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■ある一夜の夢■

蒼木裕
【7348】【石神・アリス】【学生(裏社会の商人)】
 夢を見ている。
 夢でなければ説明が付かない。
 そうだ、これは夢だとも。


 でなければこんな変化――どうしたらいい!?
+ ある一夜の夢・2 +



「こんにちは、<迷い子(まよいご)>。今日も来たのかい?」


 わたくしがその一軒屋を訪問し、十五歳ほどの少年と対面した直後に言われた台詞がこれ。
 住人の名はミラー。緑と黒のオッドアイを持つ短い黒髪の少年ですわ。屋敷の中にはこれまた同じ年頃の床に付くほどの長い髪の毛を持つ少女、フィギュアさんが先日と変わらず安楽椅子に座っており、不思議そうな目でわたくしを見つめておりますの。


「初めまして、<迷い子>。今日はどのようなご用件かしら」
「フィギュア。彼女は初めましての人ではないよ」
「あら? てっきりそうなのかと思ったわ。だって彼女普段の姿と違うんですもの」
「確かにね。僕達が視える彼女の真実の姿は十五歳。でも今の彼女の姿は――齢二十五歳くらいかな。これまた成長したものだね」
「ふふ、ミラー。記憶をちょうだい。出逢った頃の記憶がないとどう接して良いか分からないわ」
「今渡すからちょっと待っていて。ああ、<迷い子>は中へどうぞ。そこの椅子に座ってくれれば記憶譲渡の後にティータイムにしよう。君も話があるようだしね」


 そう言ってミラーさんがわたくしを手招き、そして丸いテーブルを指差す。
 そこには椅子が三脚。住人とわたくしもとい客人が座るには充分な数の椅子を見ながらにっこりと『大人らしく』微笑むと優雅にそちらへと足を運んだ。目の前ではミラーさんがフィギュアさんの額に額をくっつけて記憶を渡している姿が見えますの。こう言ってはなんですが、近いですわね。
 わたくしは椅子に腰掛けるとしみじみと感慨深く二人を見やる。夢の中の案内人、現実世界には存在しない不思議な方々――普段よりも成長した手先でわたくしは自身の唇に指先を這わせながらくすりと一つ笑んだ。


 先日は二十歳くらいの年齢でこの場所に訪問し、何故わたくしが十五歳から成長した姿になっているのか彼らに問いかけた事を思い出す。
 結論としてはわたくしが裏の世界での商売で交渉する際、どうしても年齢から「子供扱いされる事に対しての不満」ともう一つ「母親への尊敬」が肉体変化を起こしたのだと告げられましたの。確かに私は商売人ではありますが、年齢が年齢ですから子供扱いされる事は耐えるべき事実だと思っておりましたわ。しかし不満はやはり不満。夢の世界では忠実にそれは表され、わたくしは大人の姿で彼らに導かれた……あの日の夜の夢。
 今回は彼らに助言を貰った結果報告をしたいと願っていたところ、またもこの一軒屋を訪問する夢を見る事に成功いたしましたが――さあ、彼らはどう反応してくださるのか楽しみですわ。


「こっちも結果報告を聞くのが楽しみだよ」
「こんにちは、<迷い子>。待たせてごめんなさい。あたしあまり長時間記憶を保っていられないから、出逢った記憶をいつも忘れてしまうの」
「それは大変不便そうですわね。『初めまして』と言われた意味はこの外見が原因かと思っていましたのに」
「そうじゃないの。あたし自身が問題なのよ。あたしは言ってみれば『不完全体』だから」
「でも、僕がその分記憶し、記録し、覚え、フィギュアに渡すから問題はないね。――さあ、紅茶を入れよう。今の君に似合う紅茶を」


 そう言いつつ、ミラーさんはフィギュアさんを安楽椅子から抱き上げ、テーブル前の椅子へと運び座らせる。慣れた仕草のその行動を見やればミラーさんは空いた手を空中で動かし、そこからティーセットを取り出しましたわ。まるで手品のよう。しかし彼のそれには決してタネなどはないのでしょうね。
 注がれる香り豊かな紅茶はいつもより心を休めてくれるもの。なんの葉っぱでしょうか。もしかしてブレンドかしら、などとわたくしは考えながら差し出された細かな装飾が施されたティーカップを見下ろした。差し出されたシュガーポットとミルクポットを見つめるも、最初の一口は何もいれずにそのままの味を楽しむために口付ける。


「どうかな、今の君と普段の君は味覚も変わっているはずだから砂糖もミルクも不要かもしれないね」
「……ええ、普段なら多少は入れますが今のわたくしはこれでも充分美味しいと感じますわ。これはなんのお茶でしょう? 葉っぱは?」
「オリジナルブレンド」
「レシピは?」
「秘密。……とは冗談で、その時々で変えるから僕にレシピは存在しないよ。言ってしまえば感覚が僕のレシピかな」
「それはある意味素晴らしいお話ですが、感覚勝負で同じ味は作れますの?」
「それこそ無限に、有限に」
「その言葉二つを並べると矛盾ですわよ」
「しかし同じものを無限に飲み続ける客となど出逢ったことがないのでね。いずれ一つの味には飽きるものさ」


 どうぞ、と更に追加で出されたのはビターチョコでコーティングされた小ぶりのチョコレートケーキ。遠慮なくフォークを差し込めば中からは赤い液体がどろりと美味しそうに出てきましたわ。それを口に運べばチェリーシロップの味。苦いチョコと相まって紅茶も更に美味しく感じられるというもの。


「では話を聞こうか」
「わたくしの話など聞かなくても貴方方には既に知られているんじゃありませんの」
「それでも<迷い子>が口に出す事に意味がある」
「あたし達も全てを見ても、それが正しいかどうかまでは判断出来ないのよ。人は不変ではなく常に変わりゆくもの。報告したい事がもう変わっているかもしれないでしょう? それに折角こうしてお茶会をしているのに無言だなんてつまらないわ。どうか、お話してちょうだい」
「そうですわね。無言のお茶会なんて退屈ですわ。――では聞いてくださいませ。わたくしの『その後』を」


 そうしてわたくしは紅茶が冷めないように気をつけながら事の次第を話し始める。
 まず前回の助言――「逆手に取れ」という言葉を受けたわたくしは自分の年齢をその助言通り逆手に取って交渉相手の油断を誘い、商談を有利に運ぶ事を覚えました。
 子供の姿をしているから相手がわたくしをなめて見て掛かるのでしたらこちらもまた子供という外見を利用いたしましょう。こちらが油断していると見せかけ、他愛ない会話の中に商談に重要な話を盛り込んで、いつの間にかサインをさせる……これは結構楽しい事ですのよ。特に事がすっと進むと嬉しくて嬉しくてつい笑顔が止まらなくなってしまうほど。


「最近ではどれだけ相手がわたくしの外見に騙されず、『同等』に見てくださるかによって交渉具合を調節する事を覚えましたの。おかげさまでわたくしを一商人として扱い、関わって下さる方には敬意を持って接していられますわ」
「少しは気が楽になったようだね。君の中に余裕が生まれているのが良く分かる」
「前回よりも年齢があがったのもその点が関わっているわ。余裕が出始めた事と、貴方が尊敬している母親により近付きたいという想いが貴方を成長させているの。鏡を見てちょうだい。貴方は今とっても綺麗な姿よ」


 そういってフィギュアさんは部屋の壁を指差す。
 とは言ってもこの屋敷は鏡張りの屋敷。四方全てが鏡で覆われたこの部屋の中で自分の姿が目に映らない場所を探す方が困難というものですわ。
 わたくしの今の姿は大人びており、服装も年齢相応の落ち着いたもの。髪形も長いそれを結い上げられて纏められ、メイクによりどこか色気すら見出せる。更に言えば鏡の中にどこか母の面影を見たわたくしはついつい感嘆の息を漏らしてしまいましたわ。


 いずれ訪れる二十歳と二十五歳という年。
 その時のわたくしが本当にこのような外見をしているかは分かりませんが……楽しみですわ。


「さっきもフィギュアが言ったように人は変わり行くもの。将来君がどんな姿をするかは君次第」
「努力し続けている貴方はそのままでいれば今の姿よりもっともっと美しく成長出来るわ。頑張った分だけ人は綺麗になれるんですもの」
「ふふ、その時が楽しみですわ。……っと。忘れるところでしたわ。お二人に先日の助言のお礼として先日出来上がったばかりの『石像』をプレゼントしたいと思いますの。受け取ってくださらない?」
「『石像』……」
「それはどこにあるのかしら。あたしが見てみるわ」
「残念ながら手元にはありませんわね。その石像はわたくしの自室に置いてありますわ。お手数ですが見てみてくださいませ」
「分かったわ」


 そう言ってフィギュアさんはすぅっと瞼を下げ、その灰色の左目の上に手を乗せ数秒ほどわたくし達の間に沈黙が続く。
 でも彼女はやがて右手を持ち上げると一言、「惹手(ひきて)」と呟いて何かを引っ張るような仕草をした――その瞬間。


「これまた見事な石像が現れたものだ」


 わたくし達の傍にどんっと出現した『石像』を見てミラーさんが可笑しそうに笑う。
 フィギュアさんは一旦息を深く吐き出した後、自分が引っ張ってきた石像を見て上から下までまじまじと観察していらっしゃいました。
 石像は人間の女性の形をしており、格好はカメラを構える姿。その石像を見てわたくしもついつい頬に手の平をあて、うっとりと笑んだ。


「素材は君を調べ、スクープにしようとしていた新聞記者か。美人でなにより」
「ミラー、これはどこに置いておけば良いものかしら?」
「玄関に置いておけば客人がびっくりするかもしれないね」
「驚かせたいの?」
「……やっぱり部屋の隅にしておこう。悪戯したい気持ちは若干あるもののそれで<迷い子>に心閉ざされては意味がない」


 フィギュアさんに諭され、ミラーさんはしぶしぶという感じで石像をどこに配置するか考え始める。人間が石像にされている事を問題視しない事がある意味凄いといえば凄いのかもしれませんわね。


「わたくしをスクープのネタにしようなどとそんな事は許しませんわ」
「魔眼というものは厄介なものだね」
「フィギュアさんの石像にはそろそろ興味を持ってくださりませんか?」
「その時はこの世界から永久追放させるけどいいかい」
「本当に残念ですわ。絶対に可愛い石像になると思いますのに」


 わたくしは余裕の笑みでミラーさんと対話する。
 まだフィギュアさんを狙っている事は忘れずにいて頂きたいものですが、もうどちらかというと彼らには彼らのままでいて欲しいという気持ちも存在していて。


「もし何か欲しいものが御座いましたら、わたくしにご注文下さいませ。すぐにご用意させて頂きますわ」
「と、言っているけれど、フィギュアは何かあるかい」
「可愛い手鏡が欲しいわ。あ、でも石像なのよね。小人さんの石像とかあるかしら? それなら部屋に飾っておけるでしょう」
「それは彼女の手腕次第。鏡にしろ石像にしろ、彼女は商売人。どう動くかは彼女次第さ」


 まあ、これは商売人心が揺さぶられるというもの。
 ミラーさんの言葉にわたくしは深く一度頷き、そして商売人の顔で一言返す。


「見ていらして、お二人とも。必ずどちらかをお持ちしてみせますわ」


 わたくしに出来ない事などないと、自信を持って。







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7348 / 石神・アリス (いしがみ・ありす) / 女 / 15歳 / 学生(裏社会の商人)】

【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、PCゲーノベへの参加有難うございました!
 
 今回は前回の続きで大人化、更に年齢が上がった状態という事ですが、その要因に前回の話が関わっている事が嬉しく思います。
 どんどん成長していくアリスさんを今後も楽しみにしつつ、ではでは!