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■雪の山荘〜神隠し事件〜■

影西軌南
【7348】【石神・アリス】【学生(裏社会の商人)】
 とある山荘でその怪現象は人知れず静かに始まった。
「おい、あの口うるさかった女はどこに行ったんだ?」
 眼鏡をかけた、神経質な顔をした四十代くらいの男が怒鳴るように言った。
「あれ? さっきまで、そこにいたはずなんだけどな」
 茶色い髪を伸ばした若い男が言った。
「トイレにでも行ったんじゃないの」
 男に引っ付くようにして、濃い化粧をした若い女が吐き捨てるように言った。
「そんな暢気なことを言っていていいのか? ちゃんと全員で一箇所に纏まって、離れるときはちゃんと周りに報告しなければ」
 眼鏡の男は必死に訴えているようだ。
「すでに二人も姿を消したんだ……」
 よく見れば、眼鏡の男の体は小刻みに震えている。
季節は冬。外は大雪。外界との連絡手段は断たれていた。
そんな中、一人、また一人、と確かにいたはずの人物の姿が消えていく。
【雪の山荘〜神隠し事件〜】


「つまり、こういうことですわね」
 石神アリスは確認するように言った。
「橘さんはずっと一人でこのロビーにいらしたと」
「ああ、そうだ。私は高城様からここにいるように云い付けられていたからな。外との連絡が取れるようになる可能性があるのはここだけだと」
 橘は苛立たしげに言った。この山荘は携帯の電波も届かない山奥にある。外部と連絡を取るにはロビーにある固定の電話だけだったが、それも雪のせいか、動かなかった。しかし、その原因が断線以外のものだとすれば、復旧する可能性もある、と高城は考えていたのだろう。
「あなた方二人は一緒に自室にいたと言いましたよね?」
「ああ、そうだぜ。な、佳奈美」
「うん、隼人君」
 二人は腕を組んだ恰好のまま、答えた。
「なんだ、君はもしかして私たちを疑っているのか?」
 橘が鋭い目をアリスに向けた。
「そんな事ありませんわよ。ただ、一応の確認みたいなものです」
 アリスはその視線を受け流すように、軽く答えた。
 

 アリスは頭の中で情報を整理した。すでに二人、姿を消している。この山荘の持ち主である高城美由紀と、美大生の支倉ねねである。
 今回のこの集まりは、高城が主催したものだった。高城は業界では有名な美術品収集家である。ここに招待された人間も、その方面に携わる人間だった。
 橘は高城のマネージャー兼秘書。高城のいるところには常に橘はついて行く。今回も例に漏れず、この山荘に橘も来ていたというわけだ。
 佳奈美と隼人はこう見えても芸術家だ。芸術家と言うよりもアーティストといった方が適切かもしれない。この二人が作る作品は絵画や工芸品ではない。空間を演出するのだ。披露宴や、大規模なパーティーなど、その活躍の場は多種多様だ。
 姿を消した内の一人である支倉は、現役美大生でもあるプロの画家。支倉の作品はこの世界の明るい部分を描き出すかのようだった。未来、希望、奇跡。支倉の作品には人を光で包み込むような魅力があった。
 そして最後に、先程まで一緒にいたはずなのに、姿が見えなくなったのが遠山ゆかりである。ゆかりは支倉と同じ美大に通う美大生だった。ゆかりはここに集まった人間の中では最も一般人に近い。ゆかりは支倉の付き添いであって、プロの芸術家というわけではなかった。ただ、ゆかりという人物は一部に熱狂的なファンを作り、その業界では注目されていた。


 人が消えるという、この異常に初めに気づいたのがゆかりだった。
「ねねがいないの。どこに行ったか知りませんか?」
 ゆかりがそう言いだしたことで、山荘にいる全員がこの異常に気づいた。今この山荘は大雪のせいで、外との連絡が全く取れない状況だった。そんな中、もし一人で外に出ているのだとしたら、それは自殺行為である。
 支倉のことを慌てて全員で捜した。しかし、その姿はどこにも見つからなかった。しかも更に悪いことには、高城の姿まで見当たらなかった、ということだ。
 少し肌寒さを感じた。外が大雪のせいか、それとも人が消えるという異常事態のせいか。訪れた当初は、すてきな別荘だと感じたのに、今は薄暗くどこか不気味な場所にすら感じた。
 一度、全員でロビーに戻ってきたところで、ゆかりが言った。
「どうなってるんですか!? 高城さんに続いて、ねねまでいなくなるなんて!」
「落ち着いて下さい、ゆかりさん。ひとまず、ソファに座って深呼吸をしましょう」
 明らかに取り乱しているゆかりにアリスはそう促した。
「あの絵画が、そうなの……?」
 ゆかりがぼそりとそう呟くのが聞こえた。アリスは他の三人の様子をちらりと窺った。
 橘は支倉を捜しに建物内を回っていたときはリーダーシップを発揮していたというのに、高城がいないことが発覚した途端、取り乱し始めた。それはこのロビーに戻ってからも変わらない。
 それに対して、佳奈美と隼人は落ち着いたものだった。というよりも、全くこの事態を気にしていない様子だった。相変わらず、二人の世界でいちゃついている。たいした肝をしている。
 これから、どうしたものでしょうか。もう一度、建物内を探し回るべきか、それともここで大人しくしているべきか。
 アリスがそんな事を考えていた時だった。
「おい、あの口うるさかった女はどこに行ったんだ?」
 橘がそう声を上げた。


 一体どういう事ですの?
 先程まで目の前にいたはずのゆかりの姿が消えた事に、アリスは少なからず動揺した。しかし、すぐに心を落ち着かせた。この部屋には全ての人間が集まっている。という事は、犯人は第三の人物。この山荘にはわたくしたち以外の誰かが潜んでいる可能性がある。或いは魑魅魍魎の類の仕業か。
 アリスはそこまで考えて、考えを改めた。いえ、思考を固定してしまうのは良くないわね。第三の人物がいるにしても、この中の誰かと共犯という可能性もある。
 そう思い、アリスは一人ずつに質問をしたのだった。


 三人共はっきりとしたアリバイはなかった。橘はここに一人でいたというし、佳奈美と隼人は共犯だった場合、そのアリバイは何の役にも立たない。情報があまりにも少なすぎる。つまり、ここでこうしていても、何も解決しない。
「もう一度、消えた人たちを捜しましょう。まずはゆかりさんを」
 アリスはそう提案した。ゆかりが消えたのはつい先程だ。何か手掛かりが残っているかもしれない。いや、ゆかりが消えたというのはただの早とちりで、トイレに行っているだけかもしれない。
「わざわざ、捜しに行かなくてもいいんじゃないか。ゆかり君はお手洗いに行っているだけではないのかな?」
 橘が言った。明らかにゆかりを捜索する事を渋っている。
「確かにそうかもしれませんが、そうではないかもしれません。それに、単独行動は避けるべきだと言ったのは橘さんですよね」
 アリスの言葉を聞いて、
「……分かったよ。ゆかり君を捜しに行こう」
 四人はロビーを後にした。


「やはり、お手洗いにはいませんか」
「そのようだな」
 アリスの言葉に橘が答えた。橘はロビーの方へ視線をきょろきょろと向けていた。
「これから、どうしましょうか?」
 アリスが佳奈美と隼人に尋ねると、
「取り敢えず、いなくなった三人の部屋にでも行ってみたら」
 と隼人は意外にもまともな答えを返してきた。
「そうですね」
 四人は移動を開始した。


「やはり特に変わったところはありませんね」
 高城の部屋、支倉の部屋、ゆかりの部屋と順に見て回ったが、荒らされた形跡もない。もしかしたらの可能性も考慮し、他の部屋も見て回ったが、結果は芳しくなかった。
 アリスはもう一度、考えてみる。第三の人物が犯人だと仮定して、外から侵入してきたとは考えにくい。ロビーにはずっと橘がいた訳だし、外はこの天候である。なら、初めからどこかに潜んでいたのだろうか。
「いなくなった三人は、どこかに隠れて私たちを脅かそうとしているだけなんじゃないの?」
 佳奈美は投げやりな態度で言った。
「そんな馬鹿げた事があるか!」
 橘が苛立ったように佳奈美の言葉を批判した。こんな所で言い争っても仕方がない。アリスは二人を止めようと、視線を上げたところで、
 ああ、やはりそういうことですのね。この事件の真相に思い至った。


 アリスは通路に飾られた絵画に手を伸ばした。
「どうしたんだ?」
 アリスの突然の行為に橘が声をかけた。怪訝そうな顔で見てくる橘を気にせず、アリスは絵画を持ち上げ、横にずらした。そこにはあからさまに怪しいボタンがあった。
 アリスがそのボタンを押すと、壁が左右に割れ、地下への階段が現れた。
 階段は暗く、闇の世界へ繋がっていると言われても、あながち疑えない雰囲気があった。階段は狭く、四人は一列に並んで階段を下りた。
 階段を降り切ると、重厚な扉が現れた。アリスはその扉を押し開いた。


 パン、パン、パン――。
 三連続で、そんな音がアリスの鼓膜を振るわせた。拳銃で撃たれた、という訳ではない。
 先程までの階段とは打って変わり、扉の先は明るかった。華やかと言ってもいいほどだ。目の前には笑顔が三つ。
「ゴールおめでとう」
 その内の一つ、高城が代表して、そう言った。
「どうも、ありがとうございます」
 アリスの表情は呆れが半分ほど含まれた笑顔だった。やはりこういう事だったんですね、と。
 部屋には高城、支倉、ゆかりの三人の姿があった。三人の手にはクラッカーが持たれていた。後ろにいる三人もまた、高城たちと同じように、笑顔を浮かべていた。


「それでは、可愛らしい探偵さんに、今回の事件の真相を解き明かしてもらいましょう!」
 高城はまるで子供みたいな笑顔だった。
「それでは僭越ながら」
 アリスは内心、やれやれ、と思いながらも高城に合わせた。私の為にやって下さった事でしょうしね。
「今回のこの失踪事件は、事件などではありません。ドッキリ、余興、茶番。私を脅かすための催しだった訳ですね」
「せいかーい!」
 高城は満面の笑みだ。
「でも、脅かす為じゃないわよ。少しでもアリスちゃんに楽しんでもらおうと思ってやったんだから」
「高城さんならそう言うと思いました」
 アリスは溜息をつき、
「それで、他の皆さんもその協力者で、私だけが仲間外れと」
「違うわよ。アリスちゃんはこの物語の主役なんだから。それで、いつ真相に気付いたの?」
「ゆかりさんが『高城さんの次にねねまで』と言ったんです。支倉さんを捜している時に高城さんがいない事が分かったはずなのに、この台詞はおかしいです。『ねねの次に高城さんまで』ならまだしも。それで、犯人はゆかりさんなのでは、と思ったのですが、次にゆかりさんは『あの絵画が』と言ったんです。あからさまに怪しい呟きでした」
「えへへ、やっぱりわざとらしすぎたかな」
 ゆかりは照れたような笑みを浮かべた。
「でも、彼女の演技は真に迫っていたでしょう?」
 高城が弁護するように言った。
「確かに迫真の演技でしたわ」
 実際、あの呟きを聞くまで、ゆかりが演技をしているなどと疑いもしていなかった。
「何せ、ゆかりさんは今注目の舞台女優さんですものね」
 ゆかりは支倉と同じ美大に通っているが、彼女が注目を集めているのは芸術の世界ではなく、演技の世界だったのだ。
「それで、この別荘に飾られている絵画を見て回りました」
 橘たちと別荘内を捜索していた時に、だ。
「どれも世界的な名画ばかりが飾られている中、一つだけわたくしが初めて拝見する絵画がありました。ここに繋がる階段のボタンを隠していた絵画。あれは支倉さんの絵ですよね?」
「そうでぇす。私が描きました」
「題材は不思議の国のアリス。女王、チェシャ猫、そのほか六人の登場人物がアリスを楽しませようとしている、そんな絵でしたね。それで、推論の域を出なかった考えに確信が持てました」
「あの絵、とても素敵だったでしょう」
 なぜか高城が自慢げにそう言った。
「ええ、とっても。わたくしに譲っては下さらないかしら」
「だめよ。あの絵は私のなんだから」
 まるで子供のように高城はそう言った。そんな高城を見て、アリスは苦笑を漏らすと、
「ここに繋がる階段、それに二人がいなくなってからの演出は佳奈美さんと隼人さんですね」
「気づいてもらえた? いつもと違う趣向の演出だったんだけど、なかなかだったと思うんだよね」
「そうそう、細かいところに気を遣ったんだから」
 アリスの感じた、肌寒さや別荘内の不気味さは、二人の演出効果だったわけだ。そして、
「橘さんがロビーにずっといたというのは見張り役ですね。唯一、外部と連絡の取れる固定電話はロビーにしかありません。私がそれを使わないように見張っていたのでしょう。恐らく、あの電話は正常に使えるのでは?」
「アリス様の仰るとおりで御座います」
 先程までのおどおどとした雰囲気は消え、橘は紳士然と答えた。これが本来の橘なのだろう。
「さすが、アリスちゃん! 素晴らしい名推理っぷりね!」
 高城はぐいっとアリスに顔を近づけてきた。
「それで、楽しんで頂けたかしら?」
「ええ、それなりには」
 アリスはそう答えたのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7348/石神アリス/女性/15歳/学生(裏社会の商人)】

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■         ライター通信          ■
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はじめまして。影西軌南です。
この度はご依頼ありがとう御座いました。本当は魔眼を使用するシーンも描きたかったのですが、内容が内容でしたので。もし機会が御座いましたら、今度は魔眼シーンを描ければと願っております。
今回はこのような話を描かせて頂きましたが、満足して頂ければ幸いです。