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■xeno−起−■

蒼木裕
【8620】【月枷・由羅】【言霊使い兼高校生】
 ドッペルゲンガーが出た。
 今、自分の目の前に。


 同じ姿。
 同じ声。
 鏡合わせの様な自分と相手。


 だけど。


 ―― 殺していいかい?


「そこの迷い子! そいつを見てはいけない!!」


 くきっと首を折る様に横に倒した自分と同時に声が聞こえた。
 それは『誰』のものだ。

+ xeno−起− +



 ドッペルゲンガーが出た。
 今、自分の目の前に。


 同じ姿。
 同じ声。
 鏡合わせの様な自分と相手。


 だけど。


 ―― 殺していいですか?


「そこの迷い子(まよいご)! そいつを見てはいけない!!」
「そこの迷い子(まよいご)! そいつを見んじゃねえ!!」


 くきっと首を折る様に横に倒した自分と同時に声が聞こえた。
 それは『誰』のものだ。


 此処は暗闇の空間。
 自分の住む現実世界とは違う場所だと言う事はすぐに分かった。何故なら私、月枷 由羅(つきかせ ゆら)は眠った時の格好のままそこにいる。普段ハーフアップにしている髪の毛も今は解き背を流れ揺れているだけ。
 そう、此処は何も無い世界。ただ私という存在と――目の前にいる『私』、そして声を掛けてくれた誰かの存在だけが浮き彫りになった不思議な空間。
 私の身体を引っ張る誰かの腕。自分よりも細く幼いその腕はそれでもしっかりとした強さを持って私を危険から遠ざけようと動いた。
 だが。


「『闇の手は見えぬ鎖、か弱き乙女を拘束し私の前に引き寄せよ』」


 『私』が詠う。
 読み上げられた言霊が発動し、私と私の腕を掴んでくれていた少年を引き寄せようと動いた。闇が意思を持ったかのように蠢き、私と少年の身体の隙間を狙い引き剥がしに掛かる。その闇の手に飲み込まれそうになり、少年はちっと舌打ちをして離れた。私もまた状況が分からぬまま、それでも『私』の元に行ってはいけないという本能が動き、足を踏ん張る。


 少年二人が私を庇う様に前で構えた。
 年の頃は十二か三歳ほど。短かな黒髪を持ち、その瞳の色は対照的な黒と蒼のヘテロクロミア。まるで鏡合わせの様な少年達は私を守るかのように立ち振る舞い、その格好すらまるで一定ラインを保って同じ存在に思える。私は唇へと己の手を当て、状況を把握しようと必死に思考を巡らせた。


「カガミ、声を奪って!」
「了解っ」
「『少年はカガミ』『その音は【鏡】』『反射の音は身を持って知るべき』」
「――!?」


 先程とは違うもう一人の少年――カガミが『私』に向かって駆け出し、衝撃波のようなものを繰り出して攻撃の手を伸ばす。しかしそれは突如彼の目の前に現れた鏡面によって無残にも跳ね返され、『私』に届くはずだったダメージをそのまま受けてしまう。その身体は切り裂かれ鮮血が溢れ、地面と思われる場所へと滴っていく。咄嗟に顔の前に腕を交差させ致命傷は防いだが、それでも苦痛によって少年の表情は酷く歪む。
 それを見て『私』が……嗤っていた。
 なんて不愉快な存在なのだろうか。
 私はきゅっと唇を引き締め神経を落ち着ける。


「『この目は光を映す媒体』『闇は砂のように掻き消え柔らかな布となりて肌を滑り』」


 私は冷静に言霊を紡ぎだす。
 しっかりと自分を拘束しようとし蠢いていた闇を見据えるとそれは言葉通り布へと姿を変え、そして私達を束縛していたそれは滑り落ち、ぱさり……と音を立てた。
 此処は現実世界ではない。
 けれど今私を襲う――同じ、姿……これは、わた、し?


「『暗闇は緩やかに溶けて姿変え乙女の足を強く抱擁する枷となり』」
「――くそ、言霊使いは遠方攻撃が強くて困んだよ!」
「『一重』『二重』『多重に重なる枷を』」
「カガミ、僕が彼女を護るからその隙に動いて!」


 ぐにゃりと足元の地面が動くのが分かった。
 波打つかのようなそれにバランスを失いかけ私はこけそうになる。その瞬間を狙い、『溶けた闇』から飛び出してきた枷。言霊が追い付かず、私は目を瞑った。――だが、その時は訪れない。
 そっと瞼を押し上げればそこには『スガタ』と呼ばれ、私の元へと駆けてきた少年が枷を掴み必死に食い留めていた。閉じられない輪の枷はまるで蛇のように大きく口を開き、ガチガチと音を立てながら目標――つまり私を狙い続ける。だが、少年の手はそれを許さない。


「あの人は、わた、し?」
「今は答えられません! けれどただ一つ貴方に言える事が有ります!」
「何?」
「アレは貴方に殺意を抱いているモノ。今この中で一番危険なのは月枷 由羅さん、貴方です!」


 自己紹介もしていないのに、私を守る少年――スガタは名を抜く。
 やっぱり一般人ではない二人の存在を見て、私は改めて『私』を見た。なんてそっくりな姿……同じような言霊を操り、襲い掛かる姿は怒りに満ちた鏡(わたし)のよう。
 だけど目の前に存在しているのは私ではないモノ。
 カガミはまたしても『私』へと攻撃を向けるがそれよりも素早く言霊が発動する。瞬間移動で近接しても『私』は防御壁を張り、ダメージを一切通さない。だが何度飛ばされ傷付いても少年は諦めず前に進んだ。
 ――私の為に。


「……声を奪えばいいのですね?」
「アレは貴方と同じ能力を保持しています。それを踏まえて僕らは動く」
「言霊使いとして許せない使い方をなさっているようですし――良いでしょう。お相手いたします」


 攻撃を担当する少年へと視線を向けると彼は傷付いた部分に手を重ねているのが見えた。そしてずらした瞬間にはその怪我が治癒している事が確認出来ると私は目を少しだけ開く。守ろうとしてくれている人達がいて、傷つけようとしている『私』がいる。
 話なら後からでも出来るだろう。それならば――。


「『掻き切られた喉元は震われず』」
「――なッ!? ぅ、ぐ……!」
「言霊使いとして音は特別なもの。口を封じれば貴方は私を肉体的でしか拘束出来ない」
「ッ……! ――! ……――!!」
「苦しいのですか? 憎いのですか? でも貴方より傷を受けている少年がいることを忘れずに」


 更に言えば未だに闇から生まれた枷はスガタの手の中で暴れ動いている。
 スガタはそれを私に向かわせないように根を断ち切る。だが闇は蠢き、断ち切ったはずの枷はまた生まれ、襲いかかろうとその触手を伸ばす。その度にスガタは根を切るが、根源は言霊。――正しくは『私』。
 殺意の篭った瞳で睨んでくる私ではない『私』はなんて可哀想な存在に見えるのだろう。
 ならば終わらせてあげましょう。


「『その足は沼に沈み、その体は岩とならん』」
「――!」
「貴方を拘束します。何者であれ私と同じ姿をし、罪無き人を傷つけた事は罰せられるべきことですから」


 『私』の足元が蠢き盛り上がる。
 徐々に闇が彼女の身体を覆うように這い上がり、硬化していく様子が目に入った。次第に彼女が放った言霊の効力は弱まり、枷はその勢いを失うとボロッ……とスガタの手の中で崩壊する。それとは逆に『私』を捕縛する闇の力は強まっていくばかり。
 だけど。


―― 殺していいですか?


 それは脳に直接響く声。
 『私』は嗤っていた。声を奪われても空気を震わせた音で、くっくっと嗤っていた。決して屈しないその意思は殺意の念として私に襲いかかり、ぞくりと背筋に寒気を走らせる。
 何故そんな意思の強さを保っていられるのか分からない。言霊使いなら声を奪われれば多少なりとも動揺するはず。なのにこの人物は、『私』は――。


「危ないッ!!」
「!?」


 少年の声が聞こえたと思った瞬間、影が私の前を立ち塞がった。
 両手を広げた自分より幼い影。それが先程負傷していた少年の姿だと気付くまで僅かに時間差が出来てしまう。そしてその隙を突くかのように闇がまた布のように『私』の身体を滑り落ちていく。


「まさか、私の言霊を、使った……?」
「――反射だ。『アレ』は……カガミに使った言霊を自分にも向けていたんです! 自分が言霊を使うときは対象を指定して跳ね返らないようにしたくせに――!」


 ぐらりと後ろへと倒れていく少年の姿を追うように私の傍にいた少年が飛び出す。
 『私』は拘束の解けた腕や足を見て、――また、私を見る。


―― また、逢いに来ます。次こそは貴方に死を――!


 ぐにゃりと歪むその身姿。
 宣言される声はまたしても脳内に届き。
 やがて闇に溶けたその光景に視線が釘付けにされ、私は暫く動けなかった。


「カガミ! カガミ大丈夫!?」
「――いちおー……平気。寝てれば……治る」
「痛いのは変わらないじゃないか! 今すぐ治すから、治すから……っ」


 血塗れになった少年を抱く悲痛な表情を浮かべた少年。
 私は意識をしっかりと奮い立たせた後、彼らに近付いた。そしてしゃがみ込むとぎくりと身体を強張らせてしまう。両手を広げ盾となった少年の身体には酷い裂傷が走っており、心臓が鼓動を鳴らす度に鮮血を溢れさせる。血が滴り闇の中に解けていくと更に濃度を増したような気がした。
 傷付いて尚、片割れを心配かけまいと振舞うその気丈な姿。
 ならば私は彼らに感謝の意味を込めて美しい音色を紡ごう。


「『その肌は痛み無き優しき糸で縫われ、繋ぎ目など有り得ず』」


 ふわりと風が動き、二人の少年を包む。
 傷が縫合され、治癒されていく。言霊通りその肌には傷一つ残さないままに。
 守護していてくれた少年が私を見てぺこりと頭を一度下げた後唇を開いた。


「有難う御座います」
「こちらこそ。――落ち着いたところで聞きたいのですが、さっきのあの人が何なのか教えて下さい」
「貴方は『アレ』に関わる気ですか?」
「ええ」


 少年二人を見つめながら私は肯定する。
 彼らは私へと視線を向けた。彼らはとても似てるけど……あぁ、でもやっぱり別人ね。こんな状況下でも縁ってすごいわ、大切にしなくちゃ。
 身体を張って護ってくれた少年と私に危害を及ばないよう数々の忠告をしてくれた少年。傷は塞いだけれどまだ動けずにいる少年に申し訳ない気持ちを湧かせると同時にそうさせた『私』の存在を思い出し、私は決意を口にした。


「私がもう一人いる以上、無視は出来ません。どんな理由があるにせよ、私は一人でいい」
「貴方は関わらず、僕らが片を付ける事も出来ます」
「いいえ。関わらないなど、そんな事は出来ません。だって貴方は私にあの人が『殺意ある者』と言いましたよね?」
「――ええ。そうです。アレは貴方を殺したくて堪らない者」
「ならば私の答えは変わらない。なにより、あっちが殺す気でいるなら、私だって容赦しない」


 決意をはっきりと口に出せば彼らは少しだけ困ったように眉根を寄せた。
 だけど私の揺ぎ無い意志は伝わったようで。


「改めて自己紹介をしますね。僕の名前はスガタ。今僕の腕の中で安静にしている彼がカガミ」
「スガタに、カガミね」
「此処は貴方の夢。目覚めればいつも通りの生活が貴方に訪れる事でしょう。けれど忘れないで下さい。――『アレ』は貴方をいつも狙っている」
「俺達はお前が望めばすぐ行くから呼んでくれ――ありがとな、言霊使いの<迷い子>」


 お礼を言うべき者は私なのだけど、少年の唇から紡がれた音はなんて温かな――。


「その約束の音、忘れません」


 目が覚めてもこの心が二人を覚えている。
 ……平穏だった日常に何かが迫っている気配を感じながら私はやがて目を伏せた。











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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8620 / 月枷・由羅 (つきかせ・ゆら) / 女 / 17歳 / 言霊使い兼高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、今回は「xeno−起−」に参加有難うございました。
 『自分と同じ姿をした何者か』との対峙となりましたがいかがでしょうか。

 「言霊使い」という事でどういう展開にしようか凄く悩んでみましたが、執筆を開始すれば互いにすらすら動き、こんな感じに仕上がりました。
 当方が作り上げた言霊は気に入って頂けましたでしょうか?

 さて次のお話もどうぞお待ちしております。
 どうか少しでもこのお話が気に入って頂けますように(深々と礼)