■とある日常風景■
三咲 都李 |
【2778】【黒・冥月】【元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】 |
「おう、どうした?」
いつものように草間興信所のドアを叩いて入ると、所長の草間武彦(くさま・たけひこ)は所長の机にどっかりと座っていた。
新聞片手にタバコをくわえて、いつものように横柄な態度だ。
「いらっしゃいませ。今日は何かご用でしたか?」
奥のキッチンからひょいと顔を出した妹の草間零(くさま・れい)はにっこりと笑う。
さて、今日という日はいったいどういう日になるのか?
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とある日常風景
− 災厄はある日突然やってくる −
1.
11月に入れば12月はもう目の前だ。
師走の忙しさはどの月よりも忙しい。
「なら、11月から大掃除を始めるか…。冥月、手伝ってくれるか?」
黒冥月(ヘイ・ミンユェ)はにっこりと笑って少しだけ頬を赤くして静かに頷いた。
「…ついでに飯の用意も頼んでいいか?」
恋人・草間武彦(くさま・たけひこ)がそう言ったので冥月は喜んで食材も用意して意気揚々と草間興信所へと出かけた。
興信所は普段、草間の妹・草間零(くさま・れい)によって綺麗にされているが、実はそれは興信所部分のみである。
草間のプライベートルームは草間の管理におかれ、草間の許可なしに零は掃除することができなかった。
ゆえに、草間のプライベートルームは魔窟と化していた。
「…これは…独身男の典型的な部屋ね…」
冥月はその扉の向こう側をみて唖然とした。だいぶ前に入った時よりも荒れている。
もしかしてあの時はそれでも男のプライドというやつで必死に片付けたのだろうか?
「徹底的に綺麗にするわよ! いらないものは全部捨てるからね?」
「え!? 全部?」
「そう、全部」
『いる物』と『いらない物』と書かれた大きな段ボールをどんっと真ん中に置き、さくさくと仕分けしていく。
「武彦はそこの埃かぶってる粗大ごみを出してきて」
「こ、これは粗大ごみじゃなくて…!」
「埃かぶってるんだから、どれだけ価値があっても使っていないんでしょ?」
…その通りです…と言わんばかりに、重い粗大ごみをえっちらおっちらと肩を落として捨てに行く草間。
思い入れがいくらあっても、使わなければただのゴミなのだ。
捨てるには思いきりも必要。自分で捨てられないのなら、私が捨ててあげればいいの。
「早く片付けて、夕飯の準備もしなくっちゃ…」
今日の夕飯は鍋をリクエストされていた。
旬の新鮮な牡蠣をいっぱい入れた牡蠣鍋。しっかり作って武彦に食べてもらうの。
そして、綺麗になった部屋で2人でまったり過ごして、それから…。
「…へ、変な意味ないから! 全然、全然変な意味はないんだからね!」
1人、頭を振って妄想を振り払う。
今は、まずこの汚い部屋を片付けるのが先決だ。
2.
草間のクローゼット。
なんだか嫌な思い出がよみがえる。
開けると、案の定大量の色とりどりな衣装が出てきた。
チャイナ服にメイド服、なぜか警官の制服まである。
収集癖か? と草間に聞けば…
「探偵たるもの、いついかなる事態にも対応できるようにしておかないとな」
…なんて、それらしいことが返ってくるが、定かではない。
「この衣装、全部捨てちゃ駄目かしら」
冥月は苦笑いして、そっと『いらない物』の方に数着の露出の高い女物の服をしまった。
草間が着るとは到底思えないし、まして、自分が着てほしいと言われたら…。
草間の願い事はつい叶えてあげたくなってしまうから、自分のためにもこれはない方がいいのだ。
…知らない間に別の服が増えている可能性はだいぶ高いけれど…。
次に別室の和室押入れの整理に入る。
ブワッと埃が舞い、長期間開けられていなかったことがうかがえた。
古い捜査の資料、新聞を切り抜きしたスクラッチブック、空箱大量。
空き箱は全部処分する。
何かの時のためにとっておくことが多いが、実際に使われることは少ないからだ。
空き箱をひとつひとつ潰して、束ねる。
と、その空き箱の奥に段ボールが1つ。
外側には何が入っているかなどは書いていない。
変…ね?
女の勘はよく当たる。
開けてみるとそれは…Hビデオだった。
「………」
どうしよう? どうしたらいいかしら??
多少動揺したものの、草間も男なのだから見ても当然…これ位で目くじら立てたりしない。
けど…と、頬を染めながらそっと1本手に取ってタイトルを眺める。
童顔少女がにっこりと笑いながらロウソクを持っている。
「ち、ちょっとアブノーマル過ぎないかしら……」
危機感が冥月の心をよぎる。
顔が熱い。どうしよう…こんなこと…?
好きな人が望むならしてあげたいけど…た、対応できるだろうか?
ハードルが高くないだろうか?
「重かった!くっそ! …って!?」
粗大ごみをやっと出してきた草間が、冥月の手元を見て顔を青くした。
冥月からビデオをひったくると元の箱に入れて綺麗に梱包しなおす。
「あ、あれは…そう! 預かりものなんだ」
聞いてもいない言い訳をし始める草間。
「誰からの?」
「えっと…そう、遠い友人のな! 預かってるだけだから!!」
「本当? …武彦がしたいなら、だ、大体は大丈夫だけど……こ、これだけはイヤ」
ためらいながら、梱包された段ボールの中の1本を冥月は指差す。
「こ、これはやらない。約束する! …って、大体はいいの!?」
草間の驚いた声に、恥ずかしげに冥月はこくりと頷いた。
これは…このまんまいけるんじゃ…!?
3.
そう思わせておいて必ず来るお約束。
「ただいま帰りましたー!」
零の元気な声が事務所から聞こえてきた。
たちまちピンクな雰囲気が消えて、草間と冥月は顔を見合わせて笑いあった。
「あ、お片付けですか? 私も手伝います」
ひょっこりと顔を見せた零に、冥月はにっこりと笑う。
「よし、じゃあ零にも手伝ってもらおう。今日の夕ご飯も作らなきゃいけないしね」
「そろそろスパートかけるか!」
草間はジャケットを脱いで腕まくりをする。
エプロンを着用した零は拭き掃除を担当する。
3人寄れば文殊の知恵。
効率は上がる一方で、興信所のすべてを綺麗にすることができた。
「これで、年末にバタバタしないですみますね」
にっこりと笑った零に、草間は頭をポンポンと叩き、それから冥月の頭も撫でた。
「よく頑張った」
「…元はといえば、日ごろから綺麗にしておかない武彦のせいなんですけど?」
「…た、探偵はちょっと汚い部屋の方が『らしい』んだよ」
言い訳になってませんよ、草間さん。
零に手伝ってもらって牡蠣鍋を作り始める。
今日の牡蠣鍋は味噌仕立てだ。
しっかり出汁を取り、白菜、大根、ニンジン、みず菜、豆腐などを入れる。
きのこ類も欠かせない。
そして、主役はやっぱり牡蠣だ。産地直送のとれたてである。
「うわ〜。新鮮ですねぇ」
零が感嘆の声を漏らす。
「おいしいもの食べてもらいたいから、はりきって買ってきたの」
牡蠣の下ごしらえをしながら、冥月は零と立つ台所が楽しかった。
姉妹…ってこんな感じなのかもしれない。
もっともっと、こんな時間が続いたらいいのに…。
「お腹、空いたなぁ〜」
草間が楽しげな冥月と零を見ながら、寂しげに呟いた…。
4.
「仕上げにバターを入れて…出来上がり!」
「うわ〜! おいしそうです!」
携帯ガスコンロの上に土鍋を移し、事務所のソファで鍋を囲む。
「俺、腹減って死にそうだ…」
「しっかり食べてね? おかわり、いっぱいあるから」
食器に鍋の具材を小分けにしながら、冥月は草間に微笑む。
楽しい夕食の始まりだ。
「なんか、もう冬って感じだな」
熱い鍋を囲みながら、他愛もない話に花が咲く。
「今の季節は秋なのか、冬なのか…時々悩んでしまいますね」
「そうねぇ、晩秋って感じなのかしら。冬の入り口、秋の終わり。あいまいな時期よね」
「11月に入っただけで、もう秋って感じはするがな」
「でも、お買い物に行くとクリスマスの歌が流れてますし…やっぱり冬なんでしょうか?」
はたから見たら、楽しい一家団欒の夕食に見えるかもしれない。
それほどどこにでもある、取るに足りないほどの会話。
これが普通の家庭というものかもしれない。
冥月はそう思いながら箸をすすめていた。
『びびびびびびびびびーーーーーーー!!!!!』
大音量のけたたましい呼び鈴が突如興信所内を駆け抜ける。
誰かが興信所に来たという印だ。
「…夕飯時に来るとは…間の悪い奴だ」
立ち上がろうとした零と冥月を制し、草間は立ち上がり「誰だ?」とドアを開いた。
途端!
「お父さーーーーーん!!」
不意打ちのフライング・ボディアタック!
草間にしっかり抱きついて、小柄な少女が「会いたかったぁ♪」と草間にすりすりしている。
「お、お前…!?」
焦った草間の横顔が、なにやら訳ありの顔をしているようにも見える。
冥月は無言のまま、ただその冷たい視線を草間の背中に突き刺すのみ。
何も語らず。何も読み取れず。何の表情もなく…。
危うし! 草間興信所!?
どうする!? 草間探偵!!
■□ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) □■
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2778 / 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い
■□ ライター通信 □■
黒・冥月様
こんにちは、三咲都李です。
ご依頼いただきましてありがとうございます。
冬はやっぱり鍋ですね〜…って! そんな悠長なこと言ってる場合ではないですね!?
どどどど、どうなってしまうんでしょうか…(はらはら
少しでもお楽しみいただければ幸いです。
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