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■あの日あの時あの場所で……■

蒼木裕
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】
「ねえ、次の日記はカガミの番?」
「ああ、俺だな」


 此処は夢の世界。
 暗闇の包まれた世界に二人きりで漂っているのは少年二人。そんな彼らの最近の楽しみは『交換日記』。だが、交換日記と言っても、各々好き勝手に書き連ねて発表するというなんだか変な楽しみ方をしている。そのきっかけは「面白かったことは書き記した方が後で読み返した時に楽しいかもね」というスガタの無責任発言だ。
 ちなみに彼らの他に彼らの先輩にあたるフィギュアとミラーもこの交換日記に参加していたりする。その場合は彼らの住まいであるアンティーク調一軒屋で発表が行われるわけだが。


 さて、本日はカガミの番らしい。
 両手をそっと開き、空中からふわりとノートとペンを出現させる。
 開いたノートに書かれているのは彼の本質を現すかのように些か焦って綴られたような文字だ。カガミはスガタの背に己の背を寄りかからせ、それから大きな声で読み出した。


「○月○日、晴天、今日は――」
+ あの日あの時あの場所で……【回帰・15】 +



 この想いを「嘘」だと誰かが言うのなら、それを証明する何かを下さい。


 血の繋がりを求め。
 心の繋がりを求め。
 魂の繋がりを求め。
 糸の繋がりを求め。


 これは貴女を見つける為の旅路――この気持ちを「嘘」だと誰かが糾弾すると言うのなら、どうか俺の「心」を晒し出して下さい。



■■■■■



 彼女はゆっくりと伏せていた顔を持ち上げる。
 深層エーテル界に潜った先で作られた病院の一室。ベッドの上に上体を起こして座る妙齢の女性。「貴方にそっくりな仲居が昔居たんです」と旅館の女将に教えてもらったその本人。
 ここにいるのは決して「本人」ではない。正しく言うと彼女の意識する精神ではない。
 目の前に存在しているのは彼女の「イド」。決して普段は触れることのない無意識の精神体だ。


 目が合う。
 それだけで息が詰まりそうな想いを知った。
 唇が震える。
 声が紡げなくなりそう。記憶がなくてもこの身体が……魂がこの人を知っている、彼女こそ自分の『母親』なのだと。
 胸が強く強く締め付けられ、俺は自分の左胸元を掴む。ゆらりゆらり。動揺したせいか、自分の身体が陽炎のように揺らめいているのが分かった。集中して身体を保とうとするけれど、それよりも目の前の女性の方へと気を取られ、どうしても上手く『自我』を保てない。
 ゆらりゆらり。
 手先が、足先が薄れていくのを感じているのに、それでも――。


 そしてそんな俺を見た彼女はその時三つだけ音を発す。


『ゆうた』
「――っ!!」


 ふわりと誰かが俺を抱きしめてくれるのを感じた。
 カガミかと思って振り返る。……だけど違った。そこに居たのは自分と同じように透けた身体を持つ母――彼女の思念体だった。
 なんて温かくて、切ない。
 そして、なんて寂しい。


「母さん……」


 俺は自分の頬に涙が一筋伝うのを感じたまま、そっと彼女に身を預け瞼を伏せた。



■■■■■



「今日はエビフライがいい!」


 俺が『俺』を見ている。
 年齢は五歳くらいだろうか。上目遣いになりながら誰かの手と自分の幼い手とを繋ぎ合わせながら街を歩いていた。


「ねえ、母さん。エビフライー!」
「はいはい。分かったわ。今日は勇太の好きなエビフライを作りましょうね」
「やったー!」


 子供ははしゃぐ。
 その大きくて純粋な瞳に映るのは一人の女性。――若かりし頃の母だった。けれど彼女はどこかびくびくと怯えた素振りで街中を歩く。子供の俺はそれに全く気付いていない。いや、気付いてはいるけれど大好きな母親と一緒にいるためそれほど気にしていないと言った方が正しい。


『あの子供、テレビで見たわ』
『ええ、超能力だとか言ってインチキを働いていたんでしょう?』
『若い母親が子供を使ってテレビ会社から金をせしめたって聞いたわ』
『まあ、あの母親ってば子供をなんだと思っているのかしら』


 ひそひそと囁かれる声。
 聞こえてくるそれはわざと母に届くように、見えるようにと噂を広げる。母はそれでも懸命に笑っていた。自分の手を繋いで「エビフラーイ♪ エビフラーイ♪」と楽しげに歌う子供の為に泣き出すわけにはいかなかったのだ。


―― ……一体誰がこんな事を……この子の力は本物なのに。


 母の心が俺の中に入ってくる。
 それはなんて不安定な念。そして息苦しさを持つ想いなのだろう。工藤 勇太(くどう ゆうた)という子供の力を見出したのはテレビ局側だ。決して母がテレビ局へインチキを働いたわけではない。だけど最初こそ盛り上がっていたその超能力も、やがて世間ではインチキだと弾圧され、次第に人々は俺達親子から離れていった。
 うっすらと俺も覚えている。
 掌を返したかのような大人達の態度。仲の良かった子供すら親に「あの子と遊んじゃ駄目よ」と言われ、遠ざけられた。迫害は徐々にエスカレートし、母を苦しめ続けたのだ。


 不意に自分達の前にいかにも不良と言った格好の大学生辺りの男性数人が集まり、母と俺を囲む。にやにや嗤っている彼らの笑みは酷く醜く下卑たものだ。


『超能力少年だなんて嘘を付いたってのはアンタだってぇ』
『ひゅー、俺達とそう年齢が変わらない癖に国中の人間を騙して楽しかったぁ?』
『金あるんでしょ。ねえ、ちょーっと貸してくんない。ああ、アンタ自身が相手してくれてもいいよ。許容範囲だしねえ』
『ちょっと止めて、触らないで! 勇太!』
『母さんー!!』


 男達が母さんの腕を取り、どこかに連れ去ろうと動く。
 気持ち悪い。俺の中に入ってくる男達の感情は金への欲望と性への欲情。けれどそんな事五歳の俺が理解出来るはずもなく、受け取ってしまった思念に吐き気を催して前屈みになった。
 苛々する。
 子供だった俺が分かったことは母さんがこのままじゃ危険だと言う事だけ。
 怒りが湧き上がる。
 揺らめく炎が心の中に灯り、俺の髪の毛が風もないのに揺れた。


『母さんをはなせっ』
『ああん? ああ、コイツが例の超能力少年ってか』
『母さんをはなせーっ!!』
『ッ!?』


 瞬間、男達に襲い掛かるかまいたち。
 風の刃が服や鞄を切り裂き、場を荒らす。もっと、もっと。母さんを傷付けるんだからもっとやらないと――。そんな念が小さな俺の中に湧き上がる。
 だけど、いきなり自分の身体に電流が走った。


『な、なんだよ、この親子! 気持ち悪ぃ!! おい、お前ら行くぞ!』
『勇太っ!』


 見えない。
 何も見えない。
 意識が閉じている俺。
 母さんの視点で見る子供の俺は今、誰かの腕に抱かれていて――その手にはスタンガンが握られていた。


『勇太、勇太っ!!』
『こちらへどうぞ。貴方達親子の安全は私達が護ります』
『――貴方達、何者なの?』
『話は後です。――さあ、こちらへ。車でご自宅まで送りましょう』
『……』
『大丈夫です。どうか私達を信じて下さい。例え世の中の誰が貴方達を糾弾しようと、私達は貴方、いえ……工藤 勇太さんの能力を信じます』


 それは甘い甘い誘惑。
 母の心が揺れているのが分かった。痛いほどの二律背反。現れたスーツ姿の男を信じたい気持ちと信じたくない気持ちが天秤に掛かっているのが今の『俺』には理解する事が出来た。
 震えている。
 身体が、心が……もう苦しいと叫んでいて。


 車に乗り込む母さん。隣には寝かされた俺。
 その手の平で包み込めるほど小さな頭を彼女は優しく撫で続けてくれていた。愛しい、愛しいと願いながらも――苦しい、苦しいと訴え続けながら。
 やがて自宅まで乗り込んできた男はとある研究所の研究員だと母に告げた。


 これが全ての悲劇の始まりだと、まだ知らぬままに。



■■■■■



『必ずお子さんの力を制御出来るように訓練し、さらには医学の発展に役立てるとお約束致しましょう』
『よろしく……お願い、します……』


 心弱っていた母さんは研究所に俺を引き渡す事を決意した。
 不安がる俺には『大丈夫よ』と繰り返し説得し続け、研究員と共に幼少の俺は車に乗り込む。後部座席に乗った俺は外に居る母さんと研究員が言葉を交し合うのをじっと見つめる。母の心が少しだけ軽くなっているのを精神感応力、いわゆるテレパシーで感じ取り、自分が『けんきゅうじょ』という場所にいう事が正しいのだとその時の俺は思い込んだ。
 隣に座る女性研究員も嬉しそうな気配。でもどこか緊張していて、俺は瞬きを繰り返して彼女を見る。そんな俺に気付くと女性は「お菓子食べる?」と用意していた飴やチョコレートを差し出し、俺を懐柔していた。


 母は、もう限界だったのだ。
 世間から白い目で見られること。
 それから自分の産んだ子供が超能力を持っており、その能力の力を制御出来ずに居る事も、何もかもが辛くて、苦しくて……。


 車が発進する。
 俺は貰ったばかりの飴を舐めながら徐々に小さくなっていく母を見ていた。
 母もまた次第に遠ざかっていく俺を見て、手を振ってくれる。だから俺は頑張ろうと思って――そう、その時はただただ純粋に母の為に自分の力を使いこなせればいいなと思っていただけだった。


 だから知らなかった。
 母が後悔していたなんて。


『っ、勇太!』


 車が走り去り姿が見えなくなると彼女は追いかけた。


『勇太、勇太ぁ……っ!!』


 人の足では決して追い付けないと分かっていても車が走り去った方へと彼女は足を動かす。公道に出てしまえば更に交通量が増え、追いかける事は不可能となり彼女は――母は人目も気にせずその場にしゃがみ込んだ。
 その顔には拭いきれないほどの涙を零し、髪がぐしゃぐしゃになるほど手でかき乱す。
 俺は知らない。
 こんなにも動揺し、乱れる母の姿なんて知らない。


『ごめんなさい、ごめ、ごめんなさい……勇太ぁ……!!』


 愛してくれたその心だけしか、その時の俺は知らない。



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 その後の母は死に物狂いで『俺』を探す。
 研究所の名前を探しても該当するものは出てこない。必死に探した。愛する息子を一時の迷いで手放した彼女はこの手に我が子を再び抱くために懸命に関係性のありそうな場所を探した。
 時に裏側の怪しい店に入り、情報屋と接触して金銭のやり取りを。
 時に自分の身の危険も顧みず、自分達親子を『断罪』と言う形で世間から追放したメディア関係にも連絡を取った。
 だけど彼女のその細い手は我が子には届かない。
 彼女よりはるかに大きい存在が行く手を阻み、子供の存在を亡き者にしていたからだ。


 愛しています――愛しい人との愛しい子。
 愛しています――誰よりも大事な私の宝石。
 愛しています――決して手放してはいけなかった大切な命。


 返してください。
 神様。
 お願いします。あの子を私に返してください。
 あの時の判断を覆すためならなんでもしますから。
 どうかあの子を私に返してください。


 母は追い掛け続けた、我が子の存在の糸を。
 彼女は『迷わなかった』。探すという選択肢を。
 だからこそ、彼女を助ける者の手は現れず――。


 ―――― 一年後、母は心を壊し、病院に搬入された。



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 この想いを「嘘」だと誰かが言うのなら、それを証明する何かを下さい。


 血の繋がりを求め。
 心の繋がりを求め。
 魂の繋がりを求め。
 糸の繋がりを求め。


 これは『我が子』を見つける為の旅路――選択肢を誤った母親の心は砕け散り、十数年以上も病院という檻の中にいる。
 我が子を追い求めた彼女の気持ちを「嘘」だと誰かが糾弾すると言うのなら、その思いを今初めてこの場で知った俺は決してその存在を許さないだろう。








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは!
 第十五話もとい第二部・第五話のお届けです!

 今回は過去編という事で書き込ませて頂きました。
 心理描写を多用致しまして、工藤様を探す事に対して迷わなかったお母様がどんな風に我が子を見て、想い、追いかけたか……どうか伝わりますように。