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■【迷い鳥篭】鳥篭の中から■

夜狐
【4778】【清水・コータ】【便利屋】
 裏寂れた雑居ビルは中に一歩踏み込めば、微かに独特の硫黄と薬の匂いがする。店名さえ表に出してはいないものの、ここは店舗――ただし店主は、客を選ぶのだが。
「確かにウチは魔道具屋だが、売るもんなんざ弟子の作ったモンしかねぇぞ。誰の紹介か知らんが、立ち去った方がいいんじゃないか」
 左眼を眼帯で覆った青年は頬杖をついてモニタを覗いたまま視線も上げない。背後から現れた少年が、呆れたようにその頭を小突いた。
「スズ、すぐそうやって威嚇するのやめろ。…悪いな、スズは口が悪くって。何か用事? それとも誰かの紹介でウチの手伝いにでも来た訳? 物好きだな」
「…お前も大概口が悪いと思うがね、俺は」
 嘆息してから、椅子に座っていた店主が立ち上がる。
「――手伝いだってンなら話は早ェな。丁度、面倒な仕事にかかろうかと思ってた所だ。報酬ならそれなりに出せるが、リスクもあるぞ。それでもいいか?」
「それでもいいんなら、手伝ってくれよ。俺とスズだけじゃ、色々手が回らねーんだよな」


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「迷い鳥篭」の店主、藤代鈴生の「お仕事」を手伝う内容になります。
募集人数は1〜4名程まで想定していますので、複数人数でご利用の際にはプレイングに必ずご記載をお願いします。
お仕事の内容ですが、以下の2パターンあります。

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◆魔道具の材料採集
山奥に珍しい植物採りにいったり、町中でオスの三毛猫を追いかけまわしたりします。

場所の候補は「山」「海」「市街」のどれかです。
山の場合は珍しい植物採集。
海の場合は沖まで行って怪生物退治(おおむねクラーケンとかその辺です)
市街の場合は都市部にのみ生息する珍しい生物(もしくはUMA)の素材回収になります。

※上記以外に行きたい場所・探したいアイテムがある場合は、プレイングに詳細を記載してください。
※戦闘を避けたい場合は、現地でアイテム持ってる方との交渉になりますので
 プレイングにその旨を記載して頂きますようお願いします。


◆魔道具の回収
店主・藤代鈴生が過去に作成した「魔道具」の回収業務です。こちらは店舗の裏稼業となります。

鈴生は、「作成した魔道具が絶大な効果を発揮する」代わりに「不当に大きな代償を要求する」という特性を持ちます。
例えば「力を封印する封印具」が、「力以外に、持ち主の感覚の一部を代償として奪う」
例えば「強い力を持った魔剣」が、「代償として持ち主に悲劇をもたらす」といった具合。
(「売るものが無い」とOPで発言しているのはこのためです。彼は余程の事情を持った客か、自身が気に入った相手にしか魔道具を作りません)
しかし過去に彼自身が作成した魔道具の一部が盗まれ、闇ルートで一部が売買されているため、情報が入り次第、彼はこれらを回収して回っています。

・既に魔道具を購入している金持ちの家に忍び込んで強奪
・オークションにかけられているところに忍び込んで強奪(もしくは資金に余裕がある方なら競り落とすことも出来るかもしれません)

等の方法が考えられます。
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どちらの「お仕事」を引き受けたとしても、店主の鈴生と、彼の仕事を手伝っている男子高校生・東雲名鳴がお手伝いに入ることがあります。
…お一人での仕事を希望される場合は、その旨プレイングにご記載ください。



アベンチュリン・リング


 つまりさぁ、と彼は酷く軽い調子で言ってキーを叩いた。
「盗まれたものはやっぱり盗み返すべきだよね」
 それはそうだが、と応じたのは、彼の後ろで壁に背を預けて、手持無沙汰にしている男性だ。左眼が眼帯で覆われているのと、やけにポケットの多いロングコートを――いかに秋めいてきたとはいえまだ気温はそう低くない――着込んでいるのが悪目立ちする人物だった。
「…あんた、呆れるほど器用だな。俺もメイも、ここは何度もトライして諦めてたのに」
「あ、何度かはチャレンジしたんだ。道理で妙にトラップ多いと思った」
「チャレンジするたび警戒されてな」
「そりゃそうだ。俺が居なきゃヤバかったと思うぜ?」
 都内某所の、大きな屋敷の一角だ。しかし、見目に似合わず要塞か、あるいは古いダンジョンめいてあちこちに罠の仕掛けられた屋敷でもあった。ここまで罠を解除してきたのは、他ならぬコータ自身である。防犯用、とはとても呼べないような悪意に満ちた物も山ほどあった。ダミーキーの仕掛けられた扉や警報装置に繋がっている人感センサーなんてまだ可愛らしいもので、壁からガスが噴き出すもの、重力を感知して床が抜けるものなど、下手に引っかかれば侵入者の命に繋がるような代物まで。
(盛りだくさんだったなぁ)
 しみじみとここまでの道程を思い起こすコータの手元で、小さな電子音。あっさりとロックが外れ、重厚な、見た目は木製の扉が開く。その二人の耳元、イヤホンからノイズ混じりに泣きごとが聞こえた。
『どーでもいいから早くしてくれ! 陽動なんてここらが限度だよ!』
「お前、自前の馬鹿力でどうにかしろよ。番犬くらいビビらせるの楽勝だろメイ」
 メイ、と呼ばれた少年の声は、イヤホンの向う側、物騒な犬の鳴き声やら警備員の声やらに紛れて響く。
『うっせぇ、能力制御できねぇからやりたくねーんだよ!』
 二人の男は顔を見合わせた。あまりに素直な叫びにコータは思わず笑う。
「情けないことを全力で宣言してるね?」
「情けないことを全力で宣言してるなこいつ。…あと少しだから何とか粘れ。以上」
『スズもコータも覚えてろよおおおお』
 泣き言は恨み言に変わり、その途中で通信がぷつりと切れた。電波が入らなくなったか、通信機を落としたか。まぁどちらにせよあまり時間は無いのだろう、とコータは部屋を覗き込む。
 ――広いけれども何もない、なんの変哲もない一室にそれはあった。
「あれがそう?」
 多分、そうだろう、とコータは何となしに確信する。やけに重々しくガラスケースの中に納められているそれを一目見て、美術的な価値はともかく、おおよそ手元に置きたくない類のものであることは、直感出来た。
(絶対あれうっかり手に入れたら邪神に襲われたりロクでもない目に遭う系のアレだ)
 世界中あちこちふらふらしていると、どういう訳だか結構な頻度で見かけるのだ。この手合いのものは。が、そのロクでもなさそうなアイテムの作成者は今現在、彼の隣に居る。藤代鈴生、と名乗った彼は、界隈では名の知られた錬金術師らしい。そんな彼は我ながらロクでもないものを造った、等と、感心しているのか反省しているのか判然としない口調で感想を述べてから、コータの方を見遣る。
「罠、あるか?」
 こと、罠や鍵の扱いについては、彼は早々にコータに任せてしまうことにしたらしく、動く前にすぐにそう問いかけてくることが多かった。
「罠はなさそう。お宝目前なのに、妙な感じだけど」
 普通は一番厳重に守られているべき場所だろうに――コータはそんなことを考えつつ、一歩を踏み出す。と、そこへよろよろと部屋の隅から人影が現れた。ぎょっとするコータの横で、鈴生が口の端を上げる。
「よォ。イイ夢見てンなァ」
 ガラスケースにしがみつくようにして、その人影、痩せ細って眼だけが異様にぎらぎらと光っている男が声を荒げた。
「貴様ら、どこからここに」
「うーん、あんまり自慢できないところから」
 コータの応えを聞いているのか居ないのか、男は片腕はガラスケースを抱き締め、もう片方の腕をあらぬ方へと振り回す。その目は焦点も定かではない。
「近寄るな!! おい、早くこいつを始末しろ!!」
 物騒な彼の言葉を理解していたかどうか定かではないが、その声に反応したのだろうか。黒い壁の一面からぬるり、と何かが姿を見せた。金属質でありながら、半固形とでも言おうか、例えるのなら黒い水銀のようなそれは壁の隙間から染み出、じわじわと鈴生とコータへと迫ってくる。背後でガラスケースにしがみついた男がヒヒヒ、と、異様な笑い声をあげていた。
「なー、あれ何? 鈴生」
「おう、うちからの盗品だ。ちなみにアレ、人工のスライム的なモノなんだけど、触れたらどうなるか聞いておきたいか?」
「ああうん、何となくロクなことにならないのは分かったから遠慮しとく」
 で、どうする? 目線で問えば、ここまで何ら仕事をせずに茶々を入れながらコータの後をついてくるばかりだった青年は、やっと自分の仕事と心得たようで、一歩コータより前に出た。懐に手を入れ、取り出したのは小さなペットボトルだ。
「ほれ」
 緩いカーブを描いて投げつけられたそれを、黒い物体が鎌首をもたげる蛇のような所作で喰らい、呑み込む。ペットボトルがどろりと溶けて中身が零れ、触れた途端だ。音さえ立てて黒い物体が硬化していく。
「何だ!! おい、どうした!!」
 苛立たしげに男が怒鳴り、足を踏み鳴らす。どの僅かな震動に、スライムは硬化した場所からぼろぼろと砕けて行った。
「あれ何したの?」
「凍らせた。…詳しく聞きたいか?」
「長くなりそうだから遠慮しとくー」
 やけに楽しそうに笑みを浮かべた鈴生の問いに、こちらも笑顔でさらりと返して、コータは最後の仕事に取り掛かった。力なくへたり込む男の横、ガラスケースを覗き込む。厳重に鍵の掛けられたそれは、ここまで続いてきた罠と鍵の嵐に比べれば、最早、馬鹿馬鹿しいほど単純な代物ではあった。






 呆気なく「奪還」した魔術具は、見目にはヒスイの指輪のようにも見えた。
 ――場所は変わって、鈴生の店舗兼住宅となっている雑居ビルの中だ。2階にあるリビングは、元は事務所だったものを改装したものなのだろう。居心地の良い間取りとは言い難いが、お茶を飲んで依頼料についての確認をするには十分ではある。
 背後のテレビでは、先日彼らが侵入したお屋敷の主――ここ五年ほどの間に急成長を遂げたとある衣料品チェーン店の経営が破綻したことと、その会長が姿を消したことが報じられていたが、彼らには最早、興味をかきたてられる内容ではなかった。
「助かったよ。…我ながら、本当にロクでもないもん作っちまった」
「これって、どういうものなの?」
 今更訊くのもおかしな話だけれど、と付け加えてコータは苦笑する。
 元々、事の起こりはひょんなことから彼がこの店を紹介されたことに始まっている。着てみれば店主は難しげな顔をしてニュース映像を眺めており、コータが仕入れを依頼された魔具――ちょっとした幸運のお守り、だそうだ――はまだ未完成だった。何か気になることでも? と軽い気持ちで問いかけると、彼は腕組みをしたままこう答えたのだ。
 ――いや昔、盗まれたモンがあそこに展示されててな。
 苛立たしげに彼が眉を顰めてテレビ画面を指示したもので、あまり事情を深く尋ねぬままにうっかりコータは応じて言ってしまった訳である。
 ――盗まれたんなら、盗み返せば?
 その後はあれよあれよという間に屋敷へ侵入する段取りが立てられ、協力者だという店主の知り合い(彼の弟子の兄、というよく分からない関係だった)の少年が陽動を、その隙にコータが罠と鍵を解除して、その魔具を盗み返してきて、現在に至っている。つまり、肝心の「盗品」がどういった代物だか、実はコータは全く聞いていなかったのである。
「これか? …商売繁盛のお守りだ」
「へ?」
 拍子抜けするほど「普通」の効果だ。そう思って、コータは無造作に机に放りだされた指輪を摘まみあげてみる。近くで見れば容易に分かることだが、指輪に使われている石は、ヒスイではなかった。
「商売繁盛のお守り、ね。そういうのなら、俺も欲しいかも」
「やめとけ。ソイツは効果は抜群だが、代償が重い」
「どんな?」
「――『本当の自分』が代償だ」
 彼は何だか苦々しげにそう答える。意味が解らず、しかし不穏な気配は感じたので、コータは指輪を机に置き直した。
「…本当の、自分」
「あァ、要するに『自分ではない何者か』になる。そういう代償なんだよ。人格そのものが失われて、商売のことと、この指輪に執着する欲望だけが残る」
「うわ」
 話を聞くだに、どうにも幸せにはなれなさそうである。引いたコータのリアクションを見て笑みを深めつつ、鈴生は営業用のものと思われる笑顔でばっちりと太鼓判を押してくれた。
「その代り、商売でどんな冒険やろうが絶対に成功するぜ?」
「…遠慮しとくよ…。何で作っちゃったの、こんなの」
「いや、俺も好きで作ってる訳じゃねェよ。俺が作るとそうなっちまうんだ」
 ふぅん、とコータは頷いた。あまり意味は分からなかったが、心底嫌そうに鈴生は言っているから、それは本音なのだろうし、本当なのだろう。ただ、ひとつどうにも気になったので、指先で指輪の石をこつりと突いた。滑らかで濡れたように光る緑の石は、世間では「ヒスイ」とみられることが多いだろうが、生憎とコータにはそれなり程度の鑑定眼があった。これだけ近くで見れば、容易に知れる。
「…これ、ヒスイじゃないよね、砂金水晶だ」
「お前さん、随分と詩的な名前を使うなァ」
 鈴生はその指摘に、一度軽く苦笑したようだった。指輪を拾い上げ、小さな金属製の箱へ仕舞い込みながら、
「『本物の自分』を代償にする魔具の素材が『ニセヒスイ』ってのは、よく出来た皮肉だと俺ァ思うがね」
「俺、その名前好きじゃないなぁ。こいつは『偽物』じゃなくて、ちゃんと名前のある石なのにさ」
 砂金水晶、別名をアベンチュリン。ヒスイの代用品、あるいは偽物としてよく扱われている石であるため、「ニセヒスイ」とも呼ばれる。
 露店で売っているような、安価なアクセサリ、あるいはパワーストーンショップ等でも売られていることが多く、コータもよく目にするものだった。
「…無理してヒスイの振りなんてしなくったって、コイツにはコイツの良さがあるのにな」
「俺もそう思うが、世間じゃそうは思わない奴もいるってこったろ。あの富豪も、それこそ『無理にでもヒスイになりたい』一心で、自分自身さえ売り払って、あんなでっけぇ屋敷建てるような金持ちになった訳だ」
「わっかんねーなー、俺、そういうの。俺は砂金水晶だったら、それでいいけどなぁ」
 コータの言葉に、今度ははっきりと、鈴生が笑った。彼は仕舞い込もうとしていた指輪を、コータに放ってよこしたのだ。
「わ、何だよ!?」
 俺はこんなの要らねーよ、と言いかけたのだが、鈴生が先んじてこう告げる。
「報酬にソイツもつけとくよ。お前みたいなのに預けておくのが一番だ」
「は!? 俺ヤだよ、自分が自分でなくなるとか! 金が入ってくんのは嬉しいけどヤだ!」
「気にすんな。お前みたいなタイプの奴は、その指輪の力が及ばねェから、商売繁盛の守護も働かねェ代わり、お前自身にも影響しねーよ。ただの、ニセヒスイの嵌った指輪。それ以上にも以下にもならねェ」
「えええ、だったら猶更要らない…」
 ――この指輪、ぶっちゃけあんまりデザインが良くなかったのである。嵌めて使うにも今一つだし、かといって売り払って他の人の手に渡ってその人の人格に影響があったら夢見が悪いなんてものではない。商売繁盛の力が全く働かないのだとすれば、最早これはただのがらくたである。
「遠慮すんなよー」
「鈴生、もしかして、処分に困って俺に押し付けようとしてね?」
「…遠慮すんな、ほらほら」
「目ェ逸らすなよ!!」
 互いに指輪を押し付け合っていると、玄関の方から訪いを告げるチャイムの音が響く。これ幸いと席を立って逃げ出した鈴生の背中を恨めしい気分でひと睨みしてから、押し付けられた指輪をころりと掌で転がしてみる。
「うーん、バラして石と台座を分けて売ればワンチャン…? でも、バラしても効果が残るならマズいよなー」
 どうしたって、報酬ついでに面倒事を押し付けられたような気がしてならないのだが。
 頬杖をついて、やれやれとコータは嘆息した。