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■DIVE:01 -Embodiment-■

涼月青
【8555】【ヴィルヘルム・ハスロ】【傭兵】
 ミカゲとホカゲという名の双子が創りだした電脳世界、ユビキタス。
 そこに構築されたネットゲームには、能力者のみがアクセス出来る場所があった。

 ――ダイブサーバー。

 ネット環境が整ってさえいれば、どこでもその世界に入り込むことが出来る。パソコン、スマートフォン、タブレット端末など様々だ。

「ちょっとウイルス退治してきてほしいのよ」

 そう言うのは、双子の『お父様』であるネットカフェ店長のクインツァイトだった。
 最初は顔を見れた方がいいと予め数人を店内に呼び集めて、一つのパソコンの前に集中させる。
 派手な色合いの柄シャツと白のパンツの上にエプロンを身につけている大柄なオネエは、口を尖らせて不機嫌そうだ。
「ちょっと厄介なのよねぇ」
 そう言いつつ、彼は身体をくねらせて自分の前のパソコンを操作し始める。カチカチ、とマウス操作した後モニターに映ったモノに親指を向けた。
 ドットで動くそれは、赤い魚の姿をしている。
「……金魚?」
「ちなみに、十五分前まではりんご飴だったわ」
「!?」
 クインツァイトのそんな言葉に、受け止めた側は動揺する。
 見る限りはこの金魚がウイルス本体のようだが、時間経過で形を変えるようだ。
「変形具現型ウイルスとでも言うのかしらね。誰かが持ち込んじゃったみたいなの。取り敢えず今は、隔離してる状態よ。この区画内で、保って一時間。その間にあんた達に駆除してもらいたいの」
 画面に目をやったままで、クインツァイトは言葉を続けた。処理に困っているらしく、その為に不機嫌だったらしい。
「区画にはミカゲが先に行ってるわ。そこで合流して詳しいことを聞いてちょうだい。でも、決して無理はしないでね。あ、今日のステージは東京に似たモノにしてあるから、動きやすいはずよ」
 そう言って彼は目の前に右手を差し出した。数本のケーブルが収まっている。
「マンガなんかの影響で首の後ろに刺すっていうイメージが強いけれど、アタシたちはサイボーグじゃないわ。だからこれは擬似ケーブルよ。プラグの先端を脳に近い皮膚に押し付ければそれでダイブ出来るシステムなの」
 一本を指先に持ち、自分の体で説明しながらそう言えば、「へぇ……」と感心の声が聞こえてくる。
 ちなみにクインツァイトはこめかみに充てて見せていた。
「さぁ、時間が惜しいわ、行ってちょうだい」
 急かされるようにしてケーブルを渡される。若干押され気味な勢いで、その場に居た者達は電脳世界へと降りることとなった。

DIVE:01 -Embodiment-

 クインツァイトの手に残ったケーブルは後一本。正確には二本だが、そのうち一本は不要になってしまったので、目の前の彼が手に取るのは残ったそれのみである。
「いいカラダしてるわねぇ、まさに男っていう感じだわ」
 クインツァイトがそんなことを言う。彼はどこと無くうっとりしているようでもあった。
「……傭兵をしていますので、その為かと」
「なるほどねぇ。整った顔にその体つき、好みだわぁ」
「はは……ありがとうございます」
 身長はクインツァイトよりいくらか低いが、全体的に整っているその彼はヴィルヘルムである。
 クインツァイトの差し出すケーブルに手を伸ばしながら少し困ったように笑って、言葉を紡ぐ。
「……チッ、既婚者か」
 ヴィルヘルムの左手薬指に光るものを見たクインツァイトは、思わずの言葉を吐き零した。舌打ちまで入っていたので、ヴィルヘルムは多少驚いた表情で彼を見る。
「あの、クインツァイトさん?」
「あ、あら、いやねアタシったら! ウフフフ! なんでもないのよ、さぁさぁ、降りてちょうだい!」
 クインツァイトは慌てて笑顔を作っておかしな音程で笑いながら、ヴィルヘルムにケーブルを手渡して電脳世界へと導いた。



 体が一瞬ふわりと浮いたような気がした。
 体験したことのないような感覚に戸惑いの色を見せるのは勇太とヴィルヘルムだ。
 万輝は慣れきっている体験のためか特に表情をすら変えずに千影を腕に、静夜を頭に乗せながら、空間の地面を目指す。
「う、わわ……っ」
「……っと」
 四人――もとい、三人と一匹は同時にその場に降り立った。
 勇太もヴィルヘルムも最終地点の予測が付かずに、バランスを崩しそうになり慌てて体制を直しつつ、辺りを見回す。東京を模した世界は空がないと言う以外は現実とさほど違いのない空間であった。
「勇太くん、大丈夫かい?」
「は、はい。ヴィルさんも大丈夫ですか?」
「にゃ〜ん、二人とも平気?」
 互いの無事を確認しあう二人の間に、黒い子猫が掛けてきた。千影である。
「だ、大丈夫。ありがとう。……えっと」
「チカはチカよ。千影っていう名前なの。あっちは万輝ちゃん。チカのご主人様よ」
 千影は猫の姿のままで尻尾を振りながらそう言って、少し離れた場所にいる万輝へと顔を向けた。
 彼はこの空間の解析を独自の能力で始めていて「ここまで忠実に現実を再現するなんて……暇人なの?」と独り言を漏らしながら、真剣な眼差しで辺りを細かにチェックしていた。
「俺は勇太。工藤・勇太。チカちゃんは何度か会ったことあったよね。ちゃんと自己紹介できてよかった」
「私はヴィルヘルム・ハスロです、よろしく。……そちらの君も」
「……どうも、よろしく。工藤サン、ハスロサン」
 万輝は視線のみで彼らを見て、軽く頭を下げての挨拶のみだった。生来のミステリアスさに勇太もヴィルヘルムもその場で肩を竦めて苦笑いである。
「ところで、ミカゲさん探さないと」
「――お呼び、ですか?」
「!!」
 勇太がそう言うと、彼の背後にユラ、と小さな気配が突然現れた。声も同時だったので、思わず全身がビクリと震える。万輝もヴィルヘルムもその出現にそれぞれ驚いているようだった。
「あなたがミカゲちゃん? あたしはチカだよ、初めまして!」
 突然の登場に唯一驚きもせずに元気な声を発したのは千影だった。彼女はその場で少女の姿に変容して、自分より小さな少女に手を差し出す。
「……あ、あの……皆様、初めまして、ミカゲと申します」
「あれ?」
 ミカゲと言う名の少女は千影の変容に驚いたのか、数歩下がって一番近くにいた勇太の後ろに隠れるようにしてそう言った。小さな声音でボソボソと話すミカゲは、どうやら人見知りをするらしい。
 腰まであるストレートの髪は水色で、瞳の色は紫色。黒一色のロリータ服を着用していて、まるで人形のようであった。
「創世者mikage……キミがこの世界を作ったの?」
 膝を折ってそう話しかけたのは万輝だった。解析はひと通り済んだようだ。
 ミカゲは彼に目を合わせることが出来ずに視線を下にしたまま、こくりと頷いてみせた。
「私と、もう一人……。『ホカゲ』と一緒にこの世界は存在します。今もまた、ずっと作り続けています」
「その姿は仮想ヴィジョンで僕達に見せているんだね。……まぁ、よく作られていると思う」
「ありがとうございます、万輝さま」
 この空間内では一番近しい存在となる万輝の名を呼び、ミカゲは静かに頭を下げた。
 万輝はそれを受けて「名前、キミに言ったっけ?」と小さく呟く。
「万輝さま、千影さま、勇太さまに、ヴィルヘルムさま。……この世界に降りたその瞬間に、皆様のデータが私に伝わる仕組みになっているのです」
 ミカゲはようやくその場でそっと顔を上げて、彼らの名を読み上げて言葉を繋げた。
 すると彼女の足元が淡く光って、放射状にそれが放たれる。ネットワークの流れを示したのかもしれない。
「そういうものなんだ……」
「私もこちらのほうは詳しくないから、そうなのかと思うしかないですね」
 勇太とヴィルヘルムが互いに顔を見合わせて、そんな言葉を交わす。
「ミカゲちゃん、ウイルスって……お風邪なの?」
「……いいえ、そちらのウイルスではありません。この世界で、悪戯をしている存在です」
「あ、そっか。悪い子がいるのね。かくれんぼしてるのかな?」
「そのようです」
 主と違ってこの世界に疎い千影は、自分の思った通りの事をミカゲに告げた。
 受け答えにより千影より幼いミカゲのほうが賢くも見えるが、やはりミカゲはどこか朧気でもあった。
「そう言えば、具現化するウイルス……でしたね。金魚にりんご飴……夏祭りをイメージしてしまうのですが」
 ヴィルヘルムがそう言うと、勇太も「俺もそう思ったんだよね」と続く。
「この仮想世界のどこかで、夏祭りとかやってないかな?」
「一般サーバーのほうで、現在納涼イベントを行っています。この道を出て大通りへと向かう方向です」
「それだ」
 ミカゲの返事に対して、一同が頷いた。
「……でも一般サーバーとこっちって、一応切り離されてるんでしょ?」
「厳密に言えば、一般の方が『こちら』に来られないだけで、私達は行き来できるようになっています」
「なるほどね……」
 万輝はミカゲの言葉を聞いて、思案の姿勢を見せた。
 ちなみに『こちら』とは彼ら能力者がいるダイブサーバーの事を指している。
 主が思案を始めたところで、千影がミカゲの傍に寄って彼女の手を取った。
「?」
 ミカゲは不思議そうに小首を傾げる。
「ミカゲちゃん、チカと着てるお洋服似てるね。クインツァイトちゃんが選んでくれたの?」
「はい、そうです。お父様が、女の子は精一杯オシャレにしなさいと……」
「お揃いみたいだね。チカの服もね、万輝ちゃんが用意してくれるのよ」
 千影は楽しそうに笑いながらミカゲにそう言った。彼女が手を繋いだままでくるりと回るので、ミカゲも同じようにその場で彼女と一緒に回る。困り顔のままであったが、まんざらでもなさそうだ
「可愛いですね」
 くすくすと笑いながらそう言うのはヴィルヘルムだった。
 人形のような二人が揃ってクルクルと回っている光景は、やはり愛らしいものがある。
「……仕方ないな。索敵のついでに僕達も一緒にお祭り気分を味あわせてもらおうじゃない」
 思案のポーズを決め込んでいた万輝が口を開いて、すっと右腕を払った。すると、全員の衣服が浴衣に変化し、それぞれに驚く。
「わっ」
「こんなことまで出来るんですか、万輝さん」
「これくらい普通だよ、ね? ミカゲさん」
 それぞれに見合った色の浴衣。この世界のプログラムを少し書き換えて作られたものらしいが、もちろんミカゲも同様に浴衣を着ていて、その行為に驚いている。
 自分の世界で、別の能力者がこういった事をするのが初めてだったのかもしれない。
「……素晴らしい能力です」
 ミカゲは俯きながらそう呟いた。万輝の視線に照れているようでもあった。表の顔にモデル業を持つ万輝ならではの流し目は、小さな少女にも有効のようだ。
「不謹慎かもだけど、お祭り気分になってもいいのかな」
「わーい、お祭り〜!」
 自分の浴衣姿を気にしつつ、勇太がそう言えば千影が全身で喜びを表してそう言った。
 そして彼女は万輝とミカゲの手を片方ずつ取って、「お祭り会場に行ってみよう」と促した。
「一つ、確認させてください。ここは私達が住む都心とほぼ同じだと捉えていいんですね?」
「はい。あとは皆様の能力も現実世界と同じように使うことが可能です。それから、もしこちらで死亡してしまった場合、現実には戻れなくなりますので、その点だけはご留意を」
「!」
 ヴィルヘルムの問いかけに淡々と応えるミカゲ。
 その言葉に、全員の肩がピクリと震えた。
「……まぁ大体はそんなものだけど。それに今回はそれほど大事にはならないでしょ。ウイルスだって今のところ攻撃してくる様子もないんだし」
「あ、でも、クインツァイトさんが隔離してるって言ってなかった?」
「隔離地区はこの場所も含まれています。ですが、万輝様の仰る通りで、今回のウイルスは移動しつつプログラムを食べているだけですので、大きな戦闘にはならないかと思います。皆様にはそれを探して頂きたいのです」
「駆除方法は?」
 続けられる言葉に、ミカゲが一度視線を落としてそれを止めた。
 万輝が眉根を寄せるが、千影が「万輝ちゃん、怖い顔ダメだよ〜」と彼を窘めてミカゲの次の言葉を待つ。
「……わかりません。今までこのような例はありませんでした。私自身でも当然、駆除は試みたのですが、とにかく変化が早くて」
「じゃあ、とにかく探してみようよ。時間制限もあることだし」
「そうですね、行動開始しましょう」
 勇太がそう言い、ヴィルヘルムが頷く。そして彼は年長でもあるためか、彼らの先頭に立って歩みを始める。
 その後ろに手を繋いだままの万輝と千影とミカゲが続き、最後に勇太が後ろを確認しつつ進んだ。
 遠くから聞こえる祭り囃子。
 それを目指して、彼らは移動を開始した。



「万輝ちゃん万輝ちゃん、アレ食べてみてもいい?」
「……今日だけだよ」
 祭り会場は通りに面して長く続いていた。現実と同じように露店が並び、賑わっている。
 千影は瞳を輝かせながら赤や青の奇抜な色のシロップが目立つかき氷を指さして、万輝にねだっていた。
 身体に悪そうだと思いつつも今日くらいはいいかという気持ちもあるのか、万輝は彼女の希望通りにかき氷を購入していた。
「歳相応な反応ですね。……勇太くんも」
「え?」
 仲の良い二人を微笑ましく見守りながらそう言うのは、ヴィルヘルムだった。
 そして彼の隣で千影たちと同じように綿飴片手にたこ焼きを買っている勇太を見て、苦笑する。
「あ、その……ヴィルさんも食べる?」
「私はいいよ。食事は家族揃ってと決めているからね。ところで、味覚も変わらないのかな?」
「うん。ふつうに美味しいよ。……あ、イカ焼き発見」
 カラン、と下駄の音を響かせて勇太が一歩を進んだ。
 どこまでが仮想世界であるのか。――それすらを忘れてしまいそうなほどの自然な空間。
 この空気に慣れきってしまえば、世界に取り込まれてしまうのではないかという不安が逆に生まれてくる。
 そんな事を考えながら歩いていると、千影たちと一緒にいたはずのミカゲの姿がない事に気がついて、ヴィルヘルムは視線を動かした。
「……私はこの世界の監視者です。皆様とは一定の距離を取らせて頂いてます」
「それでは、寂しくはないですか?」
 背後から聞こえたミカゲの言葉に、ヴィルヘルムはまた小さく困ったように笑みを作ってゆっくりと振り向いた。
 ほんの数メートル後ろであるが、ミカゲは後ろを歩いている。
 そんな彼女に歩み寄り、ヴィルヘルムは静かに膝を折った。
「私はこの世界には詳しくないですが……それでもミカゲさんが、改めて私達と距離を取る理由に首を傾げてしまいます。誰かがダメだと言っているのですか?」
「いいえ」
「では、今日くらいはいいじゃないですか。一緒に露店巡りをしましょう」
「……ヴィルヘルム様……」
 ヴィルヘルムはミカゲの右手をそっと握った。子供にしては冷たい指先だと感じながらも、自分の子へ送るように笑ってみせると、彼女の瞳が潤んだように見えた。
「ヴィルさんらしいなぁ」
 イカ焼きを半分ほど食べながら、勇太がぽそりとそう零した。
 ヴィルヘルムの優しさを知っている彼は、それを見て納得したように笑っていた。
「ちょっと工藤サン、そんなに食べて大丈夫なの」
「えっ、いや、だってほら、この中にウイルスいるかもだし――」
「あ、勇太ちゃん、その綿飴!」
「!」
 猫のお面を手にしていた千影が、声を上げた。
 先に進みすぎていた万輝たちが勇太の元へと戻ってきたところで、彼が手にしていた綿飴の袋が怪しげに光る。
「えっ、うわ……これってもしかして当たり!?」
「そうか、もうとっくに十五分は過ぎてる……金魚の段階から結構変わってるはずだ」
 慌てた勇太が足元に綿飴を落とすと、それは地面に付く前にふわりと浮いた。
 万輝が袖口から取り出した時計を見て時間を確認する。この世界に降りてからすでに四十分は過ぎている。クインツァイトは隔離時間は一時間と言っていた。ここでこの『綿飴』を何とかし無くてはならない。
「あ、ねぇ、ちょっと待って。――俺、話ししてみたい」
「……出来るの?」
「逃げる様子も俺たちを攻撃してくる感じもしないし……できれば、穏便に行きたいなって」
 それぞれが攻撃態勢に移ったところで、勇太がひとつの提案を示してきた。彼が選んだのは戦闘ではなく、ウイルスとの交信である。
 万輝が若干、怪訝そうな表情をしたが、それでもそこは勇太に任せるらしく一歩を引く。
「……あの、勇太様は、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫ですよ、きっとね」
 ミカゲの隣にはヴィルヘルムがいた。彼女を守ろうとしたのか、しっかりと前に出て盾になる姿勢のままであった。ウイルスに一番近い場所にいる勇太を心配して、ミカゲの表情には焦りの色すら見えたが、ヴィルヘルムが安心させるように優しくそう言うとほんの僅かにその表情が和らぐ。
「ミカゲさん、あの綿飴が何かに変わる気配は感じますか?」
「今のところは、何も……。とても安定してるように思います」
「では、勇太くんに任せましょう」
 ヴィルヘルムの声音がじわりとミカゲの身体に染み込む。
「言葉……言霊……これもヴィルヘルム様の能力なのですか?」
「ああ、いえ、どうでしょう。意識はしてませんでしたよ」
「不思議な方ですね……」
 彼の能力には言葉による暗示というものがある。それをデータとして受け取っていたミカゲではあったが、確認をとってから彼をゆっくりと見上げて、素直な自分の感情を吐露した。
 不思議な。でも、温かい。
 勇太も万輝も千影もそうだが、皆がそれぞれ『不思議』だとミカゲは思った。
 今まで触れたことのない、『お父様』や『ホカゲ』が与えてくれる感情とはまた別の『何か』を感じて、彼女は左手を胸の前できゅ、と握りしめた。
「さて……持っても大丈夫、かな」
 勇太がそう言いつつ、足元で浮いたままの綿飴を手にした。
 淡い光を放っているという以外、何も無い。
 それを確認してから、彼はゆっくりと瞳を閉じた。
(――俺の声、聞こえる?)
 勇太の能力の一つ、テレパシーで問いかけてみる。
 綿飴からは返事のようなものは感じられない。
(聞こえてるなら、返事がほしい。どうしてこの世界に降りた?)

 ――遊ビタカッタ。

「!」
 小さな声のようなものが聞こえてきた。
 それは周囲にいる万輝たちにも届いて、目を見張る。
 
 ――遊ビタイ。皆デ遊ビタイ……。遊ビタカッタ……。

「過去形……? もしかして、霊みたいなものなのか?」
「……お父様」
 勇太の言葉を受け、ミカゲがそう言いながら上を向いた。
 すると。
『――該当者が一人だけ。一般サーバーのユーザーよ。体が弱くていつも寝床からゲームをしてた男の子がいるわ。残念ながら、夏を待たずに亡くなったんだけどね』
 頭上がら響いてきたのはクインツァイトの声だった。
 それを受けて、勇太やヴィルヘルムが肩を落とす。
「ここの納涼イベント、楽しみだったんだろうね。だから彼の意識体がそのまま電脳世界に入り込んじゃって、ウイルスみたいな行動を起こしたんだ」
 万輝が目を伏せながらそう言う。彼もそれなりに思う所があるのだろう。
「チカたちがここで遊んであげるのは、ダメかな?」
「僕らがここにいられる時間もあと少しだけど、まぁそれくらいは許されるんじゃない?」
「……それで、この存在が落ち着いてくださるのでしたら。プログラムを食べずにここの露店のものを食べてくださいと、お伝え願えますか、勇太様?」
「あ、……うん。わかった」
 聞こえはするが相手に伝える術は勇太を頼るしかないのか、ミカゲがそう言えば勇太は再びテレパシーを使い相手にその旨を伝える。
 すると綿飴は小さく「ウン」と言ったあと、その姿を変容させた。
 不完全な形ではあるがヒトの姿を真似て、小さな子供になったそれは皆に向かってペコリと頭を下げる。
「反省してるってこと?」
「そうみたい」
「素直で良いですね」
 万輝の言葉に勇太が答え、感想をヴィルヘルムが繋げる。そして彼は静かに立ち上がって数歩進み、勇太の肩を支えた。
「……ヴィルさん」
「少し、疲れているように見えたから。制御が難しいんだろう?」
 勇太はへら、と笑いながら小さく頷いた。テレパシーの能力はコントロールが難しいようだ。
「勇太様、ご無理させてしまいましたか?」
 ミカゲが勇太のそばに寄って、申し訳なそうな顔をする。そして彼女は金魚すくいの屋台の隣にあった長椅子へと指をさして彼に座るように促した。
「ありがと、ミカゲさん。ちょっと休めば大丈夫だから」
 ヴィルヘルムに付き添われてその長椅子へと腰を下ろした勇太は、未だに心配そうな顔をしているミカゲに優しくそう言った。
 その、目の前に。
「ほら、水分。現実世界じゃないんだから、無理しないことだね」
「……あ、ありがとう」
 勇太の目の前に差し出されたのは紙コップに入った冷たいグリーンティーだった。それを差し出したのは万輝で、彼は視線を明らかに逸しつつでの行動であったので、それに苦笑しつつも勇太はコップを受け取ってお礼を言う。
 千影はといえば、子供の姿に変容した『綿飴ちゃん』の手をしっかりと握って、露店巡りをしていた。
「ミカゲちゃんもおいで〜。一緒にお買い物しよ」
「……、でも……」
「いってらっしゃい、ミカゲさん」
 千影の言葉に戸惑いを見せたミカゲの背を押したのは、ヴィルヘルムだ。
 彼を見やったあと、隣の勇太とその目の前に立つ万輝に目をやり、それぞれが頷いてくれた事を受けて、彼女は千影のもとに駆け出す。
「……彼女は今までどれだけ、孤独な時間を過ごしてきたんでしょうね」
「正体自体はまだ良くわからないけど……現実世界でも会えたらいいのにね」
「まぁ、出来ないことはないと思うんだけどね。それはあの『お父様』次第なんじゃないの」
 お父様と言えばクインツァイトの事なのだが、それぞれにあのインパクトの強すぎるオネエな店長を思い出して、なんとも言えない表情を作り上げていた。

「――あら、いやね。これじゃアタシが悪者みたいじゃないの。……いや、場合によっては……そうなのかもしれないわね」
 現実世界、パソコンから彼らを見守っていたクインツァイトがそんな独り言を漏らす。自嘲気味に笑う彼はその後、深い溜息とともに額に右手を当てて表情を隠していた。

 残り十五分程度の時間であったが、電脳世界内でのお祭りを『綿飴』中心に楽しんだ彼らは、最後はミカゲの見送りによってその世界を離れ、現実へと戻るのだった。



「はい、お帰りなさい! お疲れ様!」
 クインツァイトが満面の笑みで出迎える。テーブルの上にはホールのアップルパイと飲み物が置いてあり、どうやらそれが労いの形であるようだった。
「あら、そういえばウイルス……あの子はどうしたの?」
「綿飴ちゃんはチカがお預かりしてるよ〜。後でお空に連れて行ってあげるの」
 さあさあ座ってちょうだい、と言いながら勇太やヴィルヘルムを席につかせて、万輝と千影を向かい側に座らせようとしたところで、そんな会話があった。
 千影が両手で包み込んでいるものがあり、どうやらそれが『綿飴ちゃん』らしかった。感情の欠片は、言わばその者の魂のようなものだ。
「まぁそういう理由なら、チカちゃんに後処理は任せるわ。とにかく座ってちょうだい。お疲れさま会するわよ〜」
「…………」
 半ば強制的に座らされた万輝は面白くなさそうな表情をしていたが、アップルパイとは別に千影用のシシャモが用意されているのを見て、はぁ、と諦めたようにため息を漏らしていた。
「今回は助かっちゃったわ〜。勇太クンのテレパシー無かったらこのコの事も分からず仕舞いだったし、アタシも立場上、店開けた状態でダイブ出来ない身でしょ? だからほんと、アンタ達がいてくれて良かったわ。それから、先に向こうでの危険性を言わずに送り出しちゃったのはアタシの落ち度よ。それは認めるわ、ごめんなさい」

 ――もしこちらで死亡してしまった場合、現実には戻れなくなりますので、その点だけはご留意を。

 あちらでのミカゲの言葉を思い出す。
 実際、その事例があるのかどうは定かではないが、もし起こるとすればそれは恐ろしいことである。
「今回は危険性が最初から感じられなかった。だからクインツァイトサンだって敢えて言わなかった。……そういう事だと思ってるよ」
「うん、実際危なくなかったしね」
「こうして無事に戻って来られたんですから、大丈夫ですよ」
 万輝の言葉に頷きながら勇太もヴィルヘルムもそう続けてくれた。
 クインツァイトは「皆優しいのねっ」と言いながら身体をくねらせて感動を露わにし、一同を一気に引かせるが、直後に皆で笑い合った。
「今後も何か起こったらアンタ達みたいな能力者を頼るだろうけど、また縁があったらよろしくお願いするわね」
 クインツァイトがそう言ってカップを差し出す。
 すると皆も手元にあったカップを手にして差し出し、お疲れさまの乾杯をしてそれぞれに喉を潤すのだった。



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           登場人物          
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【整理番号 : PC名 : 性別 : 年齢 : 職業】

【1122:工藤・勇太 : 男性 : 17歳 : 超能力高校生】
【3689:千影 : 女性 : 14歳 : Zodiac Beast】
【3480:栄神・万輝 : 男性 : 14歳 : モデル・情報屋】
【8555:ヴィルヘルム・ハスロ : 男性 : 31歳 : 請負業 兼 傭兵】

【NPC:ミカゲ】
【NPC:クインツァイト・オパール】

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          ライター通信          
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(このお話は冒頭のみ個別の描写を入れてあります)

 ヴィルヘルム・ハスロさま

 ライターの紗生です。初めまして。
 この度は『DIVE:01 -Embodiment-』へのご参加有難うございました。
 手始めということで戦闘は無し、ミカゲを気にするような流れになりましたが…少しでも楽しんで頂けたらと思います。
 (すみません、温厚でお優しいヴィルヘルムさんを頼ってしまいました…)

 またお会いできたらと思っております。