■ペリト卿の宝石【2】―アレクサンドラパート―■
白銀 紅夜 |
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】 |
捜査線上に浮かびあがった『アレクサンドラの威光』の正当な持ち主。
彼女の名前は――『アレクサンドラ・ミハイロヴィナ』と言う。
様々な『アレクサンドラ』を渡り歩いたその宝石は、今、彼女の手の中にある。
「異質能力者が関わっている可能性も、あるのだろう……」
腕を組んだペリト卿の表情には、困惑も嫌悪も浮かんではいなかった。
ただ、少年の様な瞳が強く輝いている――感情を表現するとすれば、好奇心だろうか。
コレクションの一部が盗まれた事よりも、この『非日常』な現実が、彼を喜ばせているのだろう。
『無能な警察には、任せる気はなくてね』
以前、そう言った人物であれば頷ける。
「その可能性は、多いに有ります。ペリト卿、今回は此方にお任せを」
斡旋屋(NPC5451)の表情にも、変化は見られない。
勿論、その横に控える人形にも、変化は見られなかった。
「ロシアでの滞在費や、必要なものは此方で揃えよう。老いぼれの好奇心を、満たしてはくれないかね」
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●ペリト卿の宝石【2】―アレクサンドラパート―/工藤・勇太
何でこんなことに……と、半ば泣きたい気持ちで工藤・勇太(1122)はスーツケースを運んでいた。
盗まれたペリト卿の宝石。
それが今、ロシアにあると言う事が判明し、ペリト卿の要望で勇太と斡旋屋(NPC5451)はロシアに飛ぶ事になったのだ。
「顔色が悪いですよ、工藤さん」
斡旋屋の言葉にも、何でもないから! と思わず過剰反応してしまう。
マフラーがずり落ちて、首に寒気が辺り、勇太は肩を竦めた。
飛行機に乗ればロシアの首都、モスクワまで約10時間半。
ペリト卿が用意したのはファーストクラス、広々としたものだったが10時間半のフライトで身体はクタクタだ。
海外は初めて、だとはしゃぐ訳にも行かない――秋のロシアは寒すぎるし、何より目的が『アレクサンドラの威光』の奪還なのだ。
寒風吹き荒れる、秋のロシア……気温は一桁だという。
吐く息が白くなり、そして消えていった。
「なるべく、穏便にいきたいな……」
自分自身に言い聞かせるような呟きだったが、斡旋屋の耳には聞こえていたらしい。
勇太の言葉にゆっくり、頷いた。
「そうですね。空港閉鎖とかされると、厄介ですし」
「晶、怖い事言うなって!」
住所と地図を手掛かりに、アレクサンドラ・ミハイロヴィナの居場所を探すが――。
ロシアの言語と言えば、キリル文字である……勿論ながら、日本では馴染みのない文字。
見まわしても日本語などは存在しておらず、教科書の文字すら、恋しくなってくるのだから不思議である。
遠いところまで来たんだなぁ……と言う実感が、ゆっくりと湧いてきた。
「工藤さん、工藤さん」
斡旋屋が勇太の服の裾を引っ張り、何事か告げた。
「え、どうしたの、晶」
「GPSと言うものがあるらしいですね――携帯電話には」
ああ、と勇太は頷いた、確かに携帯電話のGPS機能を使えば、自分の居場所もわかるし――目的地まで辿りつく事が可能だろう。
自分の携帯電話か、それともペリト卿に渡された携帯電話か――と迷って、勇太はペリト卿に渡された携帯電話を手に取った。
海外でも通じると言うその携帯電話は、銀色の冷たい光を放っている。
GPSで居場所を送信し、地図を呼びだせば既に、目的地である『アレクサンドラ・ミハイロヴィナ』の住所が入っていた。
ペリト卿が自ら入れたものなのか、それともメイドが入れたのか――それは分からないが、ペリト卿にとってあの宝石は、大切なものだったのだろう。
(「頑張らなきゃな――」)
自分自身に対しての決意は、言葉になる事はなく、灰色のロシアの空に消える。
「晶は携帯電話、持ってないの?」
「文明の機器とは思っていますが、無くても支障はありません」
何時もより、ほんの少しだけムキになったような声の張りがあった……機械、苦手なんだろうな、と苦笑する。
「じゃあ、しっかり付いて来て」
本当は海外にドキドキで、ついて行きたいのは勇太の方だったのだが――悟られないように息を吐く。
……いるかどうかも分からない神様に、ボロが出ないように祈った。
●
『アレクサンドラ・ミハイロヴィナ』の邸宅は歩いて、30分のところに建っていた。
テレパシーで見たとおりの、無機質な邸宅。
豪華、と言うよりも堅牢、と言う方が似つかわしいものだった……周囲には鉄の柵が張り巡らされており、灰色の壁は冷たく光を反射している。
恐らく、古い建物なのだろう――歴史ある、と言った方がいいのかもしれないが。
(「でも、何て言って会えば……真っ正面から行っても、通して貰えないだろうし」)
ペリト卿の使いです、と言ったところで追い返されるのがオチだろう。
身体は頑丈だと自負しているが、冬に近づくロシアの外気に何時間も晒されるのは考えただけで、ぞっとする。
「如何致しますか?」
全面的に斡旋屋は勇太に任せるつもりなのだろう、斡旋屋の閉じたままの瞳も、人形の暗い瞳も勇太を見つめ――少しばかり居心地が悪い。
「うーん、テレパシーで在宅中か、確認してみるよ」
テレパシーは苦手なのに、最近良く使うな……と、苦笑を洩らす。
意識を張り巡らせば、無彩色の中に――浮かんだ一つの光、尤も強い思念。
それは、彼女の部屋の中から発せられていた……そして小さな、思念も。
●
彼女は、その日を待っていた。
プラチナブロンドの柔らかい髪が、床に付く程に伸ばされている――共産主義を掲げる政府の下で、住み込みの使用人は離れてしまった。
だが、彼女は寂しくはなかった――ただ、衰退していくロマノフ家の事を思う。
その姿には、物悲しさが宿っていた。
●
「……見つけた」
彼にしては鋭い言葉に、斡旋屋が顎を引いた……頷いたのだろう。
人形は無機質な視線を邸宅へ、向けたままだ。
「晶、ええっと……人形、も掴まって」
斡旋屋と人形の手を引き、意識を集中させる――明確に思い浮かべる、豪奢な調度品の集まる、アレクサンドラの部屋へ。
●
「――随分と、無礼な訪問ね」
彼女、アレクサンドラはツン、と顎を上げ言い放った。
いきなりテレポートし、現れた2名と1体を恐れる様子もない。
「……晶、言葉分かる?」
「ええ、長く生きていますから――『無礼な訪問だ』と言っています」
どう見ても自分より幼い少女から発せられた『長く生きている』宣言に苦笑しつつ、斡旋屋を仲介に交渉する。
「ペリト卿の持ち物だから、返して欲しいんだ」
答えは『Нет』と言う、断りの言葉が返ってきた。
「うーん、ニュアンスが、伝わりにくいなぁ……異質能力者なら、もう少し伝えやすいんだけど」
「勇太さん、彼女は異質能力者です。その『瞳』を用いて、魅了し、記憶を書き換える」
合点がいった……テレパシーで記憶を探った時に、歪に感じられた記憶の、意味を。
思念で会話する――何故『アレクサンドラの威光』を欲しがるのか、と。
言葉よりも曖昧な、それでいて分かりやすいやり取りに、アレクサンドラからの返答が返って来る。
――それは『アレクサンドラの威光』に対する執着、やはり、答えは『Нет』だった。
そして、強い拒絶と共に――頭を強く殴られたかのような、衝撃。
瞳と瞳が合わさり、掻き乱すかのような強い意志――思考が溶けだすのを感じ、咄嗟に勇太は精神にガードを張り巡らせる。
――バチン!
精神界と物質界の壁を破って、弾けるような光が飛び散った。
背中で斡旋屋を庇い、勇太はテレパシーで干渉し、アレクサンドラのテレパシー攻撃に対抗する。
瞳を扱い、精神に干渉するのであれば瞳を見なければいい――だが、その瞳の悲しげな色から、目が離せないでいた。
ガードを強め、精神汚染で精神を揺さぶる……アレクサンドラは、椅子から立ち上がる事もないまま、記憶を書き換えようと勇太の思考に侵入する。
思考の中に、他人の思考が侵入する、と言う状態はどうしても慣れない――膝を付き、ガードを強める勇太。
「大丈夫ですか、工藤さん!」
勇太の背を擦る斡旋屋、だが、その声は聞こえていない――思念が入り込むのだ、記憶が、薄れていく。
……編まれた記憶は取りだされ、そして別の色遣いで編まれ始める。
いけない、と呟いたのは誰だったのか……。
勇太は爪を立てると一気に力を解放する――否、自身を作り変えようとする外敵に対しての過剰防衛。
「――!」
アレクサンドラの表情が歪んだ、術は反射し、強大な思念が襲い来るのが分かった。
勇太は見ていた、プラチナブロンドの女性が寂しげな笑みを湛える。
「わたくしには『アレクサンドラの威光』が必要なのです」
諦念、とも呼べる哀しみを宿した瞳だった。
「逃げられない運命――『アレクサンドラの威光』の正当な所有者は、アレクサンドラ」
哀しくも傲慢な、瞳だった。
「『アレクサンドラの威光』……『彼女』は、今もアレクサンドラを求めているのよ」
吹き荒れる寂しさと、そして熱病のような渇望。
その元凶は――静かに光る、紫色の宝石。
「アレクサンドラ……」
かすかな思念が、伝わってくる。
「殺さねば、アレクサンドラを――」
哀しい言葉は、やがて一つの結論に達する……アレクサンドラを殺さねば。
――包丁が肉を切る事に、意味があるだろうか?
その役割を与えられたから、それを行うのに過ぎない。
……『アレクサンドラの威光』もまた、アレクサンドラを殺せと役割を与えられただけなのだ。
●
「これは、返して貰うよ」
痛む頭を抱えながら、思念の場所に手を伸ばす、大ぶりな宝石は転がるかのように勇太の手に滑り込んだ。
アレクサンドラは何も言わない、いや、その様子を見て、何かを呟いた。
「『アレクサンドラの威光』はまた、アレクサンドラを殺すのかしら――? と」
斡旋屋が言葉を翻訳する、勇太はゆっくりと首を横に振って、言った。
「殺させない――」
抱きしめた宝石に、テレパシーで干渉する……そして。
「もう、殺さなくてもいいから――」
だから、ペリト卿の手元に置かれ、ゆっくりと眠って。
――解放された『アレクサンドラの威光』の思念が、揺らぐ。
そして、哀しげな思念はもう、消え去っていった。
その言葉を、待っていたの――そう、心に痕を残して。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【1122 / 工藤・勇太 / 男性 / 17 / 超能力高校生】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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工藤・勇太様。
発注ありがとうございました、白銀 紅夜です。
このお話は、これで完結です。
お付き合いありがとうございました。
超能力戦と共に、絡み合う思念同士を感じて頂ければ、幸いです。
では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。
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