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■とあるネットカフェの風景■

三咲 都李
【8682】【因幡・白兎】【学生・アイドル】
「面白いことないかな〜」
 パソコンのサイトを眺めながら、はぁっとため息をついた。
 ここのところ面白い情報は入ってこない。
 停滞期。
 それはどんなものにでもあるものだ。
「まぁまぁ。とりあえず飲み物でも飲んで落ち着いて?」
 ふふっと笑って影沼ヒミコ(かげぬま・ひみこ)は少女の前に飲み物を差し出した。

 と、誰かがネットカフェに入ってくる気配を感じた。
 少女達が振り向くと、見知った顔である。

「あー! どうしたの? なんか面白いことあった?」
とあるネットカフェの風景
 〜 2人の歌姫 〜

1.
 夜の学校は夏の暑さを忘れさせるほど、ひんやりと涼しく、そして静まり返っている。
 聞こえるのは自分の足音だけ。手にした懐中電灯を前方に向けながら学校の見回りをしていた用務員は、ふと足を止めた。
 …気のせいだろうか?
 自分の足音以外の何かが聞こえた気がした。微かに声が聞こえた気がした。
 いや、まさか。
 夜の学校に誰がいるというのだろう。窓の外を見てみるが、人影などない。今夜は満月の明かりが綺麗に外を照らしている。誰かがいたらすぐにわかるだろう。
 再び歩き出す。教室に異常はない。渡り廊下から中庭へ。
 …まただ。
 先ほどと違い、今度は声がはっきりと聞こえた。
 歌だ。歌が聞こえてくる。
 それは今から見回りに行こうとしている体育館から聞こえた。女の声のようだ。
 慌てて体育館へと急ぐ。やはり誰かが学校に侵入したのだ。きっと生徒に違いない。とっ捕まえて叱らなければ!
 扉を急いで開けて、中に入った用務員は立ちすくんだ。
 そこには誰もいなかった。そして歌は静けさの中にいつの間にか消えていた―…。

 とあるネットカフェ。
 むむむっと画面を睨むのは、SHIZUKUという名のオカルト系アイドルである。
 彼女は今、とある学校で起きた『体育館のセイレーン』とタイトルづけられた書き込みに興味を惹かれていた。
「どうしたの? SHIZUKUちゃん」
 影沼(かげぬま)ヒミコがそう訊ねるとSHIZUKUは目を煌めかせて振り向いた。
「学校の怪談だよ! 噂ではその歌声を聴くと呪われるとか…神隠しにあった人もいるらしいよ!? これは調べなきゃだよね!」
 なんとも嬉しそうなSHIZUKUにヒミコは苦笑いをする。SHIZUKUが言い出したら止まらないことは、友達であるヒミコがよく知っている。
「が、頑張ってね…」
「うん! 調べてくるね!」
 そう言って出ていったSHIZUKUの近くの席に、2人の少女が座っていた。
 1人は黒い艶やかなセミロングにきりりとした赤目に長身と、一見男の子にも見えそうなスポーティな服装の少女。
 そしてもう1人は小柄な体型にふわふわの甘ロリ衣装を身にまとった白銀ロングヘアの見るからに可愛らしい少女。
 対照的な2人はSHIZUKUとヒミコの会話を小耳にはさんで、小さな声で話す。
「奈美ちゃん、セイレーンだって」
「学校の七不思議ってやつかな? 皆飽きないね。はははっ」

 この2人、伊座那奈美(いざな・なみ)と因幡白兎(いなば・はくと)がこれからSHIZUKUと思わぬ場所で再会することになるとは誰も知る由がなかった…。


2.
 SHIZUKUはネットで得た情報を元に、『体育館のセイレーン』の学校へと侵入した。
 時刻は午後9時。あたりは真っ暗であったが、SHIZUKUは気にせず突き進む。
 体育館は学校の校舎横にドンと構えていた。立派な体育館だ。
 しかし、不用心な体育館であった。鍵がかかっていない。
「…不用心だなぁ」
 まぁ、そのおかげで無事に体育館に入ることもできるのだが。
 SHIZUKUはためらうことなく体育館へと足を踏み入れる。シーンと静まり返った体育館は窓から月の光が降り注ぐ以外に何も明かりがない。
「ん〜…懐中電灯は使わない方がいいかな」
 SHIZUKUは持ってきていた懐中電灯を切ってカバンにしまう。人工的な明かりはオカルト的に良くない気がした。
 …それにしても、歌声は一向に聞こえてくる気配がない。
「ちょっと隠れて待ってようかなぁ」
 SHIZUKUは体育館に設置された舞台の袖へと隠れた。丁度いい具合に椅子もあった。それに腰かけると、軽い眠気が襲ってきた。
 ちょっとだけ…。
 そうして目を瞑ったSHIZUKUはいつの間にかすやすやと眠ってしまっていた。

「さて、今日も頑張るか!」
「うん、頑張ろうね♪」
 奈美ちゃんの気合の入った声に、僕は笑顔で返す。
 いつものように、いつもの場所で。奈美と白兎は舞台に立ち、持ってきたペットボトルを隅に置く。喉を傷めないために水分はいつでも必要だ。
「あー…あー…」
「あえいうえおあお、かけきくけこかこ…」
 奈美ちゃんは入念な発声練習。僕は滑舌をよくする練習。どちらも軽いウォーミングアップだけど大切なこと。
「さて、今日は何を歌おっか?」
「『ふるさと』とかどうかな? 学校に合う歌だと思うんだけど」
「喉慣らしにはいいね。よし、いっちょ歌うか!」
 ニカッと笑って奈美がゴーサインを出すと、白兎もにっこりと笑う。
 2人は息を合わせると、滑らかにアカペラで『ふるさと』を歌いだす。

 ― 兎追いし  かの山
   小鮒釣りし かの川
   夢は今も  めぐりて
   忘れがたき ふるさと ―

 パワフルな奈美の歌声に、白兎の澄んだ声が美しいハーモニーを作り出す。
 気持ちの良い瞬間だ。歌うことが素晴らしいと感じる。奈美の歌声はいつ聞いても元気が出る。
 歌い終わり、ふぅ〜っと息をつくと2人は顔を見合わせて笑いあう。
「次は何歌う? 今度は奈美ちゃんが決めていいよ」
 白兎がそう言うと、奈美はう〜んと腕を組む。
 その時、白兎はハッと身構えた。突然人の気配がした。これじゃ隠れるのに間に合わない!
 奈美が後ろを見ると…

「人…だ…」

 そこには舞台袖のカーテンに隠れるようにSHIZUKUの姿があった。


3.
「…ん? ネットカフェでセイレーンの話してた子?」
 奈美がツカツカと近寄ると、SHIZUKUは少し驚いたような顔をした。
「え? な、なんで知ってるの??」
「あれ? あれれ??」
 白兎は危険の可能性がないとわかったかわりに、何か引っかかりを感じて考え込んだ。
「奈美ちゃん、もしかして…この人が調べてる『セイレーン』って僕たちのことかも」
「はぁ!?」
 奈美が思わず大きな声を出した。が、白兎は可愛らしく、しかし理路整然と説明する。
「だって『体育館のセイレーン』って言ってたよね? セイレーンて確か、船人を歌声で誘惑するモンスターでしょ? で、ここは体育館で、僕たちはいつもここで歌を歌ってたよね…」
「………」
 奈美が白兎の説明に目をぱちぱちとさせた。そして…
「ははは! まぁ、そうなるよな!」
 と豪快に笑った。納得の仕方が奈美らしいと白兎は思った。
「え!? じゃああなたたちが呪いとか神隠しとかしてたの!?」
 SHIZUKUの言葉に今度は白兎が目をぱちぱちとさせる。
「ええ!? そんなことしてない! そんな大事になってたの?」
「呪いに神隠しって…歌ってるだけでそんなのできたら苦労しないって!」
 あははっと腹を抱えて奈美が笑う。SHIZUKUはただポカンと2人を見つめる。
「あたしは伊座那奈美。呪いも神隠しもできない、ただのデビュー前のアイドルだよ」
 奈美が手を出すと、SHIZUKUはその手をおずおずと握った。
「僕は因幡白兎。奈美ちゃんと同じくデビュー前なんだよ」
 可愛らしくそう言って、白兎もSHIZUKUと握手をした。SHIZUKUの手は柔らかかった。
 SHIZUKUも自己紹介をして、自分がここに来た理由を話した。
「悪かったね。正体が心霊系でなくて」
 豪快に笑った奈美の言葉に、白兎は付け足す。
「歌声が聞こえた後に見に来て人がいなかったのはね、僕が人の気配に敏感だからなんだよ。だから来る前に奈美ちゃんに知らせて隠れてたんだよ…ごめんね?」
 まさかこんなことになっていたとは…白兎もビックリの展開であった。けして悪気があったわけではないのだが…これは反省しなければならない。
 白兎の申し訳なさそうな表情に、SHIZUKUは慌てて言い訳する。
「ネットの噂って大半は『幽霊の、正体見たり、枯れ尾花』だから…き、気にしないで」
「もうここでは練習しないよ。あたしの歌は近所迷惑だったろうしな」
 奈美の明るい声に白兎も頷いた。
「そうだね。悪い噂たてちゃって申し訳ないもんね」
 あっけらかんと言う2人に、SHIZUKUは少し申し訳なさそうに肩を落とした。
「ごめんなさい…。私が調べなかったら練習、まだできたんだよね…」

「あんたのせいじゃないって! …でも折角ここで会ったんだし、歌い納めだ。あんたも歌わね?」


4.
 奈美の言葉にSHIZUKUがきょとんとしていると、白兎がにっこりと笑った。
「歌い納めかー…今度は何処で練習しようね? 何の曲がいい?」
 白兎はにこにこと笑顔でSHIZUKUに言う。
「あんたの歌いたい曲でいいよ」
 白兎は喉の調子を整え「あーあー」と練習をする。
 SHIZUKUは、少し考えて言った。
「じゃあ『夏の思い出』。いいかな?」
「夏らしくていいね! じゃあ、それいこ!」
 奈美が笑ってから、息を整える。白兎も小さく呼吸を整えた。
 小さく奈美が手を振って、アカペラの夏の思い出が体育館に響き渡る。

 ― 夏がくれば  思い出す
   はるかな尾瀬 遠い空
   霧のなかに  うかびくる
   やさしい影  野の小径
   水芭蕉の花が 咲いている
   夢見て咲いている水のほとり
   石楠花色に  たそがれる
   はるかな尾瀬 遠い空  −

 2人よりも3人。2人だけでは出せなかったハーモニーが夏の体育館に名残を残す。
 この場所での練習もこれで最後かぁ…。そう思うとちょっとだけ寂しかった。
「…ありがとう」
 SHIZUKUがそう言うと、奈美も白兎も笑った。
「こちらこそ」

 その後、『体育館のセイレーン』の噂は他の噂にかき消されて、誰の記憶からも消えていった。
 だけどSHIZUKUは忘れない。
 奈美と白兎と歌った夏の思い出を。
「また、一緒に歌えたらいいな」
 そんなことを思うSHIZUKUは、きっと2人とまた会えると信じている…。


■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 8680 / 伊座那・奈美 (いざな・なみ) / 女性 / 18歳 / 学生・アイドル

 8682 / 因幡・白兎 (いなば・はくと) / 男性 / 15歳 / 学生・アイドル

 NPC / SHIZUKU / 女性 / 17歳 / 女子高校生兼オカルト系アイドル

 NPC / 影沼・ヒミコ (かげぬま・ひみこ) / 女性 / 17歳 / 神聖都学園生徒


■         ライター通信          ■
因幡白兎 様

 こんにちは、三咲都李です。
 ご依頼いただきましてありがとうございます。
 アイドルデビューに向けての練習、お疲れ様です。
 今回は著作権切れの童謡を中心に歌っていただきました。
 白兎様の性別はSHIZUKUにまだ知られていません。…ニヤリ。
 少しでもイメージに近い物であったら幸いです。