■……を求めて。■
蒼木裕
【3826】【アリサ・シルヴァンティエ】【異界職】
「おや、いらっしゃい。今日は何をお求めですか? ……いえ、愚問でした。貴方の欲しいものはちゃんと僕には分かっております。では今すぐ持ってきますから其処に座ってお待ち下さい」


 青年はそう言うと奥の部屋の方に引っ込んだ。
 言われたとおり傍にあったイスに腰掛ける。すると奥から女の子がやってきてお茶を出してくれた。それを持ちながらあたりを見渡す。此処には本当に沢山の本が置いてあって、一体何処から集めたのか気になるところだ。


「お待たせいたしました。こちらが貴方のお求めのものですよ」


 そういって青年が渡してきたのは……。


「では、貴方の『……』に行ってらっしゃい」
+ ……を求めて。 +



「おや、いらっしゃい。今日は何をお求めですか? ……いえ、愚問でした。貴方の欲しいものはちゃんと僕には分かっております。では今すぐ持ってきますから其処に座ってお待ち下さい」


 青年はそう言うと奥の部屋の方に引っ込んだ。
 言われたとおり傍にあったイスに腰掛ける。すると奥から女の子がやってきてお茶を出してくれた。それを持ちながらあたりを見渡す。此処には本当に沢山の本が置いてあって、一体何処から集めたのか気になるところだ。


「お待たせいたしました。こちらが貴方のお求めのものですよ」


 そういって青年が渡してきたのは……。


「では、貴方の『過去』に行ってらっしゃい」



■■■■■



 その人――キョウの噂を聞いたのは数日前。
 なんでも自分が見たい過去、現在、そして未来を見せてくれるのだという。その噂を聞いた私は実の親の存在を知りたくて、彼の元へと訊ねた。
 私は赤ん坊の頃、教会の前で捨てられていたのだと養父に教えられた。幼い私を拾い、育ててくれたのは優しい教会の人達。ハーフエルフという人間とエルフの間に生まれる種族であった私は、それゆえに周囲の人達に偏見を持たれる事が多い。エルフよりも頑強で適応力が高く、人間よりも寿命が長く繊細で知的……という点がやはり周囲の感情を刺激するようであった。
 幸いにも私は教会で生まれ育ったからそこまで強い偏見は抱かれなかったけれど、やはり町に出れば違う。エルフのような……でも人間のような……言ってしまえば中途半端な存在である私は居心地の悪さを何度感じたか。


 そんな中、私の中である一つの疑問が浮かび始めた。
 私が教会に捨てられた理由――それがハーフエルフであるという事だったからなのか、それが知りたい。感情がせめぎあい、心を乱す。
 何年も、何年もそれは私を責め……そしてとうとう彼の人の噂を聞いた。
 真実を知りたい私は迷い無く彼の元へと訪問し、彼は私の姿を見ると疑問を浮かべた様子も無く部屋の奥へと一旦引っ込み、そして私に一冊の本を手渡してくれたのだ。


「これが噂の……」
「怖いですか?」
「いいえ、大丈夫ですわ。私が決意した事ですもの」


 私はこくりと唾を飲む。
 そして意を決してからその書物を開けば――そこからは淡い光が零れだし私の身体を包み込んだ。眩い光につい瞼をぎゅっと瞑り、やがてそれが収まった事に気付くとゆっくりと目を開いた。


 そこは現在私が暮らしている教会。
 けれど建っている建物は今よりも新しく、いつもならひび割れが目立つ場所にそんなものはなかった。空を見上げれば夜。月明かりだけが周囲を照らしおぼろげなそれを頼りに一人の女性が私の目の前で悲しみに耽っていた。その腕にはまだ乳児と呼んでも構わないほど幼い赤子が布に包まれており、すよすよと寝息を立てている。私はその女性へと声を掛けようと片手を伸ばした。しかしその手は肩をすり抜け、私はその様子に驚愕し慌てて手を胸元へと引き戻す。


『ごめんなさい……』


 女性が呟く謝罪の言葉。
 私は自分が幽霊のような状態で彼女を見ていることに気付くと女性の前へと回り込む。そこでやっと彼女の顔立ちを見ることが可能となり、そしてその瞬間息を飲んだ。
 その女性の顔は私――アリサ・シルヴァンティエとそっくりで、唯一違うとすれば彼女自身は間違いなくエルフであるということくらい。
 そうか、彼女が私の『母親』なのかとあっさりと胸元にことりと何かが落ちる。それが納得の音だという事に気付くと私はもう一度彼女へと手を伸ばしたけれど、やっぱり触れる事は叶わなかった。


『育ててあげられなくてごめんなさい……。隔世遺伝でハーフエルフとして生まれた貴方を頑張って育てようとしたけれど、夫が死に私ももうすぐ逝かなければいけない身。どうか……どうか、ハーフエルフであるという事で貴方が不幸にならない事を私は祈ります』


 教会の屋内、扉の手前で神に祈りながら彼女は望みを託す。
 ごほっと咳き込めば彼女の唇からは血が吐き出され、口元を押さえていた手の平を赤く濡らした。けれど決意を抱いたその女性の瞳の色は濁ることなく、愛しく抱いた我が子へと優しく語りかけた。


『村の人達はハーフエルフとして生まれた貴方を引き取り育ててはくれようとはしませんでした。ならば私が出来ることはただ一つ、貴方を村から遠ざける事のみ。そして遠く離れたこの場所で貴方はどうか神の加護を受けられますように』


 咳き込む度に彼女の顔色が死へと近づいていく事を私は見て取った。
 医師兼神官を勤めている私にとって彼女がどういう状態である事なのか知るための時間は一瞬で充分。最後の力を振り絞って彼女が――私の母がこの教会にやってきたのか考えるだけで胸が締め付けられるように痛い。
 何より彼女に声を掛けられない今の私の状態が……悔しくて唇を噛んだ。私は見るしか出来ない。女性の腕の中に抱かれているのは『私』。だけど同一の魂を持った存在が同一空間に存在する事など難しい事。私はただ見守る事だけ許されているが、それ以上は決して許されなかった。
 だって此処は既に『過ぎ去った時間』なのだ。
 此処はもう――。


『貴方をこの手で育てられない事が無念です。ですがどうか無事育って下さい』


 最後の力を振り絞りながら彼女は我が子を抱きしめた。
 そして次の瞬間ぐらりと大きく身体が揺らぎ、私は咄嗟に彼女を支えたくて両手を伸ばしたけれどその手は虚しく彼女を通り抜けた。――何も掴めずに。
 どさりという物音が耳に届いた時、私は無力さを感じて悲しくなる。倒れ込んだ女性はやがて体温を失い、死へと至る。その光景を私はこの両の目で焼き付けながら『変えられない過去』を記憶し続けた。
 赤子が泣く。
 幼子であっても自分を護ってくれている存在が消えうせていく事を感知してか、声を上げて泣き喚き始めた。だがそれをあやしてくれる手はなく、むしろ息絶えた女性の身体が四散し妖精界へと還っていく。そしてその直後、赤子の鳴き声を聞きつけた一人の男性――私の育ての父が駆けつけ、赤子は保護された。
 二十年以上前の父は若く、そして少し困った様子で赤子を抱き上げてあやしてくれる。そして彼はやがて私もとい赤子がハーフエルフである事に気付き、眉根を寄せた。


『そうか、君はハーフエルフだから捨てられたのか』


 違う、と私は言いたかった。
 けれど手紙もなく、ただ赤子を置くだけの形となった状態では彼がそう思い込んでも仕方が無い。母は最期まで私を案じ、そして救いの手を求めてこの場所を訪れてくれたのだ。
 だから違う、と育ての父に声を掛けたのに――それは決して届かない。


『さあ、中においで。君の今後を皆と相談しなければ』


 遠ざかっていく父の背中を私は見守り続ける。
 保護された事によって安心したのか、赤子はもう大声では泣き喚いてはいなかった。


―― そうか、私はただ捨てられていたんじゃないのですね。


 生みの母に愛され、父からも愛されていた。
 結果的に傍目から見て捨て子と思わざる状況になってしまっただけで、母は私を安全な場所へと連れて来てくれていた事に気付くとつんっと鼻先が痛み、目元が緩み始める。そっと手先で目尻を拭えば涙が指先に乗った。


 やがて此処を訪れた時と同様の光が私を包み込み、自分はそれを素直に受け止める。
 再び目を伏せ、そして開いた時には私の依頼を受けてくれた青年が優しげな表情で見つめてくれていた。女の子が運んできてくれた紅茶からはまだ湯気が上っており、時間がそうすぎていない事を私に知らせる。


「僕には貴方が望んだ結果を得られたかどうかは知りません。けれど、貴方の心が軽くなったようで何よりです」
「ええ、ええ……有難う御座います。私は、……私は――っ」


 私は『愛されていた』。
 やっと長年抱いていた疑問が解け、それは涙となり頬を濡らす。母が望んだ人生を私は歩めているかは分からないけれど、私はあの教会で頑張って生きている。ハーフエルフとしての偏見も乗り越えて、シスターの衣服を身に纏い、毎日迷える子羊達の手助けを出来ればと日々を生きて――。


 ああ、けれど今日だけは私が<迷い子(まよいご)>。


 この日見た過去の真実に心を満たされながら、私は静かに両手を組み合わせ自分が今生きているという事を繰り返し繰り返し感謝した。










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3826 / アリサ・シルヴァンティエ / 女性 / 21歳(実年齢42歳) / 異界職 / 異界人】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、ソーンPCゲームノベルの発注有難う御座いました!
 捨てられたという過去が本当はどういう経緯で至ったのか……その一幕を書かせていただきました。今回はアリサ様視点で描写中心とさせて頂いております。
 どうか気に入っていただけますように。

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