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■あの日あの時あの場所で……■

蒼木裕
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】
「ねえ、次の日記はカガミの番?」
「ああ、俺だな」


 此処は夢の世界。
 暗闇の包まれた世界に二人きりで漂っているのは少年二人。そんな彼らの最近の楽しみは『交換日記』。だが、交換日記と言っても、各々好き勝手に書き連ねて発表するというなんだか変な楽しみ方をしている。そのきっかけは「面白かったことは書き記した方が後で読み返した時に楽しいかもね」というスガタの無責任発言だ。
 ちなみに彼らの他に彼らの先輩にあたるフィギュアとミラーもこの交換日記に参加していたりする。その場合は彼らの住まいであるアンティーク調一軒屋で発表が行われるわけだが。


 さて、本日はカガミの番らしい。
 両手をそっと開き、空中からふわりとノートとペンを出現させる。
 開いたノートに書かれているのは彼の本質を現すかのように些か焦って綴られたような文字だ。カガミはスガタの背に己の背を寄りかからせ、それから大きな声で読み出した。


「○月○日、晴天、今日は――」
+ あの日あの時あの場所で……【回帰・後日談】 +



「たっだいまー!」


 カランコロン、と鐘を鳴らしながら俺は地下一階に存在するとある喫茶店へと足を踏み入れた。そこの看板に書かれている文字は【珈琲亭】Amber。雑居ビル地下一階に存在するちょっと寂れた雰囲気を持つ店だ。だがそこに存在する人々は暗い面立ちでもなく、ましては辛気臭いわけでもなく――。


「あーら、いらっしゃい♪ 久しぶりねん! 今日は何の用事かしら。また依頼? それともあたしとおしゃべりに来たのん?」
「朔さん相変わらず元気っすね。あ、ジルさんこんにちはー!」
「……」
「マスタ、ほら返事くらいしてあげたらどうなの!」
「あ、無理しなくてもいーんで」


 此処の喫茶店の店主、ジルさんを急かすのは女子高校生のウェイトレスである下闇 朔 (しもくら さく)さん。
 店内に入ってきた俺とカガミに対して彼女は元気よく挨拶をしてくれ、かつ素早くメニューを手にカウンターかテーブルか聞いてきてくれた。今回の訪問理由の都合上カウンターを選んだ俺はそちらへと赴き、設置されている椅子へと腰をかける。隣ではカガミもゆっくりとした動作で椅子に座っていた。
 ジルさんがカウンター奥の方からそっとお冷を差し出してくれる。俺はそれを有りがたく受け取りながら今回の訪問のワケを話す事にした。


「で、例の件ですが行って来ましたよ〜!」
「どうだった」
「いやー、九州旅行も兼ねて行って来た感じで……色々と大変でしたけど、何とかなりました。えっとですね、まずこれはお土産なんで皆で食べてください!」
「きゃー、ありがとー! あら、日向夏のチョコ♪ あたし食べた事ないから後でじっくり食べさせてもらおうーっと」
「――あれ、あの人今日いないんですね。確かサマエ――」
「アイツにはあげないわよ」
「即答!?」


 つんっと顔を背けて答える朔さんに俺は思わず突っ込んでしまう。
 朔さんとここの常連客ともいえる人物、サマエル・グロツキーさんはいわゆる天敵。決して心の底から嫌いあっているわけではないが、サマエルさんの方が朔さんにちょっかいを出してそれはもう嫌がらせに嫌がらせを重ねた結果朔さんが天敵認定を下してしまったようで……それもまた大人の余裕というかサマエルさんは愉しんでいる所が否めない。
 そんな彼の姿が見えないことを口にすると、どうやら時間帯の問題だったらしい。一応医者としての仕事もある為、夕刻である現在はまだ彼の訪問時間帯ではないようだ。


 俺はと言うと水だけでは流石に申し訳ないとジュースを一つ注文し、カガミにもメニューを回す。彼は以前ここで思い切り酒を飲んでいたが、今回はすぐ隣に俺がいると言う事で彼もまた普通のオレンジジュースを頼んでいた。
 二人分のジュースが運ばれてくると俺はこの店でジルさんと――ある存在に教えてもらった事で九州に向かった事をしみじみ思い出す。
 そのある存在と言えば、カガミの丁度正面のカウンターにその小さな身体を座らせており……。


『カガミ殿も勇太殿もよくもどられた。えにしはみつかったかのう?』
「ゆつも変わらず元気そうでなによりだよ。勇太に協力有難うな」
『なに、カガミ殿がここにいるこということがなによりのあかしともいえようが、わらわにもはなしをきかせてたもれ』


 自我を持つ日本人形、ゆつさん。
 もちろんただの人形ではなく霊的走査(スキャニング・ドール)と呼ばれる特別製の人形だ。外見こそは典型的な長い黒髪が美しい日本人形のゆつさんだが、能力は半端ない。彼女にも俺が今回の旅路で何を得て、どんな風に道を辿ってきたのか聞かせるべく口を開いた。


 日数にして数日。
 一週間も無かったはずの旅行だが、それはもう色んな事がめまぐるしく過ぎていった事を思い出す。旅館で自分の母を保護してくれた女将さんや周囲の人達に出会った事。母が実は記憶喪失者であり、父と色々複雑な関係を抱いていたことを聞いた事。自分の存在がどんな風に彼女に思われ、慈しまれていたのか――それはもう気軽にほいほい話せるレベルではなかったけれど、それでもしっかりと皆には聞いて欲しくて俺は懸命に説明をし続けた。
 深層エーテル界に入った事を告げるとゆつさんが『ほう……』と、表情は変えぬままそれでも興味深そうに声を漏らす。時折カガミが注釈を入れてくれるのが俺的には助かった。
 最後に出会った神様や狛犬達の話もし終えると、朔さんの目がキラキラと何やら輝きだす。
 興味を持ってくれたのかな、と俺は考え、ちゃんと説明出来たかどうか若干不安になりつつも話を終えた。


「――と、言うわけで本当に今回の旅が俺自身にとって為になったというわけです。その節は情報提供有難う御座いました! ジルさんとゆつさんが進言してくれなかったら俺きっと母親の事さっぱり忘れたままだったと思うので」
「そうか。無事解決出来て良かった」
『ほんにのう。しんそうえーてるかいまでいったなら、えにしもきちんとしたものであろう』
「良かったわね、勇太君! と・こ・ろ・で……一つ聞いてもいい!?」
「は、はい?」


 カウンターから乗り出すような勢いで朔さんが言葉を区切りつつ俺に声を掛けてくれた……のは良いが、急に左手首を捕まれ俺は目を丸める。朔さんはマジマジと何かを観察するような目を俺の手に下ろすとやがてにやりとなにやら楽しげな表情を浮かべた。


「勇太君、この指輪なぁにー?♪」
「え、それはカガミに貰ったんだけど……」
「きゃー! なにそれ、カガミ君ってばやっるぅー!」
「え? え? 指輪に何か意味あったっけ?」
「ちょっと待って、勇太君ってば知らないのー? 左手の薬指は婚約指輪や結婚指輪を嵌める指じゃなーい!」
「え? でもそんな意味持たないだろ!?」
「なぁーに言っているの。男同士でも恋人がいたらやっぱり左薬指に嵌めるでしょ。所有印的な意味も持つんだから」
「しょ――!? え!?」


 そんな意味を持つなど知らない俺は勢いよく隣にいるカガミへと顔を向ける。
 彼はと言うとしらっとした顔付きでジュースを飲み、ゆつさんと暢気に他愛の無い話をしていた。朔さんは未だに俺の手を離してはくれず、むしろもっと良く見せてといわんばかりの勢い。俺は逃げ場所にジルさんを選び、視線を向けた。するとそれに気付いた彼は――。


「左の薬指は確か……絆を深めるという意味を持つ。右なら精神の安定や感性を高める……そんな意味があったような」
「ほーら、マスタもこう言ってる事だし! 左って事はやっぱり……むふふふふっ♪」
「ぎゃー! やめて! なんか初めて知ったんだけどー!」
「カガミ君は?」
「まあ、時代と共に認識は変わるけど、根底にある意味は変わらないし」
「ほらー、カガミ君はしっかりはっきりと分かってて勇太君に指輪をくれたんじゃなーい!」
「ぎゃー!! 無理! そんな話題無理ー!! ――はっ、俺ちょっと用事思い出した! すぐ戻ってくるから!」
「あ、逃げた」


 朔さんには申し訳ないけれど、俺は手を振り払い椅子から飛び降りる勢いで逃走する。
 本当はなんにも用事なんて無いけれどそれでもこの場に居る事が居た堪れなく、更に言えば自分の顔に熱を持ち始めたことによりそんな状態を見られるのも恥ずかしく逃げてしまった。
 カガミが本当に朔さんの言う意味で俺の左薬指に指輪を嵌めたのかは本人の口からはっきり聞いたわけじゃないから、実際はどんな意図があって贈ってくれたのかはまだ分からない。でも朔さんと一緒にいるとどんどん弄られるのは分かっているからどうしても逃げるしかなかったんだ! と、外に出て呼吸を落ち着かせながら俺は自分自身に言い聞かせる。


 そして誰も見ていないことを確認してから指輪の嵌められている左薬指を見るように手を持ち上げて――。


『お前が望むなら、傍に居る』


 あの阿蘇山の上空でカガミが言ってくれた言葉を思い出し、またボンッ! と顔が熱帯びるのを感じながらいつ店に戻ろうかタイミングを考え始める事にした。


 ―― 一方、俺が去った後の喫茶店内。


「ゆつ、これお土産」
『ほう。これはこれはごていねいに』
「選んだのは俺じゃなくて勇太だけどな。チョコが食べられないお前へ特別にって」
「あらー、姫さん可愛いじゃないその髪飾り」
『ほんに、ありがたくちょうだいする』


 日本人形の髪をそっと飾るのは日向夏の模様の髪飾り。
 本当ならば俺が手渡しする予定だったが、諸事情もとい俺の羞恥によって退席してしまったせいでカガミからゆつさんへと渡った。彼女はそれを朔さんに付けて貰いながら人形ゆえにあまり変えられない表情をそれでも幸せそうにさせて心持ち微笑んでいた事を後から俺はカガミ伝えで聞く。


『うむ。ここちよい念じゃ』


 彼女は嬉しそうな声色で自分に飾られた髪飾りへとそっとその小さな手を翳す。
 自分を思って購入してくれた俺の心が嬉しかったのだと――そう口にせずとも、雰囲気が物語る。


「で、結局勇太君いつ帰ってくるのかなー?」
「そろそろ弄るの止めてやれ」
「えー、だって勇太君ってまだその指輪が『案内人の指輪』って事知らないんでしょ? ならまだまだ弄りがいがあるって事なのにー!」
「……そう言えば使い道とか説明してなかったな。雰囲気もあったし」
「ちょっとその時の状況を詳しく」


 バンバンッとカウンターテーブルを叩いて朔さんがカガミに食いつく。
 何はともあれ、平和、平和な後日談。
 俺が帰ってくるまでカガミが質問責めにあっていることなど――必死に赤らんだ顔を撫でていた当の本人(おれ)はまだ知らない。









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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【共有化NPC / ジル / 男 / 32歳 / 珈琲亭・亭主,人形師】
【共有化NPC / 下闇・朔 (しもくら・さく) / 女 / 17歳 / ただの(?)女子高生.珈琲亭「アンバー」のアルバイト】
【共有化NPC / ゆつ / 女 / ?? / 日本人形】
【共有化NPC / サマエル・グロツキー / 男 / 40歳 / 開業医】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは!
 例のお話の後日談の発注有難う御座いました!
 お土産配りと言う事で早速楽しく書かせて頂きましたv

 左薬指にはもちろん婚約・結婚指輪の意味があります。
 でも何より絆を深める意味があります。工藤さんが調べる機会などあればちょっと面白いかもしれません(笑)
 ではでは!