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■とある日常風景■

三咲 都李
【8583】【人形屋・英里】【人形師】
「おう、どうした?」
 いつものように草間興信所のドアを叩いて入ると、所長の草間武彦(くさま・たけひこ)は所長の机にどっかりと座っていた。
 新聞片手にタバコをくわえて、いつものように横柄な態度だ。
「いらっしゃいませ。今日は何かご用でしたか?」
 奥のキッチンからひょいと顔を出した妹の草間零(くさま・れい)はにっこりと笑う。

 さて、今日という日はいったいどういう日になるのか?
とある日常風景
− ぬいぐるみは夜に踊る −

1.
「こんにちは。野菜を届けに…ん?」
 人形屋英里(ひとかたや・えいり)が草間興信所の扉を開けると、そこには手にちりとりと箒を持って佇む草間零(くさま・れい)の姿しかなかった。
「あ、いらっしゃいませ。今日はどうされました?」
「…草間さんは留守なのか?」
 キョロキョロと辺りを見回したが、所長である草間武彦(くさま・たけひこ)の姿は見つけられない。
「すいません。お兄さんは依頼が入ってしまって留守にしています…お兄さんに急用でしたか?」
 箒を握り締めて申し訳なさそうにする零に、英里は首を振った。
「いや、野菜を届けにきただけだから。特に草間さんに用事があるわけじゃない」
「そうなんですか! いつもありがとうございます! 英里さんのお野菜はとっても美味しいのでお料理のし甲斐があります」
 籠いっぱいに持ってきた野菜を零に渡すと、零はいつものようににっこりと笑った。
 さつまいも、さといも、春菊に人参。秋野菜のオンパレードだ。
 美味しい上にさらに普通に買うよりも断然質が良く大きい。
 最近の草間興信所の家計が徐々に赤字の数を減らしていくのは英里のおかげといってよかった。
 零は「そうだ!」と手を鳴らすと英里に言った。
「お礼に紅茶入れますね。こんなことしかできませんけど、飲んで行って下さい」
 にこにこにこにこ…。
 断る気は毛頭なかったが、零の笑顔は断る隙を作らない。
「それじゃあ、ご相伴に預かろう」
「はい! ありがとうございます」
 ちりとりと箒を片付けて、零は慌しくキッチンへと走っていった。
 その間に英里はトランクをソファの脇に寄せて置くと、自分はソファに座った。
「お待たせしました!」
 ティーポットに2つのティーカップを乗せたお盆を持って、零が急いで戻ってきた。
「お口に合うかどうかわかりませんが、香草入りの焼き菓子も作ったので食べてみてください」
 皿に乗ったクッキーはほのかにミントの香りがした。


2.
「香草…いい香りでおいしい。これどうしたの?」
「台所で栽培したものを使ったんです。私も英里さんみたいになんか作れないかなって思って…」
 英里を前に零は恥ずかしそうに照れた。
 どうやら英里の持ってくる野菜に感銘を受けたようだ。
「少し見せてもらってもいいか? その香草というのが見てみたい」
 英里は立ち上がると「台所に行ってもいいか?」と零に訊ねた。
「はい! 是非是非見てください!」
 零はにっこりと笑って案内してくれた。
 零の香草は窓際の小さなプランターに植えられたものだった。
「西洋の香草…水だけは切らさないように。でも、あげすぎも駄目だよ?」
「はい! 頑張ります」
 小さくても頑張って育つ植物に、英里は目を細めた。
「紅茶! 冷めてしまいます」
 零がはっとしたようにそう言ったので、2人は事務所まで戻った。
 少しだけぬるくなった紅茶が2人を寂しそうに待っていた。
「すまない。私が香草を見たいといったから…」
「いえ! 私は英里さんに見ていただけてとても嬉しかったです。紅茶は淹れ直せばすみますから」
 そう言ってもう一度立とうとした零を、英里は手で制した。
「私がやってこよう。これを取り替えて、お湯を足せばいいのだな?」
「え…でも…」
「私の責任だから。これくらいはやらせてくれ」
 ポットを持って台所に立つ。茶葉は比較的簡単に見つけられた。
 零の行き届いた整理整頓のおかげだ。お湯を沸かしてポットに入れると英里は零の待つ事務所に戻った。
 すると零が英里のトランクの前でなにやらアワアワと慌てている。
「どうした?」
「あ、英里さん! あの、鞄が倒れて…その、何か内側から音がしたので…叩いてみたら、やっぱり音がして…その、動物だったら可哀想かと思って開けてしまったんです…」
 零が申し訳なさそうに頭を垂れた。
「鞄を…? 何が出てきた?」
「あ、はい。あの、この黒いぬいぐるみなんですが…この子が鞄を叩いていたのでしょうか?」
 不思議そうに黒いつぎはぎのウサギのぬいぐるみを見つめる零は首を傾げる。
「この子、なんだか私の持っているぬいぐるみにとっても似ているみたいです…」
 英里の鞄は不思議な鞄だ。何が出てくるかわからない。
 どこか見知らぬところに繋がっているところもしばしばある。
 零の言葉に、英里は考えてみる。
 人形自身が持ち主を選ぶ時もあるのだろう。
 ならば英里がいない時に音がしたのも、きっと零の元へ行きたいと願ったこのぬいぐるみの仕業かもしれない。
「…貰ってくれるか?」
「え?」
「この間あいつが雑誌で世話になったようだし、その礼も兼ねて貰ってくれないか?」
 英里の言葉に、零の表情が輝いた。
「いいんですか! ありがとうございます」
 深々と零は英里に頭を下げた。

3.
 英里との楽しい時間はあっという間に流れた。
「じゃあ、大切にしてやってくれ」
 そう言って帰った英里の背中が見えなくなるまで見送った零は、事務所に戻ると早速プレゼントされたぬいぐるみを抱き上げた。
 黒いつぎはぎのうさぎぬいぐるみを、零は自分の白いつぎはぎうさぎぬいぐるみの隣に置いた。
「お友達が出来ましたね」
 心なしか嬉しそうな2体のぬいぐるみに満足そうな笑顔の零。
「そうだ。今度英里さんがきたらもっと美味しい紅茶を入れられるように頑張りましょう。こんなに素敵なお友達をもらってしまったんですから」
 なでなでと2体を優しく撫でてから、ブランケットを2体の足にかけた。
「いい子で待っていてください。お兄さんの夕ご飯の用意をしてきますからね」
 気分はすっかりお母さんだ。でも、なんだか悪くない。
 可愛いうさぎのぬいぐるみを、零はすっかり気に入っていた。
「ただいま…ってぬいぐるみが分身した!?」
 帰ってきた草間武彦(くさま・たけひこ)がふたつ並んだうさぎのぬいぐるみに驚いた。
「あ、おかえりなさい。それは英里さんが私にくださったんです。まるで双子みたいに可愛いですよね」
 るんるんの零に、草間は「…そうか」と微笑んでぬいぐるみをまじまじと見つめた。
「にしても、瓜二つだな。英里のヤツ、これ見て作った…わけじゃないのによく作れたな…」
 ポンポンッとぬいぐるみの頭を叩いて、零の夕飯を食べる為に台所に向かった。

 人形師・人形屋英里の作る人形には不思議な力がある。
 それは時に人を守り、そして時に人の思いを受け止める。
 もちろん、零が貰ったこのぬいぐるみも例外ではなく…。

「おやすみなさい。双子のうさぎさん」
 夜更けの消灯の時間。
 零は2体を抱えてベッドの脇にそれらを置くと正座してぺこりと頭を下げた。
「いい夢、見てくださいね」
 そういうと、零は布団に入り眠りに着いた。
 …夜は不思議な時間。
 眠るのは人。起きるのは人ではないもの。
 ムクリと立ち上がり、それはズルズルと相方を連れて動き出した。
 何をしたらいいだろう?
 あの子は何をしたら喜ぶだろう?
 ねぇ、キミはあの子とずっと一緒にいたのだろう?
 あの子のことを教えてよ。あの子の喜ぶことを教えてよ。
 ボクと一緒にあの子の喜ぶことをしよう…。


4.
「床が…ピカピカです…」
 翌朝零が起きると、事務所の…台所の…全ての部屋の床がピカピカだった。
「お兄さんがやったのですか?」
「俺が!? やるわけないだろ」
 即行で否定する草間に零は首を傾げる。
 でも、こんなにピカピカにするのはとても大変だったろうなと小さく「ありがとうございます」と呟いた。
 それから朝起きるごとにどんどんと不思議なことが起きていく。
 まるで新品のようになったソファ、散乱していた報告書が片付いていたり、草間のほつれていたシャツのボタンが直されていたり…。
「これは…まるで『小人の靴屋』だな」
「なんですか? それは」
 零が訊ねると草間は言った。
「童話だ。貧乏な靴屋の夫婦が朝起きると靴が1足出来上がっている。毎朝そんなことが起きるもんだから、夫婦は夜起きて正体を付きとめようとするんだ。すると小人が靴を作っていた…って話だ」
 零はその話を聞いて少し考えたようだった。
「…にしても怪奇の類を禁止しているウチでこんなことが起こってるなんて…。これは真相を調べるべきだな」
「小人の靴屋さんの小人さんは、その後どうなるのですか?」
「…たしか、夫婦がお礼に何かを上げるといなくなってしまうんじゃなかったかな」
 それを聞いた零は首を激しく振った。
「いなくなってしまうなんて…だ、ダメです! 真相を調べないでください! 悪いことなんてしてないじゃないですか!」
 零の必死さに草間は気圧された。
 その時は草間は「わかった」と言ったが、その夜、草間はひっそりと調べることにした。
 零が寝静まり、息を潜めているとその内何かの音が聞こえた。
 草間は息を潜めて、覗いてみた…。

「こんにちは。野菜を…今日は草間さんもいるのか」
 英里がその日訪ねると、草間がボーっとした顔で所長の机に肘をついていた。
「いらっしゃいませ! 今日はぬいぐるみのお礼にとっておきの紅茶を入れますから…どうぞ座ってください」
 ニコニコとした零にいつものように野菜を渡すと、台所へと消えていった。
「…? どうしたんだい?」
「ん? あぁ。ちょっと零には言えないんだが…聞いてもらえるか?」
 なにやら深刻な話なのか、草間は英里にひそひそと小さく話し始めた。
「情けない話だが、最近この事務所で怪奇現象があってな。まぁ、実害のあるものじゃないんだが…。それをつきとめようと思って夜中に見張ってたんだ。そしたら…」
 草間は一段と声を低くして言った。

「うさぎのぬいぐるみが2体踊っていた」

 うさぎのぬいぐるみ…英里はまじまじと草間を見た。
「零には調べるなと言われたから、どうにも言えなくてな。なぁ、どうしたらいいと思う?」
 深刻そうな草間に、英里は微笑んだ。
「人形は愛情を受け止める。そういうものだ。零さんに言わずに草間さんの心にしまっておくのがいいよ」
 英里の言葉に「うーん…」とまた草間は頭を抱え込んだ。
「紅茶、お持ちしました」
 いい香りの紅茶とミントの香りのパウンドケーキが出てきた。
「おいしそうだ。いただきます」
「はい! どうぞ」

 微笑む零の優しさがあのぬいぐるみに伝わったのだと思うと、不思議と英里も優しい気持ちになれた。


■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 8583 / 人形屋・英里 (ひとかたや・えいり) / 女性 / 990歳 / 人形師


 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
 
 NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い

■□         ライター通信          □■
 人形屋・英里 様

 こんにちは、三咲都李です。
 ご依頼いただきましてありがとうございます。
 草間興信所の謎が1つ増えましたねw
 零がぬいぐるみの秘密に気がつく日は来るのでしょうか?
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。