない事になっている。
 だが、ターゲットとなっている武彦が事を知らないとなると、色々と行動に面倒がつく。
 護衛につこうと思っても、武彦自身に怪訝に思われてはやりづらいと言う物だ。
「あの人も一応探偵業営んでるわけだし、怪しまれたらやりづらいぜ?」
「武彦さんに話すかどうかは君に任せるわ。どう来られてもある程度は対応できるつもりだから」
 そう言って玲奈はニッコリ笑った。

***********************************

 翌日から、玲奈と小太郎による武彦の護衛が始まる。
「……武彦さんに話さなかったのね」
「ああ、草間さんを狙ってるってんなら、あの人を囮にしてみたら面白いんじゃないかと思ってな」
 企み顔でニヤつく小太郎。どうやら家主に対して軽い反骨心のような物を抱いているようだ。
 現在は武彦と零を含め、四人で興信所の中にいる。
 今のところ敵の襲撃の気配はない。
「アンタだって、こんな木っ端じゃなくて、本当はアムなんちゃかにいる大本が狙いなんだろ。だったらヤツらをとっ捕まえて情報を吐き出させた方が良いはずじゃん」
「まぁ、その方が都合がいいのはそうなんだけど……まさかあの草間武彦を囮にするとはね」
 その界隈では名の知れたオカルト探偵である草間武彦。
 餌としては申し分ないだろうが、それをやるにはやはり、周りに取り巻く人間たちの反感を買うのではないか、と心配が先立つ物だ。
 恐らくこの少年は、それらに対して跳ね除ける自身があるわけではなく、単に考えていないだけなのだろう。
 基本的にはアホなのだ。
「まぁ、あたしにトバッチリが来なければ何でもいいけれど……」
「なんか言ったか?」
「別に」
 今後の少年の行く先を、ほんのわずかだけ慮るのであった。

「で、今後の方針なんだけど」
「何か策はあるの?」
 興信所の隅っこにある小太郎の机の周りでヒソヒソ話を展開する。
「俺が思うに、敵は興信所には乗り込んでこないと思うんだ。直接、挑戦状を叩き付けないところからもビビリ根性が見え隠れしている」
「それにあの零もいるしね。戦力を考えれば、出来るだけ武彦さんと他の人間が離れているタイミングを狙うはずでしょうね」
 元兵器である零の存在を考えれば、敵方の消耗は激しい事が想像される。それどころか、下手すれば全滅の可能性だってある。
 そんなリスクを背負って襲撃を仕掛けるようなアホなら、玲奈だっててこずりはしない。
「草間さんには出来るだけ外をブラついてもらって、囮として最大限効果を発揮してもらわなけりゃ困る」
「君、武彦さんにどんな恨みがあるのよ……」
「いいや、俺は別に私怨で言っているわけじゃない。決して普段チビだのガキだの、辛辣な言葉を浴びせられたり、タバコなどを買いに行かせられたりして鬱憤が溜まっているわけでは、決してない」
「はいはい、そうですか」
 もうこの件には触れない事にしよう。
「まぁでも、確かに外をブラついてもらった方が、敵が引っかかる可能性は高いわね。でもどうやって外に出てもらうの?」
「よぅし、ここは俺に任せておけ」
 椅子から立ち上がり、小太郎はやおら武彦に近付く。
「どうした、小僧? なにか用か?」
「草間さん、タバコを貸してくれ」
「未成年がタバコとは感心しないな?」
「別に吸うわけじゃねぇよ!! いいからちょっと貸してくれ」
 怪訝そうな顔をしながら、武彦は胸ポケットからタバコの箱を取り出し、小太郎に渡す。
 すると、
「ふはははは! 確かにタバコは受け取った! 返して欲しくば、俺に追いついて見やがれ!」
 と哄笑しながら興信所を全力ダッシュで出て行ったのである。
 呆気に取られていた一同だったが、武彦は小太郎を追いかけるのではなく、やれやれとため息をついて机の引き出しを開いた。
「アレが最後の一箱ってワケでもなし、ここにカートンで置いてあるのが……」
「兄さん」
 新しい箱を開けようとした時、武彦の背後から声がかけられる。
「お、おや? 零じゃないか、どうしたんだ、怖い顔して」
「いつもいつも言ってますよね。タバコの消費量が減れば、興信所の財政も良くなると。しかし兄さんはそれを更に圧迫するんですか」
「いやいや、これは仕方がないだろ。小僧がどこへ行ったかも知れないのに……」
「携帯電話にGPSと言う便利な機能がついています。それを使えばいいでしょう」
「……はい」
 兄の威厳も感じさせず、武彦は引き出しを閉めてよろよろと立ち上がり、そのまま興信所を出て行った。
 その一幕を見ていた玲奈は呆然としていたが、すぐに武彦を追いかけるのだった。
 これが小太郎の言っていた策なのだろう。

***********************************

 武彦を追って数分、近くに異様な気配を感じる。
 人間ではない、霊力の類と言うか、それらがチラホラと周りに感じられるようになった。
「まさか、ここまで引っかかりやすいとは……」
 武彦囮作戦が功を奏したのか、建物の影などに妖魔の類の影を確認する。
 しかしどれも低級すぎる。知能を有しているとも思えない程度の、魑魅魍魎と言わざるを得ない。
 どこかにヤツらを操っている存在があるはず。
 玲奈の目的は雑魚を蹴散らす事ではなく、黒幕を捕まえて情報を吐かせる事。
 しかし、このまま放っておくわけにも行くまい。
「まぁ、武彦さんの護衛も仕事のうち、ってね」
 妖魔が不審な動きを始めると同時、玲奈も武彦との距離を詰めた。

 妖魔の数はざっと見ても十数体。
 街中での大立ち回りは、向こうとしても望むところではないらしい。
 だとすれば好都合だ。
 ある程度は無関係な一般人にも被害が出るかと踏んでいたが、それもなさそうである。
「だったら、手近なヤツから片付ける!」
 玲奈は大通りを離れ、路地裏に入る。
 妖魔の動きは決して遅くはない。しかし、玲奈とは比べるまでもない。
「まずは一匹!」
 高く飛び上がり、妖魔の直上から急襲する。
 踏みつけた妖魔を握りつぶして霧散させた。
「次ッ」
 素早く地を蹴り、次の目標へと取り掛かる。
 手近にいたもう一匹も同じように倒し、更に移動する。
「辺りをスキャンしなおそう。正確な数を把握しておかなきゃ」
 武彦の周りに浮く敵性対象を数えなおす。
 十二匹。その中に妖魔以上の存在は見受けられない。
 どうやらこれらを操っている存在はどこかで高みの見物をしているらしい。予測どおりだ。
「なら、目論見を全て潰すまでッ!」
 近距離ならば素手で、遠距離ならば能力を使って。
 玲奈は破竹の勢いで、集まっていた十二体の妖魔を打ち砕いていく。
 そして、最後の一匹を手に掴む。
『ギ、ギィィ!』
 虫の鳴き声のように、妖魔は不快な音を出す。
 それでも玲奈は手を離さず、妖魔の魔力を探る。
「コントロールするような魔力が発されてるのは……向こうのビルか」
 とあるビルの屋上から、妖魔と同じような魔力が感じられる。
 恐らく、アレが妖魔を操っている霊だろう。
 念動力を使って自らを持ち上げ、ビルの屋上まで一飛びすると、ポケットから道具を取り出して霊の足元に放る。
 それは瞬く間に霊を取り囲む牢となり、霊の身動きを封じた。
「ふぅ、後はコイツを解析して、例の事件との関連性を洗うか。……といっても」
 望みは薄いだろうな、と思った。
 何せ、アムステルダムの事件とは全く手法が違う。
 向こうは回りくどい手を使って探偵を追い詰めていると言うのに、こちらは実力行使で武彦を狙っていた。
 恐らくは模倣犯。何の手がかりにもならないだろうが、とりあえずIO2に引き渡すぐらいの事はしよう。
 玲奈は携帯電話を取り出し、小太郎へと発信する。
『は、はい、もしもし!?』
「あ、小太郎くん? こっちは片付いたから、もうタバコは返していいわよ」
『それどころじゃねぇって! 草間さん、マジで怒ってるんだから! アンタからも説明してくれ!』
「うーん……すぐには無理かな。私はちょっとIO2まで出頭する用事が出来ちゃったし」
『おい! 誰のために俺が身体張ってると――』
 とりあえず用件は伝えたので、玲奈は電話を切った。
 これにて一件落着である。

***********************************

 後日、興信所にて。
「何しに来たんだよ」
 留守番を任されていた小太郎は、現れた玲奈に厳しい視線を送った。
「イヤだなぁ、小太郎くん。そんな目をしたら女の子にモテないぞ」
「モテなくて結構。んで、何の用だよ?」
「これ、差し入れ」
 そう言って白い箱をテーブルの上に置く。中身はシュークリーム。
「こないだ、手伝ってくれた御礼」
「安いなぁ、おい。もっとこう……金銭的に価値のある物を」
「武彦さんに毒されて、お金に執着したらダメよ? ……って、あら? 何か書いてるの?」
 小太郎は自分の机に向かってノートを広げている。
「日記だよ。いつもは夜に書くんだけど、昨日の分を忘れてね」
「へぇ、意外とマメな事してるじゃん」
「うっせぇ」
「なになに? 昨日は何があったのかな、っと」
「見るなよ! 人の日記見るとか、最大級のプライバシー侵害だぞ!」
「良いじゃん、減るもんじゃなし」
 玲奈は小太郎が必死に隠そうとする日記を眺め、最後に結ばれた文を読んで、ニコリと笑う
「ふふ、明日は晴れるといいに決まってるわよね」
「……あぁ、そーですね」
 不貞腐れた小太郎は悪態をつくようにそういった。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□


【7134 / 三島・玲奈 (みしま・れいな) / 女性 / 16歳 / 和蘭国戦略創造軍准将:メイドサーバント】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□



 三島玲奈様、ご依頼ありがとうございます。『できる事が多すぎると取捨選択に困る』ピコかめです。
 目から怪光線を放てばよかった。

 さて、今回はアムステルダムの事件と関連性がありそうなお話と言う事で。
 プレイングにはなかったのですがそちらの情報収集のために東京の事件も追う、と言う形にさせていただきました。
 アムステルダムの方の事件が解決していたのでしたら、パラレルって扱いで一つ……。
 ではでは、また気が向きましたらどうぞ。