■あの日あの時あの場所で……■
蒼木裕 |
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】 |
「ねえ、次の日記はカガミの番?」
「ああ、俺だな」
此処は夢の世界。
暗闇の包まれた世界に二人きりで漂っているのは少年二人。そんな彼らの最近の楽しみは『交換日記』。だが、交換日記と言っても、各々好き勝手に書き連ねて発表するというなんだか変な楽しみ方をしている。そのきっかけは「面白かったことは書き記した方が後で読み返した時に楽しいかもね」というスガタの無責任発言だ。
ちなみに彼らの他に彼らの先輩にあたるフィギュアとミラーもこの交換日記に参加していたりする。その場合は彼らの住まいであるアンティーク調一軒屋で発表が行われるわけだが。
さて、本日はカガミの番らしい。
両手をそっと開き、空中からふわりとノートとペンを出現させる。
開いたノートに書かれているのは彼の本質を現すかのように些か焦って綴られたような文字だ。カガミはスガタの背に己の背を寄りかからせ、それから大きな声で読み出した。
「○月○日、晴天、今日は――」
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+ あの日あの時あの場所で……【回帰・14】 +
「さっきの子、どこかで見覚えが……っぃ、つぅ!」
頭が痛い。
精神力が酷く削られているのを感じ、俺は焦りを感じた。この世界に長時間留まるのは危険だと知っていたけれど――こんなにも身体に負担が掛かるものなのか。
ミラーは言っていた。カガミも言っていた。ただ潜るだけではこの深層エーテル界では迷い、膨大な精神情報に飲み込まれ同化してしまうと。だからミラーとフィギュアは助言として「縁を探せ」と教えてくれたのだ。何も持たぬまま踏み込めばそこは精神の光がもたらす永遠の闇へ堕ちるだけ。だけど縁のあるものを持って踏み込んだ場合は惹き合うはずだと――。
「――カ……」
俺は一緒に来たカガミの名前を呼ぼうと唇を開く。
だが頭痛が酷くなり、額に手を当てて苦痛に呻いた。その痛みが俺の意識を刺激し、唇を強く噛み締めた。此処でカガミに頼ってはいけない。俺が探るべきだと信じて彼は送り出してくれたはずだ。だったら俺は……自分の力でやり遂げるんだ!
鈍痛を堪えながら手の中のお守りを見下げる。
其処には依然として細く伸びている光の糸。弱々しさはあるものの、それでも消えぬ様はあの病院で見た『母親』を思わせた。くっと手首を折り胸へとぶつけるとその手の上に左手を乗せる。瞼を引きおろし、俺は念じる。
―― あの人の……、いや母さんの元へ……導いてくれ!
長くはこの場所には居られない。
それに状況を考えると入り直すこともきっと出来ないだろう。そんな甘い考えで挑めるような場所じゃない事くらい俺にだって分かる。そんな手があるのならもっと楽に進める道程を「案内人」であるカガミ達が示さないはずがない。
だからこれは一発勝負。決して逃走など許されない……命がけの、賭け。
――そして、不意に自分を導く引力。
「わぁ!?」
それは強く念じた瞬間発生した事態。
お守りがぐんっと意思を持ったかのように――磁石が強く引き合うように俺の手を引っ張った。当然腕を前に突き出す形となるが、それでも決してお守りを離さない。俺は歯を食いしばって耐える。此処は地面があってないような世界。もう自分がどこから入ってきて、どこへ導かれているのかも――そんな不明瞭な世界を俺は行く。
周囲の景色が変わる。
沢山の人々の話し声が聞こえたかと思うと、また別の場面へと切り替わる。自分が動いているのかそれとも周辺が変化しているのか。高速移動しているためか内容までは分からない。だけどふと、ちらほらと俺はその中に見覚えのある顔ぶれが交じっている事に気付いた。
『おい勇太、宿題やってきたかー?』
『工藤くんは部活どこに入るの。僕はね――』
『ちょっとやだー! 足怪我してる! 先生ー、工藤くんがこけちゃったよー!』
あれは高校の友達。
あっちは中学からの旧友。
小学校の時の遠足の光景――……巻き戻る、巻き戻る、過去の残像、残滓。今通り過ぎていっているのは自分が作り上げてきたものの歴史だった。なんてそれは懐かしい。
それはまるで自分が投影機にでもなったかのよう。
俺という存在の内側から光が零れ、闇の天幕に映しだされる数々の映像。
そしてそれは決して選択されたものではなく、ひたすら平等に『過去に起こった出来事』を視覚を持って俺を襲う。だからこそ思い出したくもないあの研究所の日々さえも――ただ、『平等』に過ぎて。
息が詰まりそうになる。
精神体とはいえ胸元を掴み、見えた研究員へと睨みを利かせる。今ならばあんな扱いなど受けない。決して俺はあんな風にモルモットになどならないと言えるのに……。
『君は素晴らしい被験者だね。その力の源を教えてくれないか。沢山、沢山楽しいことをしよう。君がどうやってその力を使うのか、どうやったらそのような力が生まれるのか……さあ、今日も楽しい遊びを教えてあげよう』
それでも過去は変えられない。
投影される過去。
止めてと心が叫び苦痛を訴えても無常なほどにその時間は過ぎていく。傷口を抉られ、呼吸が出来なくなりそう。苦々しい感情が浮き上がっては、自分の救われてきた「未来」を思い出して呼吸を取り戻す。大丈夫。ここは現実じゃない、と……呪文のように繰り返して。
―― 視線?
過ぎ行く歴史の中、明らかに俺を見ているそれを見つけた。
人ごみの中に紛れ込んでいる黒と緑のヘテロクロミアを持つ十五歳ほどのゴシック服の少年。彼の腕の中には長い髪の毛に白ゴシックドレスを纏う愛らしい少女の姿。旅館で分かれたはずの彼らが今、この世界で俺をまっすぐ見つめていた。
その表情は微笑み。瞳の中に映り込み俺に向けられる感情は――『導き』。
「え? え? なんで二人が此処に――!?」
「工藤さん、こっちですよ」
「――スガタ!」
声に反応して振り向けば其処にはスガタの姿。
青年体で彼はその場所に在った。だが俺は彼を視認した途端びくっと身体を震わせてしまう。スガタが立っている場所はとある部屋。白さが基準の薬品の香りが鼻先を擽って仕方のない――病院内の一室だった。
彼は一つのベッドの隣に立ち俺を見る。そこで上半身を起こし座っている三十代後半ほどの女性を見つけた。――ツキン、と胸が痛む。心臓が高鳴り、脈拍が速くなる気配を感じた。
震える唇は見つけ出した興奮の為か、それともベッドの住人である目の前の女性と目線があわない事への恐怖か。
手の中のお守りが熱を抱く。
確かに繋がっている糸。今までで一番はっきりと見える世界の意図。
―― ……シャラン……。
あの鈴鳴りの音が意識を導く。
少女の面影と目の前の女性の面影が被り――意識の水底で俺は神楽舞の音を聞いた。ああ、そうか。……やっとあの子が誰なのか分かった気がする。
シャラン……と音が鳴り、手の中のお守りがそれに呼応する様に光を強めた。
何かの意思が俺と同調して神と交わっていた光景を見せつけ、その悲しい一族の末路を感じたように、この世界は俺の感知出来ない程巨大な力で蠢きちっぽけな意識を覚醒させた。それは人によっては『仕組まれた運命』のように感じることだろう。まるで予定調和のような物事の流れにそれでも俺は乗ったのだ。
俺が見た神は夢の中で出会う可愛い神子にお告げを与えていた。
愛しい、愛しい、と『吾子(わがこ)』と呼びながら一つの魂を抱きしめ愛したあの光景。――あれはとても羨ましく、そこに純粋な愛を見た。慕う巫女、慈しんだ神。何度生まれ変わっても二人は惹かれ合い、手を取り合って時代を生きる。廃れていく一族を悲しみながらも――愛し続けた。
そんな風に求めては応える確かな存在達。
今の俺には目の前の人が『母』とは感じられない。
だけど、だけど――。
「さん……」
どうかその瞳で俺を見て。
どうかその唇で俺を呼んで。
「……『母さん』っ!」
「我が子」と呼ぶその音――どうかあの神と巫女が得ていた無償の愛を貴女から貰いたい。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは!
第十四話もとい第二部・第四話のお届けです!
今回はとうとうお母様へと至る道程、その過程となります。
なので自分は多くは語らず、そっと次へ繋がる道を見守りに徹しましょう。では失礼致します。
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