■【りあ】 辰巳梓ルート （前）■
朝臣あむ |
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【2895】【神木・九郎】【高校生兼何でも屋】 |
燃え盛る炎、一匹の狼が全身を血に濡らし佇んでいた。
震える脚、唸る声。金色に輝く瞳が見据えるのは、黒く淀んだ影だ。その傍に倒れる人影は、狼にとって見覚えのある人。
――グルルルル……。
低く唸り目を金色に輝く目に鋭さを宿らす。
狼の後ろにも、血まみれに倒れる人物がいる。吐き出される息が、今にもその動きを止めようとしているかのように細い。それを耳で感じるからこそ、狼は焦りを覚えていた。
「此れが、獣に与えられし宿命」
淡々と放たれる声に狼が地を蹴った。
炎の中で風を斬り、全身の毛を靡かせながら襲いかかる。その狙いは確かで動きも通常の獣よりも早い。
だが――。
「遅い」
腕を一振りすることで狼の身体を弾くと、影は地面に転がった狼に手を伸ばした。
「悪しき闇の因果は断つべき」
そう言って手に光が集中する。それは膨大な気を終結した光だ。
攻撃的なその光を目にした狼の目が眇められる。未だ唸る声は止まず、抵抗するように身体をよじる。
「無駄な足掻きよ」
声と共に光が放たれる――そこに来て、光が飛散した。
狼だけを見据えていた影の顎が下がり、足元に転がる人物に顔が落ちる。
「――生きていたのか」
足を掴む血に濡れた手。既に力も入らないのか、ただ服を掴むだけの手に影が呆れたように息を吐いた。
「……あの子は、関係、ない……」
か細く出された声に、影が低く笑った。
「貴様と、あの獣の血を受け継いだが因果。それを断つは我らの使命」
影は足を振り上げると、己の服を掴む手を払った。そしてその手を踏みつける。
「うあああああ！！」
絞り出された叫び声に、倒れていた狼が起きあがった。
グルグルと喉を鳴らす姿は変わらない。しかしそれを庇うように大きな腕が抱きよせた。
頬を寄せ、慈しむように毛を撫でるのは、血には濡れているものの美しくはかなげな印象を受ける女性だ。
彼女はそっと獣の耳に囁いた。
「お逃げなさい……父様と、母様が……貴方を、護ります」
どこにそのような力が残されていたのか、女性は立ち上がるとその身を白銀の狼に変化させた。
その姿に影が気を集め始める。
「子を想う親の心は見事。しかし、所詮は獣の心よ！」
放たれた気が、変じた身体を包み込む。その瞬間、狼の身体が宙に浮いた。
そして意識が飛ぶ。
その直前、母の声を聞いた気がした。
――人として、幸せに……。
これが人と獣の間に生まれた者の記憶。
狼が次に目を覚ましたのは、見覚えのない世界でだった。
そこで彼は母の言葉通り、人間として育つことになる。そして数年後、彼は喫茶店のオーナーと名乗る人物と出会う。これが、彼の運命を大きく変える出来事となったのだった。
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Route3・吠えるのは狼だけじゃない / 神木・九郎
ざわめく店内に鳴り響くクラシックの音。それを耳に、神木・九郎は本日のランチであるハヤシライスを口に運ぶ。
「ん、これも美味いな」
店名はともかく、メイド＆執事喫茶「りあ☆こい」の料理はどれも美味しい。
おススメに上がるケーキは勿論、こうしたランチメニューが安くて美味しいのは貴重だ。しかも彼は辰巳・梓のお蔭でさらに安くランチを食べれる。
「シフトを聞いておいて正解だな。確か明日も出勤って言ってたから、ここで飯を食うのも悪くないか」
もぐもぐと口を動かしながら時計を見る。
時刻は既に１５時を回ろうとしていた。そろそろランチメニューが終了になる時刻だ。
「バイトまであと２時間弱か。まあ、のんびりさせて貰うかな」
この店に滞在時間を規制するルールはない。このまま食事後に珈琲で粘っても文句は言われないだろう。
そう思って次のスプーンを口に運ぼうとした時だ。彼の目にあるものが飛び込んできた。
「梓く〜ん。今日のおススメはなぁに？」
超フェロモン系のお姉さんが、ぶりっこしながら梓にメニューを聞いている。
この店に訪れる客の殆どは食べるよりも色気で来ている節がある。だからこの光景自体は珍しいものではない。ないのだが……。
「……本日のおススメはこちらのケーキセットです」
普段の梓なら笑顔で答えるところを、何故だかぶっきらぼうに淡々と答えている。
例えるなら普段は尻尾を振りまくっている犬が、すっかり尻尾を下げてしまっているような、そんな印象だ。
けれど客であるお姉さんはその事は気にせず、教えてもらったメニューに目を落していた。
「相手が梓なら何でも良いって感じだな」
あれはあれで失礼だろ。
そうは思うが今問題なのは客の方じゃない。
「辰巳ってあんな無愛想だったか？」
普段からニコニコしていて愛想の良い彼が、何を如何したのかほぼ無表情。その表情が「クールでカッコイイ！」と何故か評判なのも腑に落ちないが、それにしたって妙だ。
「まあ俺に対しては別にいいとしてだ。その内、苦情でも出るんじゃないか？」
気にしたところで如何にかなる訳でもないのだが、どうしても気になってしまう。
思わず漏れた声に、予想外の方向から声が聞こえて来た。
「周期的にくるものだ。ご主人様が気にすることじゃないさ」
「！」
声に目を向けると、空になった珈琲のカップを持ち上げるメイドが見えた。
つり上がった目に眼鏡をかけた、ロングメイド服のこの女は見覚えがある。確か店内でもよく問題を起こしているメイドだ。
「これはサービスだ。それと忠告も１つくれてやろう。今日の梓は気を付けろ。無防備に近付くと噛まれるぞ」
クツリ。そう笑ってカップを置いたメイドに目を瞬く。
「気を付けろと言われてもな。ダチ相手に警戒するも何もないだろ。それに俺は割引さえして貰えりゃそれで良いんでな」
そう零して珈琲を口に運ぶ。
それを耳にしたメイドは「そうか」とだけ零して去っていた。それを見送って梓を見る。
――今日の梓は気を付けろ。無防備に近付くと噛まれるぞ。
この言葉の真意は分からない。
だが特に気にすることもないだろう。この時はそう、思っていた。
＊＊＊
「遅くなったな」
ぼやくように白い息を零して空を見上げる。
辺りは既に暗くなり、夜の静けさに包まれて眠りに落ちようとしている。
それもその筈、時刻はもう直ぐ１２時を迎えようとしているのだから。
「お、今日は満月か」
煌々と頭上に照る丸い月。欠けた部分が微塵もないそれを見ていると、何故か自然と笑みが零れる。
「綺麗なもんだな」
こうして星や月を見上げる事は滅多にない。だからか、今日見上げたこの空が何故だか貴重に感じる。
「そう言えば、結局辰巳の不機嫌な理由は分からなかったな」
零して昼間、メイドに言われた言葉を思い出す。
噛み付かれると言うのは、随分と大袈裟な表現だったと思う。彼の性格上、幾ら苛立っていてもそこまではしないと、そう思うからだ。
「さて、帰るか」
そう言って足を動かそうとした時だ。
ふと目の前の道を金色の何かが通り過ぎた。
この光景には覚えがある。
「おい、辰巳！」
思わず駆け出した足が、角を曲がった相手を追い駆ける。そして漸くその傍まで辿り着くと、九郎は迷う事無くその肩を叩いた。
「よう、こんな遅くに何やってんだ」
自分も人のことは言えないが、確か梓は九郎が店を出るのとほぼ同時に店を上がっている。それは九郎自身が見ていたのだから間違いないだろう。
「確か体調が悪くて早退したんだったよな。大丈夫なのか？」
グイッと肩を引いたその瞬間、九郎の手が思わぬ反動で弾かれた。
「！」
「放っといてくれないか！」
反動は梓が手を弾いたからだ。
そしてその梓はと言えば、眉間に皺を寄せてこちらを睨み付けている。
（コイツ、こんな表情もするのか？）
冷えたような視線に垣間見える怒気にも似た感情。それが真っ直ぐ九郎を捉えていて彼は驚いた様に一歩下がった。
「っ……ごめん……」
九郎の驚きに気付いたのだろう。
気まずそうに視線を逸らして呟いた彼に目を瞬く。
なんだろう、この違和感は。
怒気を滲ませながら、後悔を滲ませる。何もかもがチグハグに見える感情の渦。まるで梓が梓でないような、そんな印象すら受ける。
「……これが噛み付かれるってことなのか？」
口中で呟くと、梓の目が見開かれた。
「それ、誰が……」
「ん？ ああ、まあ気にするな。俺も気にしてねえし」
「え？」
驚く彼に九郎は言う。
「お前ってさ、何言われても笑って受け流しそうな印象だったんだよな。でも何か安心した。人間誰だって機嫌悪い時はあるよな」
九郎はそう言うと梓に向かって笑んだ。
その笑みは梓のように柔らかく優しいものではない。けれどどこか人好きしそうな笑みで、それを見た梓の顔に僅かだが笑みが乗った。
「まあ、ガキどもに気付かれない内に戻っとけよ」
梓がここに居る理由は孤児院の子供達に心配をかけない為だろう。その為に孤児院を抜け出して外を歩いているのだろうから、もちろん内緒の筈だ。
それなら梓がいないと気付かれる前に変えるべきだろう。
「……君って人は……」
呆れ半分、照れが半分。そんな呟きが聞こえたときだった。
――キュイイイイッ！
突如鳥の鳴き声のような音が聞こえてきた。それに梓と九郎の目が上がる。
「鳥鬼！」
満月を背に宙に浮かぶのはとても大きな鳥だ。
梓はそれを鳥鬼と呼んだ。それはつまり、彼の周辺に現れる化け物と関係があると言う事だろう。
「俺がアイツの気を惹――」
気を惹く。そう言おうとしたのだが、九郎はその言葉を呑みこんだ。
その上で見るのは梓だ。
「ごめん。抑えきれそうもない……ッ」
「お前……」
ザワザワと揺れ始める空気。それに伴って変化してゆく梓の表情に九郎の目が釘付けになった。
しかし、
――キュイイイイッ！
鳥鬼はこの変化を敏感に感じ取って襲い掛かってきた。それも変化が起きようとしている梓を狙って。
「させねえよ！」
顔を上げると同時に蹴り上げた地面。
跳躍しながら下降してくる鳥鬼を真っ直ぐに捉えて拳を構える。そうしてギリギリの所まで自身の体を持ってゆくと、一気に拳を叩き込んだ。
「暫く寝とけッ！」
ゴスッと鈍い音が響き、鳥鬼の口から悲鳴にも似た声が上がる。それに合わせて地面に着地すると、九郎は思わぬ物を目にした。
「……梓、なのか……？」
目の前に立つ黄金の毛並みの狼。それも二本足で立つ――そう人狼と呼ばれる生き物が其処にいた。
顔や輪郭、骨格などは梓と似ても似つかない。それでも彼だと言う確証があった。
それは前に目にした手だけを獣化した時に見た毛並みの色。それが目の前の人狼と同じなのだ。
月の光を浴びて輝く金色の毛並みが、呼吸をする度に稲穂のように優しく波打つ。
その様子に口角を上げると、九郎は改めて鳥鬼を見た。
「その様子なら一気に行けそうだな。囮は引き受ける。トドメは任せたぞ」
言うが早いか、九郎は一気に飛び出した。
先程のダメージに眩んでいた鳥鬼が再び空に舞い上がる。それを見止めて目を細めると、九郎は壁を背に足を止めた。
先程攻撃を与えてわかった事がある。
「真正面から当たるのは危険だ。なら正面から当たっても問題ない場所でやり合えば良い！」
来い！
そう声を上げると、鳥鬼が耳を劈くような声で襲い掛かってきた。
勿論狙いは自身を傷付けた九郎だ。
月を背に舞い上がった鳥が、九郎目掛けて一気に降下してくる。その勢いは並みのものではない。
「……最悪、相撃ちでもやるぞ」
ボソッと呟いた彼の目に、金色の毛並みが飛び込んできた。
直後、凄まじい打撃音が響く。
「お前っ」
「……抑えている内に」
聞き辛い、不明瞭な声にハッとなる。
梓は九郎と鳥鬼の間に入って降下する敵の動きを止めたのだ。それも真正面から。
今は鳥鬼の嘴と首を掴む事で動きを止めているがそれが長く続かない事は九郎にもわかった。
「っ……しっかり押さえてろ！」
そう叫び、九郎は拳を握り締めた。
全身を駆け巡る気をそこに集中させ、敵の急所を探る。
攻撃は一度が限度だ。
これを失敗すれば再び鳥鬼は空に舞い上がり、こんなチャンスが巡って来るかもわからない。
九郎は渾身の力を込めて鳥鬼の胸に拳を突き入れた。
「――消えろッ！」
深く突き刺さった拳が手応えを感じる。と、その瞬間。
――ギャアアアアアアア！！！
鳥鬼が悲痛な叫びをあげて硬直し、一瞬の後には、黒い瘴気をあげて姿を消した。
後に残ったのは九郎と人狼と化した梓だけ。
２人は暫し何も口にしなかった。
だが沈黙に堪えかねたように九郎が口を開く。
「怪我はないか？」
「……僕はないよ。君は？」
「俺も大丈夫だ」
そう言って視線を交わす。
何か言いたげに動く梓の瞳に、九郎は頷きを返した。
「お互いに怪我がないならそれで充分だな」
ニッと笑ってヒラリと手を翳す。
正直、梓のこの姿には驚いたが、姿が変わった所で彼が彼である事実には変わりがない。それに、
「お前が良い奴だって事は変わらないだろ。それよりも、だ」
九郎はそう口にすると首を傾げた。
その仕草に梓の目が瞬かれる。
「……お前、どうやって元に戻るんだ？」
「ああ。月が消えれば自然と元に戻れるよ。大丈夫」
月が消えれば？
そう言われて空を見上げた。
煌々と照っているのは満月だ。そして梓は人狼。
つまり彼の機嫌が悪かった理由や、彼が外をうろついていた理由はすぐそこにあったのだ。
「それ、大変だな」
九郎はそう言うと、同情するような視線を向けたのだった。
ＥＮＤ
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【 2895 / 神木・九郎 / 男 / 17歳 / 高校生兼何でも屋 】
登場ＮＰＣ
【 辰巳・梓 / 男 / 17歳 / 「りあ☆こい」従業員＆高校生 】
【 蜂須賀・菜々美 / 女 / 16歳 / 「りあ☆こい」従業員＆高校生 】（ちょい役）
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは「りあ☆」シナリオルート３への参加ありがとうございました。
少しずつですが梓のヒミツや表情が見えるようになってきましたが如何でしたでしょうか？
また機会がありましたら、大事なＰＣ様を預けて頂ければと思います。
このたびはご発注ありがとうございました。
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