■【りあ】 蜂須賀菜々美ルート (前)■
朝臣あむ |
【8636】【フェイト・−】【IO2エージェント】 |
ススキの生える草原。
頭上には煌々と辺りを照らす満月が1つ。
菜々美はススキに紛れ、呆然と目の前の人物を見つめていた。
生まれて間もない菜々美を引き取り、ずっと一緒に過ごしてきた大好きな師。その師が異形の姿で月を見上げている。
「……師匠」
高らかに笑う師は、菜々美が知る優しく温かな存在ではなくなっている。口角を裂けんばかりに上げ、悦に入った表情で月を見上げる顔は別人だ。
「ふはははは! 見よ、菜々美! 我が肉体にたぎるこの力、見事ではないか!」
掲げた腕が顔と同じく人外の元へと変じている。赤黒く変色した腕は、血管が随所に浮き上がり、面影の消えた顔は鬼のような形相で狂喜に満ちた笑いを湛えている。
「師匠……何故……」
幼くも聡明だった菜々美でさえ、理解しきれない変貌だった。
そんな彼女の目にある物が映る。
古くあちこちが擦り切れた書物。それは師が数日前に古書店から買って来たものだ。
「……あの書物」
師が持って来た時は何の変哲もない、術を記しただけの物だった。だが今は違う。
禍々しい気を発し、師が雄叫びを上げるたびにその気配が増している。
「あの書物が、師匠を……」
菜々美は咄嗟に手を伸ばした。
その姿に師の目が動く。剥き出しになり血走ったことが鮮明になった目が、幼い彼女の姿を捉えた。
「何をする!」
既に声にも名残が無い。
地を震わす、雅に悪鬼と同じ声で怒号す師の声を耳に、彼女は書物に飛び付いた。そしてそれを掬いあげて師から距離をとる。
そこから確かな鼓動を感じた。
ドクドクと脈打つこの書物は、尋常の物ではない。
「菜々美――ソレを渡せ!」
低く威圧する声に首を横に振る。
「駄目です。この書物は、渡せません!」
叫ぶ菜々美の目は必死だ。そんな彼女に向けて激しい咆哮が放たれた。
「きゃあああ!」
風圧に飛ばされた菜々美の身体が地面に叩きつけられる。その衝撃に倒れ込んだ彼女の元に師が歩み寄った。そして伸ばした手が書物を拾い上げようとした時だ。
――ウアアアアアア!!!
突如、師であったものが苦しみ出した。
その声に瞼を上げた菜々美が目にしたのは、鬼の形相の中に覗く師の顔だ。
――……書を……我を、滅せよ。
これが、菜々美の師が残した最後の言葉だ。
彼女は悪鬼に全てを奪われまいと抵抗している師に背を向けて走り出した。
これが蜂須賀・菜々美の始まりである。
この数年後、彼女は住む場所もなく彷徨っている所を、とある喫茶店のオーナーに拾われた。
この出会いが、彼女の運命を変える切っ掛けを与えることになったのだった。
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Route1+α・実験の対価は実験で / フェイト
降り注ぐ日差しが厳しい午後。
フェイトは閑静な住宅街を、黒のスーツに身を包みながら歩いていた。
「……懐かしいな」
そう零す彼の瞳がサングラスの向こうで細められる。それを意識してかしないでか、人差し指でグラスを押し上げると彼の唇が引き結ばれた。
――あたしの実験体になれ。そうすれば昔の事は黙っていてやろう。
先日出会った「蜂須賀・菜々美」と言う女性はそう言うと、何事もなかったかのように姿を消した。
昔のフェイトを知り、昔の葎子を知る彼女の目的は何なのか。それを思うと正直良い気はしない。
フェイトは見えてきた店に息を吐き、足を止めた。
執事&メイド喫茶「りあ☆こい」の文字に目が向かう。5年経っても店名は愚か佇まいも変わっていないその様子にモヤモヤとした感覚が蘇る。
それを押し留めるように首を横に振ると、フェイトは止めていた足を動かした。
「お帰りなさいませ、ご主人さま♪」
カランッ。
開け放った店内から元気な声が響く。それに目を向けた瞬間、フェイトの目が見開かれた。
「あれ、フェイトさん? 何でここに……」
水色の髪をツインテールに結ったメイドが首を傾げる。その姿は紛れもない――葎子だ。
「私、バイト先は教えてなかったような?」
先日再会して以降、何度か顔を合せる事はあった。その度に言葉を交わし、互いに近くなっていたのだが、踏み込んだ話はしていなかったのだ。
それなのに何故? もしかして偶然?
そう瞳を輝かせる葎子だったが、その想いは聞こえて来た声に容易く崩された。
「あたしが呼んだんだよ」
振り返った先に居たのは黒のメイド服に身を包む菜々美だ。彼女は「ふふん」と口角を上げると、菜々美とフェイトを交互に見て面白そうに目を細める。
そして葎子に何事かを話しかけるとフェイトの前に立った。
「良く逃げずに来たな、ご主人様」
クッと笑う彼女に息を吐く。
初めて会った時も思ったが、何故にこうも挑発的なのか。それでも思ったことを表情に出す事なく頷くと、フェイトは礼儀と言わんばかりにサングラスを外した。
「約束は守る性質なんで」
「それは良い心がけだ。命がいくつあっても足りなさそうだが、嫌いではないぞ」
菜々美はそう言うと、顎でフェイトを席に促した。その姿に葎子が心配そうに視線を注ぐが仕方ない。
フェイトは葎子に軽く会釈を向けると、菜々美と共に席へ移動した。
***
「菜々美は何年経っても変わらないな。それが魅力でもあり、彼女の危うさでもある」
そう言葉を零すのは、喫茶店の奥に腰を据える人物だ。
男とも女ともつかない容姿の人物は、組んでいた足を解くと、心配そうに部屋を訪れた葎子に目を向けた。
「菜々美に何か言われたのか?」
楽しげに、それでもどこか心配するように問われた声に葎子が頷く。
「……心配するな、時が来れば全てが巧く納まる。そう言ってました」
「ほう」
菜々美は葎子にいくつかの言葉を投げた。その1つが彼女の今言った言葉だ。
その真意は定かではないが、言葉を吟味するこの人物には意味がわかっているのだろう。 「なるほど」と零すと、傍に置かれたカップに手を伸ばした。
「オーナー……私はどうすれば……」
「君は因果を断ちきっている。いわば自由の存在だ。君は君が思うままに動けば良い」
オーナーと呼ばれた人物はそう言うと葎子に微笑んで見せた。
***
暑い日差しも夕方になると姿を隠し、涼しい風が駆け抜ける。フェイトはそんな中を、仕事上がりの菜々美と共に歩いていた。
2人が向かうのは菜々美がよく行っていると言う神社だ。
「少し術を施す、待っていろ」
菜々美はそう言うや否や、神社の鳥居に向かって銃口を向けた。その姿に一瞬目を見張るものの、次いで感じた気配に「なるほど」と目が動く。
「人避けの結界か」
菜々美が銃を放った瞬間、辺りが神聖な空気に包まれた。それは紛れもない結界だ。
きっと菜々美の銃には目に見えない術が保護こされているのだろう。それこそフェイトが持つ銃と同等の――いや、それ以上の銃である筈だ。
「実験はその銃でするのか?」
先の闘いを思い出してもそうとしか思えない。
そしてその言葉を肯定するように、彼女は銃に納まる弾を入れ替え始めた。
「お前にはあたしの弾を受け、それに関する感想を述べて貰う。簡単だろう?」
そう首を傾げる彼女に一瞬だけ眉が上がる。
普通の人間が弾を受けた場合、怪我をすることもある。最悪、怪我では済まないこともあるのだが、彼女はわかっているのだろうか。
「お前の情報は僅かだが得ている。IO2エージェントで、オーナーの元で動いているのだろう? ならば問題ない。アイツの下で働ける人間は普通じゃないからな」
オーナーと言う言葉と、それに重ねられる言葉に苦笑する。
「やっぱりあの人の言ったエージェントはあなたか。確かにあの人の無茶振りには困ってるけど、人間を放棄したつもりはないよ」
いくら無茶な上司と言えど「あの人」も人間の筈だ。その人間が人外に向けるような命令を下す筈がない。
そう、今の菜々美のように。
けれど彼女はフェイトの言葉など気にせず準備を進めると、全ての弾を銃に込め終えた。
「よし、出来たぞ」
言って、不敵な笑みを浮かべてフェイトを見る。それに彼の目が細められるが異論を唱えるつもりはない。
「これから放つ弾には、不動明王の力を刻んだ。受けた者の自由を奪い、呪縛の元に消滅へと誘う弾になっているはずだ」
不動明王の力を刻んだ弾。普通なら理解できない話だが、フェイトには理解できた。それはここ数年で得た知識が元なのだが、それについて今は触れない。
彼はただ、これから来る衝撃に耐えるべく自らの気を高めるだけ。そして――
「死んでも化けて出るなよ」
――ドンッ。
何の躊躇いもなく放たれた銃弾を、フェイトはその身で受け止めた。
その瞬間、纏わり付くような、痺れるような感覚が迫る。たぶんこれが彼女の言う呪縛なのだろう。
「ッ……これは」
逃げる気も、それを払う気もない。
だが流石にこれは厳しいか? そう思った時だ。
「フェイトさん!」
聞こえた声に視線が向かった。それと同時に解き放たれる呪縛に目を見開く。
「葎子」
驚いたのはフェイトだけではなかったようだ。
駆け寄ってくる葎子に菜々美も驚いたように腕を下げている。
「菜々美ちゃん、何てことするの! 菜々美ちゃんの術は人に向けたらダメって、葎子あれだけ言ったのにわかってくれないの!?」
「いや、葎子……これには訳が――」
「言い訳は聞きません!」
葎子はそう言って菜々美を睨み付けると、フェイトに駆け寄った。
「フェイトさん、大丈夫ですか?」
キラキラと視界端を掠めるのは葎子の放った蝶の鱗粉だろうか。久しぶりに目にするが、前よりも威力が増している気がする。
「……葎子、すまなかった」
唐突に聞こえて来た声に目を見開くが、それ以上に違和感を覚える。
あれだけ傍若無人に振る舞っていた菜々美が葎子には頭が上がらないとはどういうことか。それに葎子も、菜々美の子の反応に疑問を持っていない。
「もしかして、これがこの2人の関係なのか?」
ポツリ。零した声が誰に拾われることもなく消える。そしてその代わりにと言っては何だが、葎子の悲痛な声が響いてきた。
「フェイトさん、血がッ!」
弾を受けた場所だろう。
肩から溢れる血に葎子が手を伸ばす。だが、フェイトはそれを制すると、不満そうな表情を浮かべている菜々美に目を向けた。
「えっと、菜々美ちゃん。さっきの術なんだけど……少し陰が弱いように感じるかな。もう少し不動明王の持つ外縛印を強くした方が良いと思う」
「お前……」
指摘された言葉に菜々美の目が見開かれる。
確かに菜々美の術には不動明王の術が施されている。それを一瞬にして見抜いた彼に驚いた。そんな所だろう。
菜々美は困惑したようにフェイトと菜々美を見る葎子を見、それから諦めたように息を吐いて2人に歩み寄った。
「あたしはお前のように何かに護られている人間は嫌いだ。だが、葎子が泣くと困るんでな」
そう言ってフェイトの目の前で足を止めると、彼女は手早く印を刻んだ。
彼女が紡いだのは両の手の親指と人差し指で輪を作りだす印の形。弥勒菩薩が象徴とされる『在』の印だ。
菜々美は印を刻んだ手をフェイトの肩に寄せると、温かな光がを注いだ。それに次いで止まる血にフェイトの目が瞬かれる。
「そんな技も使えるんだね。だったらもっと腕が磨けるはずだよ。細かい部分で改善の余地が見える」
「お前に言われる筋合いは――いでッ!?」
フェイトの言葉に透かさず反論しようとした菜々美のデコを凄まじい衝撃が襲った。
それを受けた菜々美は勿論、見ていたフェイトも固まる。
「そう言う事を言わないの! フェイトさんは菜々美ちゃんの為を思って言ってるんだよ。素直に受け取らなきゃ罰が当たっちゃうでしょ!」
メッと菜々美の額をもう一度弾く葎子に、菜々美がしゅんっと項垂れた。
これにフェイトの頬が緩むが、ここはじっと我慢だ。
軽く咳払いをすることでやり過ごすと、菜々美を擁護するように口を開く。
「いや、そこまで大層なものは……それに、頑張って実験してるってことは、それ相応の想いがあるってことでしょ? そう言うのって、なんだか可愛いよね」
言って微笑んだフェイトに、菜々美と葎子の目が見開かれる。そして葎子の視線が落ちるのだがフェイトは気付いていない。
「もし俺で良ければ力になるけど……って、どうかした?」
呆れた表情を浮かべる菜々美に、漸くフェイトが気付いた。だが彼の声に溜息を返すと、菜々美は「やれやれ」と肩を竦める。
「お前、天然だろ」
そう言ってもう一度ため息を零した菜々美に、フェイトは「?」と首を傾げると、落ち込んだ様子の葎子と、呆れた表情の菜々美を交互に見比べたのだった。
END
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 8636 / フェイト・− / 男 / 22歳 / IO2エージェント 】
登場NPC
【 蜂須賀・菜々美 / 女 / 21歳 / 「りあ☆こい」従業員 】
【 蝶野・葎子 / 女 / 23歳 / 「りあ☆こい」従業員 】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびはRoute1+α・蜂須賀菜々美ルートへのご参加有難うございました。
色々と悩みましたが、こんな感じに納めてみました。
如何でしたでしょうか?
もし何かあれば遠慮なくリテイクして下さい。
この度は御発注、ありがとうございました!
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