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■とあるネットカフェの風景■

三咲 都李
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】
「面白いことないかな〜」
 パソコンのサイトを眺めながら、はぁっとため息をついた。
 ここのところ面白い情報は入ってこない。
 停滞期。
 それはどんなものにでもあるものだ。
「まぁまぁ。とりあえず飲み物でも飲んで落ち着いて?」
 ふふっと笑って影沼ヒミコ(かげぬま・ひみこ)は少女の前に飲み物を差し出した。

 と、誰かがネットカフェに入ってくる気配を感じた。
 少女達が振り向くと、見知った顔である。

「あー! どうしたの? なんか面白いことあった?」
とあるネットカフェの風景
 〜 分かれ道、けれど道は続く 〜

1.
 4月。3度目の高校の春を迎えた。
「勇太、また同じクラスだな!」
「おう」
 工藤・勇太(くどう・ゆうた)の前を、いつもと変わらぬ面子が通り過ぎていく。
 いつもの風景だ。見慣れた平凡な日々。
 部活は上級生になったから、アドバイスをくれる人がいなくなったけど後輩も入ってきてなんとか先輩っぽく振舞っている。
 SHIZUKUは相変わらず忙しそうなのに、相変わらずネカフェに拠点に置いてへんな噂を探している。‥‥そして、ガセだってわかると地団太踏んでる。
 勇太はそんな日常を笑顔で過ごしていた。
 穏やかな日々にずっと憧れを抱いてきた。それは、今ここに有る。
 くだらないことで笑って、些細なことで喧嘩して、缶ジュースで仲直りして。
 この先の未来でもこうして『普通』でいられることを望んだ。 
 『普通』でない勇太には『普通』であることが、夢であった。
 友達は取り留めもなく話す。大学の話。就職の話。彼女やバイトや遊びや勉強。どれもこれもが漠然とした未来の話だったけれど、友達の前にあるのは間違いなくその道だった。
 でも、勇太には未来への道がよくわからなかった。
 見えないわけじゃない。望めば手に入るのかもしれない。
 けれど『普通』の中にいてなお、自分の能力を使ってしまう。『普通』を自分で手放している自分がいる。
 それが最善だった‥‥そう言い訳しても、自分で自分は騙せない。
 『特別』な力を行使する自分が嫌だった。イライラする。
 時間は確実に流れていく。

 俺の未来はどこにあるんだろう‥‥?


2.
 ある日、SHIZUKUからメールが届いた。
 コンサートのチケットをネカフェに預けたから、という連絡だった。
 初めてコンサートのチケットを貰って以来、SHIZUKUは何度かこうしてコンサートのチケットを渡してくれた。
「‥‥『ライブハウス』?」
 チケットに書かれたコンサートの詳細を見て、勇太は思わず首をひねった。
 今まで貰ったチケットは、いつもそれなりに有名なところだった。
 なのに、今回はライブハウス? 大きなホールが押さえられなかったんだろうか?
 違和感を感じながら、約束の日にコンサートの会場へ向かった。

 ライブハウスはぎっしりと人がいた。
 けど、いつもと雰囲気が違った。入っていた客が今まで見てきたSHIZUKUのコンサートに来ているような服ではなく、明らかにパンク系であったり、ロック系の少し近寄りがたい服だった。
 1人や2人なら個人の自由、と流すこともできただろうが、客の大半がそんな感じだったので勇太は居心地の悪さを感じた。
 ドリンクを貰って、適当な位置に陣取る。
『ビーーーーッ』
 けたたましい音と共に、舞台の照明がつく。舞台袖から出てきたのは、SHIZUKUではなかった。
『いえー! 野郎ども、今日は俺らのライブに来てくれてサンキューな!』
「‥‥え?」
 勇太は目をこする。何度こすっても舞台に立っているのはSHIZUKUではない。
 観客たちは熱狂し、ジャンピングしながら舞台の上で踊り歌うロッカーたちと熱唱する。
 勇太はチケットの半券を取り出した。日時も、場所も、SHIZUKUの名も‥‥間違っていない。
 じゃあ、俺が見ているのはなんなんだ?
 混乱する頭で考えるうちに、ロッカーたちは歌い終わって手を振りながら舞台を降りていく。
 そして、照明が明るい黄色に変わると元気な聞き慣れた声が聞こえた。
『SHIZUKUでーす! 会いたかったよーー!!』
 跳ねるように舞台に上がったSHIZUKUに勇太はようやくホッとした。
 けれど、大半の観客はそんな勇太とは裏腹に歓声を上げるでもなくドリンクへと流れていく。
 SHIZUKUが頑張ってんのに、なんでお前ら呑気に飲み物飲んでんだよ。
 内心ムカッときながらも、勇太はSHIZUKUに目をやる。
 それほど広くないライブハウスの中、探すのは容易だったのだろう。
 勇太と目が合ったSHIZUKUは、にっこりと笑って小さくウィンクした。

 ‥‥余裕あるな。

 勇太は苦笑いで小さく手を振った。


3.
「来たねー!」
 コンサートが終わった舞台裏。勇太はいつものようにSHIZUKUの元を訪ねた。
 嬉しそうに笑うSHIZUKU。そこは他の舞台出演者と同じ楽屋であった。
「よう」
 他の出演者からの視線が痛い。妙な居心地の悪さを感じながら、勇太はSHIZUKUの近くの椅子に座った。
「‥‥こういうとこでも、やるんだな」
 小さな声でそう言うと、SHIZUKUは少し驚いたようだったがすぐに微笑んだ。
「そりゃあ、やるよ。あたし、まだまだ知名度低いから」
 自嘲したように笑うSHIZUKUに勇太は少しうろたえた。いつもの自信がありげなSHIZUKUとは思えなかった。
「充分だと思うんだけどな」
「そんなことないよ。東京周辺ではそこそこ知られてるけど、まだまだだよ。目指すは全国的オカルトアイドルなんだから」
 にこっと笑って、SHIZUKUは小物やら衣装やらを片付け始める。それでも、口を動かすのは止めない。
「ファンの人がさ、たまにおっきな会場を提供してくれるからおっきなコンサートできるけど、ホントはそんな立場にないもん。いつか自力でおっきなコンサートやるの。テレビにも出たいな。あ、オカルト番組のMCとかもやってみたいな〜」
 楽しそうにそう話すSHIZUKUに勇太もなんだか楽しい気分になる。
 こいつ、本当に楽しそうだよな。
 迷わず道を突き進もうと努力するSHIZUKUは、勇太には眩しく感じられた。
「ぷ。オカルトアイドルとか‥‥ガキんちょ‥‥」
 誰かの嘲笑の声が聞こえた。楽屋にいた共演者のうちの誰かの声だった。手が止まったところを見るとSHIZUKUの耳にも聞こえたようだった。わずかにその指先が震えている。
「誰だよ、今の!」
「いいから、勇太君!」
 勇太を制止し、SHIZUKUはさらに急いで荷物をまとめた。
「あの、今日はお疲れ様でした。ありがとうございました」
 深々と礼をして、SHIZUKUは楽屋を後にしようとした。
 その時、勇太は目の端にきらりと光るものを捕えた。その光るものはまっすぐにSHIZUKUへと向かってきた。
「!」
 手でそれを防ごうとしたSHIZUKUを庇うように、勇太はSHIZUKUを自分の後ろに隠した。
 投げられた光るそれは勇太に当たる寸前に、何か別の見えないものに当たって床に落ちた。開封前の缶ジュースだった。
「あ‥‥れ? 今当たった??」
 ざわつく楽屋に、勇太は一瞥をくれた。
「今のが当たってたら、投げたヤツ傷害罪だな。‥‥次はないと思えよ?」
 鋭い視線を残して、勇太はSHIZUKUを連れ出した。
 SHIZUKUに怪我がなくてよかった。
「ありがと。勇太君。でも、無茶しないでよね」
 申し訳なさそうなSHIZUKUだったが、嬉しそうな笑顔だった。

 能力をまた使ってしまった。それはひどい背徳感だった。
 でも、こうして誰かを救う事が出来るのなら‥‥やっぱり能力は俺にとって必要なんじゃないだろうか。
 誰かが傷つくのを見て見ぬ振りして能力を封印してしまうより、誰も傷つかない方がいいんじゃないのか。
 それは、俺が決断するべき道じゃないのか?


4.
 秋、勇太は国際空港のロビーにいた。
 学校には転出届けを出した。転出先はアメリカの高校。‥‥表向きは。
 勇太はIO2に入る事を決断した。
 自分にしかできない事をするために、日本を離れる決意をした。そのための研修を受けに渡米するのだ。
 学校の友人はみんな寂しそうだったが、カラオケで送別会をしてくれた。
 SHIZUKUにも留学するのだと伝えた。ただ、いつ行くとは伝えなかった。
 『普通』の俺と友達になってくれたSHIZUKUに会うと、決心が鈍りそうだった。だから、黙って旅立とうと思った。
「そろそろ行くかな」
 荷物を持って、ベンチを立つ。いつ日本に戻れるかはわからない。
 少しだけ訪れる郷愁の気持ちに、勇太は目を瞑る。

 バコッ!!!

「っ!」
 突然目の中に星が飛んだ気がした。‥‥実際は何かで頭を殴られた。
「みーずーくーさーいっ!」
「!?」
 思いもよらぬ声に頭を押さえて振り向くと、ちょっと怒ったような顔をして立つSHIZUKUがいた。
「な、なんでSHIZUKUがここにいるんだよ!?」
「アイドルの情報網、舐めないでよね」
 腕組みしてふぅっとため息をついたSHIZUKUは、いつものように笑う。
「友達の旅立ちの日なんだから、見送りたいじゃない」
 勇太の持っていた荷物をひったくり、SHIZUKUは「送ってあげる」と勇太と一緒に歩き出した。
「アメリカで何するのかわかんないけど、途中で放りだしちゃダメだよ? 愚痴ぐらいは聞いてあげてもいいけど、挫折して帰ってきたら許さないからね」
「許さないって‥‥具体的には?」
「え!? そ、それは‥‥コンサートのチケット、もうあげない!」
 いつもの会話。最後までSHIZUKUは『普通』に勇太に接してくれる。
「じゃ、ここでいいよ」
「帰ってくるときは、連絡ちょうだいね。いってらっしゃい」
 SHIZUKUは最後まで笑顔だった。

 タラップを踏みしめる。秋の風が優しく頭を撫でる。
 ‥‥IO2に入ればおそらく二度と『普通』には戻れない。
 けれど、その『普通』を守るために勇太は選択した。

 この力で誰かを救えるなら、これが俺の『運命』だ。



■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生


 NPC / SHIZUKU (しずく) / 女性 / 17歳 / 女子高校生兼オカルト系アイドル


■         ライター通信          ■
 工藤勇太 様

 こんにちは、三咲都李です。
 この度はご依頼いただきまして、ありがとうございます。
 人生の岐路、若者は悩みがいっぱいですね!
 でも、その選択に後悔しないでいただきたいなと思います。
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。