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■あの日あの時あの場所で……■

蒼木裕
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】
「ねえ、次の日記はカガミの番?」
「ああ、俺だな」


 此処は夢の世界。
 暗闇の包まれた世界に二人きりで漂っているのは少年二人。そんな彼らの最近の楽しみは『交換日記』。だが、交換日記と言っても、各々好き勝手に書き連ねて発表するというなんだか変な楽しみ方をしている。そのきっかけは「面白かったことは書き記した方が後で読み返した時に楽しいかもね」というスガタの無責任発言だ。
 ちなみに彼らの他に彼らの先輩にあたるフィギュアとミラーもこの交換日記に参加していたりする。その場合は彼らの住まいであるアンティーク調一軒屋で発表が行われるわけだが。


 さて、本日はカガミの番らしい。
 両手をそっと開き、空中からふわりとノートとペンを出現させる。
 開いたノートに書かれているのは彼の本質を現すかのように些か焦って綴られたような文字だ。カガミはスガタの背に己の背を寄りかからせ、それから大きな声で読み出した。


「○月○日、晴天、今日は――」
+ あの日あの時あの場所で……【転機・2】 +



「振り向くな。そのまま聞きなさい」


 何者かに背後を取られた俺はその言葉に動かそうとしていた身体を止めた。
 危険反応として己の精神感応能力を発動させ、相手が一体どんな行動をするかすぐに知れるよう網を張る。ただしこれは一種の賭け。俺は精神感応能力は一番苦手だし、下手をすれば相手の感情に引っ張られてしまう可能性がある。声を掛けられた途端、緊張した身体はぐっと拳を作り、唇を引き締めた。


「病院で一緒だった色違いの瞳の彼は一緒ではないのか」


 声は男、だと思う。
 まだ直接この目で見てはいないけれどもし「女」と言われれば、疑うほど低い声だった。話し掛けられるたびに伝わってくる感情は何故か「興味」。しかしその興味という対象が『工藤 勇太(くどう ゆうた)』であるという点において俺は相手が過去自分を実験体扱いしていた研究所がらみの人間だと察するのに充分であると判断する。
 震え強張る手でポケットの中の指輪を握り締め、俺は念じ始めた。指輪の持ち主は俺だけど、贈ってくれたのは『案内人』のカガミ。彼はこの指輪を通してより明確に俺との感覚を共有出来るようになると教えてくれたからこそ、願う事は只一つ。


―― カガミ、絶対に来るなよ!


 巻き込みたくない。
 たったそれだけの、拒絶からの願いだった。


「まぁいい」


 黙したまま何も語らない俺に痺れを切らしたらしい相手は、周囲に誰も居ない事を確認してからある事を語り始める。それはバイト先の先輩であり記憶を失う前は俺を葬り去ろうとした男の死因であった。


「彼が何故死んだのか君は知っているか?」
「……」
「我々は君が何者で、どういう能力を持っているのか調べている。今更一般人のふりをしても無駄だ」
「っ……」
「あくまで応えないのも結構。しかし話は聞いてもらおう。――君はここで死んだ男が『イミテーション』であった事は知っているね? 人の脳に眠っている潜在能力を薬などで強制的に引き出し、開発された者の事をそう言う。覚えがあるだろう? 君は元々超能力を保持している類稀なる存在、『オリジナル』なのだから」


 一方的に耳に入ってくる話題。
 その中にある単語から相手が研究所絡みだと確信すると俺は己の神経が更に張り詰めるのを感じた。


「『イミテーション』には限界がある。そのため何のリスクも負わずに永続的に能力を保有する事は難しい。継続的に薬物摂取を行わなければいけない者もいれば、幾つかの器官が破壊される場合もある。ここで死んだ男にとっての死因は脳への負担及び薬剤の摂取を止めた事によって急激に老化が進んだ事にあるといっても過言ではない」
「……何故、その前に死なない方法を」
「選ばなかったのかって? それこそ我々が知りたい。彼に話しかけても能力の事などさっぱり忘れ、開発されていた能力など無かったかのように『役立たず』となっていた。それならば我々が彼を切っても仕方が無い事だろう。研究の材料にもならないただの一般人には用はない」
「――ッ、見殺しにしたのか」
「してはいない。研究所においでと声を掛けても『そんな胡散臭いところなんて誰が行くものか』と拒んだのは彼自身の意思だ。……無知とは時として己の死期を知らず内に早めるらしいが本当に良い例になってくれたものだ」


 呆れたような声色で語られる死。
 一般人のようにではなく、『一般人』だったからこその判断が先輩を殺してしまったのだと俺は胸の内に黒いものが生まれた。能力者だった先輩。しかしその記憶を失わせたのは俺に関わり、案内人達の手でそっと能力の使い方も研究所関係の過去も全て封じてもらったからだ。思い出すきっかけがあればもしかしたらまた能力を花開かせる事もあるかもしれない可能性はあったけれど、少なくとも俺と再会した時には彼は紛れも無く『一般人』だったのに――。


「我々が興味あるのはイミテーション達の能力ではない。『オリジナル』である君の脳だ」


 言い切られる言葉から背筋にぞっと寒気が走る。
 思い出したくない過去を強制的に引き出され、一瞬にして嫌悪感が湧き出した。鳥肌が立つ。相変わらず人を物の様に扱うそのやり方に吐き気すら湧き出そう。


「もう止めてくれ……」
「覚えているね。研究所で一緒に育った者達の事を」
「……」
「君はとても幼かったらしいが、その反応からして間違いなく脳に刻み込まれているはずだ。例え共に育ち研究に協力してくれていた『イミテーション』達の顔は思い出せずとも、君がどうやって研究に関わっていたかを」


 ああ、覚えているとも。
 定期的に行われる健康診断、俺にはあまりなかったが呼び出される他の子供達には投薬による調整がなされていた。お陰様で俺の目も投薬による副作用で緑色だ。珍しいと人に言われる事はあるけれど、瞳の色一つなら言う程生活に支障はないから俺は多分ラッキーな方なんだろうと思う。
 あの研究所が摘発された後、ばらばらになった仲間達が今後どうなっているのか俺には分からないし、知らない。それは俺の身を案じてくれた叔父が情報を止めてくれていた可能性もあるし、幸運な事に今まで研究所の人間が関わってこなかった事もある。


 でもそれが今になって何故関わってくる?
 コネクト使いだった先輩は記憶を失い、やっと一般人としての生活を手に入れたはずだ。仕事内容を教えてくれて、仕事場でも俺達は上手くやっていた。
 笑っていたあの人。
 苦痛しかない過去なんて忘れた方が正解だと思っていたのに――その判断が彼を死に至らせたなんて嘘だ。


「……俺が研究所に戻ったらもう他の人には手出しはしないか?」


 来るな、とカガミの指輪を握り締めながら念じ続ける。
 拒まれたら『案内人』である彼は動かない、動けない。巻き込みたくない対象として目を付けられてしまったカガミの存在がいる。研究所の人間達の前で超能力ではないが、類稀なる能力を使用した彼もまた彼らにとって欲しい対象だと知っているからこそ応援は呼べない。


「勘違いしないで頂きたい」
「――な、んだと!?」
「何故研究をするのか君は分るか?」
「分かりたくもないっ」
「研究心とはつまり『純粋なる興味』。君らが漫画や本の続きが知りたいのと同じように我々も知りたいのだよ。『超能力』というものを。解明すればするほどその先が知りたくなる」
「その為に人が何人も死んでるんだぞ!?」
「それがどうかしたかね。過去の歴史の中、人の死によって科学が発展した事を君は知っているか。人の中身を知る為には人を捌かなければいけない。しかし死体からでは得られるデータに限界がある。生きたまま人の脳を暴いた過去もまた発展には必要だった。ならば我々は超能力を知りたいと思うならば、そのために多くの人材を集めよう」
「生きたまま、って――!」
「今の時代は平和すぎる。ただ人が人を知りたいと思う事は純粋だが、その方法が血に濡れるモノだからと禁じて己の中にある探究心を無理やり抑え込む」


 授業でちらっと話には聞いていた過去。
 医学発展のため、毒薬開発の為……理由こそ様々だが、人々は『人』にラインを引き、解剖していた歴史がある。今でこそ封じられた過去の事柄だが、それでも人は渇望する。
 知りたい。
 暴きたい。
 隠された物事のメカニズム。
 自分達が何故此処に存在し、どうしてこのように生きているのか。
 探究心こそが人間の文明を発展させた根底の感情だと俺にだって分かるからこそ――気持ち悪い。


「我々が知りたいのは人智を超える超能力の存在。念動力、感応能力、呼び方は多種に渡るがその全てはまだ暴かれていない脳の器官が作用している事までは掴んでいるのだ。――湧き上がるこの研究心を満たす為には如何なる犠牲をも払ってもらう!」


 狂気的な負の感情。
 いや、彼にとってはただ『純粋なる興味』。
 伝わってくる俺にも興奮しているのが良く分かり、そして悲しくなる。逃げては追いかけられる運命。人生というレールの上でどうしても障害になる研究所の存在からは俺は決して目を背ける事を許されていない。
 繰り返されるのは血塗られた探究心。
 聞こえる声は狂気染みた声色を得ながらも――まるで子供のような喜びに満ちていた。












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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、続編お待たせいたしました!

 研究所絡みの男が出てきたという事で、また今後の展開を楽しみしつつ。
 さり気なく気遣われている某NPCへの対応にちょっと嬉しくなったとか、そんな言葉を残してまたお待ちしております。では。