コミュニティトップへ



■あの日あの時あの場所で……■

蒼木裕
【8555】【ヴィルヘルム・ハスロ】【傭兵】
「ねえ、次の日記はカガミの番?」
「ああ、俺だな」


 此処は夢の世界。
 暗闇の包まれた世界に二人きりで漂っているのは少年二人。そんな彼らの最近の楽しみは『交換日記』。だが、交換日記と言っても、各々好き勝手に書き連ねて発表するというなんだか変な楽しみ方をしている。そのきっかけは「面白かったことは書き記した方が後で読み返した時に楽しいかもね」というスガタの無責任発言だ。
 ちなみに彼らの他に彼らの先輩にあたるフィギュアとミラーもこの交換日記に参加していたりする。その場合は彼らの住まいであるアンティーク調一軒屋で発表が行われるわけだが。


 さて、本日はカガミの番らしい。
 両手をそっと開き、空中からふわりとノートとペンを出現させる。
 開いたノートに書かれているのは彼の本質を現すかのように些か焦って綴られたような文字だ。カガミはスガタの背に己の背を寄りかからせ、それから大きな声で読み出した。


「○月○日、晴天、今日は――」
+ あの日あの時あの場所で…… +



「ねえ、次の日記はフィギュアの番?」
「あら、本当。今回はどんな日記を書いたのかしら」
「フィギュアの忘却は凄いからなぁ。ミラーは内容を知ってるんだろ?」
「ええ、そうですね。今回のはとても楽しかったよ」
「ふーん、じゃあ聞くの楽しみだね!」


 此処は夢の世界。
 暗闇の包まれた世界に二人きりで漂っているのは少年二人。そんな彼らの最近の楽しみは『交換日記』。だが、交換日記と言っても、各々好き勝手に書き連ねて発表するというなんだか変な楽しみ方をしている。そのきっかけは「面白かったことは書き記した方が後で読み返した時に楽しいかもね」というスガタの無責任発言だ。
 ちなみに彼らの他に彼らの先輩にあたるフィギュアとミラーもこの交換日記に参加していたりする。その場合は彼らの住まいであるアンティーク調一軒屋で発表が行われるわけだが。


「あ、それ二人にお土産だから」
「わーい!」
「やりぃ!」
「えーっと、あたしのページはっと……」


 さて、本日はフィギュアの番らしい。
 両手をそっと開き、空中からふわりとノートとペンを出現させる。
 開いたノートに書かれているのは少女の本質を現すかのように丸みを帯びた柔らかい文字だ。フィギュアは己が愛用している安楽椅子に持たれ掛けながら、皆に良く聞こえるよう読み出す。
 それを皆ミラーが入れたローズティーとそしてお土産のクッキーを食べながらわくわく感を得つつ聞くことにした。


「十月十九日、晴天、今日は――」



■■■■■



「ねえ、弥生。今日会社の同僚から薔薇園のチケットを四枚貰ったんだ。今度行かないかい?」
「まあ素敵。でも四枚よね」
「内二枚は私と弥生が使うとして、残り二枚は誰を誘おうか。それとも譲る?」
「うーん、譲っても良い気はするけれど折角だし誰かお誘いして遊びに行きたいわ」


 それは夕食が終わり、ゆっくりと夫婦の時間を楽しんでいた時のこと。
 旦那――ヴィルヘルム・ハスロが妻である弥生・ハスロに貰ったばかりのチケットを見せる。そこにはきちんと四枚分のチケットが握られており、弥生はその内の一枚を手に取りながら記載されている詳細を素早くチェックした。期間はいつまで有効で、どこまでこのチケットが適応されるのか確認しているのである。入園は当然出来るが、稀にイベントホールなどは別料金だったりするため、こうした事前チェックは欠かせない。
 やがて夫婦はリビングのソファーで仲睦まじく寄り添いあいながら、顔を見合わせた。


「ねえ、貴方。薔薇園なんだから折角だし可愛いカップルさんとかお誘いしない?」
「ふむ。そうなると……あの二人を思い出したんだけど、合っているかな」
「じゃあ、せーので声を合わせて答え合わせしましょうか」


 二人同時に思い出した人物、それは――。


「「 ミラーさん(君)とフィギュアさん(ちゃん) 」」


 やがてその答えが合致した瞬間、二人の表情は幸福に満たされる。単純な事だけど――ただ、こうして通じ合っている思考がとても愛おしい。
 しかし問題が一つ。
 彼らは夢の住人であり、どうやって誘えばいいのか分からないのだ。逢いたいと思っていたので今回のチケットはそのきっかけには丁度良いのだが……。


「ねえ、貴方。あの二人は現実の世界でも逢えるのかしら?」
「うーん、チケットを握り締めたり枕の下に入れたりしたらあの一軒屋にまた逢いに行けないだろうか」
「ミラー君にフィギュアちゃん、もし良かったら来て頂戴」
「早速強く念じているね」


 弥生が両手を組み合わせ目を伏せて祈りのような格好で二人に逢いたいと念じ始める。そんな風に愛らしい行動を取る妻をヴィルヘルムは愛おしそうに眺め、その肩を抱き寄せた――その瞬間、ぴっと彼の手の中からチケットを摘む指がソファーの後ろから現れて。


「お邪魔するよ、ご夫婦。そしてお誘い有難う――ほう。薔薇園」
「ミラー、勝手に人の家にお邪魔しちゃ駄目よ。めっ」
「あ、しまった。記憶を先に渡しておくべきだったね。ごめんよ、今渡す」
「あら? 逢った事ある人だったのかしら?」
「そう、少し前に僕らの家でね」


 夫婦の真後ろに立っていたのはフィギュアを抱きかかえたミラー。
 彼は先にチケットを取りその後にフィギュアを呼び、抱きかかえている。突然現れた二人の十五歳ほどの男女に夫婦は「まあ!」「おや」とびっくりの声を上げるが、そこはそれ。二人がそういう能力の保持者である事を知っているゆえに驚愕の表情は直ぐに変わり、話題もそれに伴って薔薇園へと移行する。
 額合わせをして記憶を渡してもらったフィギュアもやがて幸せそうに微笑を返し、改めて「御機嫌よう、<迷い子(まよいご)>のご夫婦さん」と挨拶をした。
 弥生は慌てて立ち上がり、二人の訪問者の為に紅茶を淹れに台所へと小走りで向かった。それからお菓子も出そうと、棚をごそごそと。そんな彼女を三人で見た後、ヴィルヘルムはソファーに座るよう二人を促す。いくら慣れているとはいえ、いつまでも女性を抱いたままミラーを立たせておく事など彼は決してしない。


「で、いつ行けるんだい?」
「ヴィルの予定が空けばすぐに行けるわよね」
「そうだね。次の休みが平日にあるからその日に行こうと思うんだけど、二人は大丈夫?」
「問題ないよ。僕らにそもそも貴方達のような平日と休日という区別はないのだから」
「ふふ、人の存在に数だけあたし達は存在するようなもの。安心してちょうだいね」
「若い女の子と一緒に遊びにいけるのって楽しみなのよね。気合を入れておめかししなくっちゃ!」
「あら、じゃああたしも頑張らなくちゃ」
「弥生はいつでも素敵だよ。魅力的になって変な人に捕まる方が私は嫌だな」
「フィギュアも普段通りで良いと思うのに――それ以上可愛くなるつもりかい?」
「もうっ、男の人って本当に女心が分からないわね」
「ふふふ」


 少しだけ頬を膨らませて弥生が紅茶とお菓子を持ってリビングに戻りながら冗談を口にする。フィギュアはきちんと両足を揃えながらソファーに座り、片手を口元に当ててくすくす笑った。ミラーもまた薔薇園のチケットの詳細に目を走らせ、何が行われるものなのか自身の『知識』と照らし合わせる。フィギュアが興味を抱いて彼の肩に寄り添いながら同様に印字された小さな文字を読みながら心を躍らせる。
 「秋の薔薇園」という文字が目に入り、フィギュアはそれへと指先を突きつけて笑う。朗らかに過ぎていく夫婦と小さなカップルの時間。暫しの間、弥生が淹れた紅茶とお菓子の美味しい香りに包まれ、心を癒す。


「本当は土日だったら色々イベントがあるみたいなの。でも人が多いのはちょっと困るわよね。そう言えば足の悪いフィギュアちゃんはこっちの世界じゃどうやって移動するのかしら」
「やっぱり車椅子じゃないかな。私はそれより彼らの金銭面が気になるけれど……あ、もちろんお誘いしたからには私達が奢るので二人は気軽に来て下さいね」
「お気遣い有難う。でも僕達も色々と人々を案内して時には情報交換などで金銭は持っているので大丈夫であることを伝えておこう」
「あたし達の情報はお金になるの」
「――フィギュア、その言い方はちょっと良くないね。純粋な取引なんだから」
「あら。そうよね。えーっと、あたし達に情報を求める人達がお金を出してくれる事もあるのよ。それは現実世界で必要になった場合使えるから、もちろん見合ったものなら取引として成立するの。あのね、あたし達は言い方は悪いけれど偽のお金を作る事も出来るわ。けど、そんな物を流通させてしまうと色々と危ないし、お札の番号が重なったりするわけだから可笑しいでしょう? でもだからと言って、コイン……この国では小銭ね。そればっかり使うのも変だからとても重宝させて貰っているわ」
「もちろん、渡す情報も基本的に<迷い子>が迷わないようにするための物だから悪用されないものばかりだよ」
「……何故だろう。『情報が金になる』って言われたからフィギュアさんは凄く金銭面に厳しい人なのかと思ってしまった」
「私もちょっとどきっとしちゃったわ」


 傭兵業を生業にしているヴィルヘルムはほっと胸を撫で下ろす。
 弥生はそんな夫の姿にくすりと小さな笑みを浮かべると自分が淹れたばかりの紅茶に口付けた。金銭面に問題が無いというのならもう心配要素はどこにもない。四人はこの場所に行ったら何をしようかと楽しげに談話し、想像を膨らませる。


「では二人の休日に、ゲート前で」
「当日を楽しみに待ってるわ」
「こちらこそ当日は宜しくお願いするよ」
「可愛いフィギュアちゃんの姿を楽しみにしてるわ。あ、ヴィル。カメラを用意しなきゃ!」


 ミラーとフィギュアが挨拶をして二人は現れた時同様、自らの転移能力で彼らの世界へと戻る。
 少しだけ寂しくなった部屋の中。それでも弥生はあの二人と逢えたという喜びと薔薇園への思いを走らせ、嬉々として片付けに入った。ヴィルヘルムもまたカメラやレジャーシートなど必要そうなものをメモしに走る。
 当日はどんな二人が見れ、どんな風に四人で薔薇園を回ってデート出来るのか――Wデートの話題はその日決して尽きる事がなかった。



■■■■■



 そして約束の日。
 ハスロ夫婦が薔薇園へと訪問した時には既にミラーとフィギュアはゲート前にて二人を待っていた。これでも入園開始十五分前には着いていたというのに、だ。フィギュアはやはり車椅子に座っており、ミラーがそれを押す形で立っている。既に係員には話を通しており、二人は一般ゲートではなく通常より道幅が広い障害者用ゲートから中へと入る事になっていた。


「御機嫌よう。今日はお誘い有難う」
「こんにちは、晴れて嬉しいわ。天気ばかりはあたし達の力でもどうにも出来ないもの」
「今日は弥生がお弁当を作ってきたのだけれど、どうかな」
「二人のお口に合うと良いのだけれど……あ、一応洋風にしたのよ!」
「本当に細部までの気遣い感謝するよ。さて入園の時間だ、中へ入ろう」
「ミラー以外の誰かに作ってもらう食事なんて久しぶりだわ、楽しみね。ミラー」


 ゲートが開くとペアで分かれて入場する。
 たったそれだけだが、やはり車椅子という点でスタッフが気配りを回す。一方夫婦はチケットを使ってさくっと中に入ると園内マップを手に入れ、今日のイベントなどもチェックを始めた。ヴィルヘルムが腕時計を見やりつつ、タイムスケジュールをてきぱきと決めていく。時間は無限ではない、有限である。上手く組み合わせればそれだけ楽しめるというもの。
 特に今日は夫婦でのんびりではなく、可愛いカップルを案内するという意味も含んだ上での来園だ。なるべくスマートに行きたいと思ってしまうのも――ある意味一番年上の男心である。


「あら、<迷い子>……じゃないわ。今日は弥生さん素敵な服。秋用のコーディネートね。淡いピンク色のカーディガンがお洒落だわ」
「まあ! やっぱり女の子って分かってくれるわぁ。そうなの、秋用の服なんだけど今日は薔薇園でしょう? ある程度色が合った方が良いと思って本当に色々迷っちゃった」
「口紅もいつも使っていらっしゃるメーカーの新作色なのね。艶やかな色合いで綺麗だわ。とてもよくお似合い」
「う、そこまで見抜くの」


 「実は気合を入れちゃって新しいものを購入しちゃった」などと女会議に入りそうな二人の雰囲気に男達が顔を見合わせる。ヴィルヘルムもまさかこの日の為に化粧品を変えていたとは思わず、改めて妻の変化をきちんと見抜こうと心に決めた。


 フィギュアもまた普段とは違い、どちらかというとクラシカルな服装を身に纏い、普段より落ち着きのあるものを選んでいた。さすがに通常の夫婦と一緒に遊びに出かけるというのに白ゴシック系統はどうかと彼女なりに考えた結果である。ミラーもそれに合わせるように、印象としては欧州方面の少年っぽいチェックのシャツに半袖カーディガン。それに黒半ズボンとハンチング帽子を被っていた。
 ヴィルヘルムはすらっとした体型を見せるような白シャツと革ジャケットに黒レザーパンツ。その背にはファッションカバンが背負われており、印象を崩さない。
 弥生もチュニックに淡いピンク色のカーディガンを羽織り、膝上丈のパンツルックで、更に一応薔薇園という事もあって足元は茶のロングブーツを履いてきた。多くの薔薇の中に入って写真を撮れると言う情報も聞いていたのでうっかり棘で怪我をしないための安全策である。


 四人で移動するとやはり車椅子という点で目立つのもあるが、容姿が容姿の四人である。
 弥生以外日本人離れしている外見をもつ三人が居ればそれだけで人々の目を惹くというもの。人々の視線を受けながらヴィルヘルムが先程組み立てたタイムスケジュールに従い、皆は移動を開始した。


「とりあえず園内を見回るのは出来るけど車椅子じゃ駄目な小道だけは私がフィギュアさんを運ぼうか」
「あ、そこは譲れないよ」
「あらあら、駄目よ。ヴィル。そこはミラー君が運んであげなきゃ」
「あたしはどっちでも良いのだけれど……大丈夫よ。奥の方の薔薇は三人で見てきても、あたしは待っていられるし」
「「「 それは絶対にしない(よ/わ) 」」」


 三人の意見に「あら」と目を丸めた後、フィギュアはほんのりと目元を細める。
 自分を気遣ってくれる夫婦に、決して自分を譲ろうとしないミラーの態度が愛しく心が嬉しかった。園内には様々な種類の薔薇が区間ごとに植えられており、普段決して目にすることの無い様々な品種を見ることが出来る。舗装された道程を四人で歩き、時折気になったものをカメラに収めたり、近付いて匂いを嗅いだりと薔薇園特有の楽しみ方をする。
 平日とあって人の年齢層はどちらかというと高めで、若くても大学生ほど、全体的に子供連れは少ない。その中で明らかに年齢が中学か高校生に分類されそうなミラーとフィギュアだが、車椅子という点、そして彼らの容姿もあり特に追求される事は無かった。


 赤、黄、白、ピンク。
 大きなものから小振りのものまで。
 咲いているかと思えばまだ蕾のものと、様々な物が目を潤していく。


「三人ともそこに立って。撮るよ」
「ヴィルも入りましょうよ! あ、すみませーん! そこのスタッフさんー、カメラのシャッター押して下さーい!」


 丁度区間が切り替わる場所には満面の薔薇。
 その場所は人々の視線を集め、写真を撮る人々が絶えない。自分達も撮ろうと場所を取り、ヴィルがカメラを構えた。しかし弥生がそれを制し、傍に控えていたスタッフに声を掛けて捕まえ、カメラはスタッフに手渡す事にする。
 四人で並んで写真を何枚か撮って貰えば、スタッフが確認のためヴィルヘルムへと声を掛けた。それをチェックした後彼はスタッフに一言礼を述べ、それに倣う様にミラーとフィギュアもぺこりと小さく頭を下げた。


「良かった、写っていた」
「? どういう意味かな」
「いや、お二人ってもしかして写らないパターンもあるのかと思いまして」
「ああ、確かに意識して写らない事は出来るけれど」
「基本的には現実世界に居る時はあたし達はそこに『居る』のよ」
「幽霊じゃないものね。さあ、次に行きましょう、次に!」


 弥生が次の順路を指差しながら先を行く。
 そんな彼女を追いかけるようにミラーがフィギュアの車椅子を押し、ヴィルヘルムも後を追い妻の隣に立つ。Wデートというものは本当に楽しく、時間があっという間に過ぎていく。
 女性陣が売店で薔薇の小物に心惹かれている間、男性陣は品種について語り合う。


「世界の薔薇はほぼ品種改良で生み出されたもの。その基本種は八種類。「薔薇図譜(ばらずふ)」という植物画の天才画家、ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテが描いた書籍にも載っているものだ。描かれた当時の薔薇は現存していないものもあるが、それでもあの画家が描いた柔らかな薔薇は長く本として継がれるだろうと僕は思う」
「ミラー君は知識が豊富だね。私はそこまで知らなかったよ」
「興味があれば薔薇も薔薇図譜も此処に出す事が可能だけれど?」
「なんの話をしているの、二人とも」
「ヴィルヘルムさんに薔薇図譜の話を少し」
「あら、それさっきお土産コーナーにあったような……でも値段が」
「どれくらいだったんだい?」
「一万五千円くらいだったわ」
「――それはちょっとしたお土産には向かないね」
「でしょ? あ、ねえねえ。向こうでオリジナルのポプリが作れるコーナーがあるのよ。行ってみましょ!」


 車椅子を押して戻ってきた弥生は看板を指差し、まるで子供に帰ったかのように無邪気な笑顔で三人を誘う。
 それを拒む者等この中には居らず、弥生から車椅子を受け取ると再びミラーが押してコーナーの中へと入った。スタッフが気を使い常ならば椅子が置かれている場所を車椅子用に椅子を除け、開いてくれる。そうして四人は専門のスタッフに従いながら簡単なオリジナルポプリを製作にかかった。
 どんな匂いが良いのか、という点から始まり、薔薇の品種選びに続いて、容器に入れるか布袋に入れるかなど選択出来て中々体験コーナーとしては楽しめる傾向にある。もちろん薔薇園であるからにはメインは薔薇。乾燥した花びらが小瓶に入れられており、傍には「スタッフ作」というサンプルポプリも存在していた。


「私はどちらかというとすっきりした香りの物が好きだな」
「ふむ。僕もどちらかと言うと甘いものよりかは控えめに主張する物の方が……」
「じゃあ、ヴィルはこの品種がいいんじゃないかしら? ミラー君はこっちね。フィギュアちゃんはどんな香りが好きかしら」
「思い出が持続する香りって無いかしら」
「まあ」
「作った事も思い出せなくなるのは寂しいもの。だから匂いが出来るだけ続くようなものが良いわ」


 記憶障害を持つフィギュアの言葉にほんの少しだけ一同寂しさを覚え、けれどミラーがそっと彼女の頭を撫でる。


「君の記憶は僕が持っている。安心して好きなものを選ぶと良いよ」
「本当?」
「製作したポプリは壊れないよう腐敗防止の術を掛けよう。そして日記にも書こう。君が覚えられなくとも周囲の人間が君を覚えてくれる、君を形作ってくれる」
「そうよ、私達が今日のことを絶対に忘れないから安心して作って頂戴!」
「写真もいっぱい撮ったしね。現像したものとデータは後日きちんと渡すからそう不安にならないで」
「じゃあ……甘い香りがいいわ。容器はこっちの可愛い布の入れ物とリボン」
「女の子よね。私達にもいずれ子供が出来て女の子が生まれたら、またこうやって子供が作っているのを見る事があるのかしら」
「もう少し先の話になりそうだけれどね。男の子でも女の子でも私はどちらでも構わないし、色んな場所に行こう」


 四人が各々作り上げたポプリをスタッフが用意してくれた小さな紙バッグの中に入れ、落とさぬようシールで蓋をする。そうして体験コーナーを巡った彼らが次に向かったのは――。


「此処よ! 此処!」
「薔薇の……アーチ?」
「ここをね、恋人や夫婦でくぐると幸せになれるって今流行っているんですって。ふふ、ネット情報よ!」
「なるほど、それで二人組が幸せそうにくぐっているだけだね。弥生は私と」
「では僕はフィギュアと――っと、車椅子では無理だね。抱きかかえよう」
「後でお願いするわ」
「『後で』って、何でだい?」
「だってご夫婦の写真を撮ってあげて欲しいの」
「おっと、気付かなくてすまない。ではカメラを貸して頂こうか」
「あらまあ、気を使ってもらっちゃったわ」
「じゃあ交代でくぐろうか。弥生、おいで」
「待ってヴィル! 写真に収めるなら最高の自分でいたいの」


 ヴィルヘルムが手を差し出し、弥生が己の服装や化粧の乱れなどを素早くチェックしてからその手を取った。重ねあう二人の手。幸せそうに微笑みあう夫婦の情景。彼らがアーチに近付くとミラーがカメラを構えた。
 ゆっくりとした歩みでアーチ前に立つ。弥生が一回だけ深呼吸し、心を落ち着かせようとする。年齢はどうであれ彼女は内面とても乙女なので、そんな妻を見守るヴィルヘルムの表情もとても柔らかい。準備が出来たとミラーに合図すると、彼も片手を上げた。
 くぐるだけの簡単な行為。
 ジンクスのようなものだけれど、それでも幸せになれるなら。


「おや、良い感情の念だ」
「お二人とも愛情に満ちていて心地良いわ」


 カメラに収められる夫婦の笑顔もまた、特別のもの。



■■■■■



 時が流れるのは早い。
 止められないそれは常に流れ、そして悲しい事に閉園という現実を突きつける。


「お弁当とても美味しかったわ。料理上手で羨ましいと思うくらい」
「こっちも二人の口にあって良かったわ。普段何を食べているのか知らなかったから内心ドキドキしていたのよね。次はまた機会があったらリクエスト聞かなくっちゃ!」
「あたし達は食べなくても本当は存在していられるの。でも食べる事は幸福に繋がるから美味しいものは好きよ。あの家ではミラーが主にあたしに色々作ってくれるのだけれど、それとは違った味で素敵だったわ」
「もちろん僕はフィギュアの好みに合わせるよ。しかし、家庭の味はそちらの弥生さんにしか出せないものだ。今日の食事はとても楽しい時間を頂けた。有難う」
「ですって。私もっと腕を磨かなきゃね」
「弥生の料理の腕前が上がっていくのは私は素直に嬉しいな。子供達にも家庭の味を沢山味わってもらわないと」
「ふふ、それはいつになるかしらね」
「ああ。いずれ二人には――」
「駄目よ、ミラー。教えちゃ」
「――残念」


 何やらミラーが夫婦に教えようとするがフィギュアがそれを制す。しぃっと唇に人差し指を乗せて情報を止めた彼女を見てハスロ夫婦が顔を見合わせた後小首を傾げた。
 どうやら二人には視えているものがあるらしいが、それを教えてくれる事はなさそうで。


「そうそう、これをカガミ君とスガタ君に渡しておいてくれるかしら?」
「おや、あの二人にお土産まで」
「もちろん、楽しんだ後には話を聞く相手にもお土産が必要だからね。そうして聞く思い出話はとても面白いよ」
「では遠慮なく」
「有難う。きっと二人も喜ぶわ」


 薔薇園の売店で購入した薔薇クッキーを夫婦は手渡し、ミラー達は素直に受け取る。
 ゲートをくぐってしまえば今日のデートはお終い。名残惜しさを感じつつ、皆で出口を通り抜けた。


「あ、ねえ、ミラー君達――あら?」
「もう居なくなったかな」
「早いわね。でも今日は本当に楽しかったわ。ヴィルも楽しかったわよね」
「もちろん。二人でデートもいいけれど、たまにはWデートも良いものだね。またいつもと違った弥生の姿が見れる」
「貴方こそ、ミラー君と結構喋りあっていたじゃない」
「彼の知識に付いていけない自分が少々情けなかったけれどね。もし次どこかに行く時は予備知識を仕入れていかないと」
「あの二人は『案内人』ですもの。外見はどうであれ、きっと長い時を過ごしてきたんでしょうね……そう思うと感慨深いわ」


 二人は本日の感想など喋りあいながら駐車場に向かい、自分達の車に乗り込もうとする。
 が。


「あら、何かしらこれ」
「ミラー君からだ。ほら、カード」


 運転席と助手席の間に置かれていたのは小さな薔薇の花束と包装された何か。二人は車に乗り込むと花束に添えられていたカードを開き、目を見開いた。


『 薔薇の基本種はその八本の花束。つまり八種類。

    フィギュアを楽しませてくれたお礼に薔薇図譜を。

                                 ミラー 』


「これ、基本種の薔薇の花束ってこと!?」
「凄いね。この八本の薔薇から沢山の薔薇が掛け合わされて生まれたんだ。今日見たあの薔薇達もそう。この包装されたものは薔薇図譜か」
「なんて素敵なサプライズかしら。ああ、でもこれ枯れちゃうわよね。後でドライフラワーにしなきゃ!」


 ミラーからの贈り物に夫婦は驚きと同時に包装されたもの――薔薇図譜を包装紙から取り出す。そこに描かれている決して枯れない薔薇達を暫し車の中で眺めた後、ヴィルヘルムは車を発進させる。薔薇園が遠ざかるのをバックミラーで確認しつつ、それでも弥生が薔薇の花束を抱く姿にヴィルヘルムが癒しを貰う。
 家に帰ったら沢山話をしよう。
 貰った薔薇図譜を広げて、今日撮った写真をパソコンに取り込んで眺めて……きっと今夜も話題は尽きないだろう。


「ねえ、ヴィル」
「なんだい」
「私、絶対に今日のことは忘れないわ」
「私もだよ」


 たった一日。
 だけど特別な思い出と特別な本と一緒に大切なものを得た。忘れてしまう『彼女』の為にも絶対に忘れない。忘却を恐れない彼女と出逢った時にまた笑って話せるように。
 きっかけは同僚から貰ったたった四枚のチケットだったけれど、それは何物にも変え難い価値があるものへと変わった。


 八本の基本種の薔薇。
 そこから生み出された配合種達。
 人々が『薔薇の美』を求めた結果が――今日の薔薇園の思い出に繋がっている事を二人は知った。









□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【8555 / ヴィルヘルム・ハスロ) / 男 / 31歳 / 請負業 兼 傭兵】
【8556 / 弥生・ハスロ (やよい・はすろ) / 女 / 26歳 / 請負業】

【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちは!
 PCゲームノベルへのご参加有難うございます!

 今回はハスロ夫婦とWデート!!
 NPC達を連れて薔薇園と言う事で、こちらからも色々弄らせて頂いたり、サプライズさせて貰ったりと! NPC達も幸せそうです。っていうか自分が幸せです^^
 本当にご夫婦でのお誘い有難う御座いました!