■旅籠屋―幻―へようこそ■
暁ゆか
【2542】【ユーア】【旅人】
 宿泊施設としてだけでなく、食堂兼酒場も営む『旅籠屋―幻―』。
 暖簾をくぐり、戸を開ければいくつかのテーブルとそれぞれに4つずつの椅子が並んでおり、奥のカウンターには女将、夜が食事の下準備をするために動き回っている。
 少し目線を左へと移せば、テーブル1つを陣取って、見た目では少年とも少女とも分からぬような姿をした、この旅籠屋の用心棒、誠が暇そうに窓の外を眺めていた。
 食堂の奥には2階へと続く階段があり、その先は宿泊施設となっている。

 聖都エルザードに辿り着いたばかりで、宿を探し中の冒険者諸君。
 こんな旅籠屋で、一日を過ごしてみるのはいかがだろう?

旅籠屋―幻―へようこそ〜ある雨の日のユーア〜

 定職、定住を嫌い、自由気ままに北から南、西から東へ――。
 旅人であるユーアは、久方ぶりに聖都エルザードへと足を踏み入れた。
 賑わう通りを通り過ぎ、細い裏通りへと入っていく。
 すると、先ほどまで晴れていた空がゴロゴロ……という音と共に、真っ黒な雲であっという間に覆われて、強い雨が降り始める。
 賑わっていた表通りを行く人々は、突然の雨に各々声を上げながら、店や家へと入っていった。
「っ! どんな歓迎だよっ!」
 己自身はいくらでも濡れたって構わない。
 旅をしていれば、雨に遭うことなんて幾度だってある。
 だが、手にした袋の中身を――いくら防水対策をしているといっても――濡らしたくはない。
 咄嗟にそう考えたユーアも、直ぐ近くに暖簾の掛かった店の出入り口を見つけると、雨から逃げるように飛び込んだ。

「……いらっしゃい。……あら、雨が降り出したの?」
 飛び込んだ先は、食事処のようで、カウンターの奥に居た主人らしき女性――闇月夜が、問い掛けてきた。
「ああ、急にな……」
「……そう。そのままだと風邪引いてしまうでしょう? ここ、旅籠屋でもあるから着替えも部屋もいくらでもあるから、先に着替えてきたら? ……誠、お部屋に案内、してあげて」
 雨に濡れたのは、時間にしてみればほんの少しの間だろう。
 けれども、強い雨だったため、ユーアの姿は何処から見ても濡れ鼠状態。
 見かねた夜が、壁際に座っていたもう一人の女性――如月誠へと声を掛ける。
「分かったんだよ。お客さん、着いてきて?」
 誠は夜へと頷くと、立ち上がり、奥へと続く通路へとユーアを促した。
「それなら、ついでに今夜一晩、厄介になってもいいかい?」
 ユーアは誠の方へと足を向けつつ、夜へと問う。
「……一晩と言わず、何泊でも、ゆっくり泊まっていってくれて構わないわ……もちろん、お代は頂くけれど」
 夜は苦笑を交えつつ頷いて、「……風邪引かないうちに」と促す。
 ユーアも頷き返してから、誠に案内されて、部屋へと向かった。

 通された部屋でユーアは、荷物の中身を確認する。
 防水対策をしているだけあって、本人の濡れ鼠具合と比べると驚くほど、荷物の中は濡れていなかった。
 ほっとし、中から替えの服を一式取り出すと、部屋に備え付けられたシャワーで身体を温めてから、手早く着替える。
 そうしてから食堂へと戻ると、食欲をそそる匂いが部屋いっぱいに漂っていた。

「荷物は大丈夫だったんだ?」
 戻ってきたユーアに気付いた誠が問い掛ける。
「ああ、荷物は防水対策してたからな」
「それは良かったね。着替えまで濡れてるなら何か用意しなきゃかな、と思ってたんだけど」
 ユーアの応えに、誠は微笑んで、「お好きな席に」と促した。
 テーブルの方には既に出来上がりつつある他の客たちが、グループ関係なく飲んだり語り合ったりしているようだが、ユーアはそれに交じるではなく、カウンターへと腰掛けた。
「……何にする?」
 夜が問い掛けながら、湯気の立つ、温かいお茶が差し出してくる。
「そうだなぁ……ここのオススメの料理をありったけ」
 苦笑交じりにそう応えれば、夜は小さく頷いてから、焼き物、炒め物の用意をしつつ、仕込んだあと保温してある料理を皿へと装い、それらから先にユーアの前に並べ始めた。
 つややかな白いご飯に、キノコ類と溶き卵の吸い物、葉物野菜のお浸しに、根菜類と鳥肉の煮物など。
「おぉ、美味そうだな!」
 並ぶ料理の数々に感嘆の声を上げた後、ユーアは吸い物を一口飲んでから、他の料理へと手を付け始める。
 暫し無言で、どんどん料理が食されていくうちに、肉野菜炒めや脂ののった白身の焼き魚が出来上がり、彼女の目の前へと追加された。
「……一先ず、うちのオススメ、東方の料理。……他にも口に合わない、という人のことも考慮して、パスタなんかも用意はしているけれど?」
 どうするか、と夜の視線が訊ねてくる。
「もちろん、出してくれれば食べるぜ?」
 食欲魔人を自称するほどのユーアは、楽しみだとばかりに笑う。
 旅からの帰りでお腹が空いているというのもあるが、雨に濡れたことによるヤケ食いでもあったりする。
「……ん。用意するから、食べてて」
 夜は頷いて、大きめの鍋に水を張り沸かし出す。その横で、ソースに使う具材をいくつか切っていく。
 その様子を眺めつつもユーアは食べる手を止めず、次から次へと出された料理を味わっていた。
 パスタを茹でている間に、ソースも作られ、オススメ料理を食べ終わる頃には、ユーアの前に3種のパスタが並べられた。
「……ベーコンとナスのトマトソースに、ジャガイモとキャベツのアンチョビソース。……あと、ウメとシソのさっぱり系」
 ユーアは早速、さっぱり系と言われたウメとシソのパスタから食べ始めた。
「さっきの東方の料理ってのも良かったが、これはこれで美味いな」
 次々と麺と具を口へと運んでいくユーアは、あっという間に1皿完食したかと思えば、次はトマトソースへと手を付けていく。
「……パスタの専門でないから、本格的なソースは仕込んでないから、こういう手軽に出来るものしか出せないけれど」
「まあ、本格的に食べたいなら専門店とか行くだろうしね」
「確かにな」
 夜の言葉に、誠が付け加えると、ユーアも納得し、頷きながら応えた。
「……まだ、要るかしら?」
「ああ。出されれば、いくらでも入るぞ」
 早くも2皿目を完食しようとしているユーアの様子に、夜は繋ぎでつまんでおけるように、作り置きの煮物やお浸しを彼女の前へと出しておいてから、次の料理へと取り掛かる。
「暖簾、降ろしておこっか」
 ユーアの食べっぷりを見ていた誠が苦笑いを浮かべつつ、席を立つと、出入り口へと向かった。
 彼女の言葉は口先だけでなく本気だ。次の客が来たときに、出せる料理がないのは宜しくない。
 そう感じ取った誠は、外に出している日替わり料理を書いた立て看板と、暖簾を下ろして、店の出入り口付近へと立て掛けておく。
 そうしている間にも、パスタ3種を食べ終えたユーアは繋ぎにと出されている煮物やお浸しなどを食べている。
 明朝の食材は残っているのだろうか、なんて心配の下、ユーアの食べっぷりと共に夜が更けていった。



 明朝、ユーアを含む宿泊の客たちが起き出す前に、朝食を仕込む夜の姿が食堂の調理場にあった。
 昨晩、大半の食材がユーアのお腹へと消えて行き、念のためと残していた朝食用の分だけが残る形になっていた。
 いつも運ばれてくる食材とは別に、後ほど誠に買出し行ってきてもらおう、なんて考えつつ、彼女は朝食を用意するのであった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

PC
【2542 / ユーア / 女性 / 18歳 / 旅人】

NPC
【闇月 夜 / 女性 / 23歳 / 女将】
【如月 誠 / 女性 / 18歳 / 用心棒】

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■         ライター通信          ■
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ユーアさん、初めまして!
このたびは『旅籠屋―幻―へようこそ』への発注、ありがとうございました。
かっこいい外見と口調に、性別を見たときには驚いてしまいましたが……ユーアさんらしさが書けていればいいな、と思います。
気に入っていただければ、幸いです。

宜しければ、また、訪れてくださいね。

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