■あの日あの時あの場所で……■
蒼木裕 |
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】 |
「ねえ、次の日記はカガミの番?」
「ああ、俺だな」
此処は夢の世界。
暗闇の包まれた世界に二人きりで漂っているのは少年二人。そんな彼らの最近の楽しみは『交換日記』。だが、交換日記と言っても、各々好き勝手に書き連ねて発表するというなんだか変な楽しみ方をしている。そのきっかけは「面白かったことは書き記した方が後で読み返した時に楽しいかもね」というスガタの無責任発言だ。
ちなみに彼らの他に彼らの先輩にあたるフィギュアとミラーもこの交換日記に参加していたりする。その場合は彼らの住まいであるアンティーク調一軒屋で発表が行われるわけだが。
さて、本日はカガミの番らしい。
両手をそっと開き、空中からふわりとノートとペンを出現させる。
開いたノートに書かれているのは彼の本質を現すかのように些か焦って綴られたような文字だ。カガミはスガタの背に己の背を寄りかからせ、それから大きな声で読み出した。
「○月○日、晴天、今日は――」
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+ あの日あの時あの場所で……【転機・4】 +
「『君』はそれを望むのかい」
それはある少年の呟き。
彼は自室ベッドにて腰を下ろし、その膝の上に『不完全』と評された黒髪の長い少女の頭を寄せる。少年――ミラーは己の緑の瞳に指先を這わせ、瞼の上からそっと撫でた。愛おしい少女、フィギュアはそんな彼に身を寄せながら己の肉体を覆うゴシックドレスをそっと整える。ミラーの膝の上に置かれた腕に顔を伏せ、黒と灰色の瞳は静かに視界を閉ざす。
しかし閉ざした二人の目に見えているのはある一人の<迷い子(まよいご)>の存在。
生まれ持った超能力という特別な力を周囲の悪意ある研究員達に目を付けられ、散々実験体扱いされてきた若干十七歳の少年――工藤 勇太(くどう ゆうた)の姿である。
彼は今、己が幼少の頃に軟禁されていたとある研究所の人間達と対峙しており、再び協力者として……否、実験体として来るよう願われている。本人の意思は当然嫌悪と不快でしかなく、拒絶行動を取る事は推測するに容易い。
「ねえ、ミラー」
「なんだい、フィギュア」
「この綺麗な<切り札/カード>は彼のものだったかしら」
「そうだよ。彼が以前大切なものを守るために大切なものを差し出してくれた取引の結果さ」
「失っても尚、彼は生きていけるわね」
「それが彼の人生ならば」
「選択肢は一つかしら」
「選択肢は無数に」
「あたし達は一人かしら」
「僕達の認識は<迷い子>の数だけ多く、そしてこれからも生み出され続けるだろう」
「運命は一つかしら」
「僕達に選ぶ権利があれば無数とも言えたけれど、僕達は望まれて変化し続ける存在さ」
「それは生き物なのかしら」
「僕達を認識してくれるものに対応する――それこそが、僕らに課せられた『制限』だね」
彼らの目には超能力を使用しあい、互いに攻撃しあう能力者達の姿が視えている。
フィギュアの手の中には一枚のカードが指先で摘まれ、それは淡い光を放ちながら存在を主張していた。それは工藤 勇太が差し出した『母親の記憶』の凝縮した姿。カードに浮かぶのは彼からみた母親像。
儚くて、頼りなくて、壊れそうな虚像。
差し出された当時抱いていたものが描き出されたそれをフィギュアは興味深げにただ見つめるのみ。
「あたしはきっと覚える事が出来ないけれど、彼が今とても大きな分岐点に立っている事だけは分かるわ」
「拒むべき道と進むべき道が見つかったのならばそれこそが彼の人生」
「どうか幸せになれますように」
「……どうか、最良を」
「その結果、『あの子』も幸せになれればあたしは嬉しいわ」
静かに淡々と成される『自問自答』と『願い事』。
やがて少女の手からカードは滑り落ち、溶けるかのように空中ですぅっと姿を消した。
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―― 人が来ないことが奇跡だと、俺は思った。 ――
サイコキネシスで石礫を浮かばせ銃撃戦のように撃ち合う音も、念波を飛ばし脳を揺さぶる不快な音も辺りには響いている。花火と勘違いするには音の種類が違い、サイレンにしては系統が異なるそれらは河川敷とはいえ明らかに誰かが様子を見に来てもおかしくないレベルの騒音だ。
だが、誰も来ない事が現実。
……誰も訪れない事が予め張られた計画の一部。
身体とはこんなにも重たいものだっただろうか。
地に伏しながら俺は考える。躊躇い、戸惑い続ける俺に対して容赦なく攻撃し続ける敵対者達は俺を憎んでいるだろう。『オリジナル』と『イミテーション』。天然物と人工物。本物と偽物。呼び方は幾通りも存在しても、彼らが『劣』と評価されている事には変わりは無い。
ゆえに『イミテーション』と呼ばれた男女の能力者達は自身の引き出された力を主張する。改良に改良を重ねた結果、人工物でさえ美しいと評価された鉱石達の様に彼らもまた優秀であると認められたいのだ。
彼らもどれだけ策を練ってきたのだろう。
たった一人の『オリジナル』を捕縛するために敷いた複数の糸。言い換えればそれは意図。人が来ないように事前に体制を整え、思う存分暴れられるように仕組んでいたのは間違いない。
目を伏せれば遠くの方で何かが見える。心の中に視えて来るものがある。
道路工事とわざとらしく通行止めしている複数の人。それらしく置かれたトラックやシャベル。規制を掛ける人達の呼びかけ。
それは奇跡ではなく『結果』だと俺は冷たい地面に体温を吸い取られながら知った。
地を擦る足音が聞こえ、やがて止まる。
警護するように二人分の物音がそれらの前に立ち、そして俺の頭上からはアパートにて出会った男の声が落ちてきた。
「君がこちら側に来る――これは運命なのだ。それともこの前のように自殺でも図るか」
数ヶ月前の事柄を掌握されている事を苦く感じながら、俺はゆっくりと瞼を持ち上げた。
目に入ってくるのは己の手先。そこに嵌め込まれている指輪をぼんやりと眺めながら俺は思う。
たしかに以前なら捕まるくらいならば死んだ方がマシだっただろう。逃げて逃げて、それでも逃げ切れなかった先の選択は『死』であると考えていた時期がある。
でも今は違う。
今は俺の幸せを願ってくれる人がいるし、母さんだって迎えに行かなくてはならない。
「死、……な、ない」
地面を引っかけば爪の隙間に細かな粒子が入り込み僅かに圧迫する。だが、その痛みは生きてこそ味わえるもの。四肢を石礫で貫かれ、限界まで削られた体力は自分のものであるくせにまるで別物のよう。
まだ生きていたい。
痛みも受け入れて尚、俺は決断する。
俺は俺でありたい、決して自我を失った人形のようにはならないと――!
―― カガミ……傍に居てくれてるよな。
指輪越しにきっと伝わっている願い。
カガミが教えてくれた……俺は一人じゃないのだと。
「お前らが与える運命なんてクソくらえだ! 俺には幸せに導いてくれる『最強の守護者(かみさま)』がついてんだよ!」
どくん、と……大きく心臓が鳴り、強く生を示し胎動する赤子のように俺は覚醒する。
普段は制限を掛けている能力のリミットを外し、ふわりと俺の身体は浮き上がった。暴走ではない心穏やかな力の解放は心地よく、そしてその感覚はとても自然体だと思える。足先が地面から浮き、立ち上がった状態で俺は多くの念の槍<サイコシャベリン>を作り上げて逃げ場など与えぬ勢いで撃ち放つ。
「障壁を張れ! 私を護れ!」
「きゃぁああ!!」
「ぐっ――!」
予想していない事態に研究員の男が瞬時に叫び命令するが、俺の攻撃の方が早くそれは叶わない。俺の脳を刺激し妨害していた念波すら中和する勢いでこっちからもテレパシー能力を使用すれば、イミテーション達は焦り始めた。
完全に周囲の脳波を掌握するという状況を初めて『見た』。人としての輪郭はある。しかし目ではない器官が彼らの脳に潜む揺らぎを見つめ、どこを攻撃すれば影響が出るのか瞬時に把握出来るのだ。
イミテーション達が焦れば焦るほど揺らぎは大きく不安定となり、それを無理やり押し込もうとしている様子すら手に取るように分かる。
それは「人」として踏み込んではいけない領域。
同時にそれこそが研究員達が解明したい未知の部分であった。
俺は自身の身体がまるで空気のように軽くなったのを感じ、全てを掴んだ気持ちになる。だが『それ』は――。
「もっと、もっと力を!」
「いや! いやぁあ! 私達の方が優秀なのよっ、私達の方が――っぐ、げほ……ッ」
「恐れるな、臆するなッ――っ、我らの方が――」
『それ』は人智を超える能力か、それとも人を叩き潰すただの武器か。
実力以上の能力を発揮しようとしたイミテーション達の脳波が異常に乱れ、禁断症状が出始めているのが分かる。痛み、傷む細胞。急速に萎縮し劣化していく哀れな脳髄の末路。もがき苦しむ手は空を掻き、そして最終的には空気を求めるかのように喉を引っかく。
人は何故人を解しようとするのだろう。
俺には分からない。生まれ持った能力が異端であるがゆえに分からない。
「一旦引け! 体制を立て直す!」
「了解、しまし、……たっ」
形勢不利を確信した研究所の手先達は残った力を逃走に使い、転移する。
目の前から消えた三人の気配を確認すると俺は降下し、足先を地面へと下ろした。だがその瞬間、身体は無様にも地面に崩れ倒れていく。
「――はは、なんだ……もしかして俺、サイコキネシスで『自分を動かしてた』……?」
それでもいい。
それでも構わない。
再度痛みと共に笑いがこみ上げて来るけれど、満たされた気持ちに俺は心が熱くなる。これが望みか。これが願いか。これが――快楽か。
人が人であり続けるための境界線は多数に渡り、俺もまた俺である事を選ぶだろう。
「俺はもうどこにも逃げない」
生と死。
人生と運命。
偶然と奇跡。
決意と断念。
巡る輪廻のようにそれは終着点を求めて今に至り――選び抜いた先には未来が存在する。
薄れ行く意識。
どくどくと熱い血の流れを感じながら俺は抗えない睡魔に誘われながら落ちていく。
「『お前』はそれを望むのか」
聞こえる音は耳馴染みの良い声。
瞼へと触れそっと視界を閉ざしてくれるその手の温かさは、誰よりも愛しい『彼』のもの。
「では俺は次の道先へとお前を誘おう」
意識沈む瞬間零された言葉の意味は考える事など出来ず、思い出したことは彼が「案内人」であるという事だけ。<迷い子>を導く存在だという事だけ。
…………ただ、それだけの違和感だった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、第四話です。
展開としては落ち着いた感じでしょうか。台詞より描写が長くなりましたが相変わらずのアドリブも含めつつ書かせて頂きました。
NPC二人もそっと出しつつ、また次のステージへと進む様子を見守らせていただきます。ではでは。
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