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■第10夜 仮面の下の素顔■

石田空
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】
 聖学園は今日も平和だった。
 聖栞は今日も理事長館の窓から、学園内を眺めて、満足そうに微笑んだ。

 怪盗が出ようが、事件が起ころうが、知ろうとしない限りはその中で何があったのかを知る事はないし、そこで人の想いがどれだけ揺れ動いたかは分かる事もない。
 何も知らない生徒達にとっては、今までも、今日も平和な、平凡な学園生活なのだ。

 でも――。
 知っている者達の中では、既に気付いている。
 何かが変わろうとしている事を。

「どうなるかしらね……」

 栞は窓ガラスに手を当てて、誰に聞かせる訳でもなく、そうつぶやいた――。
第10夜 仮面の下の素顔

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 午後11時23分。
 それは聖祭の後夜祭の時。かの生徒会室での話し合いが終わった直後にまで話は遡る。
 カーテンがなびいた先にいた黒鳥の少女に、勇太は笑顔でヘアピンを差し出すと、彼女は手を伸ばすのをためらっている様子に見えた。

「これじゃあ駄目だったかな?」
「そうじゃないの。ただ……どうしてすぐに返してくれるのかしらと、思っただけ」
「ああ……」

 勇太はますます笑みを深め、あっさりとこう言った。
 怪盗との距離は近く、今だったら彼女の思考を読む事も、彼女の正体を暴く事も可能である。が。勇太はそれをしなかった。それはあまりにもナンセンスな事であり、彼女の正体を暴くと言うのが、この一連の騒動の幕引きにはあまり美しくないものだと思ったのだ。

「これで、のばらさんを救って欲しい。
 もう学園を解放しよう。
 結界なんていらない場所に戻そう。
 想いは留めるものじゃない、届けるものだ。
 解放して征くべき場所へ」

 そうはっきりと伝える。
 ちらりと背後を見た。勇太の言葉に声を失っている三波に対して微笑む。この手の事にそんなに向いてるとも思えないけど、そんな自分にも分かりやすい位、生徒会長の事想ってるなら、伝えないのは損だ。
 少しためらった後、黒鳥はようやく手を伸ばし、ヘアピンを受け取った。

「ありがとう──」

 彼女は至極丁寧に膝を折り曲げて礼をする。その様は黒鳥の羽ばたきによく似ていた。

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 正午。
 聖祭も終わり、学校も浮足立った雰囲気から一転、ごくごく稀にしか存在しないぼんやりとした雰囲気が漂っていた。例えるならば、長期休暇明けの少し気の抜けた雰囲気。たまにならばそんな空気も悪くないと、勇太はのんびりと理事長館を目指した。
 理事長館の門を潜ると、珍しく門の下には栞が立っていた。

「あれ、こんにちは理事長。どうしました?」
「いえ。そろそろじゃないかしらと思っただけね」
「そろそろって?」
「あなたが来る時間よ」
「すごいな、超能力みたいだ」
「うふふ……超能力とは少し違うけどね、女の勘かしら」

 どうぞ。そう言いながら勇太はすっかり慣れ親しんだ理事長館の応接室に通された。
 いつかご馳走になったハイビスカスティーを出されて、それを飲みながら勇太は昨日の事を語る。栞はそのあらましを事細かに聞いては頷き、聞いては頷いていた。

「──と、言う訳なんです。……あの、のばらさんは、助かったんですか? あと海棠君に守宮さん。副会長も気になるかなあ」
「そうねえ。じゃあのばらさんの所にちょっと行きましょうか」
「え? 行ける……んですか?」
「ええ。今だったら大丈夫じゃないかしらね」

 今だったら……か。
 グラスの中で、カランと氷が音を鳴らした。その音を聞きながらグラスをテーブルに置くと、栞に着いて行く。
 理事長館から離れて少し。普段見慣れた新聞部のある古めかしい旧校舎の裏に、苔むした場所が存在した。しなびた噴水の立ち昇るそこに、真っ白な少女が腰かけていた。
 妖精のようなロマンティックチュチュを身に纏い、そこに足をぷらぷらとさせている幼い少女は、星野のばらであった。

「えっと……君がのばら……さん?」
「そうよ? あなたはお節介な記者さんね?」

 甲高い声で挑戦的な目つきで見られ、それに勇太は思わず「うっ」と言葉を詰まらせる。彼女が海棠が長年ずっと後悔し続けた相手なのかと思うと、色々と複雑な感情が込み上げてくると言う物だ。色んな肩書きを並べられてはいるが、今目の前にいる彼女が、今の星野のばらととらえるべきであろう。

「えっとさ、気分はどう?」
「どうと言う事はないわね。私は生きてないし、死んでもいない。でも、『ここにいていい』って許してもらえた」

 彼女は手を広げると、陽の光を受けて彼女の手が、身体が透き通って見えた。彼女自身に否があるのかどうかは、結局の所勇太には分からない。
 彼女を中心に色んな事があったが、彼女もまたそれで苦しんでいたようにも見えて。

「うーんとさ、これは別の人にも言った事だけどさ」
「なぁに?」

 のばらが小首を傾げて勇太を見るのに、勇太は少しだけ息を吸う。身体全体の毛穴が開くような、そんな錯覚を覚えつつ、身体全体で今までに出会った人達に想いを馳せる。
 この会話は、皆が知るべきだ。
 会った人達皆に届くよう、テレパシーの準備を済ませてから、ようやく勇太は口を開いた。

「皆が皆、誰かを大事に想ってるだけで、それが結果的に誰かを不幸にしてしまっただけだと思うんだ。
 想いは留めるものじゃない、届けるものだ。
 解放して征くべき場所へ」
「まあ……」

 のばらが顔を綻ばせて、目を細めて笑う。その様は年よりももっと幼く見せた。

「私、まだここにいてもいいの? 私死んでるわよ?」
「いたいって願うんだったら、いてもいいんじゃないかな」
「うふふ……ありがとう」

 ありがとう。
 あの晩にも聞いた。今日にも聞いた。
 何度聞いてもその言葉は素敵な物で、勇太の胸に染み入った。
 どうか、いい幕引きでありますように。
 そう、勇太は心から願った。

<第10夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122/工藤勇太/男/17歳/超能力高校生】
【NPC/茜三波/女/16歳/聖学園副生徒会長】
【NPC/怪盗オディール/女/???歳/怪盗】
【NPC/聖栞/女/36歳/聖学園理事長】

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■         ライター通信          ■
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工藤勇太様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第10夜に参加して下さり、ありがとうございます。
お見事でございました。回答、確かに受け取りました。これにより最終シナリオに移行が決まりました。
三波とのばら、そしてオディールへのご配慮に感謝いたします。

最終シナリオは7月第1週公開予定です。最終シナリオの参加、お待ちしております。