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■とある日常風景■

三咲 都李
【2778】【黒・冥月】【元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
「おう、どうした?」
 いつものように草間興信所のドアを叩いて入ると、所長の草間武彦(くさま・たけひこ)は所長の机にどっかりと座っていた。
 新聞片手にタバコをくわえて、いつものように横柄な態度だ。
「いらっしゃいませ。今日は何かご用でしたか?」
 奥のキッチンからひょいと顔を出した妹の草間零(くさま・れい)はにっこりと笑う。

 さて、今日という日はいったいどういう日になるのか?
とある日常風景
− 来たる災厄1 −

1.
「草間さーん。草間さーーん!」
 朝もはよから中年の男性が草間興信所のドアを叩いている。
「…誰だよ…まったく」
 草間武彦(くさま・たけひこ)は不機嫌な顔をして起きてきて、急いで服に着替えた。
「お客…さん?」
「起きちゃったの? 月紅」
 客室で寝ていた黒冥月(ヘイ・ミンユェ)と草間の娘・月紅(仮名)もその声で起こされてしまった。
「はーい、ただいま」
 いつも通り早起きして朝食を作っていた草間零(くさま・れい)がパタパタと興信所のドアへと向かう。
「どちら様…あ、町内会長さん。おはようございます」
「やぁ、零ちゃん。おはよう」
 禿…もとい、恰幅の良い町内会長は興信所内に響き渡るような大声で挨拶をした。
「で、草間さんはいるかい?」
「あー…町内会長か。おはようさん。どうしました?」
 とりあえず形だけは服を着た草間が顔を出すと、町内会長はがははっと豪快に笑った。
「どうしたって…商店街慰安旅行の話だよ。そろそろちゃんと決めておかないと拙いからね」
 月紅と冥月はハッと顔を見合す。草間も思わず零と顔を見合わせる。

『それから、商店街のおじさんが商店街の慰安旅行に誘ってきても絶対行っちゃだめだから!!』

 いつか、月紅の言った言葉が冥月の中によみがえる。
「…来ちゃった…」
 月紅が泣きそうな声で呟く。
「とにかく、行きましょう。大丈夫、なんとかするわ。安心して」
 手早く身仕度をして、町内会長と草間の元へ向かう。慌てて月紅もそれについてきた。
「行きたいところのアンケートを取ったらね、今回は条件がいいから参加してくれるって人が多くてね。それで大多数が温泉希望なんだが…行き先で割れてるんだよ。なんでね、幹事の草間さんに最終決断してもらおうかと思ってね」
「幹事!?」
 月紅が思わず大きな悲鳴に近い声を上げた。咄嗟に、冥月が月紅の口を手でふさいだ。
「…おや、見慣れないお嬢さんだね?」
「は、はははは……気にしないでくれ」
 町内会長が月紅に何か聞きたげだったが、草間の『見なかったことにしてくれオーラ』に、話を旅行に戻した。
「鬼怒川、草津、伊香保、日光、箱根…予算と日程を考慮すると、やっぱり近場がいいかねぇ」
「…これ、今更行けないっていうのは…ナシですよね?」
「はっはっは! そりゃナシですわ! だって幹事に立候補したの草間さんだもの」
「そ、そりゃそうだ…ははは…」
 曖昧に笑う草間の後ろで、月紅が冥月の手を力づくで外すと小声で冥月に囁く。
「なぁんでパパが幹事に…慰安旅行の幹事になってるの!?」
 …冥月ははぁっとため息をついて、事の次第を話し始めた。


2.
 それは、まだ月紅扮する占い師に出会う前の話である。
 草間興信所は地元商店街の恩恵を多大に受けており、持ちつ持たれつの関係で成り立っているといって過言ではない。
 小さな揉め事や悩み事の解決から、怪奇事件の類まで安く請負うことで、商店街ネットワークによる情報を得たり、また時には食料やらお土産なんかをお裾分けしてもらう。
 そんな昔ながらの手法ながら、これがあながち侮れない情報源なのだ。
 そんなわけで、頼まれごとは日常茶飯事である。
「商店街の慰安旅行、今年はどこがいいかねぇ?」
 和菓子屋の軒先で、町内会長が呟いた。草間はそんな町内会長の呟きに答える。
「やっぱりアンケート取った方がいいんじゃないか? 毎年帰ってからブツブツいうヤツがいるんだし」
「そうなんだよねぇ。それが1番だろうねぇ…皆それのせいで幹事やりたがらなくなっちゃうし…本当に参ったもんだよ」
 ため息をつく町内会長に、草間は思わず言ってしまった。
「よければ、俺がやろうか。色々世話になってるしな」
「ホントかい! そりゃ助かるなぁ!」

「…パパ、馬鹿なの?」
 月紅が呆れたように言った。
「そう言わないのよ。近所付き合いって大切なんだから」
 冥月も内心呆れてはいたが、安請け合いとはいえ引き受けてしまったものはしょうがないのだ。
「! そうだ。ママ…ママだけでも旅行行くのやめたら…」
 月紅が名案を思い付き冥月に耳打ちする。しかし…
「それも無理なのよ。武彦が大口叩いちゃってて…」
 冥月は月紅の言葉に首を振り、またため息をついた。

「荷物運搬は全て俺に任せてくれ! 独自ルートで持って行ける方法があるんで、財布と身一つだけで気軽に参加できるように手配するよ!」
「さすが探偵だねぇ! そうか、なら今年はそれも含めて皆に話してみるよ。やっぱり旅は大勢の方がいいからね」
 がっはっはっと笑う町内会長に、なぜか草間も機嫌よくはっはっはと笑い返した。
 …興信所に戻って冥月にそれを話すと、こっぴどく怒られるとも知らずに…。
 そして、そんな話は色々あって忘れていたわけなのだが…。

「忘れていたとはいえ約束してしまったんだもの。今更抜けられないのよ…」
 冥月は今日3度目のため息をつく。
「パパってば…ママをそんな風にこき使って…」
「いいのよ。私は武彦の役に立てれば、嬉しいわ」
「…ママ…」
 月紅の目が潤んでいる。冥月はその月紅の不安を消すように笑った。
「それにもし、旅行先で何かあるなら傍にいないと不安じゃない。だからいいのよ」
 冥月の微笑みに、月紅は決意した。

「なら、私も行く!」


3.
「え!? ちょ、ちょっと待って…!」
 冥月がとめる暇もなく、月紅は草間と町内会長の間に割り込んだ。
「ね!? いいでしょ? 私も行きたい!」
「な、何言ってんだ!? おまえは!」
 慌てる草間に、町内会長はガッハッハと笑う。
「いいじゃない、いいじゃない! 若い子がいた方がみんな盛り上がるだろうし」
 いやいやいやいや、そういう問題じゃないだろ!
「だ、ダメよ! 月紅を巻き込めないわ!」
「そうだ! 大体、どうやっておまえと俺たちの関係を説明するつもりだ!?」
 冥月と草間は口々に月紅を説得する。しかし…
「パパはママを利用するだけ利用しようっていうんでしょ!? それに、私が折角アドバイスしてあげたのに…それでもママと別れる運命をたどるっていうの!? …私、そんなの我慢できないもん!」
 過去を変えることはいけないことなのかもしれない。
 だけど、私はそのためにここに来たの!
 ママと、パパを幸せにするためなら、私頑張る!!
 月紅は町内会長の前に走り出ると元気にお辞儀して、にっこりと笑った。
「草間月紅です! パ…武彦おじさんと冥月お姉さんのお手伝いとして私も旅行に参加させてくださいね♪」
「…草間さんの姪御さんかい? なるほど。どうりでよく似てると思ったよ。一瞬、隠し子かと思っちゃったよ」
 また町内会長はガハハと笑う。
 草間は一瞬冷たい汗をかいたが、笑って誤魔化した。
 冥月は月紅の後ろに立つと右袖をつまんで、つんつんと引っ張った。
「?」
 振り返った月紅に冥月はそっと囁いた。
 月紅にだけ聞こえるように、そっと、そっと…。
「『娘』と言ってあげられなくて…御免ね」

 そして、月紅を一瞬抱きしめて頭を撫でた。
「…平気だよ、ママを守る嘘ならいくらでも私つけるから」
 照れたように月紅はそう言うと、にっこり笑った。


4.
「お茶をどうぞ」
 零がお茶を4つ、テーブルに置く。
 町内会長の隣に草間が座り、テーブルを挟んで月紅と冥月が座る。
 テーブルのど真ん中には関東圏の温泉地を網羅した旅雑誌が置いてある。
「さっきも言ったけど鬼怒川、草津、伊香保、日光、箱根…大体この5か所に票が集まってるんだけどね、どれもこれも僅差なんだよ。だから草間さんに最終的に決定をしてもらいたいわけだよ」
「…パ…武彦おじさんはどこに行きたいの?」
「…おじさん…」
「…武彦、そこに反応している時じゃない」
 月紅のおじさん発言に草間は少々ショックを隠し切れない。
 使い物にならない草間を差し置き、月紅は旅雑誌をペラペラとめくる。

「鬼怒川は…ライン下りと自然美が有名みたい。草津は『天下の名湯』『日本三名湯』として知られてて、さらに有名なのは湯もみだって。伊香保は万葉集? 古今集? にも出てくる有名なところみたい。日光は東照宮があるところだって。眠り猫?? 箱根は…大涌谷とか強羅とか仙石とか湯本とか塔ノ沢とか…とにかくいっぱいあるねー………ってことで、どこにしよう?」

 月紅の説明に冥月はうーんと悩む。
 草間は心ここにあらず。魂が抜けている。
 町内会長は「あそこもいいし、ここもいいし…あ、やっぱりこっちか!?」と頼りにならない。
「マ…冥月お姉さん! 目を瞑って!」
「え!?」
 月紅の意図がわからなかったが、とりあえず冥月はそれに従った。
 すると…月紅が冥月の手を取って雑誌を握らせた。
「冥月お姉さん、雑誌をめくりながら自分のタイミングのいい時に『ストップ!』で止めて!」
「ろ、ロシアンルーレットか!?」
 草間が我に返ったようだが、知らない。月紅はわが道を行く。
「…じゃあ行くわよ」
 冥月の手が雑誌をザーッと勢いよくめくっていく。

「ストップ!」

 冥月の言葉と共に、雑誌のページが止まる。
「ここで決定!」
 月紅の言葉と共に、拍手が湧き上がる。
 これで旅行の行先は決まった。

 この先、いったい何が待つというのか?
 冥月の不安をよそに時は流れる。
 慰安旅行の準備はその間も着々と進んでいくのであった…。


■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2778 / 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒

 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵

 NPC / 草間の娘 (くさまのむすめ) / 女性 / 14歳 / 中学生

 NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い


■□         ライター通信          □■
 黒・冥月様

 こんにちは、三咲都李です。
 ご依頼いただきましてありがとうございます。
 波乱の幕開け…でしょうか。ドキドキしますね。
 この先いったいどうなっていくのでしょうか…?
 なお、旅行先については自由に決定して頂けるように明記しておりません。
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。