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■とある日常風景■

三咲 都李
【2778】【黒・冥月】【元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
「おう、どうした?」
 いつものように草間興信所のドアを叩いて入ると、所長の草間武彦(くさま・たけひこ)は所長の机にどっかりと座っていた。
 新聞片手にタバコをくわえて、いつものように横柄な態度だ。
「いらっしゃいませ。今日は何かご用でしたか?」
 奥のキッチンからひょいと顔を出した妹の草間零(くさま・れい)はにっこりと笑う。

 さて、今日という日はいったいどういう日になるのか?
とある日常風景
− 来たる災厄2 −

1.
 黒冥月(ヘイ・ミンユェ)は優雅に足を組み、その雑誌を興味深げに眺めていた。
 その横から草間の娘・月紅(仮名)がこれまた興味津々に雑誌を覗き込む。
 草間零(くさま・れい)はいそいそとお茶を配っている。
 雑誌の名は『箱根・観光マップ2013』。主に普通の書店で売られている旅行雑誌である。
「ママ、彫刻の森だって! 芸術だね!」
「ガラスの森…箱根は芸術家が多いのかしら?」
「ウサギの美術館もあるよ!」
「寄木細工の体験もいいわね」
 楽しげな2人は雑誌を見ながら、色々な施設をメモにピックアップしていく。
 なぜそんな作業が必要なのか?
 それは…

「いやぁ、やっぱり草間さんに任せてよかった!」
 と大きな声で大変ご機嫌に草間武彦(くさま・たけひこ)の背中を叩きまくる人物・町内会長のタヌキおやじが持ち込んできた『商店街慰安旅行』なるものの計画を草間が安易に引き受けてしまったことに始まった。
 未来の草間日記によると、この慰安旅行で『何か』があったらしい。
 『何か』…不確定すぎて回避のしようもない。できることならこの旅行自体を取りやめにする方が楽だった。
 しかし、それは状況が許さなかった。大人の事情である。

 かくて、草間興信所を挙げて『商店街慰安旅行』を現在プランニング中という訳である。
「月紅め…。あいつノリノリじゃないか」
 草間がポツリと呟く。そもそもこの旅行で『何か』が起きるといったのは月紅なのだ。
 なのに、当の月紅は旅行を阻止できなかったとわかるや否や音速の速さで旅行雑誌を数冊買ってきて、率先して見学に回れそうな施設やホテルのピックアップ作業を行っている。
 女はわからん…。ガキの考えていることは尚更わからん…。
 そんな草間に、町内会長がにやにやと囁く。
「ナイス箱根! 箱根にはね、『金山神社』があるんだよ。いいトコ選んだねぇ」
「『金山神社』?」
「…またぁ! 知らない振りしたってダメだよ? 若い衆は皆期待してんだから」
 町内会長に肘で小突かれても、草間の頭には『?』が盛大に回っている。
 草間は仕方なく、月紅の買ってきた旅行雑誌に手を伸ばしてパラパラと『金山神社』なるものを探してみる。
 すると『かなまら祭り』というページに行き当たった。
 『かなまら祭り』は金山神社で4月の第一日曜に行われる毎年恒例のお祭りである。
 そしてこの祭りで願われるのは商売繁盛・子孫繁栄・安産・縁結び・夫婦和合である。
「それからね、ちょっと足伸ばして熱海に行けば…」
 町内会長はニヤニヤと鼻の下を伸ばしている。ヤバイ。完全にヤバい。

 …草間は町内会長が何故ニヤニヤしていたのかを、ようやく知った。


2.
「ホテルはぁ、複合型温泉テーマパークを併設しているここにケッテーイ!」
 月紅が指差したのは箱根でも有名どころのホテル。独断と偏見で勝手に決定…っ!?
「何勝手に決めてるんだ! 俺にも訊け! 町内会長が最終決定権があるんだよ!」
「えー!? だってぇ、ここだったらドクターフィッシュの足湯とか、ワイン風呂とか、貸切風呂まであって、さらにアロママッサージとかエステもあるんだよ!? 水着でお風呂に入れちゃうんだよ!?」
「貸切…風呂だと?」
 キランと草間の目が光った。
「水着で…お風呂だと…!?」
 町内会長の眼光が鋭くなった。

『よし、そこでケッテーイ!!』

 冥月と2人っきりの貸切風呂でラブラブだ!
 水着で風呂ということは混浴! 若いお嬢さんと堂々混浴!
「…な、なんか寒気が…」
 冥月がぶるっと身震いした。
「ママ、大丈夫? 風邪?」
「いや…何かもっと邪悪な気配が…」
 肩をさする月紅に「ありがとう」というと、冥月は話を進める。
「部屋は…4名ずつか」
「男性と女性、分けて部屋割りをした方がいいだろうね」
 町内会長がそう言うと、月紅が質問した。
「じゃあ、武彦おじさんと私と冥月お姉さんと零お姉ちゃんは…?」

「そりゃもちろん、男女で分けないと」

 思わずガッツポーズの月紅に、草間はスパンと一発、頭にチョップをかました。
「いったーい!」
「何を喜んでるんだ!?」
「女の子同士で水入らずで旅行したかったんだもん!」
 月紅さん、当初の目的を完全に忘れています。
「じゃあ、人数と部屋はそのように分ける手配をするわ。あとは…見学先ね」
 冥月がそう言うと、草間は待ってましたとばかりに身を乗り出した。
「自由時間を作ろう!」

『自由時間?』

 その言葉を誰もがオウム返しした。


3.
 壮大なる草間ドリームは以下となる。

「つまりだな、1日目は仲良くどこかに見学に行くのもいいだろう。だが、2日目は自由行動をとるんだ。箱根は広い。観光施設も多い。行きたいところは人それぞれ、皆趣味嗜好が違うのだから仕方がない。だがせっかくの旅行なのだから、見たいものは見たいだろう? だから、自由時間を作って指定の時間まで自由行動をとるんだ。誰がどこに行っても自由! 悔いのない旅行を楽しみたいと思わないか!?」

 まくしたてられて、冥月も月紅も零も町内会長ですら文句のひとつもつけられなかった。
 至極まっとうな意見にも聞こえるが、冥月にはわかってしまった。
 この男…どうやっても私と2人でデートがしたいのだ。
 その思いは悪くない。むしろ嬉しい。せっかくの旅行なのだから思い出は多い方がいい。
 だけど…月紅や零はどうなる?
「武彦…それは」
 そう口を挟もうとした冥月だったが、町内会長がそれを遮った。
「いいねぇ! それは実によい考えだよ、草間さん!」
「私もそう思う! 賛成! 賛成!!」
 意外なことに、月紅まで草間の案に賛成している。いったい何がどうなっているのやら?
「私は…皆さんの意見に従います」
 零が楚々として意見した。そして視線は冥月に集まる。
「…わ、私も別に…みんながいいなら…」
 冥月がそう言うと「よし! 決定!」と草間がにやりと笑った。
 パパの思い通りにはさせない。
 草間の笑みを見て、月紅も内心ほくそ笑む。
 パパの考えなんてお見通しなのよねー。ママと一緒にどこかに行きたいんだろうけど…そうはいかないもんね。零ママとママと私で自由行動しちゃうもんね!
 各人、それぞれの思惑が飛び交っていく。
 冥月だけが、その展開に不安を覚える。
 この旅行、本当に大丈夫なのだろうか?

「楽しみですな、がっはっは」

 町内会長がそう言って帰ったのは、夜遅くになってからだった…。


4. 
「慰安旅行で何があったのか、全くメモになかったの?」
 その夜、また冥月と一緒に寝ることを希望した月紅と客間に布団を2つ並べた。
 旅行に必要な物を書きだしつつ、冥月は月紅に訊いた。
「ん〜…書いてなかったなぁ。ただ、すっごく反省はしてたみたいな感じだった。…何があったんだろうね?」
 月紅も首を傾げながら、これから何が始まるのか全く予想できないようだった。
「現地で確めるしかないわけね」
 冥月がそう言うと、月紅は申し訳なさそうに「阻止できなくて、ごめんなさい」と謝った。
「…私が出ていく原因とは限らないし、温泉は素直に楽しみましょう?」
 月紅の頭を撫でると、月紅はほっとしたような笑顔を見せた。
「それはそうと…」
 冥月は今書き出したばかりのメモを見る。
「月紅は未来から来たんだから、揃えられるわけがないわね」
「うっ! …ご、ごめんなさい…」
「もう、謝らないの! 明日にでもお買い物にいきましょうか」
 冥月の言葉に、一瞬ぽかんとした月紅だったがすぐにその顔は満面の笑顔になった。
「ほ、ほんとに!? ママと買い物に行けるの!?」
「えぇ。どこがいいかしら…?」
「どこでもいい! ママと一緒ならどこでも行く! ママとお買い物〜♪」
 喜ぶ月紅の姿に、冥月は目を細める。

 明日は楽しい買い物である。 


■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2778 / 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒

 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵

 NPC / 草間の娘 (くさまのむすめ) / 女性 / 14歳 / 中学生

 NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い


■□         ライター通信          □■
 黒・冥月様

 こんにちは、三咲都李です。
 ご依頼いただきましてありがとうございます。
 旅行先、ケッテーイ! 見学先も色々書いておきましたが、箱根は見どころが多いです。まだまだありますよ!
 楽しい旅になるのか、はたまたトンデモ旅になるのか…。
 た、楽しい旅になることを祈りたいと思います…。
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。