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■とある露天にて■

三咲 都李
【8537】【アリア・ジェラーティ】【アイス屋さん】
「ハーイ! そこのお客さん! ちょっと寄ってってくだサ〜イ♪」
 道を歩いていたら、突然そう声をかけられた。
 周りを見てみたが、どうやら自分だけしかいない。
 苦笑いして、少しだけ付き合うことにした。

「お客さん、タイミングばっちりですネー! わたくし、見ての通りの露天商なのですガー…本日、スんバラシイ品物をめいいっぱい揃えたのデース。見てってください、見てってください〜♪」
 怪しげなサングラス、ピンクの髪の毛に小麦色の肌。
 怪しい。怪しすぎる。
 しかし…その商品とやらを見てみると…何か面白そうなものが色々とある。

 さて、どうするべきか…??
とある露天にて
− 手のひらに雪だるまを −

1.
 3月。
 梅の花がちらほらと咲き、少しずつではあるがそこかしこに緑の芽を吹かせ、春の訪れを告げている。
 それでも、まだ冬の風が冷たく春と冬が入り混じるそこここ。
 そんな路地にロシア帽にケープ、コートに手袋とブーツという出で立ちでアイスの台車を押す少女がいた。
 アリア・ジェラーティ。その見た目の通りにアイス屋さんである。
「アイス、いかがですか〜」
 透き通る声でアリアが言う。
「ハーイ! そこのお客さん! ちょっと寄ってってくだサ〜イ♪」
 突然、アリアはそう声をかけられた。そこには派手な露天商がいた。
 周りを見てみたが、どうやら自分だけしかいない。
「アイス、いる?」
 アリアが小首を傾げると、露天商は「オー!」と声を上げた。
「タイミングばっちりですネー! アタクシ、丁度アイスが食べたいと思ってましター! …しかし、アタクシ、見ての通りの露天商なのですガー…お金を持ち合わせてないんですネー…」
「…お金、ないの?」
 アリアはそう言うと踵を返そうとした。
「まままま、待ってくだサ〜イ! 本日、スんバラシイ品物をめいいっぱい揃えたのデース。見てってください、見てってください〜♪ …できればアイスと物々交換でお願いしマ〜ス」
 怪しげなサングラス、ピンクの髪の毛に小麦色の肌。
 怪しい。怪しすぎる。
 しかし…その商品とやらを見てみると…何か面白そうなものが色々とある。
 キックボードに腕輪、小さな箱に風見鶏?
 その中で、アリアの気をを引いたものがあった。
「可愛い…雪だるま?」
『そうよ、アタシ、雪だるま』
 ………
「しゃべった」
「喋りますヨ〜。こちら『手のひら雪だるま』はおしゃべりなので…」
「…どうやったらこんなのできるのかな」
 露天商の説明も半分に、アリアは雪だるまをつんつんと突いてみた。
『痛いじゃない! アナタ、雪だるまにも心はあるのよ!?』
「心…あるんだ」
 感心したアリアに雪だるまは偉そうに『当然よ』と答えた。
「いや、ちょっと…説明聞いてくれますカ〜?」
 露天商が口をはさんで、説明を続けた。
「おしゃべりなのはわかったと思いますケども、驚きなのはそれだけじゃなく、ナァント! 不思議に溶けない雪だるまなのデ〜ス!!」
「溶けない…? お湯でも? …試していい?」
「ちょちょ!! お嬢サ〜ン…お湯だけはダ・メ。これ、大事なお約束なのデ〜ス」
「そう…」
 アリアは少し考えた後で、ガサゴソとアイスを1本差し出した。
「これで、いい?」
「オゥ! 買っていただけるのですカ〜!? 美味しそうなアイスなのデ〜ス!」
 露天商はアイスを受け取ると、アリアに雪だるまを手渡した。
「これで交渉成立デ〜すね! 可愛がってあげくだサ〜イ。あ、申し遅れましたケド、アタクシ『マドモアゼル・都井(とい)』と申しマ〜ス! 何かあればまたお寄りくださいネ〜!」
 奇妙な露天商はそう言うと、アイスを美味しそうに食べ始めた。

 かくて、アリアの手のひらに小さな雪だるまはやってきた。


2.
『アタシをお供につけるなんて、アナタ大した目利きよ』
 雪だるまがコロコロと笑う。どこに口があるのかよくわからないが、とにかくよく喋る。
『そういえば、アナタの名前を聞いてないわ。名前は?』
「アリア。アリア・ジェラーティ」
『そう。アリアっていうの。素敵な名前ね。アタシは………』
「雪だるま」
『そうそう、雪だるま…ってそんな名前な訳ないでしょ! 名前はないのよ。アナタ、もしよかったらつけてくれる? いつでもいいわ。気が向いた時にでも考えてよ』
 本当によく喋る雪だるまだ。
「わかった、考えておく…」
 そう答えながら、アリアは雪だるまをひょいと肩に乗せてアイスの台車を押して歩き出した。
『どこに行くの?』
「アイスを売りに公園に行くの。…一緒に行く?」
『アリアの行くところなら、どこにだってついて行くわ』
 いきなり呼び捨てで、さも当然のように雪だるまはそう言ったが…間を空けて小さな声で呟いた。
『アリアが…嫌だって言うならやめるけど…』
 変なところで自信のない雪だるまに、アリアは微笑んだ。
「一緒に行こう」
 アリアの言葉に雪だるまは微かに喜んだように『なら、一緒に行く』と声を弾ませた。
「私、アイスを売っているのよ。雪だるまちゃんはアイスは好き?」
『そうね。冷たいものは好きよ。アリアは?』
「私は…好きというか…仕事だし」
『あら、嫌いなことは仕事にはできないわ。だから好きなんじゃないかしら?』
 雪だるまはそう言ってコクコクと頷いた。生意気な雪だるまだ。
 だけど、アリアの言葉を一生懸命聞いてくれる。
 悪い気はしなかった。

「アイス…いかがですかー?」
 公園に着くと、アリアは声を上げてアイスを売り始めた。
 その声に同調して雪だるまも声をあげる。
『アイス美味しいわよー!』
「あ、アイス屋さんだー! …ゆ、雪だるま??」
『そうよ、悪い?』
 なじみの顔から新規の客まで、雪だるまは注目の的になった。
「コレ、本物?」
「そうみたいです」
『コレとは失礼ね! れっきとした雪だるまに向かって』
 アリアのさっぱりとした反応と、雪だるまの生意気な反応が相まって話も弾む。
 ついでにアイスの売れ行きも順調で、長く話す間にすっかりアイスの在庫はなくなった。
「…補充しないと」
『売り切れ? いいことだわ!』
 アイスの台車を引いてアリアは歩き出す。
「…ねぇ?」
『なぁに?』
 アリアは少しだけ寄り道をしようと提案した。
 最近できたアイスが美味しいと評判のお店。
 アリア1人ではなんとなく入りづらい雰囲気のお店だったが、誰かと一緒なら入れそうだった。…たとえ雪だるまでも。
「行ってみない?」
『喜んで一緒に行くわ』
 雪だるまは嬉しそうにそう言った。


3.
 アリアの言ったアイス屋は広い通りの小さなお店だった。
 どことなくカントリーな雰囲気に統一されて、テラスで座って食べることもできるちょっと大人の雰囲気だった。
 アリアのアイスを買いに来るお客たちと年齢はそんなに変わらない。
 だけど品揃えは多く、トッピングやミックスもできる。アリアのお店とはだいぶ違った。
『素敵なお店ね』
「雪だるまちゃんは…どれ食べる? 私は…ミント」
『それじゃアタシはバニラね。敵の本質を見極めるにはまず基本を食べるのが鉄則よ』
 看板を眺めながら、そんな会話を交わして中に入ると…ふんわりと暖かな空気が頬を撫でた。それに、紅茶の香り。どうやら、アイスだけがウリではないようだ。
『あら、暖房がきいてるわ』
 そういえばテラスで食べている客はいなかった。当たり前だ。まだ3月。外で食べるにはいささか早い。
「ミントとバニラをください」
「はい、少々お待ちください」
 アイスの乗ったコーンを2つ持って、アリアと雪だるまは外のテラスへと出た。
『ん〜…悪くないけど、平凡な味ね』
「…少し貰ってもいい?」
『もちろんよ』
 お互いのアイスを交換して少しだけ味見する。
 手前味噌だけど、アリアのアイスの方が美味しい気がした。
 春風に交じる冬の冷たい風が、心地よく感じる。それは雪だるまも同じだったようだ。
『冬の寒さでも美味しく食べられるアリアのアイスの方が、絶対に美味しいわ』
 雪だるまがそう言い切った。でも、アイスも食べきっていた。
「…ふふっ」
 アリアが思わず笑うと、雪だるまはきょとんとしたようだった。

 その時、遠くから悲鳴のようなものが聞こえた。
 最初は気のせいかと思ったが、段々とそれははっきりと聞こえてきた。
「ひったくりよーーーーーー!!!」
 声の方向を見ると、スクーターに乗ったヘルメットの2人組がこちらに向かって突進してくる。
 アリアは思わず立ち上がり、スクーターに乗った2人組の足元を凍らせようと試みた。
 しかし、それは狙いがそれて地面を凍らせ、スクーターが転倒した。
「な、なんだ!?」
 立ち上がった2人組と、アリア。目が合う。
 しまった!
 アリアがそう思う暇もなく、2人組はアイス店へと駆け込んだ。
 アリアもそれを追って中に入ると、店内は阿鼻叫喚の嵐だった。
「きゃあああああ!!!」
 逃げ惑い外に逃げようとするお客の流れに逆らうように、アリアはカウンターの中を見る。
 犯人の1人が包丁を振り回し、そしてもう1人は紅茶用の沸騰したお湯入りの薬缶を手に取った。
「お前…お前だな? あそこの道路を凍らせたのは…こんなちんけなとこで…俺たちは捕まらねーんだよ!!」
 薬缶を振りかざし、アリアめがけてそれを放つ。
 凍らせる。
 アリアがただそこに突っ立っていることに犯人はニヤリと笑った。恐怖のあまりに動けないのだと思ったのだ。
 パキパキと冷気がアリアを覆う。このままいけばアリアの目の前で薬缶は凍るはずだった。
 そう。『はずだった』。

 雪だるまがアリアを庇うように飛び出たりしなければ…。

 ばしゃっと、雪だるまにお湯がかかる。
 それはお湯だったのか、水だったのか…アリアにはわからない。
 ただ、雪だるまは赤く膨れ上がり、怒り、暴れまくった。
「た、助け…うわゎあああ!!!」
 この出来事に、犯人たちは完全に思考能力を奪われた。どうしたらいいのかわからず、包丁を投げたが雪だるまにそれは効かなかった。
 このままでは雪だるまが犯人たちを殺してしまうかもしれなかった。
「…!」

 アリアは全てを凍らせた。

 店の中のすべてが凍りついた。
 床も、壁も、犯人も、雪だるまも…。
「おやおや、騒動を聞きつけてみればこれはド〜したことでショ〜!?」
 アリアが静かに振り返るとそこにはあの露天商がいた。
「…お湯、かかっちゃった…」
「そのようですネ〜」
 ニヤニヤと笑う露天商の瞳は、サングラスで見えない。
「雪だるまちゃん、このままですか?」
「このまま?」
「このまま、赤くて、暴れて、怖いまま…なのですか?」
 アリアの問いに、露天商はにやけたまま肩をすくめる。
「あなたとこの雪だるまは相性が良いようですネ〜♪」
「?」
 露天商はそう言うと凍りついた雪だるまを指差した。
 アリアが振り向くと…そこには、元の大きさに戻った真っ白な雪だるまがきょとんとした顔をしてこちらを見ていた。
『どうしたのよ、アリア。なんだか怖い顔してるわ。それになぜこの店凍ってるの??』
 雪だるまの記憶はどうやら途中からなくなっているようだった。
 ぎゅっと、アリアは小さな雪だるまを抱きしめた。
「悪い奴がいたから、捕まえただけ…。もう、大丈夫…」
『…そう。アリアの言うことだからきっとそうなのね』
 遠くからパトカーのサイレンの音がする。きっとお客の誰かがパトカーを呼んだのだろう。
 アリアと雪だるまは店を出た。
 去り際に露天商は言った。
「灼熱の怒りに冷徹な氷…スんバラシイ! 運命の出会いなのデ〜ス!!」

 その言葉の意味はよくわからなかったけれど、アリアは雪だるまが元に戻ってよかったと思った。
 そうして同時に疑問も生まれた。

「雪だるまちゃんを今の状態で凍らせたら…どうなるのかな?」
『…え?』

 …家に帰ったら試してみよう。
 

□■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■□

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 8537 / アリア・ジェラーティ / 女性 / 13歳 / アイス屋さん

 NPC / マドモアゼル・都井 / 両性 / 33歳 / 謎の人


□■         ライター通信          ■□
 アリア・ジェラーティ 様

 こんにちは、三咲都李です。 
 『とある露天にて』初のお客様! 品物である雪だるまはお手元に届いているはずです。(アイテム付与させていただきました)
 露店の人はほっておいて大丈夫です。危害は加えません。
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。