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■あの日あの時あの場所で……■

蒼木裕
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】
「ねえ、次の日記はカガミの番?」
「ああ、俺だな」


 此処は夢の世界。
 暗闇の包まれた世界に二人きりで漂っているのは少年二人。そんな彼らの最近の楽しみは『交換日記』。だが、交換日記と言っても、各々好き勝手に書き連ねて発表するというなんだか変な楽しみ方をしている。そのきっかけは「面白かったことは書き記した方が後で読み返した時に楽しいかもね」というスガタの無責任発言だ。
 ちなみに彼らの他に彼らの先輩にあたるフィギュアとミラーもこの交換日記に参加していたりする。その場合は彼らの住まいであるアンティーク調一軒屋で発表が行われるわけだが。


 さて、本日はカガミの番らしい。
 両手をそっと開き、空中からふわりとノートとペンを出現させる。
 開いたノートに書かれているのは彼の本質を現すかのように些か焦って綴られたような文字だ。カガミはスガタの背に己の背を寄りかからせ、それから大きな声で読み出した。


「○月○日、晴天、今日は――」
+ あの日あの時あの場所で……【回帰・13】 +



「ここから先はお前一人で行け」


 繋いでいた手が離され、俺は頷き一人で歩き出す。
 ここは高千穂神社の夫婦杉が導いてくれた道の先。
 今まで神社の境内のような景色に包まれていたが、やがては其処は精神世界へと突入した。ゆらゆらと揺れる精神体で潜る光の川。纏わり付く温度は人と同じ。
 ゆらりゆらり。
 意識しないと「自分」を形作る事が出来なくなる――そんな場所。
 手が消える。
 意識して手の存在を思い出す。
 足が薄れる。
 こけそうになり、慌てて足の存在を思い出し歩く方法を記憶から引き出した。


 失われていく意識。
 同化しようと自分を誘う空間。
 優しい温度に身を委ねてしまえば俺はきっとこのまま『静かなる永遠』を得られるだろう。


 失われていく生存本能。
 未熟者の精神体は肉体の存在にしがみ付き、まるでこの場所で『生きている』かのように振舞い続ける。確かなものは己の意思。だけどこぽっと、まるで溺れるかのように俺は息を求めてしまう。どんどん呼吸が苦しくなり最終的にはその場に膝を付き、首を引っかいた。


「勇太! 精神体で行動してる間は呼吸は不要だ! 肉体の方に影響しないよう振舞え!」
「――カ、ガミ……」
「俺といつも夢の世界で逢ってるだろ。あれと同じように振舞えばいいんだよ。夢を見ていても『肉体はいつだって呼吸を忘れない』」
「……は……ふ、おっけ。なんとかいけそう」


 カガミの声が聞こえ俺はやっとどういう風にこの空間で立ち振る舞えば良いのか理解する。
 それはもう至って簡単な事。カガミの言葉に俺は感覚を思い出していく。
 ――夢を見ていても肉体は呼吸を忘れない。精神が肉体に及ぼす影響は多大だ。けれどカガミが教えてくれたたったそれだけの言葉で俺は救われ、溺れかけていた精神が再び活動を再開し始めた。


 俺の手には母親のお守りが握られており、今も変わらずどこかと糸を繋いでいる。
 けれどその糸はか細く消えてしまいそうで怖い。どうか消えませんように。どうか失いませんように。どうか俺を導いてくれますように。
 両手でお守りを握り締めて額に当てる。決して工藤 勇太(くどう ゆうた)と言う「自分」を失わぬよう、この光の川に流されてしまわぬように念じ続けた。


「――えっ!?」


 不意にぐいっと見えない力によって下へと引っ張られ――いや、違う。自分の足元が蠢き、まるで蟻地獄や砂時計の渦のように穴が開いて俺を吸い込もうと引き摺っていく。徐々に地面らしき場所に埋まっていく身体。遠ざかっていく光の川。
 そこにいるはずのカガミに伸ばした腕。
 助けを求めようと開く喉から飛び出る声は掠れ、音にならない。包み込まれる熱はやはり人の温度をしていて、不安を払拭するかのよう。
 どこへ? どこへ? どこへ?


―― 勇太っ――!


 聞こえる声はおれの名まえ。
 おれの、……。
 おれ、の…………。


 抗えない力に意識が遠のく。
 やがて上へと伸ばしていた手がすっぽりとその場から消え、俺の身体は完全に『そこ』に飲み込まれてしまった。


「――惹き合う運命なら、それもまた道であろうよ」


 それは誰の言葉?



■■■■■



『お慕い申し上げております、我らが神』
『愛しい吾子(わがこ)よ。こちらへ参れ』
『御意』
『汝の名はなんと申す』
『私の名は――』


 愛しい私の神。
 一族の誰もがこの神を敬愛し、崇め奉り、そして神に選ばれた神子(みこ)は心身ともに寄り添った。神の中には気に入った子を神子ではなく『吾子(わがこ)』と呼ぶ神も居た。私はその内の一人。
 集落にある夢殿の中で儀式を行い、私は夢へと潜る。選別された特別な巫女衣装を身に纏い清らかな身体のまま、けれど神は私を夢の中で抱き、そして深く深く愛してくれた。手を重ね、身体を重ね、心を重ね……。
 そして私は夢と現実を彷徨いながら愛しの神(おや)からお告げを聞く。


『可愛い吾子。三日後に雨が多く降り注ぎ、川が氾濫する』
『愛しの我が神。それは大変危のう御座います。どうすれば災害を避けれましょう』
『麻袋に土を込め、河原を固めよ。高く積み上げて堤(つつみ)を……土手を作り上げるがよい』
『有難う御座います、我が神』


 私は私の愛しい神(ひと)の胸元で感謝と共に愛しさを募らせていく。
 生まれた姿のままに愛されれば愛されるほどにこの心が神の物だと信じられた。目が覚めれば逢えない愛しの人。それでも目覚めれば私を待つ大勢の一族の者が居た。私は神からのお告げを一語一句間違えず伝え、そして一族の猛者達は自分達の持つ力を使って災害からこの集落を守るのだ。
 神から授かった力を持つ彼らもまた特別な存在。か弱い巫女(わたし)とは違い、その力を使う事で神と通じる者達。


『愛しい我が神。貴方様のお告げにより災害は避けられました』
『吾子が無事であればそれで良い』
『一族の者も感謝の言葉を貴方に捧げております』
『我は吾子が喜ぶならそれで良い。そして吾子に連なる子達も無事ならば――』


 私は私の人生を愛しい神に捧げた。
 神通力が失せれば次の神子が選ばれ、神の声を聞く。けれど私の神は生涯一人。ただ一人。継がれていく神と通じる幸福、儀式の快楽、生まれては消える神の声。


 私は死して生まれ『俺』となり、また神と通じる『覡』となる。
 何度でも繰り返す時の輪廻。
 愛しい私の神、俺の神。生涯忘れえぬたった一人の自分だけの神。巡る巡る、人生は始まりと終わりを繰り返し、朝と夜とを繰り返す。木々は年輪を刻み続け、一族を見守り続けた。私はまた俺となり、俺はまたあたしとなり、あたしは僕となり、また私となって。


 一人の魂に一人の神が。
 私だけの愛しい神が。
 巡る巡る。
 何度でも私の魂を愛しの我が神が掬い上げ、夢を見ることで貴方に逢えるのならば――。


『可愛い愛しの吾子、それでも廃れ行く流れには抗えまい』


 それは愛しい神の放った悲しげな言葉。
 年号が幾度も変わり時代が流れ、少なくなった一族の滅亡を暗示する切ない瞳。それでも私は――俺は――誰よりも愛した。絶対的な神ではないと知っていても尚――この胸の鼓動は止められずに。
 一族の力も弱まり、夢を見る自分も神子として選ばれたのも数十年ぶりという事。
 それでも、あああああああああ。
 どうか。
 どうか。


『可愛い吾子よ。それでも廃れ行く流れは止められない』


 ならば、私は――俺は、いずれ生まれいずる他の者に幸せを委ねよう。



■■■■■



 浮上していく感覚。
 誰かの手が俺を押している?
 それとも空間そのものが自分を押し上げている?


 わからない。
 私は誰だったのか。
 私は確かに『娘』だった――昔々一族の神を愛し通じた娘として。
 私は死後『彼』になった――昔々一族の神から力を得た男として。


 私は俺となり、沢山の生と死を繰り返し、長い年月を一族の中で過ごした一つの小さな魂。
 お告げを聞く事が好きだった。神と同調し、災害を避けるために力を振るうのが好きだった。自然と同化し、風や木々の気配を身に纏う事によって一族は静かに生きていただけ。そこに在るだけの生と幸せを覚えている。
 だけど、時代はそれを許さなかった。開拓されていく土地。そこに在るだけで訪れる死と不幸。戦を好み、人が人を支配し、大地に境界を敷いて統一し始めた時代が訪れた頃にはもう、もう……――!


 私は誰だっただろう。
 俺は誰だっただろう。
 この意識は誰の物だろう。


―― シャラン……。


 その時、意識を覚醒へと導く美しい鐘の音が聞こえた。



■■■■■



「――ッ!!」


 目を開けば俺は自分の手が見えた。


「俺は工藤 勇太。高校生。で、今は男。母親の記憶探しに深層エーテル界へと来ている。俺は……工藤 勇太だ。そうだ、大丈夫、大丈夫だ……」


 確認する。
 俺がなんなのか。俺がどうしてこの空間に存在しているのか。生み出された記憶の濁流に飲まれかけていた事を知り、ぞっと背筋に寒気が走る。
 これがカガミが危険視していた事か。多くの意識に飲み込まれ一体化を望まさ、自我を保てなくなる恐怖を感じて精神体であるというのに身が震える想いを感じた。


 保て。
 『俺』を保て。


 この場所では俺は自分を自分だと意識しなければ存在出来ない。強く願え。俺を思え。意識しろ。この手は俺のもの。この足は俺のもの。俺の記憶は俺だけのもの。例え同調しても奪わせない。
 だけど今確かに『誰か』の意識に引き摺られ、記憶を見ていた。早回しの映画を見るかのように誰かの人生を朝と夜とを繰り返すかの如く生と死の輪廻を見た。
 誰の記憶かなどは分からない。だが伝わってきた痛いほどの神への愛しさと一族滅亡への悲しみ。
 引き摺られそうになり、ぐっと胸元を掴んだ。


―― シャラン……。


 ああ、また美しき音色が聞こえる。
 俺はそちらへと視線を向けた。


―― シャラン……。


 神楽舞の巫女服を着た少女。
 手に持っていた神楽鈴を再度振り鳴らし。


―― ……シャラン…………。


 風が奪い去るかの如く、その麗しき姿は緩やかに消えた。









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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは!
 第十三話もとい第二部・第三話のお届けとなります!
 今回は潜った後のお話。そして工藤様のルーツに纏わるお話を書かせて頂きました。
 神子部分はマスタリング可能という事でしたので、相変わらずのアドリブ炸裂ですがどうでしょうか。雰囲気重視で書かせて頂いたのですが気に入ってもらえるかな、とドキドキしております。

 また次の旅へと行くのだろうと思いつつ……どうか最後までお付き合い出来れば嬉しく思います。ではでは!!