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■某月某日 明日は晴れると良い■

ピコかめ
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】
 興信所の片隅の机に置かれてある簡素なノート。
 それは近くの文房具屋で小太郎が買ってきた、興信所の行動記録ノート……だったはずなのだが、今では彼の日記帳になっている。

 ある日の事、机の上に置かれていたそのノートは、あるページが開かれていた。
 某月某日。その日の出来事は何でもない普通の日常のようで、飛び切り大きな依頼でも舞い込んだかのような、てんてこまいな日の様でもあった。
 締めの言葉『明日は晴れると良い』と言う文句に少し興味を持ったので、その日の日記を読んで見る事にした。
某月某日 明日は晴れると良い

タイムトラベラーと少年

 時は不可逆と言う。
 つまり、誰も時の流れには逆らえないという事。
 時は過去から未来へ止め処なく流れ、人は抗う事すら出来ずにその流れに巻き込まれていく。
 ……だが、極稀に。
 故意か否かは定かではなくとも、その流れを逆行してしまうモノがいる。
 それが、タイムトラベラーである。

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「……待ちなさい!」
 東京のとある路地にて。
 銃を構えたコートの少女が小太りの男を追っていた。
 雑多なものが置かれた路地は走るのには大変不便であったが、逃げている側の男にとっては好都合だ。
 追っ手を邪魔する色々なものが、手を伸ばせばそこにあるのだから。
「しつこいヤツだ、これでも食らいなっ!」
 男が手にしたのは青いポリバケツ。いわゆるゴミのアレだ。
 少量の中身を有したまま、ポリバケツは少女に目掛けて転がってくる。
 少女はそれを蹴飛ばし、前方の安全を確保した後、改めて男を追いかけようとするが……。
「……それは、卑怯です」
 歯噛みする。
 男が手に持っていたのは角材。何故そんな所にあったのか、と言うのはちょっと謎である。
 角材を槍投げの槍のようにして構えた男。
 三メートルはあろうかと言う角材を片手で持ち上げるほどの筋力を持っているようには見えない、不摂生の塊のような男であったが、実際にそれは行われている。
「当たると痛いぞ!」
 男はそれを、思い切りブン投げる。
 瞬間、男の右腕に稲妻が走ったように光り、腕の太さが倍くらいに膨張する。
 強化された筋肉によって、バリスタから発射されたように一直線に飛ぶ角材。
 ゴミ箱を対処したばかりの少女には、それをかわす事も出来なさそうだった。
(……これは、かなり痛そうです……)
 冷静なのかなんなのか、少女はそんな事を思いつつ、ギュッと目を瞑る。
 訪れるであろう衝撃に対して、身を堅くもした。
 しかし、いつまで経っても角材は飛んでこなかった。
 代わりに、ガランガランと大きな音が周りの壁に反響して耳を襲ってくる。
 何事か、と目を開けると、前方には見知らぬ男性が。
「ここは、どこだ? 東京?」
 目の前にいた男性、黒いコートとスーツ、そして真っ黒なサングラスをかけた彼は、少女の追いかけていた小太りの男ではない。
「……あ、あなたは?」
「おや、君はIO2のエージェントか? こりゃ好都合」
 そう言ってニッコリ笑った男性、フェイトはサングラスを取った。

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 所変わって、街中。繁華街はいつでも人でごった返していた。
 その日も、勇太はいつも通りの生活を送っていた。
 いつも通り高校へ行き、放課後になれば帰宅するか、町をぶらつくか、そんな感じだ。
 今日は気が向いたので、興信所でも冷やかしに行ってみよう、と思ったのである。
「お、勇太じゃん、なにやってんだ、こんな所で」
 道中で声をかけられる。振り返ると、見覚えのある少年がいた。
 彼は興信所の小間使い、小太郎である。
「小太郎こそ、こんな所でなにやってるんだよ、またお使いか?」
「そうなんだよ、所長様のご命令でね。コンビニ店員にも顔覚えられてやんの」
 そう言って、小太郎はエコバッグの中に入っていたタバコのカートンボックスを見せる。
 高校生である小太郎がタバコを悠々買えるのは、コンビニ店員と顔見知りであるのと、彼自身がタバコを吸わない事を知っているからだろう。
 ホントはダメなので、周りの人には内緒だ。
「全く、草間さんにも一度、切々と副流煙の毒性について、語ってみるべきかな。タバコの所為で俺の身長が伸び悩んだらどうしてくれる」
「諦めろって、お前の身長はもう、多分絶望的だから」
「ば、バカヤロウ! 夢は諦めなければきっと叶うって言うだろ! 諦めたらそこで試合終了なんだよ!」
 小太郎は自分の身長が平均を大きく下回っている事を気にしていた。
 彼は日々、牛乳を飲んだり、公園の鉄棒でぶら下がりトレーニングなどをして身長を伸ばすように努力しているが、その成果が見れる日はいつになることやら。
「まぁ、小太郎の身長の話はどうでもいいんだ。今日は草間さん、興信所にいるのか?」
「ああ、今日も暇だろうからな。一日中、タバコをくゆらせてるか、零姉ちゃんに叱られてるか、どっちかじゃねぇの?」
「いつも通り、って事だな」
 勇太が興信所に顔を出し始めてからというもの、武彦がまともに働いている所をあまり見ていない。
 世間が興信所を必要としない程度に平和なのか、それとも草間興信所に集まる『その手のタイプ』の依頼が減っているのか。
 ともかく、勇太にとっては余暇を過ごしやすい場所である事は変わりなかった。
「気をつけろよ、勇太。お前もいつか、副流煙にやられて、身長が伸びなくなるぞ」
「お前と一緒にすんなよ。ってか、俺は小太郎よりも年上だぞ、もう少し敬意を払って敬語を使ったらどうだ。練習してるんだろ?」
「うーん、なんか同年代って感じがする」
 なんだか失礼な言動を聞いたような気がするが、とりあえずはスルーしておく事にした。

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「いや……すまなかった」
 少女を助けたはずのフェイト。彼は一転して、少女に頭を下げていた。
「……助けてくださった事にはお礼を言いますが、犯人には逃げられてしまいました」
「悪かったって! 俺だってここに来てすぐで、状況が読めなかったんだよ!」
「……そのタイムトラベル、と言うのも怪しいです」
 フェイトは現状、持っている能力の一つである時間跳躍が暴発し、本来いた時空間とは別の場所に来ていた。
 つまり、時の旅人と言うより、時の迷子と言った感じだ。
 しかし少女はその言葉を素直に納得してはくれなかった。
「……時間の跳躍と言う能力もありえない話ではありませんが……」
「わかってるよ、そんな能力を持った人間がIO2エージェントにいるってのが信用できないんだろ?」
 一応、フェイトもIO2エージェントであり、その証拠である身分証明書も見せた。
 少女もそれを確認したのだが、それでは話の整合性がつかなくなってくる。
 今のところ、IO2エージェントに時間跳躍能力を持っているエージェントは登録されていない。
「……証明書が偽造されているとも思えませんし……」
「だから、俺が未来から来たって言うんなら話は通じるだろ?」
「……わかりました、それについては保留にしておきます。問題は逃げてしまった犯人の方です」
 そう言って少女は携帯電話を取り出し、どこぞへと発信する。
「……私です、取り逃がしてしまいました。……ええ、あなたは一度、本部へ報告を。私は興信所へ行って今後の検討をします」
「誰にかけたんだ? 相棒?」
「……あんな男が相棒だというのは、勘弁して欲しいのですがね」
 心底嫌そうに、少女は顔をゆがめる。
 年恰好からすれば華の女子高生だろうに、嫌悪感で歪んだその顔は、変顔と言って遜色なかった。
 電話先の相手は麻生真昼と言う、IO2エージェントの一人。ちょっと射撃の腕が良いくらいの普通以下の男だ。
 一応、ユリの仕事上のパートナーとなっているが、そう思っているのは真昼本人ぐらいであろう。
「……とにかく、場所を移しましょう。こうなったらあなたにも手伝ってもらいますからね」
「え? さっきの犯人探し?」
「……そうです。私はユリ。あなたは……フェイトさん、でしたっけ?」
「ああ、よろしく」
 今のところ、元の時空間に戻れる方法はない。それならばもう少しこの時代を楽しんでみても良いか、と思ったのだった。

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 連れてこられたのは、草間興信所。
「えっと、ユリさん? アンタも興信所関係者なの?」
「……関係者、と言って良いかはわかりませんが、度々お世話になっています」
 興信所のある雑居ビルの入り口で、ユリは一つ深呼吸をし、その後階段を登る。
 フェイトもそれに続いた。

 興信所のドアを開けると、フェイトにとっては馴染んだ空気が漂ってくる。
 安いタバコとコーヒーの入り混じったにおい。
「ユリさん、今は西暦何年だっけ?」
 ユリは黙って携帯電話を見せる。そこに表示された年月日を確認すると、どうやら……
「俺がいた時空よりも五年前か。変わらないな、ここは」
 自然と頬が緩み、口元が上がってしまう。
 フェイトはサングラスを取り、興信所へと入った。

「おぅ、ユリ。どうだった、首尾は?」
 二人が興信所へ入ると、すぐに所長である武彦が声をかけてきた。
 ユリは彼に対して頭を下げる。
「……すみません、草間さんに助けていただいたのに、取り逃しました」
「お前らしくもないな。どんなミスをやらかしたんだ?」
「……それよりも、今は次の手を打つ算段をしましょう」
 部屋の中心にあるテーブルには近辺の地図が開かれていた。
 地図には幾つか、赤いマジックで印が付けられてあるようだ。
 その印の横には数字が幾つか。
 なるほど、とフェイトは唸る。
「これは、あの犯人の犯行現場と時刻、か?」
「……ご明察です。今日はここに現れるだろう、と思って待ち伏せしていたのですが、結局逃げられてしまいました」
 横からフェイトが口出しすると、どうやら正解だったらしい。
 ユリはマジックで待ち伏せポイントをバツで消す。
「……今日中に再犯はないでしょうか」
「いや、ちょっと待て、ユリ」
「……なんです、草間さん?」
「そいつ、誰だよ?」
 武彦が指差す先にはフェイト。
 そう言えば自己紹介をしていなかったか。
「……彼はフェイトさん、IO2エージェントです」
「へぇ。麻生から乗り換えたのか?」
「……出来る事ならそうしたいんですがね。彼は自称タイムトラベラーで、帰るまでの間、私の仕事を手伝ってもらう事にしました」
「ど、どうも」
 フェイトはぎこちなく頭を下げる。
 極力、この時代の人間とは接触を避けるべきだろうか、と思い始めたのだ。
 危惧すべきは『タイムパラドクス』。別の時空間の人間が干渉する事によって歴史が改竄されてしまう事象。
 フェイトが元の時空でも知人である武彦と面通ししてしまうのは、後々面倒くさい事になりはしまいか。
 そんなフェイトの心中を知ってか知らずか、武彦はフェイトの顔をマジマジと眺める。
「お前、どっかで会わなかったか?」
「き、気のせいじゃないですかね?」
「いや、どこかで見たような……」
 訝しげな視線がフェイトに突き刺さっているその時、興信所のドアの向こうから声が聞こえる。
『おや、猫の依頼人ってのは珍しいな』
『よーし、捕まえろ、捕まえろぉ』
 少年二人の声と、不機嫌そうな猫の声。
 しばらくドタバタと騒がしいと思ったが、すぐにドアが開く。
「よーっす、こんちわー」
 現れたのは黒猫を抱いた勇太と、エコバックを担いだ小太郎だった。
 勇太の顔を見て、フェイトは慌ててサングラスをかけなおす。
 それに疑問符を浮かべながらも、勇太は武彦に猫を差し出す。
「どぅよ、この大捕り物!」
「どこが捕り物だよ、ただの猫じゃねぇか」
「きっと草間さんへの依頼人だって! 話聞いてやろうぜ」
「ほぅ、勇太。俺にケンカを売っていると思って良いんだな?」
 幾ら暇な興信所だとは言え、猫からの依頼を受けるほど落ちぶれちゃいない。
 勇太もそれをわかっていてからかっているのだが。
「ん、勇太……」
「どうした、草間さん?」
 勇太の顔を見て、武彦はキョトンとする。
 しかし、その詳細は語らず、得心したような顔で立ち上がった。
「なるほどなぁ」
「なにが、なるほど?」
「いや、お前には……関係ないってわけでもないが、詳しく言うのは憚られるなぁ」
「なんだよ! 教えてくれても良いだろうが!」
 武彦と勇太がじゃれあっていると、奥から零が顔を出す。
「皆さん、お茶が入りましたよ……って、あら、勇太さんと小太郎さんもいらっしゃいましたか」
 彼女の手にはトレイと人数分のお茶。
 しかし、勇太と小太郎がいる事を知らなかった彼女は、カップを二つ用意し損ねたのだ。
「もう二つ、用意しますね」
「ありがとう、零さん」
 勇太は彼女にお礼を言いつつ、猫をその辺に放す。
「おい、こら! 猫を放すんじゃねぇ!」
「だってアイツ、結構なデブ猫だぜ? 持ってるのが辛くてさ」
 勇太は手をプラプラとさせて疲労を表す。
 猫は床を走り、
「きゃ! な、なんです?」
 零の足元に擦り寄った。
 それは自分の背中をかいてるようにも見えるが、
「何だ、アイツ。零さんになついてやんの。俺には引っかいてきたくせに」
 見ると、勇太の腕には赤い四本線が引かれている。
 大した傷ではなさそうだが、放っておくわけにも行くまい。
「零、絆創膏はどこにあったかな?」
「絆創膏、ですか? そこの救急箱に……ちょっと、歩きにくいですよ!」
 零は足元の猫と悪戦苦闘しつつ、ガラス棚を指差した。
「草間さん、絆創膏なんかじゃ小さすぎるぞ、この傷」
「ああ、そうかもなぁ。まぁ、ガーゼも入ってるだろ」
 武彦はガラス棚から救急箱から消毒液とガーゼとテープ、そしてネット包帯を取り出した。
 ガーゼに消毒液を染みこませて、勇太の傷口に当てる。
「いてて……」
「やっぱり痛いんじゃねぇか。我慢してんじゃねぇよ」
 手早く応急処置を終えると、武彦は改めてタバコをくわえた。
「これでよし、と」
「草間さんって意外とこう言うこと手馴れてるんだな」
「ん、ああ、俺も結構傷とか作るからなぁ」
 探偵業とは危険なものなのである。こと、オカルト探偵なんて揶揄される職業は特に。
 それでなくとも、武彦は学生時代からケンカをしていたのだし、怪我の治療くらいは出来るのだった。
「さて、そんで、あいつらは一体何をやってるんだ?」
「え?」
 武彦が目を向けた先を、勇太も見やる。
 そこにはジリジリと零との間合いを詰めるフェイトとユリの姿が。
「ええと……詰め寄るほどお茶が欲しかった、とか?」
「んなバカな。……一応、ユリのやる事だから、理由がないとは思わんが」
 武彦は所長の椅子から少し腰を浮かし、二人の様子を注意深く観察する。
 勇太も真似して二人を見やるが、彼らの視線が零ではなく、その足元に向かっているのに気付いた。
「足元……猫に何かあるのか?」
「ん、猫? そういう事か!」
 勇太の言葉を聞き、武彦は椅子から立ち上がる。
「勇太、サイコキネシスとやらは使えるか?」
「ん、ああ、もちろん。でもなんで?」
「あの猫を取り押さえろ! アイツがユリの追いかけてたホシだ!」
 武彦の言う事はよくわからなかったが、勇太はとりあえずサイコキネシスを操り、猫を取り押さえる。
 猫は『フギャ』と声を出して、床に突っ伏した。
「今だ!」
 すぐにフェイトの声がかかり、ほぼ同時にユリは猫へと滑り込む。
 勇太のサイコキネシスによって身動きを封じられた猫は、そのままユリによってガムテープでグルグル巻きにされた。
「……ええと、動物虐待?」
「違う、人聞きの悪い事を言うな」
 状況の読めない勇太は疑問符を浮かべるしかなかった。

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 勇太もその様子を見て、一件落着と気を抜いたのだろう。
 サイコキネシスを解き、猫を自由にしてしまった。
「……あっ!」
 途端にユリの腕の中で暴れだした猫は、彼女の拘束を解いて宙を舞う。
 ガムテープでグルグル巻きだったはずの猫。そのままでは床に落っこちてしまっただろう。
 だが。
 その小さく、しなやかな身体は空中で姿を変える。
 猫の身体には小さく稲妻が走り、その閃光が瞬く内にシルエットが膨張する。
 ほんの一瞬で、猫は大きな虎へと変貌した。
「な、なんだありゃ!?」
 事情を知らない勇太は、その変身に驚いたようだった。
 そりゃ、いきなり目の前で猫が虎に化ければ、誰だって驚く。
 虎を目の前にして、ユリとフェイトは瞬時に身構える。
 二人とも、携帯していた拳銃を取り出そうと、上着の内側に手を伸ばすが、それよりも虎の方が速い。
 虎の振り上げた右前足が爪を立て、目の前のユリに襲い掛かる。
 虎の豪腕を目の前にしては、少女などすぐに引き裂かれてしまうだろう。
 しかし、虎の行動に割り込むような隙もなし。
 ユリは覚悟を決め、身を堅くする。
 虎の咆哮と共に、その前足が振り抜かれた。

「……うっ」
 恐る恐る、ユリが目を開けると、痛みはなかった。
「気ぃ抜いてるんじゃねぇよ。危なっかしいな」
 代わりに、目の前には小太郎。
 ユリをお姫様抱っこで抱え、虎から数メートルほど距離を取っていた。
「あの猫、ずっとオーラの色がおかしかったから注意してみてたんだ。まさかこんな事になるとは思ってなかったけどな」
 興信所の中でも静かだった小太郎は、ずっと猫の様子を窺っていたのだ。
 ゆえに、あの突然の虎の変身などに対応できたわけだ。
 彼の能力、見鬼の力であった。
「……あ、ありがとう、小太郎くん」
「お前を助けるのなんか、もう慣れっこだよ。それより……」
 小太郎の視線の先には虎が事務所の真ん中に陣取っている。
 周りにはフェイトと勇太、武彦をかばうようにして零。
「小太郎! ユリは大丈夫か?」
「かすり傷一つないぜ」
 小太郎の返答に、武彦は『よし』と零す。
「じゃあユリの力で、コイツをどうにかしてくれ」
「……わかりました」
 床に下りたユリは、静かに自らの能力を操る。
 その力は能力を封印する空間を作り出す能力。
 彼女の展開した陣の内に入ったモノは、誰であろうと、何であろうと、その能力を一切使用できなくなる。
 その陣に収められた虎は、見る見る内に姿を変え、元の小太りの男に戻った。
「あ、あれ!?」
「……フェイトさん、お願いします」
「え? あ、うん」
 ユリに言われて、フェイトは男を後ろ手に手錠をかけた。
「はい、確保っと」
「……車を呼びます。草間さん、それまで事務所を借ります」
「ああ、どうぞ。零、改めてお茶を」
 思わぬ展開で捕まってしまった男は、落胆するよりも困惑していた。
 いや、それ以上に
「結局どういう話だったんだよ!?」
 勇太も混乱していた。

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「結局、あの一連の騒動はなんだったんだよ!?」
 小太郎と一緒に、ほぼ蚊帳の外だった勇太は不満爆発である。
「うるっせぇな。ユリの担当事件が解決したんだよって事でいいじゃねぇか」
「なんか納得いかねぇ! 小太郎、お前も何か言ってやる事はねぇのかよ!」
 事務所の隅にある机に突っ伏している小太郎に声をかけた勇太だったが、その様子を見てしり込みする。
 彼の背負っている重苦しい雰囲気は、見鬼の力がなくても読み取れた。
「ど、どうしたんだよ、お前……」
「今日、俺、この興信所が暇だと思ってた」
 そう言えば、勇太と落ち合った時に、そんな事を言っていた。
「って事は、俺、ユリに今日の件、秘密にされてたって事だよな……」
 つまりは戦力外通告、もしくは関わって欲しくない、と思われたわけだ。
 それはユリに恋心を抱く小太郎にとっては、かなりの痛手だっただろう。
「なぁ、草間さん、小太郎のヤツ、ユリが好きなの?」
「なんやかやあって、そうなってるな」
「うわ、悲惨……。好きな女子から爪弾きにされるとか……」
「こらぁ! 聞こえてんぞぉ! 死体に鞭打つ仕打ちとか、やめてくれます!?」
 涙目になった小太郎を宥めるのに、ややしばらく時間がかかったという。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8636 / フェイト・− (フェイト・ー) / 男性 / 22歳 / IO2エージェント】

【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生】



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■         ライター通信          ■
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 工藤勇太様、ご依頼ありがとうございます! 『おいでませ、彼の日記帳』ピコかめです。
 最近はウチの子たちが動かす機会に恵まれ、ちょっとほっこりしております。

 勇太さん側は前半小太郎と、後半は草間さんとの絡みにしてみました。
 話の都合上、小太郎とは元から知り合い的な雰囲気になってしまいましたが、どんなもんでしょ?
 割りと歳も近いし、良い友人になれたりしないかな、と思っております。
 ではでは、また気が向きましたらどうぞ〜。