■あの日あの時あの場所で……■
蒼木裕 |
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】 |
「ねえ、次の日記はカガミの番?」
「ああ、俺だな」
此処は夢の世界。
暗闇の包まれた世界に二人きりで漂っているのは少年二人。そんな彼らの最近の楽しみは『交換日記』。だが、交換日記と言っても、各々好き勝手に書き連ねて発表するというなんだか変な楽しみ方をしている。そのきっかけは「面白かったことは書き記した方が後で読み返した時に楽しいかもね」というスガタの無責任発言だ。
ちなみに彼らの他に彼らの先輩にあたるフィギュアとミラーもこの交換日記に参加していたりする。その場合は彼らの住まいであるアンティーク調一軒屋で発表が行われるわけだが。
さて、本日はカガミの番らしい。
両手をそっと開き、空中からふわりとノートとペンを出現させる。
開いたノートに書かれているのは彼の本質を現すかのように些か焦って綴られたような文字だ。カガミはスガタの背に己の背を寄りかからせ、それから大きな声で読み出した。
「○月○日、晴天、今日は――」
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+ あの日あの時あの場所で……【転機・1】 +
こんにちは、俺、工藤 勇太(くどう ゆうた)! 十七歳の高校生男子です。
夏に行った旅行で今まで積み立てていた貯金を崩してしまったので冬休みにせめてその分だけは取り戻そうと俺はある宅廃業の倉庫の荷物整理のバイトを始めました!
最初は整理程度なら気楽かなーと思ってたんだけど、実はそこである出会いが……。
「彼がここの担当だよ。冬休みだけとはいえ君の先輩にあたるから仲良くするように」
「あー、彼が例のアルバイトの人ですか。どうぞよろしく」
「え、あ、はい。宜しくお願いいたします」
それは運命の悪戯かそれとも必然か。
その時紹介された男の『先輩』は以前俺の命を狙っていたコネクト能力保持者の人物だった。呪術返しを受けたせいで精神を病み、その後もある集落で能力を暴走させていたが、フィギュアによって記憶も能力も封じられたはずで……。
そのせいか、相手は自分の事は全く覚えていないらしく、普通に暮らしているようだった。一緒に働くにつれてそれが演技ではない事が判明し、内心ほっと安堵の息を吐き出す。感応能力をそっと働かせてみても嘘をついているような感覚はなかった。
「へえ、工藤君は仕事覚えが早いな」
「そうっすか? それなら良いんですけど」
「じゃあ、今度はこっちの荷物整理の方法を教えるから来てくれるかい?」
「はい!」
男は今あの時のことを忘れて生きている。
ならば『日常』を狂わせる事などしなくても良いだろう。俺はあくまでバイトにきた高校生で、男はそこで働いている先輩。それさえ分かっていればもうあの過去など忘れても良いんじゃないかと思う。俺に出来る事はただ初対面のふりをして接する事だけ。全てを忘却した相手は既に別人扱いしても支障がないだろう。
この男はもう先輩であり、自分が後輩だというのならば俺はそれに従おう。仕事を覚えつつ、相手と他愛のない日常の会話をしてこのバイトを楽しめれば良い。
「ん?」
「どうした、工藤君」
「いや、なんでもないっす。――あ、次これをこっちの棚に持っていくんでしたね。で、ここの紙に個数を書くっと」
きっと冬休みだけの先輩後輩。
期間が終われば俺は此処を去るから――そう平穏を信じて時を過ごす。
だけどどうしてだろうか。何かがざわめく。
カタ、カタ、カタ……。
時折、歯のかけた歯車が強制的に回る音が聞こえるような気がした。
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「眠いにゃ……」
「そっか」
「カガミ、ぎゅー」
「はいはい」
「此処は夢にゃのに、夢でもねむいってどういうことにゃー……」
「バイト料は良いけど仕事がキツイからだろ。頭も休みたがってんだよ」
「にゃー……逢ってるのにー」
「文句言わずに寝てろ」
「今ベッドの上でごろごろにゃん」
「添い寝してやってる俺の優しい心遣いを知れ」
「……ごろごろー」
「ったく、おやすみ。勇太」
夢の中の逢瀬でもうとうと気分。
大好きなカガミと二人一緒で大きなベッドの上で横たわれば、夢の中でもまた俺は目を伏せるのみ。
■■■■■
「ったく、今日出勤だろ。なんであの人来ないんだよ」
俺がバイトに入ってから数日が経った。
その頃には割りと単調な作業にも慣れ、それほど周囲からあれやこれやと言われずとも仕事をこなせるようになり効率も上がってきていたと思う。同じように冬休み限定バイト仲間も出来たし、仕事環境としてはそんなに悪くはない。ただ重い荷物や繊細な荷物を上げたり下げたりするのだけが辛いだけだ。
例の男――もとい、現時点での俺の先輩も日々声を掛けてくれるし、俺もそれを不愉快に感じたりはしない。ただ、その日はちょっと胸騒ぎがしており、出勤した時から嫌な予感がしていた。
でもきっと気のせいだと頭のどこかで否定したがっていた自分が居た。
――上司から男が来ない理由を聞くまでは。
「え……亡くなった?」
「今朝、自宅アパートで亡くなったらしい。死因が何かおかしいらしくて今警察の方が調査しているみたいだよ」
「何がおかしいんです? あー、でも病気とかじゃなかったですよね。心臓発作とかでしょうか」
「いや、なんていうか自然死らしいんだよね。いわゆる老衰? ……ほら、わけわかんないでしょ。あの人二十代後半なのにね。こっちも警察から連絡入った時、良く分からなかったからさ。多分もうちょっとしたら詳しい調査結果出るんじゃないかな。まあ……会社としては人様の事情に首を突っ込む訳にはいかないから結果待ちだけしておく方向かな」
「……自然死、老衰……」
「ま、それは置いておいて。工藤君はいつも通り仕事に戻っ――」
「あのっ! 俺あの人にCD借りてたんで、後で住所教えてもらって良いですか!? せめてそれだけは返したいんです。あの人が亡くなってても持ってるわけにはいかないから、遺族の方とかにでも」
「いや、会社としては個人情報を流すわけにはいかないからさ」
「そこを何とかお願いします! この通り!」
俺は両手をぱんっと叩き合わせながら上司に頭を下げる。
それでも上司は「個人情報が」と渋る訳で何とか拝み倒しまくった。結果的に弔いの意味も込めて自宅アパートの位置までは教えて貰えた。あの男はそれなりに真面目に働いていたみたいだから上司に至っては葬式に参列するかもしれない。
その日の仕事中はそわそわしっぱなしだったけれど、それでも一応問題なく作業を終え俺は教えてもらったばかりのアパートへと向かう。CDの件は嘘だから、それだけは多少申し訳なくなったけれど。
自然死?
老衰?
二十代後半の男がそんな理由で死ぬなんて本当にあるのだろうか。
時折テレビで世界の奇妙な病気特集などしているけれど、あの人はそんな症状など全く出ていなかったし、あまりにも突然すぎる。だって昨日までは元気だった。笑って「工藤君は彼女とかいるの?」とか男同士なら一度くらい出る会話をかわしあって、「そういう先輩こそ彼女いるんすかー」とか返していた事を思い出す。
やがて住所を頼りに歩いていけばあるアパートに辿り着く。
男が住んでいたとされる部屋番号を確かめその玄関先へと行けば、同僚が置いたものかは分からないが花が添えられていた。
「これって……」
男は一人暮らしだと聞いた。
たった一人でこのアパートに住み、そして仕事先から連絡が入るまでこのアパートで一人で倒れていたのだと。花束は綺麗な色をしているのに、何故か添えられるに似合わない。何故だろうかと思案を巡らせる。どうして彼は死んだのか。どうして花に違和感を覚えるのか。
花の名前なんて詳しくないから俺は添えられた花が何なのかは分からない。でも死者に手向ける花にしてはやや派手過ぎるような……という引っ掛かりを覚えてしまう。男がそれを好きだったのならば問題ない。それを聞く相手はもうこの世にいないとしても、だ。
男は俺が過去囚われていた研究所関連の手先だった。
でもその事を忘れ、平和な日常をつつがなく過ごしていたはずだったのだ。そこに異常があったとするならば――俺との再接触に他ならない。
何が正しくて何が間違っている?
本当に男が死んだ理由が只の自然死?
それとも……研究所関連の手先に襲われたのではないだろうか。
冬という寒さだけではない寒気が突如俺を襲う。
しっかりと防寒しているはずなのに二の腕を無意識に擦りながら俺はその花に触れようと身を屈めた。触れて『読み取って』しまえば真実は明らかになると、そう考えて――。
不安が湧き上がるこの心を抑えながらも手を伸ばせば、ふっと視界が暗くなる。
何か影が掛かったような気がして俺はゆっくりと背後を振り返った。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、新しい話の発注有難う御座いました!
例の男登場、そして謎の死から続く物語。最後の影がどう繋がりどう動くのか……楽しみにしつつ次をお待ちしております。
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