■とあるネットカフェの風景■
三咲 都李 |
【8596】【鬼田・朱里】【人形師手伝い・アイドル】 |
「面白いことないかな〜」
パソコンのサイトを眺めながら、はぁっとため息をついた。
ここのところ面白い情報は入ってこない。
停滞期。
それはどんなものにでもあるものだ。
「まぁまぁ。とりあえず飲み物でも飲んで落ち着いて?」
ふふっと笑って影沼ヒミコ(かげぬま・ひみこ)は少女の前に飲み物を差し出した。
と、誰かがネットカフェに入ってくる気配を感じた。
少女達が振り向くと、見知った顔である。
「あー! どうしたの? なんか面白いことあった?」
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とあるネットカフェの風景
− 2回の初めまして −
1.
「アッシュくんはあっちから落ち着いた様子で歩いてきてね」
監督の言葉に深く頷いて台本を読み返す。前日に台本は読んだので頭に入っていたが念には念を。
アッシュと呼ばれたアイドル・Mistのメンバー。
その正体は鬼田朱里(きだ・しゅり)である。
ただし、それは誰も知らない秘密の話である。
「アッシュー! こっち向いてー!」
ギャラリーの女生徒たちが黄色い声でアッシュに声をかけるので、アッシュはにこりと笑って手を振る。
すると「きゃー!」とまた黄色い歓声が上がる。
ここは都内にある学校で、今回の仕事はMistが主役の学園ドラマの撮影だった。
放課後の学校を借りて撮影は進められていたが、野次馬はどこにでもいるものだ。
極秘のはずだった撮影現場にはたくさんの人だかりが出来、ADが必死になってなだめている。
「じゃあ、本番行きます! 皆さんお静かにお願いします」
アイドルの顔から役に入り込む。
僕の役は副生徒会長。熱血な会長をサポートする冷静で温和な少年だ。
大きく深呼吸して、よしっと気合を入れた。
このカットは廊下で探していた生徒会長をアッシュが見つけるというシーン。
廊下の奥にスタンバイし、スタートの声を待つ。
「用意…」カチンとカチンコが鳴って、アッシュはゆっくりと廊下を歩いてくる。
そして、優しげな微笑でカメラに向かい「見つけた」と囁いて…。
「はい、カーット! すっごく良かったよぉ!」
監督のベタ褒めにアッシュは「ありがとうございます」と頭を下げた。
ふと顔を上げると、カメラの上に小さな影。しかし、瞬きするといなくなっていた。
撮影は次のシーンに移るはずだった。だが、思わぬ出来事が待っていた。
「は? 何も映ってない?」
「はい。カメラは確かに回ってたんですけど、今見たら真っ白でして…」
「…見せて。カメラは…壊れてない。何で映ってないんだ?」
「さぁ??」
助監督と監督のやりとりに、アッシュは不自然なものを感じた。
だが、その前に…
「やり直し…かな?」
「わ、悪いね…アッシュくん」
監督の申し訳なさそうな声にアッシュはにっこりと笑うと「監督のせいじゃないよ」と言った。
2.
しかし、異変はそれに留まらなかった。
さっきまであったカチンコがどこかに消えたり、ADの帽子が突然風もないのに飛ばされたり。
「ちょ…撮影邪魔するなら、みんな出てってもらうよ!?」
「あたしたち、何もやってませんけど!?」
撮影隊とギャラリーの間には一触即発の空気が流れる。
「まぁ、そう怒らないで。こういう現場にハプニングはつきものだよ。誰が悪いわけでもないよ」
そうとりなしたアッシュだったが、気にかかる。
これは…先ほど見た何かの仕業ではないのではないか?
すると、ギャラリーにまぎれて違う制服を来た小柄な少女を見かけた。
「あ…! そこの子ちょっと待って!」
咄嗟に出た言葉で、その少女は立ち止まった。
「なぁに? あたし、急いでるんだけど…」
きょろきょろと辺りを見回す少女は、明らかに目の前のアッシュよりも別な物に気がいっているようだ。
「何か探し物?」
「…知りたい? んふふ、教えてあげない♪」
少女は軽やかなステップでアッシュを背にして走っていってしまった。
「マネージャー! 撮影ちょっと休憩入れよう。スタッフに差し入れと、ギャラリーのみんなにも差し入れを」
「え!? アッシュさん!?」
「きゃー! アッシュ、ちょーやさしー!!」
黄色い歓声が上がる中、少女のあとを追いかけてアッシュは走り始めた。
何か気にかかる。さっきの少女は一体何を探していたのか?
それに…撮影中の不可思議な出来事と何か関係があるのかもしれない。
少し走ると、空の教室の隅で座り込む先ほどの少女を見つけた。
「…やっと見つけた」
「! 追ってきたの!?」
少女はびっくりしたように目を丸くした。
「そんなにあたしの探し物が知りたかったの?」
向き直った少女はくりんくりんの眼をした可愛らしい少女だった。
「うん。ちょっと気になっちゃって」
アッシュが微笑んでそう言うと、少女は笑った。
「しょうがないなぁ。まだ人に言えるほどの確証が得られてないんだけど…」
少女は語りだす。この学校の不思議な怪奇を…。
3.
「この学校、時々出るみたいなのよね〜。あたしの管理してるHPでもよく話題に出るの。で、今日もなんか出たらしいって書き込みがあったから超特急で来てみたってわけ」
「…何が出るんだい?」
「姿をしっかり見た人がいるわけじゃないんだけど、小さい人? 妖精なのかな? あたしにもわかんないんだけどね」
目をキラキラ輝かせてしゃべる少女は、とても楽しそう。
彼女にとって目の前のアッシュよりも重要なものは、どうやら『不可思議な現象』のようだ。
そして、先ほども見たカメラの上の小さな影はもしかして、もしかすると…。
「なるほど。どうやら僕たちは同じものを探しているみたいだ。どうかな? 僕も探させてもらってもいいかな?」
「あなたも? そうねぇ…何かわかったら教えてくれる?」
「もちろん」
「あたし、瀬名雫(せな・しずく)。よろしくね」
彼女はオカルト関連の情報量では関東一のHPの管理人なのだとアッシュは後に知ることになる。
「僕は…アッシュ。Mistのアッシュ。初めまして」
「『Mist』のアッシュ? …そっか。外国の人なのね」
どうやら雫はMistを知らないらしく、勝手に納得している。
そうかぁ、僕を知らない人もいるのか…複雑な心境ながらアッシュはアイドルとしてはまだまだだなと思っていた。
「ひとまず、撮影場所に戻ろう。今あの場所で怪奇現象が起きているんだから、現場に戻るのが一番だよ」
アッシュがそう言うと雫は素直に頷いた。
「そうだね。犯人は現場に戻るって言うもんね」
なんか違う気もしたが、雫に頷いてアッシュは雫を連れて撮影場所へと向かった。
「そういえば、撮影場所って…何か撮影したの?」
「学園ドラマの撮影をしたんだ」
「ふーん…誰が主役のドラマなんだろうね〜?」
それは僕たちです。…とはさすがに言い辛かった。
なので「さぁ?」と誤魔化して笑っておいた。
現場まで戻ると、アッシュの指示で配られた差し入れのジュースを撮影隊とギャラリーたちが和やかに飲んでいた。
「ホントにいるのかな?」
「しっ…」
人差し指で雫を静止すると、そっと指差した。
そこには、手のひらに乗るほどの小妖怪が今まさに撮影隊の1人の帽子の上にちょこんと乗っているところだった。
4.
アッシュはおもむろに手近な窓を開けた。
強い風が校舎内に入り込み、帽子もろとも小妖怪は飛ばされた。
すかさずそれをアッシュはキャッチして、小妖怪をそっと隠すと帽子を撮影隊の1人に返した。
「飛ばされないようにね」
「キャー! アッシュかっこいーーー!!」
アッシュはファンたちに手を振ると、雫を連れて近くの教室に身を潜めた。
「なに? 何か見つけたの?」
雫がわくわくとしているのを見て、アッシュは手のひらほどの小妖怪を優しく差し出した。
「なにこれ?! 妖怪!?」
小妖怪は焦ったように手のひらをうろうろしている。
すると、アッシュたちの足元にわらわらと同じような小妖怪たちが現れた。
なぜか紙と鉛筆を携えている。
「………」
アッシュと雫が見守る中、小妖怪たちは器用に鉛筆を使い言葉を紡ぐ。
全てを書き終わると、アッシュは読み上げる。
「『楽しそうだったから、見てたら一緒にあそびたくなった。邪魔してゴメンね』…か」
「この子達、根は悪い子じゃないんだね」
手のひらの小妖怪もペコペコとアッシュたちに向かって頭を下げている。
「気は済んだかな?」
「え?」
雫にそう聞いたアッシュは、微笑んだ。
「僕は、この子たちを返してあげようと思うんだけど…ダメかな?」
「ううん! 返してあげて! あたし不思議なことって不思議なままでいいと思うから」
雫の言葉に、アッシュが小妖怪をおろすと彼らはささ〜っとどこへともなく消えていった。
5.
とあるネットカフェ。
雫は今日もHPの書き込みを見て、情報収集を怠らない。
先日の小妖怪の件は継続中という見出しをつけて、情報を更新しておいた。
不思議がひとつ消えてしまうのは寂しいし、ずっとドキドキしていたいと思ったからだった。
「こんにちは」
つい先日聞いたような声が聞こえた。
雫は思わず振り向いた。
「あ…っ! えっと…たしか…『Mistのアッシュ』!」
雫がそう言うと店内がザワッとなる。
しかし、にこやかに笑った朱里は「ちがいますよ」と否定した。
「鬼田朱里といいます。初めまして。瀬名雫さん」
「初めまして…なのに…あたしの名前を何で??」
ニコニコと笑う朱里。首を傾げる雫。
雫のはてなが朱里には見える気がした…。
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
8596 / 鬼田・朱里 (きだ・しゅり) / 男性 / 990歳 / 人形師手伝い・アイドル
NPC / 瀬名・雫(せな・しずく) / 女性 / 14歳 / 女子中学生兼ホームページ管理人
■ ライター通信 ■
鬼田・朱里様
こんにちは、三咲都李です。
ご依頼いただきましてありがとうございます。
雫との初めてのお話。可愛い妖怪にメロメロの雫さんですが、不思議なものには目がありません。
雫の目には朱里さんも不思議な人として映ったかもしれませんね。
少しでもお楽しみいただければ幸いです。
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