■とある日常風景■
三咲 都李 |
【8636】【フェイト・−】【IO2エージェント】 |
「おう、どうした?」
いつものように草間興信所のドアを叩いて入ると、所長の草間武彦(くさま・たけひこ)は所長の机にどっかりと座っていた。
新聞片手にタバコをくわえて、いつものように横柄な態度だ。
「いらっしゃいませ。今日は何かご用でしたか?」
奥のキッチンからひょいと顔を出した妹の草間零(くさま・れい)はにっこりと笑う。
さて、今日という日はいったいどういう日になるのか?
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とある日常風景
− Five Years After −
1.
東京は今も昔も変わらない。
混雑する車の長い列と、無言で歩く人の群れ。
ごみごみとしていて、殺伐としていて…それでいてなぜか人恋しくなる。
東京を離れ、日本からも離れて別の名で呼ばれることにも慣れた。
だけど、数か月前に戻ってきたこの東京で、俺はまたあの頃と同じようにこの道を歩いている…。
「草間さーーん!! 鍋しようよ!」
突如バーンと開け放たれた扉に、草間興信所所長である草間武彦(くさま・たけひこ)は読んでいた週刊誌から目を離すとカクリと頭を傾けた。
「おまえ…5年経ってまだそのノリなのか?」
「あら、ゆ…あ、今はフェイトさんでしたね。いらっしゃいませ」
奥から出てきた草間零(くさま・れい)の姿は5年前と変わりなく、また、草間もあの頃から何も変わっていないように見えた。
「零さん、こんにちは! それより、鍋! 鍋パーティーしようよ!!」
無邪気にそういうフェイトに草間は週刊誌を置いた。
「おまえ、仕事は? 忙しいんだろ?」
「非番です。非番。俺だって休みぐらいあるんですよ。だから遊びに来たんですよ」
ふふんと威張ったフェイトに、草間は少し不服そうだ。
「おまえ…俺んとこがいつも暇だと思ってないか?」
「実際いつも暇じゃないんですか?」
その一言が余計だ! と言わんばかりに、草間は無言でフェイトのこめかみをグリグリと両手で挟み込む。
「ちょ! 痛い痛い!!」
「お兄さん、それぐらいにしてください。ゆ…フェイトさんが困ってます」
止めに入った零により、フェイトは草間から解放された。
まったく、5年前と何も変わってない。
「今日のご用は…鍋…パーティーでしたか? ゆ…フェイトさん」
まだフェイトの名を呼びなれぬ零がそう訊くと、フェイトはきらーんと目を輝かせた。
「そう、冬だし、あったまるし、日本だし、何より独り暮らしだし!」
「やりゃいいじゃねぇか、1人で鍋パーティー」
草間の言葉をフェイトは情熱をもって応戦する。
「だって独りじゃ出来ないじゃん! 1人で鍋は囲めないんだよ! 寂しいじゃないですか!」
「だからってうちを巻き込むのか…」
草間がため息とともに、半ばあきらめた様子を見せる。
今がチャンスだ!
「よし、決まり! 鍋パーティーってことで零さん、よろしくお願いします!」
「はい! わかりました!」
フェイトの気迫に零は敬礼をした。
2.
零は鍋の支度に取り掛かり、その間に草間とフェイトで鍋の材料を買いに行くことにした。
街は小学校が終わったらしき子供たちが息せき切って走り回っている。寒い冬の風が通りを渡っていく。
「おまえ、背高くなったか?」
隣を歩く草間がそう言った。
「? 伸びた…かな??」
自分ではよくわからない。でも言われて気が付いた。
少しだけ草間との視線の位置が変わっている。
「…草間さん、背が縮んだ?」
「んなわけあるか!」
そんな他愛もない会話も変わらない。
ふざけながら、肩を並べて歩く2人の前方から悲鳴が聞こえた。
「ひったくりよ!!」
見ると、前方から猛スピードで駆けてくる怪しげなマスクの男。
「どけぇ!!!」
低い威嚇の声に思わず避ける人々。
草間とフェイトはそっと両側にどいて…2人して真ん中に足を出した。
まさか、そんなものが出されているとは思わなかったマスクの男は全速力でそこを突っ切ろうとして顔面から地面に突っ伏した。
「ま、悪いことなんかしないに限るよ」
「そうそう、悪銭身につかずって言うだろ?」
フェイトと草間はそう言いながら、気絶した男の腕を男のベルトで縛り上げ、ひったくられたと思われる白い鞄を拾い上げた。
「今のは俺の手柄だな」
草間がそういうと、驚いたようにフェイトが言う。
「え!? 俺でしょ!? ちゃんと足が引っ掛かった感触あったもん」
「おまえ…こういう時は年長者に譲るのが筋だろ?」
「いやいや、そういうの関係ないじゃん? 草間さん」
ぐだぐだと言い合っていると、ひったくりに遭った比較的美人なお姉さんがいつの間にか二人の前に立っていた。
「あ、あの…ありがとうございました」
お姉さんがそういうと、カバンを渡しそれぞれ手を振った。
「気にしないで、当然のことしただけだし」
「あ、ちゃんと警察には届けた方がいいぞ。じゃあな」
お礼を言うお姉さんに後を任せて買い物に急ぐ。
「おい、フェイト。今の…美人だったな」
「そうかなぁ? 零さんの方が美人だと思うけど…?」
そう言ったフェイトに、草間はぼそっと呟いた。
「妹は簡単にやらんぞ」
「!? そんな意味で言ったわけじゃないし!」
男2人の買い物道中。大丈夫なのか?
3.
銀行の前を通って近くのスーパーに入る。
「鍋の具材…鍋の具材…」
カートを押しながら、零がメモってくれた具材の一覧表を片手に草間は一生懸命に具材探しをする。
一方、フェイトはふと目の端をよぎった銀行の様子が少しおかしいことに気が付いた。
客がまだ帰りきっていないのにシャッターを下ろしたのだ。
「…ちょっと行ってくる」
「は? どこに?」
草間が答えを聞く前にフェイトは既にいなくなっていた。
物陰に入ると持っていたサングラスをかけ、ぐいっと黒の手袋をはめる。
テレポートの場所は…あの銀行の中。
意識を集中させると、あっという間に周りの景色がスーパーから銀行に変わった。
「なっ!? えぇ!?!?」
お決まりの目出し帽の男。ちゃちな武器。
相手の心はテレパシーで読むまでもなく動揺にあふれている。
金に困っての銀行強盗か。初犯…とはいえ見過ごすことはできないな。
まぁ、でも素人相手に銃を使うのは申し訳ないな。
「てめぇ、どこから湧いて出やがった!!」
武器を振り回してくる男に、フェイトはぐっと体重を下に預け、その反動をすべて男の鳩尾にぶち込んだ。
あっという間の出来事で、誰もが何が起きたのかを理解できなかった。
ただ、銀行に立てこもろうとした男はその場に白目をむいて昏倒していた。
「呆気ないな…悪いけど、後は任せるから」
そう言うとフェイトは一瞬で掻き消えた。
「で? どこ行ってたんだ?」
ねぎを片手に草間がそういう。
ほどなくして外からパトカーの音が聞こえてきた。
「まぁ、掃除…かな?」
「掃除…ねぇ」
草間は何かニヤニヤしていたが「さて、具材はそろった」とスーパーを後にした。
外では銀行から助け出された人々が口々に、サングラスの若い青年があっという間に来てあっという間にいなくなったと証言していた。
「そう、ちょうどあんな服着てたと思います!」
突然に通りがかりのフェイトを指差して、証言者たちは興奮気味に話す。
「おい?」
「ははは…ヒーローも最近は私服で出動するんですね〜…」
草間の目が何かを言いたげだったが、フェイトはそれを誤魔化した。
4.
帰り道。通りの脇の小さな公園の木に引っ掛かった風船を見上げて少女が泣いている。
ひょいっと飛び上がるとフェイトは風船を取った。
「はい。手を離したらダメだよ?」
「お兄ちゃん、ありがとう! お兄ちゃんって天使なの? なんかフワッて飛んだよ??」
その言葉にフェイトは少女にニコリと笑うとこそっと囁く。
「そう、俺天使なんだよ。だからみんなには内緒ね?」
「! わかった!!」
キラキラとした瞳で少女は納得すると、バイバイと手を振って走っていった。
「おまえ、そんなに力使って大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。…昔とは違うから」
少しさびしそうな、でもはっきりした自信を持った笑顔に、草間は「そうか」と微笑んだ。
「さ、鍋♪ 鍋♪ 零さんが待ってるから早く帰りましょう!」
そう言ったフェイトの顔はあの頃と変わらずで…。
「まったく…おまえは変わらないよ。でも大人になったな」
くしゃっとフェイトの頭を撫でると、草間はにやりと笑った。
「興信所まで競争だ!」
走り出した草間に、フェイトは呆気にとられた。
「変わってないのは草間さんの方じゃん…。相変わらず大人げねぇな!」
そう言ってフェイトも走り出す。
夕暮れの街は今日も明日も変わらない。
それでもどこかが変わっていく。
「俺の勝ち〜!」
「おまえ、力使っただろ!?」
「そんなズルしなくても、草間さんくらいなら楽勝で勝てるよ」
「おかえりなさい! 外寒かったでしょう」
零の出迎えにフェイトは元気に答える。
「ただいま!!」
■□ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) □■
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
8636 / フェイト・− (フェイト・ー) / 男性 / 22歳 / IO2エージェント
NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い
■□ ライター通信 □■
フェイト 様
こんにちは、三咲都李です。
この度はご依頼ありがとうございました。
…ご、5年後!? なんて素敵設定!!(ムハーッ
今後のご活躍を期待しております!
少しでもお楽しみいただければ幸いです。
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