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■とある日常風景■

三咲 都李
【2778】【黒・冥月】【元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
「おう、どうした?」
 いつものように草間興信所のドアを叩いて入ると、所長の草間武彦(くさま・たけひこ)は所長の机にどっかりと座っていた。
 新聞片手にタバコをくわえて、いつものように横柄な態度だ。
「いらっしゃいませ。今日は何かご用でしたか?」
 奥のキッチンからひょいと顔を出した妹の草間零(くさま・れい)はにっこりと笑う。

 さて、今日という日はいったいどういう日になるのか?
とある日常風景
− 災厄っていうのはね…? −

1.
 人は、時に自分の想定以上の困難に陥るとどんな力が出てくるかわからない。
 それは感情。力。言葉。
 すべての今を凌駕し、隅々まで冴えわたる脳内から冷たく冷静な感情が音もなく湧き出る。
「私も人の事言える過去じゃないから責めないし、何してたとしても武彦は武彦で…どうせ私はまだ出会って数年の女だし? 昔の貴方を知らないけど…」
 ぐつぐつと煮える鍋がおいしそうな匂いをばら撒いていても、嗅覚にその感覚はない。
 すべての感覚が脳に集約され、味覚、嗅覚などの脳が不必要と判断したものすべてが触覚、視覚、聴覚へと集約される。
 暗殺の仕事の時ですら、これほどまでにすべての神経が集約された感覚などなかった。
 黒冥月(ヘイ・ミンユェ)は、目の前で抱き合う草間武彦(くさま・たけひこ)とその娘だと名乗った少女を無表情で見つめた。
 妹の草間零(くさま・れい)がおろおろとしている。
 だが、零はこの事態を収束させるだけの言葉を持ち合わせていなかった。
「ま、待て! これは…こいつは…!」
 草間は何か言い訳をしたいようだが、圧倒的な冥月のプレッシャーに草間は言葉を濁す。
 すると…

「う…」

 いままで鉄仮面でも被ったかのように無表情だった冥月の顔が、崩れた。
 瞳はうるうると涙を潤ませ、伏せたまつ毛の先端でかろうじて止まる。
 口元はわなわなと震え、何かをこらえるように握りしめられた拳にさらに力が込められていく。
 草間は顔面蒼白で、その姿を見守った。
 いや、見守る他なかったのだ。
 やばい…こいつ、泣くかもしれない。
 いや、怒り爆発で殴られるのかも!? そしたら俺、し、死ぬか!?
 恐怖と不安と絶望がそこにある。
 形を成して、今、冥月という名のそれがある。
 草間は震えそうになる己の心を引き締めて、心を決めた。
 そうさ。俺と冥月の間がそうそう壊れる物か。

 俺たちは、恋人なんだ!!


2.
「…どう見たって中学生よね? その子」
 冥月は口を開く。
「はい! 14歳のぴちぴち中学生です!」
 草間の娘はピシッとピースを決めて答えた。
 空気読めよ。と草間は怒りたかったが、自分が娘と答えることで冥月が爆発することを恐れて口をつぐんだ。
 しかし、それは杞憂だった。
 たとえそこで草間が口を挟んでいても、この事態は避けられなかったのだ!

「…どんなセイシュンよ! いつ仕込んだのよ! 相手は!? どこのどんな女? 今までそんなそぶり見せたこともないじゃない! どうやってこっそり育ててたの!?」

 頭に浮かぶすべての疑問が冥月の口から呪文のように吐き出される。
 もはや誰に向かって言っているのか、冥月にもわからない。
 ただ、言わずにはいられない。
 まさに、言葉のマシンガン! 草間、その一言一言に心臓を打ち抜かれていく!
「零は知ってたの!? 私と結婚しようって言ったのももしかして、この子のため? 私に継母になれってこと!?」
 次から次に冥月の脳は質問を作り出し、それを冥月の口から排出する。
 もはや誰に責める権利があるというのか…。
 恋人を慕い、敬い、信頼してきたというこの献身的彼女を裏切った罪は重い。
「冥月…」
 心臓を言葉で滅多打ちにされてもなお、草間は冥月が理解し、許してくれるであろうことを期待した。
 しかし、それは男の幻想。
 むしろ、立ち直れないほどのダメージを負っているのは草間ではなく冥月である。
 この事実を違えられるはずもない。
「……今日は帰る…ぐすっ」
 ぽろりと一粒の涙が冥月の頬を伝う。
 しかし、気丈な表情はそのつらさを微塵にも見せない。
「め、冥月…!」
 草間が伸ばした腕をするりとすり抜け、少女の前に立つ。
「………」
 少女の顔には草間の面影。誰が見たって草間の娘だ。
 冥月が少女の横をすり抜けようとした時「ふっ…ふふふっ」と小さな笑い声がした。
「?」
 最初は零が笑っているのかとも思ったが、そうではなかった。
「お母さん、可愛いーっ♪」

 ギュッと腕に抱きつかれた。
 見れば、にこにこと満面の笑顔の少女が冥月の腕にしがみついていた。


3.
 耳を疑った。
 しかし、冥月の耳は確かにその言葉をとらえた。
「お、『お母さん』?!」
「そ♪ お母さん♪」
 草間を見る。苦笑いをしてはいるが、嘘をついているようには見えない。 
 零を見る。言ってしまっていいのかと慌てている。
 少女を見る。屈託のない笑顔でまっすぐな瞳が冥月の瞳をとらえている。
「ど、どういうこと…なの?」
 冥月の動揺に、草間は語りだす。
 それは…もっと未来の話。

 ホロビ…鏡界…黒い根の浸食…。
 暗黒の未来から希望の未来へ…!

「それ、本当なの…?」
 未来から来たという草間の娘は、まっすぐに冥月を見たままコクリと頷いた。
「まぁ、信じられないのは無理ないと思うがな」
 草間はそういうと、煙草をくゆらせる。
「私も信じられなかったんですが…未来の私に出会ってしまったので…」
 零もどうやら嘘はついていないようだ。
「…ってことは、えっと、つまり、未来の武彦と私の……娘?」
「そうだよ! やぁっと分かってくれたんだね! ママ!!」
「ママ!?」
 再びギュッと腕をつかまれて、冥月は顔を赤くした。
 そして、同時にハッとする。

 さっき…私はいったい何を口走った…?

 先ほどの言葉が、今になって自分に戻ってくる。
 仕込むとか…セイシュンとか…その他色々!
 さらに赤くなる。これは恥ずかしさゆえだ。
 自分の娘の前でこんなことを言ってしまう母親なんて…!?
 そしてさらに、気付く。
 そして、この子は私が産むって事よね…?
 い、いつ…なの…!?
「あ、あなた何歳だって言った!?」
「14歳だよ♪」
「で、あなたが生まれた年は?」
「う〜ん、それは…言っていいのかなぁ…運命変わっちゃうかもしれないしなぁ…」
 言葉を濁されて、冥月はうなだれる。
「こいつな、自分の名前も運命にかかわるから言っちゃいけないって禁止されてるんだ。…まぁ、その辺は察してやれ」
 草間の言葉に、冥月は我に返って「ご、ごめんね」と謝った。


4.
「ところで、なんでお前ここに戻ってきたんだ? またホロビが動き出したのか?」
 草間が深刻そうに聞くと、草間の娘はにっこりと笑った。
「ん〜、今は小康状態かなぁ。…ていうか、おいしそうな匂いだし、お腹空いたし、私も食べていい?」
 気が付けば、鍋の存在をすっかり忘れていた。
「お箸と食器持ってきますね!」
 零がささっと動いて、草間の娘の分を持ってきた。
「いっただっきまーーーす♪」
 不思議な4人の会食が始まる。
 草間も、零も、冥月も…視線はひとつ。草間の娘に注がれる。
「どうしたの? 美味しいよ??」
 屈託のない笑顔に、思わず箸をとる。
 いったい何の用で来たのか?
「ん〜! ママの手料理おいしー!」
 冥月の鍋を思う存分味わう娘に、本当に何をしに来たのかと…。
「…そろそろ話せよ。腹も膨れてきただろ」
「…お父さんってばせっかちだね。そんなだからママに……とと」
「ん? 『ママに…』?」
 草間は聞き逃さなかった。冥月も箸をおいた。
 あちゃーっという顔をして、口を押えた娘だったが時はすでに遅し。
「さぁ、ちゃんと言いましょう? 『ママ』に隠し事する悪い子じゃないでしょ?」
 冥月はにっこりとほほ笑む。
 草間もすでに鋭い視線を娘に向けている。
「もうちょっとお鍋食べたかったのにぃ…」
 娘は箸をおくと、座りなおして真顔になった。
 そして、冥月と草間に言った。

「未来のママがパパに愛想を尽かして出て行っちゃってるんだよ。その原因が多分、この時代にあるって…」

 『ママ』が『パパ』に愛想を尽かして出て行った…?
 それは、つまり…
 『冥月』が『草間』に愛想を尽かして出て行った…!?
「どういうこと!? どういうことなの!?」
「それはこ、これから…ママ落ち着いて!!」
「未来の俺! 何をやったんだーーー!?」

 飛び交う阿鼻叫喚の中、零は1人で鍋の番をしていた…。
「あ、そろそろ〆のうどんでしょうか…?」


■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2778 / 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒


 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵

 NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い

 NPC / 草間の娘 (くさまのむすめ) / 女性 / 14歳 / 中学生

 NPC / ホロビ (ほろび) / 女性 / 不明 / 滅ぼす者


■□         ライター通信          □■
 黒・冥月様

 こんにちは、三咲都李です。
 ご依頼いただきましてありがとうございます。
 どう転んでも楽しい方向にもっていきたい三咲です。w
 鍋の〆はやはりうどんです!(おじやも捨てがたいですが…
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。