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■【りあ】 Scene1・スペシャルな出会い■

朝臣あむ
【2895】【神木・九郎】【高校生兼何でも屋】
 ガチャガチャと食器の音がする。
 音の元凶は燕尾服を無造作に着こなした青年だ。
 彼は左目に眼帯を嵌めたまま、皿を次々とトレイに乗せてゆく。
 その山頂はそろそろ崩れ落ちそうだ。そこに繊細で細く長い指が伸びてきた。
「千里。そんなにお皿を積んではダメだよ」
 慣れた手つきで皿を別のトレイに移すのは、穏やかな相貌の青年だ。
 千里と呼ばれた青年は彼を見ると、面倒そうに溜息を零した。
「なら梓、お前がやれよ。俺には性に合わねえ」
 そう言ってトレイごと梓と呼んだ青年に食器を押しつけた。
「まったく。ノルマをこなさないと怒られるのは千里なのに」
 スタスタと店の奥に下がってしまう千里に呟く。
「本当だよね〜。千里ちゃんってば、ワガママ〜」
 ひょいっと顔を覗かせて千里が押しつけたトレイを奪ったのは、水色の髪をした少女だ。
 彼女は大きな瞳を笑みの形にして、梓を見た。
「梓ちゃん。良い人なのも良いけど、好い加減にしないと千里ちゃんの仕事全部回ってきちゃうよ?」
「それはないよ。それより、葎子ちゃんは接客の方は良いの?」
「大丈夫♪ 菜々美ちゃんが変わってくれたから♪」
 笑顔で言い放った葎子に、梓の眉がピクリと動く。
 そして――。
「ひぃぃぃぃっ!! な、なんなんだ、この店はっ!!!」
 店の一角から悲痛な叫び声が聞こえた。
 目を向ければ、黒髪の少女が眼鏡を光らせてニヤリと笑っているのが見える。
「あらん、お客様? この店はお触り厳禁――知らなかったなんて言葉で片付けるなよ」
 ドスの利いた声に客は竦み上がってふるふると震えている。
 テーブルの上にはナイフが突き刺さっており、先ほどの悲鳴の理由が伺えた。
「あ? 何の騒ぎだよ」
 騒ぎに気付いて千里が戻って来た。
 既に燕尾服の燕の字もなくなった服装だが、この際それはどうでも良い。
「蜂須賀さんがお客様相手にキレたんだ」
「あのアホ、またかよ」
 チッと舌打ちを零して千里は菜々美に近付いた。
「おい、ほどほどにしとけよ」
 ポンっと肩に手を置く。その瞬間、千里の額に冷たいものが触れた。
「……菜々美、何だこりゃ」
 目を向けるまでもなく分かる。今、千里の額に添えられているのは銃だ。
 まあ、普通の銃ではことを知っているので千里は動揺しない。
 しかし客は違った。
「ひぃぃぃぃ!!! 殺されるぅぅぅ!!!!」
 わたわたと自分の上着をかき集め、脱兎の如く店を飛び出したのだ。
「あー、無銭飲食っ!」
「いや、今気にするのはそこじゃないと思うよ」
 葎子の叫びに、空かさず梓が突っ込みを入れる。
 客が去った後も、千里と菜々美の一発触発の状態は続いていのだから当然だろう。
「千里、実験体を逃がした罪は大きいぞ。黙ってあたしの実験体になれ」
 ドスの利いた声で呟く菜々美に、千里は動じた風もなく銃を指先でツイッと横に流した。
「付き合ってらんねえ」
 そう言って歩き出そうとした時だ。
――チリリン、リンッ。
 店の奥から呼び鈴が鳴った。
 その音に4人が顔を見合わせる。
「ほら、騒ぐから」
「あはは♪ オーナーにバレちゃったみたいだね?」
「……あー……メンドイ」
「実験体の確保なら、あたしが行く」
 それぞれが好き勝手呟いて、店の奥へと歩き出す。
 これより後、無銭飲食犯を逃がした4人には、その捕獲が命じられた。
seat1・スペシャルな出会い / 神木・九郎

 時刻は夕方。
 傾きかける陽をバックに、神木・九郎は通い慣れた道とは場別の道を走っていた。
「やべぇ、スーパーの特売に間に合わねえ!」
 夕方恒例の特の市。
 通常価格半分以下の値段で一定の商品が売られる、いわば一日で最大のイベントがもう直ぐ開催される。
 諸事情で1人暮らしを始めてどれだけ経つだろう。
 生活費も自力で稼ぎ、その上高校にも通っている。なのでこうした特売は、彼にとって生活の一部と言っても過言ではない。
 今も学校終了後にアルバイトを1つ終えた後だ。
 ちなみに、午後の授業を受けたかどうかの質疑は受付けない。
「あー、くっそ……何でこんなに入り組んでるんだ!」
 普段は大通りメインの道を通る。
 その方が分かり易い上に、別の特売を発見出来ることもあるから。
 しかし今日は違った。
 何故なら今日は月に一度の「牛肉セール」。
 言っておくが、侮ってはいけない。
 九郎が向かうスーパーの牛肉セールは100g78円という破格で実施されることが多いのだ。
 時たま仕入れ値に失敗するのか、微妙に値上がりするが、それでも安いことに変わりはない。
「――っと、こっちか!」
 スーパーの方角と路地の感覚。
 人通りも無ければ車も通らない場所だからできる進路の急変更。ほぼ直角で角を曲がると、不意に彼の米神が揺れた。
「ッ……何だ。この感覚……」
 頬を撫でたピリッとした感覚。
 嫌な予感しかしない。
「まさか、このタイミングで……」
 元々勘は良い。そして何かに巻き込まれる確率も高い。
 だが今は、こんな場所で足止めを食う訳にはいかない。その理由が彼にはある。
 しかし――
「!」
 足を止めると同時に飛び出してきた黒い影。これに咄嗟に構えを取る。
 そして黒の物体が飛び掛かって来るのと同時に飛び退くと、彼の眉間に深い皺が刻まれた。
「……マジか……・勘弁してくれよ……」
 盛大に漏れたため息。
 目の前に飛び出してきた黒い物体は、猫とか犬とか、そういった可愛いものではない。
 現れたのは、人の形をした化け物だ。
 餓鬼のように膨らんだ腹と、黒く汚れた骨ばった体。鼻には耐えがたい異臭が漂う。
 正直言って鼻を押さえたくなるほどの異臭だが、そんな事より何よりも、彼には向かうべき場所がある。
 それにもう1つ、重要な事があった。
「こんな所で遭っても金にならねえだろ……」
 そう。もしこれが依頼人のいる仕事だったならお金になったのだろう。しかし今は偶然出会ってしまった。
 依頼人なんて存在しないし、ここでこの化け物を倒した所で一文の得にもならない。
 だからと言ってここで化け物を放置できるかと問われたら、そう出来ないのが彼の性格だ。
「……はあ……」
 こうなると取るべき選択肢は1つ。
 とっととこの化け物を始末して、夕方恒例の特の市に向かう!
「一気にケリを付ける。でなけりゃ、俺の肉が消える」
 それだけは盛大に却下だ。
 育ちざかりの男子に肉を喰うなと言う方が間違っている。
 九郎はこちらを振り返った化け物を見据え、それから周囲に視線を飛ばした。
 幸いな事に通行人の姿はない。
 今の内に一気に片付けるのが得策だろう。
 それにもう1つ幸いな事がある。
 それは化け物が九郎を標的にしていると言うことだ。これなら話は更に早くなる。
 化け物は九郎と目が合うと、大量の涎を垂らしながら飛び掛かってきた。その動きは、そう速くもない。
「……これなら多少の隙を見せればすぐに終わるか?」
 ここに来るまで、幾度となく危険な道を歩いてきた。
 それこそ死に直面した事もある。
 そんな彼だからこそ、現状を打破するための最善策を早急に弾きだす。そうして出て来たのは、敵を誘き寄せて打ち砕く方法。
 やり方として安全とは言い切れないが、敵の技量が自分よりも下であれば良策と言えよう。
 九郎は低く据えた腰を僅かに上げ、踏み込みの為に下げていた足を斜めにずらした。
 そして拳をゆるりと下げると「ここを狙え」と攻撃できる箇所を生んだ。
 見た所、化け物の知能は発達してい無さそうだ。あっても獣並みの知能だろう。
 もし獣ならばこの位で簡単に片付く。
 そして化け物は九郎の目論み通りに飛び込んできた。彼が態と作り出した隙に。
 だが、
「!」
 九郎の視界に金色の髪が飛び込んできた。
「なっ」
 思わず見開いた目。それと同時に鼻孔を擽った錆びた鉄の香りに、眉が寄った。
 九郎の前に立ちはだかるのは化け物ではない。
 化け物と彼の間に割って入った金髪の男が、彼の視界を遮っている。
 しかも、腕に化け物の牙を受けて。
「何で、昼間から黒鬼がっ」
 金髪の男はそう言うと、腕に喰らい付いた黒鬼を、反対の腕で引き剥がして放り投げた。
 その腕力は、普通の人間のソレとは違う。
 だが気にすべきはそこではない。
――黒鬼?
 耳を掠めた声に九郎の瞳が眇められる。
 今、この男は化け物を「黒鬼」と呼んだだろうか。つまりこの男は化け物を知っている。
 そう思い、化け物から目を移した時、ちょうど男と目が合った。
「……大丈夫ですか? 見た所、怪我は無いようですね」
 腕から血を流してよく言う。
 そんな言葉が脳裏を過るがそんなことを話している暇はない。
 黒鬼はすぐさま体勢を整え、増えた獲物に嬉々と牙を覗かせている。
「ここは僕が――」
「怪我人はすっこんでろ!」
 本来ならさっきの一撃で終わる筈だった。
 なのに、怪我人が出た上に時間が掛かるとは面倒極まりない。
 九郎は男を押しのけると、黒鬼の前に飛び出した。
「え、ちょっと君!」
「……少しばかり本気を出すか」
 トンッと蹴った地面。
 一気に縮まる距離に、飛び込もうと踏み込んだ黒鬼の足が止まる。
 そうして懐に入り込むと、拳を引き結んだ。
「――消えろッ!」
 拳に集中した全神経。それを一気に黒鬼の腹に叩き込む。と、黒鬼の膨らんだ腹が更に膨れ上がった。
――ギャアアアアアアッ!!!
 破裂するように散った体。
 同時に振り撒かれる異臭に、咄嗟に退いて異臭の元を回避する。
 だが叩き込んだ拳だけはそうもいかなかった。
「くせぇ」
 あれだけ腐った匂いをさせていたのだから当然だろうが、それにしても何でこんなに臭うのだろう。
 九郎は本日何度目かのため息を零すと、制服の裾で拳を拭おうとした。
 そこへ妙に綺麗なハンカチが差し出される。
「使って下さい」
「あ?」
 目をやればさっきの男が立っていた。
 金髪の髪の小奇麗な男だ。
 女性がこの場に居れば黄色い声も上がっただろうが、生憎と九郎は男。そんな趣味もない。
 九郎は男が差し出したハンカチを見、それから彼の腕を見た。
 その腕からはまだ血が流れている。
「余計なお世話だっての」
 はあ。っと息を吐き、ハンカチを奪うように受け取ってからポケットを探った。
 なんというか用意の良い自分に呆れてしまうが、仕事柄、包帯や消毒薬は持ち歩くのが癖になっている。
 とりあえず汚れた手を拭いてから、相手の腕を取った。そしてそこに目を落し――
「!」
 今気付いた。
 怪我をした男の手が普通と違う。
 何が違うって?
 それは手の形状が人間の物じゃないってことだ。
「ああ、あまり気にしないで下さい。見ても楽しいものではありませんから」
 穏やかに笑む男を見て、それから下げられそうになる手を掴んで引き止める。
 鋭く固い爪を生やす指は、分厚い毛に覆われてまるで獣のようだ。それ以外の部分は人間と変わりないが「異形」そう称しても問題ないだろう。
「まあ、何でもいい」
 人間であろうがなかろうが、今は人の姿をしている。それに彼は九郎を助けようとした。
 彼にとって、そこが重要なのだ。
「勝手に庇って怪我をして……その辺については思う所がある。だが、庇われた義理は果たさないとな」
 言って、男の袖を捲って傷口を晒す。
 抉られた痕はあるが、血もさほど出ていないしこの分なら問題ないだろう。
 九郎は手際よく応急処置を施すと、腕に包帯を巻いて腕を解放した。
「後できちんと処理をすれば問題ないな。いや、若干傷の治りが早いか?」
 思案気に下がる腕を見ながら呟く。
 普通、ああいった鋭い牙に喰らい付かれればもう少し傷が深いはず。それが軽傷で済んでいるのは、治癒能力が高いからという判断も出来る。
「お人好しって、言われたことありません?」
「は?」
 突然の声に九郎の顔が上がった。
 それを目にした男は、少しだけ笑う。
「僕が勝手に怪我したんですよ? 君には何の非もないじゃないですか」
 それなのに。と、男は九郎が応急処置を施した腕を掲げた。
 それを目にした九郎の口から息が漏れる。
「こういうのはお人好しとは言わねえ。義理堅いって言うんだ」
「義理と人情……こっちの人ですか?」
 言って、頬に縦線を引いた男に脱力する。
「なわけねえだろ」
 やれやれ。どうも変なのは手だけでじゃないらしい。
 そう脱力していると、名刺を差し出された。
 その手が、獣状ではなく人と同じ物なのに気付く。
 もしかするとあの手は変化自在なのかもしれない。
「僕は辰巳・梓と言います。この店でバイトをしているのですが、良ければ顔を出して下さい」
「何で出す必要があるんだ」
「助けてもらったお礼に、ご飯驕りますよ。それに、もしかしたら――」
「あ、やべえ!」
 不意にあることを思い出した。
 梓の言葉を遮って声を上げ、急いで名刺を懐に仕舞う。
「くそっ、俺の肉!」
 そう叫んだ瞬間、九郎は駆け出していた。
 目指すは夕方特の市!
「ちょっと、君!」
「うるせえ! セールの時間が終わっちまうだろ!!!」
「セールって……」
 言動に似合わない台詞に、梓の口元に苦笑が浮かぶ。
 九郎はそんな梓を振り返ることなく駆けて行く。それこそ、猪突猛進気味に。
 だがこんな猛ダッシュも虚しく、彼がスーパーに到着する頃には、目あてだった肉は完売していた、らしい……。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 2895 / 神木・九郎 / 男 / 17歳 / 高校生兼何でも屋 】

登場NPC
【 辰巳・梓 / 男 / 17歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは「りあ☆こい」シナリオへの参加ありがとうございました。
まさかまさかの梓ご指名、ありがとう御座います。
女性と男性では微妙に態度も言葉遣いも変わってくる梓ですが、如何でしたでしょうか?
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います。
このたびは本当にありがとうございました。

※今回不随のアイテムは取り上げられることはありません。
また、このアイテムがある場合には他シナリオへの参加及び、
NPCメールの送信も可能になりました。