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■とあるネットカフェの風景■

三咲 都李
【8636】【フェイト・−】【IO2エージェント】
「面白いことないかな〜」
 パソコンのサイトを眺めながら、はぁっとため息をついた。
 ここのところ面白い情報は入ってこない。
 停滞期。
 それはどんなものにでもあるものだ。
「まぁまぁ。とりあえず飲み物でも飲んで落ち着いて?」
 ふふっと笑って影沼ヒミコ(かげぬま・ひみこ)は少女の前に飲み物を差し出した。

 と、誰かがネットカフェに入ってくる気配を感じた。
 少女達が振り向くと、見知った顔である。

「あー! どうしたの? なんか面白いことあった?」
とあるネットカフェの風景
 〜 夢見るアイドル 〜

1.
 春うらら。桜の花びらが雨のように舞う。
 久しぶりのオフの日。フェイトはテレビをつけて、窓の外を見た。
 暖かな春の日差しが少しだけ残っていた眠けを優しく溶かしていく。
 今日1日、何をして過ごそうか? 夜中まで仕事で帰ってから倒れ込むように寝てしまったため、今日の予定など全く考えていなかった。
 折角桜の花が咲いているし、公園にでも行って過ごそうか。
 …そうだ! 久しぶりに弁当でも作ってみようか。
 花見と言えば弁当だよな。とりあえず冷蔵庫の中に材料があるか確認してみるか。
 冷蔵庫を漁りながら、弁当の材料になりそうなものを探す。ここの所忙しかったので、あいにく弁当の材料になりそうなものはほとんどない。
 しょうがねぇな。買い物に行くか。
 出かける準備をもそもそとしていると、先ほどつけたテレビから聞き覚えのある名前を聞いた気がした。
「ん?」
 思わず目をやると、見慣れた笑顔が大きな見出しと共に映し出されていた。
『オカルト系アイドル・SHIZUKUさん、過労でダウンのようですね』
『過密なスケジュールの影響だと事務所の見解ですが…どう思われます?』
『そうですねぇ。オカルト系と言われてますし、案外何かに憑かれていたりするのかもしれませんねぇ…ははっ。あ、今の【疲れる】と【憑かれる】を掛けたんですよ。笑うところですよ。…どちらにしろ、早く復帰してほしいものですね』
 軽いおやじギャグをかましながら、コメンテーターたちは勝手なことを言う。
 先日放映された心霊番組で、SHIZUKUはいつものようなキラキラした好奇心あふれる笑顔で心霊スポット探索を行っていた。
 …気にかかった。
 買い物に出かける。ただし、花見の予定はやめた。

 行先は、SHIZUKUの自宅だ。


2.
「び…っくりしたぁ…」
 赤い顔をしたSHIZUKUはそう言いながら笑ってフェイトを迎え入れた。
「ていうか、何で家知ってるの? あたし、教えたっけ?? あ! もしやあたしのファンでストーk…」
「ばっ…!? 前の時にSHIZUKUのマネージャーに教えられたんだよ! 念のためにって!」
「あー…そっか。なるほど」
 SHIZUKUの部屋は女の子らしく…ないシンプルな部屋だった。
 しいて何か特徴をあげるとすれば、パソコンスペースの周りに異常なまでのオカルト本が置いてあることだろうか。
「飯、食えそうか?」
「お腹減ったぁ…て、え? 作れるの?」
 持参した袋には途中購入してきた食材とエプロン。それらを置いたフェイトを意外そうな顔で見つめるSHIZUKUはベッドの上に座った。
 仕事用のスーツではなく、ジーンズに春らしい明るい色のシャツの上からエプロンを着用したフェイトはやや不服そうに答える。
「それぐらい作れるよ。何のために来たと思ったんだよ?」
「う〜ん…可愛いあたしを襲いに?」
「……寝てろ」
 ぶーぶー文句を垂れるSHIZKUを無視しつつ、手際よくフェイトはおかゆや消化に良い料理を作っていく。
 過去、弁当男子をしていた身としてはこれくらいは朝飯前になっていた。
 …つくづく、なんでもやっておくべきものだなと思う。
「フェイトくん、いいお嫁さんになれるね〜」
 SHIZUKUが感心したようにそう言った。フェイトは苦笑いして振り向く。
「俺は男だから。お・と・こ!」
「知ってるよーだ! なによぉ、褒めたのにぃ…」
 全然褒められた気がしないのはなんだろう?
 でも、拗ねたSHIZUKUを見ると本気で褒めてくれていたようだ。少しだけ顔がゆるんだ。
 その気持ちだけは受け取っておこう。
「ほら、できたぞ」
「うわーい!」
 熱々のおかゆと炒り卵、練り梅、ふろふき大根とほうれん草のおひたし。それから豆乳プリンのデザート付。
「すごいすごーい! フェイトくん、今からでもコックさんになりなよ!」
「そこまでのもんじゃ…いいから食べろよ。あっついから火傷するなよ」
 面と向かって褒められて、フェイトはポーカーフェイスを保つのに必死だった。
「いっただっきまーす!」
 食事を食べだしたSHIZUKUの傍らに座り、フェイトはSHIZUKUをじっと観察した。
「…な、なに?」
 その視線に気が付いたSHIZUKUが困ったように聞いた。
「いや、よく食べるなぁと思って」
「! だ、だってお腹空いたんだもん! アイドルだってお腹空くの!」
 エプロンを脱いだフェイトはその言葉に笑ったが、真顔に戻り気になっていたことを訊いた。

「なぁ。調子悪いの、いつからだ?」


3.
 SHIZUKUはおかゆを冷ましながら、少し考えていたがカレンダーに目をやって答えた。
「先月の終わりくらいかなぁ。ロケに行ったんだけど…その後だったかな。熱が下がらなくなっちゃったんだ」
「熱以外は?」
「特になにもないんだよね。お医者さんも『過労でしょう』って言ってたし…」
 SHIZUKUの額にそっと手を当てて見る。確かに熱が高い。
「…? あれ? 熱が急に上がったか?」
 ふとフェイトがSHIZUKUの顔を見ると、SHIZUKUの顔が真っ赤である。
「うわっ!? 熱が上がったのか! 飯食って、早く横になって休めよ」
 アワアワして食事を下げたり、布団を直したりと世話を焼くフェイトにSHIZUKUは「誰のせいだと思ってるのよ…」とぼそりと呟いたが、その言葉はフェイトには聞こえなかったようだ。

 ご飯を食べて少し経つと、SHIZUKUはいつの間にか寝息を立てていた。
 苦しそうな様子はなく、むしろ安心したような寝顔だった。
「すぐに楽にしてやるから」
 フェイトはそう言うと、SHIZUKUの自宅を後にした。
 どうしても向かわなければならない場所があった。
 それは、先日SHIZUKUが心霊番組でロケに行ったという都内の心霊スポット。聞くところによると自殺の名所だという。
 …実はIO2の情報網にこの場所は何度か報告が上がっていた。
 ただ、目撃談のみで害があるという報告はなかったため、IO2で取り扱うことはなかった。
 フェイトは都内の心霊スポットということで印象に残っていたので、SHIZUKUの件で違和感を覚えたのだ。
 心霊スポットについたのは午後3時頃。
 しかしその場所はどことなく薄暗く、まだ冬のような寒気を覚えた。
「あんたか? あいつに悪戯してるのは」
 何もない場所にフェイトは話しかける。ごく一般の者には見えない影がそこにはいた。
 影は何も言わない。フェイトはそれでも話しかける。
「SHIZUKUを覚えてるだろ?」
 『SHIZUKU』の名を出した途端、影は爆発するように黒い瘴気を放ちだす。
「ちっ!」
 飛びのくと同時に影にサイコハックを仕掛ける。何か手がかりがあるかもしれない。

 それは…黒い記憶だった。
 東京に飛び出した少女。夢を見ていた。いつかキラキラとした芸能界に自分も飛び立つのだと。
 その為に一生懸命、働いた。自分を磨くために色々なことをした。
 そうしてとある芸能事務所からスカウトが来た。
 少女は喜んで契約を交わした。契約金として大金が必要だったが、東京に出てきて働いたお金があったから全てをつぎ込んだ。
 初めて手にした芸能界への扉の鍵を離すまいと、少女は必死だった。
 しかし、少女が掴んだのは華やかな世界の鍵ではなく、絶望の淵をのぞくための台だった。
 芸能事務所は、どこにも存在しなかった。詐欺だった。
 少女は全てをなくした。東京に出てきてからの時間、お金、夢、希望…そして、命。

『死…ねシねしネし…ね…シね…死ネ…』
 どす黒い瘴気がすべてを拒む。フェイトの話すら聞けぬほど、影は嫉妬に狂っている。
 そしてそれらの全てをフェイトへぶつける。いや、フェイトにだけぶつけているわけではない。
 それはあの日ロケに来たSHIZUKUへもぶつけられていた。
 少女の欲しかったものすべてを手に入れていたSHIZUKUは、明るくて眩しくて…そして妬ましかった。
『シ…ね…死ネ…しネ…』
「話は…通じないか…」
 あいにく今日はオフの日。フェイトの愛用の銃は残念ながらここにはない。
 それでも、友人を救うためにこの悪霊と化した少女を消滅させる必要があった…。


4.
「悪いな」
 そうフェイトは呟くと、辺りに散らばっていたBB弾に目をつけた。
 怖いもの知らずな子供がここでサバイバルゲームの真似事でもしたのだろう。
 だが、それがフェイトの有効な武器になる。
 絶え間なく発せられる少女の怨念は、今もフェイトに、そしてSHIZUKUに浴びせられる。
 BB弾がフェイトの力によってふわりと空に舞い上がる。そして、次の瞬間その弾は雨のように影へと攻撃を仕掛けた。
『ギャッ!』
 小さな悲鳴が聞こえたが、フェイトはそれでも容赦しなかった。
 降り注ぐBB弾の雨に混じって、次第に消えていく影。
 その影が完全に消えると、辺りは嘘のように春の木漏れ日に包まれる場所になった。
「手荒な真似はしたくなかったんだけどな…」
 自嘲気味にそう言ったフェイトは、影のいた場所を一瞥するとその場を立ち去った。

 SHIZUKUの状態が気にかかった。早く戻らないと…。
 夕闇迫る街を人ごみを縫うように走る。大丈夫だとは思う。けれど万が一があったら…。
 焦る心が足を動かす。SHIZUKUの自宅前に着くとフェイトは足を止めた。
 中で人が動く気配がする。

「うわぁ! フェイトくんてば豆乳プリンいっぱい作ってってくれたんだぁ〜♪」

 嬉しそうな黄色い声。元気が出たらしいSHIZUKUの声。どうやらフェイトが作って冷蔵庫に入れておいた料理の数々を品定めしているようだ。
「おかずもいっぱい〜♪ 当分ご飯に困らないなぁ、うふふ♪」
 …SHIZUKUのヤツ、元気になったらこれかよ…。
 ちょっと気が抜けた。まぁ、でも元気になったみたいだし、いいか。
 フェイトは踵を返して、SHIZUKUの部屋から遠ざかる。すっかり日が落ちてしまった。
 折角のオフの日が終わってしまった。
 けど、友人を助けられたのだから悪いオフではなかった。
「家に帰って飯の用意しようかな」
 食材を買って家に帰ろう。料理の腕が落ちないように、たまには自炊しておかなければ。
 だが、家に帰る途中でふとフェイトは立ち止まった。
「あ…エプロン…」
 SHIZUKUの家に置いてきてしまったようだ。
 一陣の風が吹く。桜の花びらをのせて、フェイトの周りを駆け巡る。

『ありがとう』
 風に紛れてそんな声が聞こえた気がした。空耳だったかもしれない。
 けれど、SHIZUKUの声だったような気がした。
 
 また気が向いたら作りに行ってやるか…。
 少し微笑んで、フェイトはまた歩き出した。



■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 8636 / フェイト・− / 男性 / 22歳 / IO2エージェント


 NPC / SHIZUKU (しずく) / 女性 / 17歳 / 女子高校生兼オカルト系アイドル


■         ライター通信          ■
 フェイト 様

 こんにちは、三咲都李です。
 ご依頼いただきましてありがとうございます。
 オフの1日、SHIZUKUの看病お疲れ様です。
 久しぶりに色々お料理などしていただきましたが…弁当男子からどれくらいの腕前になっているのか、ワクテカな私です。
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。